土俵外の戦い3
「象! ぶちかましたれ! 」
「思い切りやっちゃってください! 」
「いくどー! どっせええい! 」
突進する巨体、相撲としては危険すぎる肘を突き出した、もはやエルボーに近いかち上げが土俵外力士の首元をえぐった。首がもげるんじゃないかと思えるほどの衝撃。土俵外力士は吹き飛び、それに巻き込まれるふたりの力士。
「あかんあかん! こんなん本場所でやったら絶対あかんからな! 」
「死んじゃいますよこんなの! 」
「で、でへへ、ごっつぁんです! 」
一方、猛牛も暴れる土俵外力士を掴み頭突きを繰り返している。
「おらぁ! どうだぁ! 日本人力士のぉ! 頭はぁ! 硬くてぇ! 痛いだろぉ!? 」
猛牛の繰り出す計6発の頭突きで意識朦朧になる土俵外力士。
「仕上げやるんでこっちにください」
「おらよっ! 」
猛牛が投げるように背中を押すと、獅桜の方にふらふらと走り出す土俵外力士。
「わたしは前頭だし、武器使ってもいいよね〜。それじゃあ、これでいっちゃう、かっ! 」
獅桜はビール瓶を取り出し。土俵外力士の前頭部に叩きつけた。爆発するようにガラス片が飛び散り、泡を吹き出す。
「おい! ちゃんと掃除しておけよ! ここは神聖な場所だぞ! 」
注意の声の先には奔王。もはや意識の無い土俵外力士の顔面を掴み、砲丸投げのようにぐるぐると回転している。
「それなんて技です? 」
と獅桜が聞くと
「奔王メリーゴーラウンド」
と奔王は答え、回転を止めて土俵外力士を地面に投げ捨てた。
もうひとりの力士、狛犬は最後に残った土俵外力士相手にやや苦戦していた。
鼻血で顔面を真っ赤に濡らし、ハァハァと息を切らしている。
「狛犬〜まだ仕留めきらんのかいな。おまえがひとりでやってみせるって大見得切ったんやで? 」
「なめてましたけどこいつ結構タフっすね! いや、でも、やらしてください! 男に二言は無いでしょ! 」
狛犬は鼻血を腕で拭うと、土俵外力士に対し身構えた。
すでに力士七人に囲まれている最後の土俵外力士。
「同じ顔して何人も現れやがって、覚悟しろよ! 」
吠える狛犬。追い詰められた土俵外力士は脂汗を流す。
「お、おまえら、なんでナイフで皮膚が切れない!? 」
ナイフを前に差し出し身構える、困惑した土俵外力士。
「そらおまえ、毎日稽古して鍛えとるからや」
と、大鳩が答える。
「なぜ毒が効かない! 0.1mgでクジラとか動けなくする毒なんだぞ!? 」
「ちゃんこ食ってるからだよ」
奔王が答えた。
「そんな馬鹿な話があってたまるか! 」
「うるせえよ! この狛犬さんにさっさとやられろ! 」
狛犬はナイフを叩き落とし、懐に潜り込むと、土俵外力士の着ている全身スーツの首元を掴んだ。もう片方の腕は股に滑り込ませ、そのまま肩に担ぎ上げる。
「掴むところあって助かるぜ! 狛犬バスター!! 」
担ぎ上げたまま飛び上がると、土俵外力士を頭から地面に叩きつけた。
人間ふたり分の重量を乗せて後頭部を強打した土俵外力士、クオウエフのクローンは白目を剥いて気絶した。
「よっしゃあ!! やりましたよ! 俺やりましたよ! 」
地面から起き上がると大喜びでガッツポーズを決める狛犬。
「今はええけど、場所中でそれやったらあかんで! 」
「とりあえず鼻血拭け! 」
喜び勇んだ傍から大鳩と猛牛のつっこみを受ける狛犬。
「誰か縛るもの持ってきてくれないか? こいつら警察に突き出そう」
「警察でいいんすかね? こいつら国際テロリストってことになるだろうから公安警察の仕事じゃないすか? 」
「どっちだっていいんだよ。暴漢には違いなかろう」
そんな会話をしながら奔王と獅桜はその暴漢達の手足を掴み一箇所に集めた。
「神社の中に縄あったど。これで縛れる? 」
「なにか罰当たりな気もするが、緊急事態だから仕方ない」
