土俵外の戦い2
一方その頃、埼玉県某所、郊外にあるジムで猛龍は強化合宿を行っていた。
声をかけられた中で呼びかけに応えた猛者は10人。それぞれ一通り準備運動とスパーリングを終え、猛龍は集合をかけた。
「実力はだいたいわかった。それぞれに実践練習で技術を教えてもらう。契約書に書いたように、交換条件として俺も相撲の技術と対策法を教えよう。質問はあるか? 」
猛龍の問いかけに10人はしばらくの沈黙の後、それぞれ何かを考えたり、隣の者にひそひそ話をしたりし始めた。
「ん? 何か問題あるのか? 」
問いかけたのはアメリカ出身元アメフト選手でプロレスラー、クリフ・ウィリアムスだった。彼もこの合宿に呼ばれていた。
「ちょっといいか? みんな言い難いだろうから私から質問させてもらう。まず、このジムだがセキュリティは安全か? 見たところ普通のジムだが」
手を挙げたのはクロアチア出身の警察特殊部隊所属の力士、カインケ・アムダブッゾ。
「いや、特に変わったことない普通のジムだ。だが盗難などには配慮しているつもりだ」
このジムは郊外のショッピングセンター跡を改築したジムで、多少古くはあるが室内面積は広く、設備は充実していた。もちろんロッカーもあるし、貴重品の預かりもできる。だがカインケはそんなことが聞きたいわけではない。
「そういうことじゃないんだ。そうだな……たぶん猛龍とクリフ以外の全員が想定していたことと違うというか。おそらく猛龍は知らなかっただろうからしょうがないんだろうけど、それを我々が教えていいものか迷ってるってとこだ。ちょっと説明が長くなるんだが……」
「ガシャン!! バリン! 」
カインケの説明を待たず、窓ガラスが派手に割れ、男が侵入してきた。
「これからおまえら全員に死んでもらう」
男はそう言った。
「つまりまぁ、こういうことなんだよ」
とカインケは説明をまとめた。
男は戦闘用と思しき全身スーツを身に纏い、手には刃渡りの長いアーミーナイフを握り締めていた。言うまでもなく、極練神社に現れた男と同じ装備ではあるが、奇妙なことに顔もまったく同じ男だった。
「猛龍気をつけろ! こいつの狙いはあんただ! 」
カインケの叫びと同時に男は猛龍に飛びかかった。飛び込みながら逆手のナイフで喉元を狙ってくるが、猛龍は後ろステップで躱す。
通常は前傾で前に進む力士は後退することを知らないが、ほんの数分前のスパーリングで各国の力士の多彩な攻撃を見ていた猛龍にはちょうど目が慣れていたおかげで助けられた。
だがその一撃を避けられただけで、当然追撃が続く。と、そこへカインケが割って入り、特殊警棒でナイフの斬撃を止めた。
「あんたじゃ武器を持った相手との戦闘は不向きだ。ここは私に任せろ! 」
鋭く弧を描きながら迫るナイフをカインケは完璧に見切り、特殊警棒でさばく。警察特殊部隊の実力だったが、相手の謎の男もカインケの制圧を許さない。強襲してきた割に焦燥感もなく落ち着いて機を伺っているかのようだった。
しかし何度目かの攻撃で均衡は崩れ、カインケは懐へ攻撃を叩き込む隙を作る。ナイフの刃をくぐり抜け、男の脇腹にチタン合金の重たい打撃が走る。男の着た戦闘スーツは衝撃を吸収する素材ではあるのだろうが、それでも逃がし切れない分の衝撃は内臓へのダメージとなり、男は苦しい顔で膝をついた。
カインケがふと気づくと腕に細い切り傷がありわずかに血が滴り落ちた。
「どこかで切ってしまったみたいだな。なに、かすり傷だ問題は……」
そこまで言ってカインケは地面に倒れこんだ。
「どうした!? 大丈夫か!? 」
クリフが近寄るとかろうじて意識があるカインケが弱々しい声で口を開いた。
「……たぶん毒だ、それより、あいつを止めてくれ……」
カインケの目線の先にいる男は息を整えて立ち上がった。
「そんなに俺が殺したいか? いいだろう。相手になってやる」
猛龍がそう言うと、男は薄ら笑いを浮かべて再び飛びかかった。
ナイフを逆手から順手に持ち替え、男が狙うのは先ほどの首筋ではなく心臓だ。左右に避けられても水平に払う攻撃で斬りつけることができる。この場合、斬撃のダメージよりも毒殺の狙いというわけだ。
加速をつけ男はナイフを突き刺す予備動作に入る。それを猛龍は眼光鋭く睨みつけ、前傾姿勢で身構える。相撲の癖が出たのかその体勢では硬直しているに等しい。確実に心臓が狙えると確信した男はそのまま迷いなく刃先を心臓が位置する猛龍の体のど真ん中へ狙いを定める。
ナイフの刃が猛龍を襲うその瞬間、猛龍の顔に赤い紋様が浮かび、筆で塗られるように赤い線が走った。選ばれた横綱だけが使える秘術、厳血顕現だ。
猛龍の皮膚にナイフは弾かれ、衝撃により折れた。皮膚は防刃布の如く、筋肉は鋼の如し、という厳血顕現による肉体硬化技だ。とはいえ、全身を硬化させるのは難しかったため、猛龍は攻撃の狙いを見極め腹部周辺のみを硬化させた。
「なにっ!? 」
男が予想外の出来事に動揺したその瞬間、猛龍の突っ張りが左右二発、男の顔面を叩き、立て続けに丸太のようなミドルキックが男の脇腹にぶち込まれた。男はゴロゴロと床を転がり悶絶している。
この場に集められた外国人力士達は男に飛びかかり、うつ伏せに押さえつけた。
