奔王対雷電4
このまま立合い、勝負すれば確実に負けるであろう。そう気がついた奔王はすべての意識を空にし、ひとつずつ状況を整理した。
目を見開いたまま、奔王は深い集中状態に入る。
「今、雷電および、それを操縦するアユミの一連の行動は、自分は知らない、わからないことだ。わからないが、これまでのファイトスタイルを捨てた故の行動であり、これから見せるスモウはこれまでにない、まったく新しい戦い方なのだろう」
「これまでの雷電は、完全に相手の技を熟知し、先読みを神業の域にまで高めたもの。おそらくこれが雷電の戦法のうち最も勝率の高いものだったはずだ」
「なぜこれまでのファイトスタイルを捨てたか? この奔王にまだ見ぬ未知の技があることを察知し、苦し紛れに新しいスタイルを使うことにしたのか?」
「それは違う! あれは苦し紛れではない、なにか確信がある動きだ」
「第二のファイトスタイル? それともこれこそが切り札? いや、今見た動きはそれほど練度の高いものではない。前の方が動きにキレがあり無駄が無い」
「……原点回帰?」
「そういうことか……。研究し覚え込んだ戦いよりも、元々自分に備わっていた何かを引き出したというところだろうか……」
「おそらくだが、私は負けるだろう。意地を張ろうとあがこうと、負けるだろう」
「だがそれでも最後まで諦めず戦おう。何か学ぶべきものもあるだろう」
「そうだ。私の原点回帰を考えるとすると一体なんだろうか……? それを見つけ出すのもいいだろう……」
奔王はひたすら心を無にした。
集中力が高まる中で、それまでの相撲のことが頭をよぎり、次第に消えて無くなった。
もう何も脳裏には無い。剥き出しの人間、ひとつの個体としてのヒトがいる。奔王という名も、力士や横綱という肩書も無い。
観客の声も聞こえない。会場は塗りつぶされたように闇に消える。
闇の中に土俵だけが残り、目の前にいる雷電だけがいる。
雷電は腰を下ろし、ゆっくりと拳をつけた。
ノーモーションからの高速飛び込み左正拳突き、
突きの予測ができたとしても回避は難しい。唯一直撃を免れる方法は、蹲踞姿勢の低い位置から潜り込むことだが、そこには膝蹴りの二段構えが用意されている。
アユミもまた奔王と同じく、高い集中状態に入っていた。雷電に搭載されたAIの反復学習による、ショートカットプログラムによって構築されたオートマチックモードを切り捨て、アユミの手動制御によるマニュアル操作に切り替え、動作面での弱点が露骨に増えたことは間違いないが、アユミのマニュアル操作であるがゆえにコンディション次第で高いポテンシャルが引き出せる。
瞬間的集中力で、それまでにない陀伝雷音拳の最高のイメージを作り上げ、仕切り直後に奔王の体の中心に位置する急所、「水月」に拳が突き刺さる感覚のイメージを掴んでいた。
一方の奔王は頭の中にイメージらしいものは何もない。あえて何もかも追い出し、経験して得たものを捨てた。
切り札として用意していた技、非公開の秘技、
鋭い切れ味を持つ名刀が、研ぎ上る前、削り出す前、鍛え上げる前に戻り、ただの砂鉄になるかのように無垢なひとりの人間をさらけ出す。
奔王が土俵の砂の上に拳をつける。それに応じるように雷電も蹲踞からゆっくりと拳をつける。会場全体の緊張が土俵の中央に集中する。
「残った! 」
エンジェルから仕切りの言葉が放たれたと同時に、奔王はただ直立でその場に立ち上がった。
陀伝雷音拳に対する動作としてはおそらく考えうる限り最悪の一手であったが、この時の奔王の場合、立ち上がるだけの無謀な行動が奔王に眠るものを引き出した。
ただひたすら奔王は雷電の動きを見た。じっと見るだけで何もしようとはしないかのように、ただ観察した。
雷電の左拳が自分の体の中心へと軌道を描いていることが分かった。
遅れて奔王は気がついた。 高い集中状態のあまり、すべてがスローモーションになっていることに。命の危険が迫った瞬間に精神状態が高まって起こる、あの現象だ。
雷電の正拳突きで突き出した左腕、体、頭、視界に入る無機質なボディの光沢ある塗装面が、会場の照明のひとつづつを反射しながら自分自身に迫ってくるのが確認できた。
すべてがゆっくりと動くスローモーションの世界であれ、自身の体がそれに対応して自由に動けるわけではない。棒立ちの奔王の体はあたりまえにゆっくりとしか動かない。
そもそも奔王には当然思い通りにいかないだろうという確信すらあった。そしてそれに対し、相手の雷電は、スローの世界でも十分にわかるほどに異常な速度で奔王に拳を突き出し迫ってきている。
奔王は、この渾身の一撃がアユミの切り札であり、直撃は避けられないだろうという理解と覚悟ができた。
だが本人の意思に反し、奔王の体は無意識の中で動く。
答えはそこしかないだろうというわずかな針の穴を通すタイミングで奔王は体を捻じり、雷電の拳が着弾する寸前で直撃をかわす。直撃こそ回避しても、わずかな接触により奔王の胸の皮が引き裂け血が吹き出す。
まったくの未知の領域に踏み込みながら、体は勝手に動いた。そのことに新鮮な驚きを感じながらも、まだ動作は終わっていない。そのまま体を大きく捻じりながら左手が伸びる。弧を描きながら、手首の先は最初から決まっていたかのように雷電の頬を叩く。
厳血顕現は使っていないにも関わらず、全身の力が引き出されたかのように、雷電の頬に直撃した張り手は渾身の威力を放っていた。
張り手はそのまま雷電のバランスの軸を破壊し、金属とセラミックで構築された肢体は土に向かって曲線を描く。
雷電のボディは横転し、最後に立っていたのは無意識の中にいた奔王だった。
決まり手は「叩き込み」で奔王は勝利する。
1秒にも満たない瞬間的な決着は常人の目では追えず、会場の観客が何が起きたのかを理解し、驚くことになるのは、立体ホログラムのスロー再生映像がこの決戦を
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