白象の持ってきた縄は本来神社の神事で使うための縄だが、何年も閉鎖されていた極練神社は行事もなく、縄は少しカビ臭かった。そのカビ臭い縄を使い、テロリストの手首をきつく縛る奔王。
「もしかしてなんですが、こいつ第一回スモウワールドカップの優勝者のクオウエフじゃないですかね? あれ、でもだいぶ前に亡くなってるし、若すぎるんですけど……、でも似すぎなんですよ、全盛期そのまんますぎるというか……、というか何人もいるしクローンですかね……」
竪馬が嫌な汗をかきながら、この男が人間兵器、クオウエフのクローンという事実に気がついた。竪馬は体育大学出身であり、格闘技オタクでもある。卒業論文は「格闘生理学と僕が考えた最強の力士」
「おまえな、いくらなんでもそれSFすぎるで! なんやわしらサイバーパンク相撲オペラやってるんちゃ」
そこまで喋った大鳩の言葉を突然の突風が遮った。四方を高層ビルで囲われた極練神社の上空にプロペラのついた飛行物体が音もなく現れた。
「サイレントクラフト! 」
竪馬が叫ぶ。サイレントクラフトとは21世紀後半に開発された消音システムの付いたヘリやプロペラ航空機の通称。騒音問題のある市街地に無音で着陸できる利点がある。
サイレントクラフトのドアが開き、小さな筒状の物体が何者かの手により投げ落とされた。物体は力士たちのいる極練神社の敷地に落ちると強烈な光を放ち、あたりを真っ白に染めた。閃光手榴弾だ。
「クソッ! 何なんだ一体! 」
叫ぶ猛牛。力士達は視界が奪われ、身をかがめるように警戒する他に何もできない。光に包まれた空間の中で何者かが素早く動く気配があるが、力士たちに接触するわけではない。殺気があれば力士達も動ける。だが何の気迫も向けられなければ力士たちは硬直するしかないのだ。
数秒の後、閃光が消え、一帯の景色が元に戻ると、土俵外力士たちは消え去っていた。上空数メートルのサイレントクラフトのドアからは人影が見える。
「このランクの雑魚じゃ相手にならないようだな。次はもっと危険な相手を用意してやるよ」
上空の人影はそう言った。サイレントクラフトは貨物運搬と人員輸送を兼ねる。土俵外力士たちはサイレントクラフトに運び込まれた後だ。人影の声はスピーカーから真下に向けられている。スピーカーの音は消音システムにはかき消されない仕組みだ。
「なんなんだこいつは……」
奔王が見上げると、サイレントクラフトのドアから人影が身を乗り出した。そこには男がいた。スーツ姿の大柄の男だ。長髪のようだが、顔には装飾のない真っ白なプロレスラー用のマスクをかぶっていて、人相はわからない。そのマスクの男は奔王を見るとニヤリと笑った。
「今日はこれで帰るが、お土産を用意した。メコン川の怪人っていうんだ。面白いだろ? まぁ、せいぜい死なないように頑張って戦え。そして俺に教えてくれよ。なぜ500年に99人しか横綱がいないのかをな」
マスクの男がそう言うと、貨物ハッチが開き、塊がドスンと地面に落ちた。同時にサイレントクラフトは急上昇し、空へ消えていった。
「な、なんか落としていきましたけど、メコン? 怪人? とかってなんですか……? 人……ですか? 」
狛犬が落下物に近づくと、その塊は縮こまった腕や足を伸ばした。たしかにそれは人だった。人ではあるようだが、異形だった。
「狛、下がった方がいいと思うぞ、なんというかコイツ、嫌な予感が……」
後ずさりする竪馬。異形の者は異常に発達した筋肉と長い腕、手には猛獣のような長い爪が伸びていた。何より恐ろしいのは手には水かきがあり、体の所々に鱗が生えていた。
「ハラヘッタ……ゴハン、カエセ……」
怪人はたどたどしく言葉を発した。
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