奔王対雷電1
雷電は1体だけではない。顔のデザインは狐面をモチーフにした、カラーリングがオリジナルと違う量産型雷電。ウジェーヌは量産型雷電でアダムと対戦し敗北した。
シンガポール代表2名は雷電が2体なのであった。
「強敵だったとはいえ雷電が負けるのは悔しいなぁ! アタシは全勝して決勝トーナメントまでいくわよ!」
量産型雷電の通信機器からアユミの声が漏れる。
アユミは同時刻、モスクワにいた。機甲力士のオリジナル雷電はモスクワ・ルジニキスタジアムで行われる第二予選A組だった。アン・リも同行している。
スタジアムの控え室で、専用の全身スーツを着てアユミは雷電の最終調整をしていた。
「対戦順が後の方だったので量産型とアダムの対決を見れたのは良かったですが、まさか第二次予選で奔王と当たるとは思いませんでした。あまり緊張しないようにアユミ」
幸か不幸か、第二次予選A組には奔王がいた。どちらにしろ第一次予選を通過した者ばかりではあるので強敵が揃ってはいるのだが、奔王と猛龍、奔王との対戦で注目株のダビデ、そしてロシアのスモウワールドカップ前チャンピオン、モルノフのいる組はハズレ組と呼ばれた。
「どうせ全員倒すつもりなんだから順序は関係ないかな。予習も万全ではあるけど、でも実物との対戦は初めてだし、なんだか新作ゲームを初プレイする気分よね」
「楽しそうならよかった。きっと勝てますよアユミ」
アユミに緊張はなく、一種の武者震いのような感覚を味わっていた。もしくはゲーム脳の脳内麻薬による浮遊感かもしれない。
アユミは開きっぱなしの雷電の背中のハッチから這い出し、顔を覗かせた。
「あのさ……。前にゲームが好きだから中国拳法辞めたって言ったじゃん。あれさ、嘘なんだよね」
少し気まずい顔をしながらアユミは話す。
「子供の頃はさ、男の子も女の子も全員倒せるぐらいアタシ強かったのよね。天は無双の才をあたしに授けたと思い込んで舞い上がったのよ。でもさ、ある程度大きくなったら男にはもちろん勝てないし、女だってコテンパンに負けるぐらい強いのがいるのよ。ただ体格が良いだけの女によ」
アン・リは何も言わずアユミの話を聞き続けた。
「悔しかったけど14の時に諦めた。心技体のうちあたしは技しか無かったのよ。体に恵まれもしなければ、それでも闘い続ける心も無かった。……でも今は雷電という最強の体がある! そんでゲームの泥沼で鍛えた心がある! ゲーマーはしつこいよー! 勝つまでやるし! 負け逃げリセットしたって粘着するし!」
「ありがとうございますアユミ。我々には魂や命はありませんが、あなたのような人の心を魂というのでしょう。あなたのおかげで雷電は魂を持ち、ロボットから力士となったのだと思います」
「あはは、なによそれ! グスッ……泣いてないわよ!」
この時代、機械が力士と対等に戦うなどということは実現には遠い、夢のようなもとの考えられてきた。
それはロボットが人間を傷つけることができない原理原則に基づいた製造上の理由などではなく、ただ単純に力士が機械で太刀打ちできないほどに強すぎたからだ。人類はSUMOUというものに出会い、土俵上の最強を目指すために極端な進化を遂げた。その進化から生み出された力士という結晶には、機械という人工物では追いつかないのだ。
機械が力士と対等に戦う。そして勝つというのは人類の科学が目標とする夢のひとつであった。
雷電とアユミ、機械と人間が組み合わさって完成したパワードスーツ型ロボットは力士を凌駕する存在になりつつあった。機械が力士よりも強いと認識を改められ、歴史を塗り替えることもそう遠くはないのではないかと予感させた。
スモウ絶対主義的な中、そんなものが力士を討ち破ることは許されないかのように思えるが、この時代の人類は挑戦が好きだ。今そこにある壁を破る挑戦を支持する方が圧倒的多数だった。
キワモノであろうと気概を買う懐の深さがこの時代にはあった。
だが、かといって今日の日も雷電に追い風が吹いているとは限らない。
相手は日本の横綱、奔王悟理。スモウという宇宙の座標ゼロのような男。
スモウワールドカップに参戦する前は、彼の強さに懐疑的な人間もいたが、予選を勝ち進むにつれ、並み居る強豪を倒すことによりその強さを証明した。彼が本物の最強横綱であることを疑うものはもうどこにもいない。
その日の会場は雷電にとっては向かい風、奔王にとってはいつもの追い風だった。
誰もが奔王のその強さを見たくて会場に来ているのだ。彼の一挙手一投足、全ての所作が神聖で清らかなものであり、人々の心を澄み渡らせる。奔王の相撲はまさに神事そのものだった。
雷電とアユミに足りないものがあるわけではない。奔王の魅力が強すぎるのだ。
そして、会場に流れる人の気の流れなどコントロールできるものではない。カリスマ的に心を惹きつけることや逆にありえないほどの反感を買うことなど、頑張ってできるものではない。一種の産まれ持った才能と、たまたまその時の条件がうまくそろったことで偶然できる、時の運なのだろう。
土俵に向かい歩く雷電、その中にいるアユミは最終的な取組のシュミレーションに余念がなく、声援など耳にも入らなかった。
今この場にある追い風も、直後に訪れる向かい風もまったく関係無い。
奔王が登場すると、会場が爆発するような歓声に沸いた。
それが耳に届いているのかどうなのかもわからないニュートラルな表情で奔王は一直線に歩く。
奔王もまた、頭の中でこの取組をシュミレーションしていた。
相撲はすでに土俵の外で始まっていた。
「シュミレーターによる
ディスプレイからアン・リがアユミに語りかけた。
緊張をほぐし、アユミの自信を後押しするアンドロイドなりの冷静な分析による理論的な声援だった。
アン・リが言う1日500戦の真剣勝負はアユミの絶対的な自信への裏打ちになっていた。
日々、世界中の対戦者やガラグインの作る仮想奔王とシュミレーターで戦うことであらゆるパターンと反射速度を反復学習してきた。仕切りの瞬間に相手を倒すまでの流れが一瞬にして脳内に構築される。その精度は高く、操作ミスや想定外の事故などは一切ない。
特に奔王に関しては今まですべての公式試合のデータが頭に入っている。すべての癖や長所、さらにはこれからどう成長するかまで予測し、把握しきっている。雷電とアユミに死角はないといったところか。
それまでの自分を全て出せば確実に勝てる。機械である雷電と女である自分が1万年に1人の横綱、奔王悟理であろうと倒せるだろう。と、自信を持つ一方で格闘技経験者であるアユミには一抹の不安があった。
「やってみなければわからない」
隅々まで計算していてもこの言葉の不安だけは拭い去れない。
不安要素としてはほんの些細な、気にもとめる必要もないものではあったし、それでアユミの操作能力に影響を及ぼすものでもなかった。
アユミはそのごく小さな不安を忘れるために勝利のイメージを作りながら土俵へと上がった。
対する奔王もアユミの読みを覆すことを念頭に置いて稽古を積んできた。
原始的ではあるが、ただひたすら相手より速く正確に練度を上げて相手の予測を上回る。奔王にはそれしかなかった。悪く言えば具体的な対処法はまったくなかった。愚直に今まで通りの稽古をしたにすぎない。
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