雷電とアダム

その後、研究所はアダムを育成する施設へと変わった。


アダムを取り囲む様々な思惑を抱えた者達はそのままアダムの支援団体という形に変化した。

「こいつは人殺しじゃないのか?」と疑問を持つ者もいたが、この国、いや世界を見渡しても、生後間もない赤ん坊の犯罪を取り締まる法は無い。

奇しくもアダムは外法に生まれ、法に守られることになる。


支援団体の主な役割は、アダムを最強の力士へと育てるバックアップが主であったが、それ以上にアダムの出生の秘密を国家機密とし、絶対に国外に漏らさないことが最も重要であった。

そのためにはあらゆる手を使って情報を改竄し、事実を揉み消した。

戸籍上には父親と母親がおり、不妊治療のために培養ケースを使ったということになっている。

アダムは投薬の副作用で巨大化した悲劇の子という捏造話をでっちあげ、アダムがSUMOUスモウを頑張ることは不幸を糧にした奇跡の物語という筋書きまで作られた。


難題だったのはアダムの練習相手を見つけることだった。

体育大学の学生がドイツ製の耐衝撃スーツで完全武装してやっと相手ができた。(それでものた打ち回って吐く者もいた)


そのうちアダムは国内で名の知れた存在になり、期待の星となった。

とは言っても力士になるには15年はかかるわけだったのだが……。

第17回スモウワールドカップ、選手選抜でスイス代表にアダムが選ばれた。ダビデ同様、本来選考から除外される者が「奔王宣言」によって拾い上げられた形だ。

奔王宣言を反映したスーパーコンピューターHEAVENヘヴンの選考基準には年齢、男女、人間であるかの有無すら無差別であった。


文字通り産まれついての横綱の佇まいを持つアダム、その取組も横綱級の強さを誇った。

スモウワールドカップ第一次予選において、アダムは全勝し、第二次予選へと通過した。

第一次予選の取組のうち二人を負傷させ、最後の一人は棄権による不戦勝だった。



第二次予選、ついにアダムは強敵と出会う。

アダム、まだ1歳。始まったばかりの短い人生で、はじめての敗北の可能性が見える相手。

その相手は雷電。人造人間とロボットの勝負であった。



ブラジル、リオデジャネイロ。

世界最大規模を誇るスポーツスタジアム、エスタジオ・ド・マラカナン。そこでスモウワールドカップ第二次予選、F組の取組が行われていた。


第一次予選をアダム、雷電共に全勝、続く第二次予選も五戦目まで両者共に全勝していた。


「第二次予選からはジャッジにエンジェルが加わるそうです。マスター見えますか?」

アン・リがいつも通りの丁寧な口調で説明した。エンジェルとは世界1位のスーパーコンピューターHEAVENヘヴンの端末アンドロイドで、HEAVENヘヴンの分身のようなものだ。

スーパーコンピューターHEAVENヘヴン自体は軌道エレベーターの遥か先、衛星軌道上の宇宙ステーションの中に格納されている。まさに天空の果てから地上を見下ろす天国ヘヴン。エンジェルはHEAVENヘヴンの仕事を円滑にするため、物理的に動く手足だ。


「うわっ! エンジェル! いつ見てもさすがの完成度だな! 僕の愛するニケシリーズのハイエンドモデルなだけはある。だがしかし! やはりニケの決定版はニケⅢだとは思わんか!」

スタジアムの中央にある土俵に最も近い関係者席。多彩なデジタル機能が搭載されたメガネをいじり、双眼鏡のようにエンジェルをズームアップで観察しながらガラグインは声を荒らげた。

土俵周辺をトップモデルのような足取りでエンジェルが歩く。


ニケシリーズは生活補助、理学療法、看護などに開発された女性型万能アンドロイドで、バージョンⅠ~Ⅴまで作られた。それぞれアップグレード版やカスタム版などバリエーションも多い。