「狙い通り。血の一滴も出なかったな。まぁ大相撲力士に毒が効くと思ってもらっては困るが」
猛龍はそう言い、男の顔を確認した。
「ん? こいつ、どこかで見たことあるような……」
ロシア系の顔立ちの男だが、もちろん猛龍に面識があるわけではない。しかし何かで見たような記憶があった。
「みんな、警察は呼ぶな……。消防車もいらん……。く、クリフ、私のバッグを持ってきてくれ……。早く……」
倒れたカインケが指示を出すとクリフが急いでバッグを持ってきた。
「これか? 何をすればいいんだ!? 」
「透明なケースに毒薬を判定する器具がある、それを……」
クリフが器具をカインケの腕に装着すると24という番号が表示された。
「24番の解毒剤を……」
バッグの中にはシールのように貼って使う解毒薬も入っていた。24番を貼るとカインケはゆっくりと体を起こした。
「ハァ……ハァ……そいつには聞くことがある。尋問するぞ……」
カインケの言葉を聞くと男はニヤリと笑った。その瞬間、取り押さえていた力士達の体に衝撃が走った。電流だ。拘束を解くと男は飛び退いた。
「この体ではダメだったか……」
男はそうつぶやくと、床に何かを叩きつけた。一瞬の閃光と大量の煙で周りが見えなくなり、窓ガラスが割れる音が聞こえた。
「煙幕か……」
割れた窓から入った風が煙をさらうと、男はとっくに逃げた後だった。
「追うぞ!」
「おおっ!」
「いや、追うな! 放っておけ! それより今から私の話を聞いてくれ! 」
男を追いかけようとする力士達をカインケは止めた。
「追わなくても大丈夫かもだぜ。とりあえず一部始終を動画で撮っておいたからさ」
携帯を軽く振って合図した男はオランダ代表でモデル兼力士という異色の経歴を持つ男、マンジー。ルックスもイケメンだ。
「それはありがたい。少し話を整理しよう……。さっきの男だが、もしかしたら何者なのか感づいた、または過去にあの男に遭遇した者も我々の中にいるんじゃないかな。猛龍、君はスモウワールドカップはただのスポーツ大会ではないと知っているね? 」
カインケが尋ねる。
「あぁ、国家のパワーバランスを決めるという側面を持つ、いわば代理戦争というやつだ」
「その通りだ。しかし、この大会で国家の序列を決めるというシステムは表面的なものにすぎない。相撲鎖国の長かった日本人は噂すら聞いたことないかもしれないが、このスモウワールドカップには裏の顔があるんだ」
「裏? 」
「さっきの男さ。つまり、大会の枠の外の戦い、場外乱闘だよ。大会を勝ち上がってきた強者は土俵の外で襲われるのさ」
「なに!? それは諸外国では知られていることなのか!? 」
「いや、我々のような予選で落ちる力士には都市伝説的な確証のない噂までさ。その噂では場外乱闘を仕掛けてくる連中のことを
「カインケ、おまえはなぜそれに気がついたんだ? 」
「あの男の顔を見て思い当たるところがあったんだ。……あいつはスモウワールドカップ初代王者フォン・アム・クオウエフ。いや、そのクローンだ」
「そうか……どこかで見た顔だと思ったが、なるほど……」
「クオウエフのクローンは過去に非人道的な人間兵器として使われた。もう半世紀以上前にだが。その後、世界中で厳しく取り締まられ根絶したかに思われた。だが、警察の情報ネットにはいまだにやつが暗躍している痕跡が見つかるんだ。さっき実物を確認した事で、クオウエフのクローンと
「いったい誰が
「これも都市伝説なのではっきりとした情報ではないが、どこかの組織が
「そんなものに狙われたんじゃキリがないな」
「あぁ。だが対処法も実は存在する」
「対処法? どういう方法だ? 」
「力士には力士をぶつける。ただし
「SPみたいなものか。いよいよもってスポーツの大会じゃなくなってきたな」
「
力士達の反応は様々だが即座に回答できる者は誰もいない。各々思うところはある様子だ。
「おいカインケ、勝手に決めるんじゃない!……と、言いたいとこだが、こうなったら他にはないだろうな。あと言っておくぞ。
「そこらへんのことは任せるよ。報酬はそれなりに奮発してくれると嬉しい。この中の何人が来てくれるかはわからないが……」
来るとも来ないとも返事はなく、沈黙だけが続く。
「よし。じゃあ二日後までに参加できる者は連絡をくれ。報酬は弾むが決して安全は保証しない。自分の国と揉めてまで参加してくれなくていい。なるべくなら国際問題も避けたい。ただ良い返事を待っている」
猛龍が言うと力士達はそれぞれ荷物をまとめ、帰って行く。
同じように猛龍も荷物をまとめていると巨大な影が後ろから現れた。
「猛龍、オレは参加しようと思ってる」
そう声をかけてきたのはウィリアムスだった。
「本当か? それは嬉しいよ! ただ後ろから急に声をかけるな。でかいからビックリする」
「それはすまない。ただ、参加には条件がある」
「どんな条件だ? 」
「それはあとでメールするよ。それと、気がかりなことがある」
「あぁ、わかっている。奔王のことだろう? あいつらも大丈夫だろうか……」
ちょうどその頃、奔王たちを襲った
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