土俵外の戦い

東京港区某所、四方を高層ビルに囲まれた中庭、そこへ繋がる出入り口や通路が存在しない不自然な空間が存在していた。

高層ビルには中庭がある四方に窓はなく、完全な死角として隔絶されており、その真ん中には神社、そして土俵があった。

そこは日本大相撲協会が所有する秘密の修行場、極錬神社。まだ外国人力士が日本で活躍していた頃、日本人力士を鍛え直すために建設されたなどという噂があるが、相撲協会秘中の秘であるためその経緯は闇の中だ。

その極錬神社の土俵に横綱奔王悟理、さらに相撲四天王と呼ばれる大関四人が集結していた。

「ほんまに存在しとったんやなぁ極錬神社。こら見つからんはずやで」

空を見上げながら相撲四天王のひとり、大鳩だいきゅうが言った。

「高層ビルの壁面はすべて照明になってるから夜でも屋外の土俵で稽古できるようになってるようですね」

四天王のひとり竪馬しゅばが日光が射しこまないのになぜか明るい仕組みに気が付いた。

「そんなことより、横綱がこんなところに呼び出すということは余程のことなんだろ? 」

四天王のひとり猛牛が奔王に聞いた。

「おで、ちゃんこ作ることぐらいしかできないけどいいんかな…… 」

四天王のひとり白象が巨大な腹を掻きながらつぶやいた。

「ここに皆を呼んだのは私の発案ではない。大相撲協会で決まったことで、その統括を私が任されたにすぎない。もちろん皆を集めた理由はスモウワールドカップに関係する。他国の力士に対抗する手段を模索するためだ」

奔王はそう言うと『緊急対策極錬神社稽古』と書いたのぼり旗を立てた。

「まぁ予想の範囲内ではありますが、具体的には何をするんですか? ただの稽古では打撃ありルールのSUMOUには対抗できませんし、我々日本人力士は何も手を貸せませんよ? 」

そう竪馬が聞いた。

「皆にはそれぞれの得意技を完全解説してもらう。もちろん使い方から対処法まで。私はそれを学ばせてもらう」

「何言うてんねん! あんたはそれで強くなるかもしれんやろけど、俺らかて横綱を狙うライバル関係なんやで!? なんでわざわざ弱点晒すような真似せなあかんねん! 」

「わかっている。だから取引として私が誰にも開示していない必殺の技を引き換えに皆に教える」

「なんやて……!? そ、それはあの幻の技……」

「ガチャン」

極錬神社に至る唯一の入り口である、ビルの壁面と一体化した隠し扉が開き、大鳩の声を遮った。やってきたのは獅桜だ。

「すいませ~ん。遅れちゃいました」

謝る気があるのかないのかわからない大きな声で獅桜が言った。

「遅刻はまぁいつものことだとして、あいつはなんなんだ? 」

奔王の指摘で獅桜が振り返ると、気まずそうな顔をした力士が扉から入ってきた。

「つけられてたな……」

「すいませぇん」

そんなやりとりしている奔王と獅桜がいる方へ気まずそうな力士は歩いてくる。

「あの……幕下の狛犬です! 噂聞き付けまして! 獅桜関をこっそりつけて行けばここに来れるかと思って! お、俺も混ぜてもらえないでしょうか! 」

「ダメだ」

奔王の無情な門前払いの後に猛牛が続いた。

「ダメだ! ダメだよ! 何来ちゃってんだよおまえ! 早く帰れ!! 」

狛犬と猛牛は将ノ海部屋の力士の同門であり、猛龍とも同じ部屋だ。

「いや、聞いてくださいよ牛関! 俺たち猛龍関のやってる合宿には参加できないじゃないですか!? かと言って頼み込んだって俺みたいな下っ端は極錬神社の稽古には加われるはずもない! 正直悔しいですよ! 大相撲にスモウワールドカップ、奔王関と猛龍関の二大横綱、各国の強豪力士、巨大なうねりの中にいるのに何もできない! いつだって置いてきぼりだ! 俺だって早く強くなって主役になりてえんすよ! どうかお願いだ! ここに俺も入れてくれ!!」

土下座で狛犬は頼み込むが、6人の力士達は困ったという顔だ。

狛犬の言うように猛龍は合宿を行っていた。予選敗退こそしたが、列強の実力者である外国人力士を集め、スモウワールドカップ対策を行うための強化合宿だ。しかも日本尾相撲協会や理事長の確認も無しに猛龍の独断で決定した合宿であり、貸し切ったジムや外国人力士のギャラも自腹だ。

自己中心的な振る舞いで実力を伸ばす猛龍に看過できない日本大相撲協会は、奔王の強化を目的とし極錬神社を開放し稽古に踏み切った。いわば猛龍への当てつけとも言える。

「おまえのような下っ端はここでなんの役にも立たねえんだよ!」

猛牛が狛犬に睨みをきかせた。

先輩である猛牛は大柄で筋肉質な力士で名前の通り猛牛のような男だ。対して狛犬は猛牛よりも大きい背丈ではあるが体はまだ粗削りといった印象だ。

「なんすか! なんだったら今ここで全員とやってやったっていいんだぜ! 」

「おまえ俺に稽古でも勝ったことないだろ! 」

「へ、へへっ、まぁそうなんすけどね」

狛犬は威勢はいいが考えなしでいわゆる馬鹿だったが、人柄が良く憎めない性格だった。その分扱いに困るので始末が悪い。

「まぁとにかくだ。練習の邪魔なんで今日は帰ってくれないか?」

奔王が冷たく突き放す。が、狛犬は諦めない。

「横綱! そう言わず! 俺もどこか見どころがあるとこ見せますんで!! お願いします! お願いします! 」

再び狛犬の土下座が始まった。

「そうは言うがなぁ」

「だいたい大関四天王だけじゃなく前頭の獅桜関だっているじゃないすかぁ! 俺がいるぐらい構わないでしょう!? お願いしますよぉ!」

「こいつは私のトレーナーみたいなもんだからなぁ、なぁ? 」

「ごめんねえ~」

獅桜が頭を掻きながら気持ちの無い声で謝る。

「そんなこと言わずに! 早朝から御角山部屋張って獅桜関尾行したんですよ! 」

「二度とやらないでね! 」

ムッとした顔で獅桜が釘を刺す。

「おいちょっと待て狛犬、おまえも尾行されてたんじゃないのか? 」

奔王が指差す入り口の壁面扉の影から全身スーツを着た男が姿を現した。腕にはアーミーナイフが握られている。

「これからおまえら全員に死んでもらう」

と男は言った。

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