ガラグインはその中でもニケⅢを寵愛し、自宅にオリジナルカスタムのニケⅢを13体並べているほどだ。

ガラグインの中でニケⅢを慈愛の完成形だと位置づけている。母の無償の愛だ。なので女性を象徴とするロボットはニケⅢで完結しているとガラグインは結論付けた。

そのためガラグインが追求したのはそれと対をなす父性の象徴、理想の男を現すロボットだった。

この時代の男といえば力士。強い力士=横綱が男のステータス。そこを研究し作ったのが雷電だ。

奇しくも女性が搭乗することになったのは皮肉な話であるが、そこをガラグインは気にもしない。生身の人間には興味がないのだ。


「いや……、そんなことよりガラグイン先輩から見たアドバイスは無いの? アダムの弱点になりそうなとことか」

ガラグインの持つモバイル機器のスピーカーからアユミの声が聞こえた。


「アダムは見た目の異様さで騙されがちだけど、かなりベーシックなクラシックスタイルだからなぁ。奔王に近い堅実で隙がないタイプだから、攻略が難しいよね~」

ガラグインなりにSUMOUの戦略について研究はしているようだったが、それ以上にアユミとウジェーヌは熱心に相手を調べていた。


「そんなことはわかってるんですよー。やりにくいだろうなーアダム。赤ん坊だしさ」

アユミの不満が漏れる。


「アダムの唯一、他と比較して劣る点は対人練習の量かと思われます。スイスはスモウ後進国ですので、日頃の練習相手はスモウ経験の少ない相手です。他国で練習試合を積み重ねているという話もありますが、それでもスモウワールドカップ第二次予選出場者では平均以下です」

アン・リがアダムのデータに基づく解説をした。


「だけどさぁ、昨日のアダム見た? ありゃ奔王や猛龍ばりにベテランのスモウだったよ? 1歳児のくせに堂々たるもんよ」

ため息混じりにアユミがぼやいた。たしかにアダムは前日の取組で、相手が自分より体重が重いということを考慮し、じっくりと料理するように攻防一体の流れを作り完勝した。まさに「相手に良いところを出させない」というやつだ。


スタジアム内に作られた客席は満員の人で埋まっていた。スモウワールドカップとは予選であっても全人類を巻き込んだ祭だ。


選手入場が始まり、客席の真ん中を貫く花道をアダムが歩く。その姿はまさに威風堂々。大物の風格を纏っている。超特大サイズのベビー服を脱ぎ捨てると、オシメではなくマワシをしめていた。。

後方からついてきたのは支援団体だ。この大人たちにはアダムはもはや手に負えない怪物であった。と言っても獣のように大暴れする怪物という意味ではない。人物としての存在感が大きく、並の人間では圧倒されてしまい、コントロールしてやろうという気にもならなくなるのだ。

アダムのスモウを支援をするだけの大人。反抗期の子供に萎縮して何もできない小市民の親達がそこにいた。


アダムは見事な雲龍型の土俵入りを披露した。そこには1歳の赤ん坊ということや、ミュータント的な化物であることも忘れさせる「横綱」がいた。


「おいおい……。超強そうじゃんこいつー……」

雷電の内部のモニターのワイプ表示を使い、スモウワールドカップ中継から映るアダムを見てアユミが言った。


次は雷電の入場だ。アダムの出てきた入場口の向かい側から雷電が登場し、花道を歩いた。

会場は今大会最高レベルの色物対決に盛り上がりの最高潮をむかえた。


「なぁ、さっきのやってみてくれよ。なぁなぁ!」

ガラグインが通信で悪ふざけの指示を出す。“さっきの”とはつまり……。


雷電は土俵上に上がると、アダムがやってみせた雲龍型の土俵入りをそっくりそのままやってみた。

表情が見えない分、逆に憎たらしい挑発に見える


「これ大丈夫かなぁ……? 後で怒られたりしないよね?」

「アヒャヒャヒャ! 最高!」

心配そうなアユミをよそにガラグインは爆笑した。


アダムは無表情で雷電の方をチラリと見た。


「なんだその挑発は! 品がないぞ!」

立ち上がって抗議してきたのはアダムの支援団体だった。ガラグインはドキッとした顔で舌を出した。すぐに謝ろうかどうしようかと迷っているうちに、アダムが支援団体の方を向いて人差し指を口に当てた。

「す……すまん」

抗議の声を上げた男はアダムに一言謝ると、すぐに席に座った。


試合前に土俵中央でエンジェルからルールの読み上げと禁止事項が伝えられ、再び両者は東西へ別れた。力水で身を清め、土俵に塩を撒いた。アダムと雷電、どちらともその光景が滑稽に見えるのだが、緊迫した空気に笑っていいのかわからなくなる。スタジアムは異様な空間となった。


雷電の腕や指を確認するように動かし、入念にコンディションをチェックする。


胎児の状態で洗脳に近いまでのスモウの学習をし、過去の大横綱の技をおのれの記憶として焼き付けたまま産まれ、新生児で横綱の風格を持ち合わせていたアダム。

似たように、過去の力士のデータを積み重ね、修正し尽くした高精度の技と動きをオートマチックシステムで体現する雷電。

両者は似て非なるものではあるが、従来の力士とはまったく違った過程や方法を用いてSUMOU及び相撲の歴史を紡ぐ者であった。



ひとりの赤ん坊と一体のロボットは土俵の中央、仕切り線の前にしゃがみ込み、じりじりと掌を下ろした。

「……のこった!」

立合いでお互い飛び出し、脇を締めたおっつけから頭で衝突する。耳を覆いたくなる鈍い衝撃音が響く、ロボットである雷電にダメージはない、アダムも常人離れした頭蓋骨の大きさで問題ない。ぶつかった後はお互いに張り手を繰り出し、相手のバランスを崩しにかかるが、雷電は動きを見きる、アダムは頭の大きさと腰の強さで威力を殺した。


「全然効かないじゃん!」

アユミが叫んだ。

「これ、パワー負けもあるかもしれないね」

ガラグインが冷静に観察する。


アダムと雷電、ともにパンチやキックなどの打撃技は習得しておらず、日本の相撲の形での対戦であり、張り手で決着はつかない。先にマワシを取りにいったのはアダムだった。張り手が雷電の頭を張った瞬間に潜り込み、マワシを掴む。直後に呼応するかのように雷電もマワシを取る。いわゆる“がっぷり四つ”で組み合った。


「よし! いけいけ!」

普段は飄々としているガラグインもつい声が出るくらい手に汗を握る。精密なロボットや高度なプログラムが組めても相撲の勝敗は神のみぞ知る所だ。


雷電が投げにかかるがアダムはそれを上手く捌く。その反動を利用しアダムが投げにいくが今度は雷電が封じる。踊るように両者の攻防が続く。

アダムは頭が大きいため、バランスが崩しやすいかのように思えるが、その分、足腰とバランス感覚を鍛え込んでいた。同様に雷電のオートバランサーも何があっても倒れない難攻不落の腰の強さだ。


アダムが勝負をかけるかのように思い切り土俵外に投げをうつ。が、頭を振る動きのためにバランスは大きく傾く。そこに雷電が素早くいなしつつ、逆手を取って自らの技に変化させる。

大きく倒れこむアダムの頭を押し込み、そのまま体重を利用して土俵の外に投げる。と、アダムの頭は弧を描き、真下に落ちて行く。それに引きずられるように雷電の上半身も倒れこむ。

アダムはその柔軟な体を利用し、膝に頭がつかんばかりに前屈した。罠に引きずり込まれたのは雷電だった。頭の重さを利用した前屈運動、強靭な足腰による、土俵に最後まで残り続ける粘り強さ、身体的特徴の長所を利用した下手投げが鮮やかに決まり、雷電は反転して土俵下に落ちていった。


アダムの特質的な身体は、相撲技の次元をひとつ上の段階まで昇華させていた。


「くそー!! 負けた!!」

アユミが悔しそうに叫んだ。


「ゴッツアンDEATH!!」

アダムは雷電に歩み寄った。土俵下に転がる雷電に手を伸ばし、引き上げる。

見た目とは裏腹に、赤ん坊で怪物であってもアダムは礼節を知る力士だ。


「 オ マ エ ツ ヨ イ 」

そうアダムは一言残し、2リットルの牛乳パックをゴクゴク飲み干しながら会場を去って行った。


雷電は土俵に上がると、体を前傾に倒した。

内側からロックが開き、背面の肩から腰まであるハッチが大きく開口した。


「いやぁ、データだけでは勝てませんねー」

中から出てきたのはウジェーヌだった。

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