奔王宣言
西暦2214年春……
東京、両国国技館。
館内の大会議場に大勢の人が集まっていた。
世界各国のSUMOU理事長など、SUMOU関係者、代表者達が集まり、サミットが開かれようとしているのだ。
「世界スモウサミット」安直ではあるが、このサミットの名前だ。
主な議題は「スモウワールドカップの開催国について」
「……というわけで、開催国の候補は、東京、モスクワ、リオデジャネイロになりましたが、他に何か意見のある方は?」
そう問いかけたのはフランス代表の議長だった。それに対しロシア代表が控えめに手を上げた。
「開催国について異論は無いが、もし開催国が東京になったとして、日本の大相撲力士が参加しないということに多少違和感を覚えますが、どうでしょうか?」
23世紀、
あらゆる国で熱狂的に相撲の興行イベントが立ち上げられ、男の価値はSUMOUで決まり、男の理想像は相撲取りであった。
SUMOUは世界に普及する過程で各国・各地域のルールが独自に進化してしまい、世界に散らばったSUMOUが世界相撲連盟の作った統合ルールに再び収まる過程で日本の大相撲は吸収を拒否することで取り残され、鎖国状態でありつつもSUMOUの源流であり、象徴的な存在へとなっていった。
日本相撲協会理事長である将の海部屋親方、
「度々出る話題ですが、日本の大相撲は伝統と歴史があります。みなさんはただのスポーツ競技や格闘技だと思われるかもしれませんが、日本の大相撲は神事であり祭事でもある伝統的競技なのです。歴史や文化を守るためにもSUMOUと交わることはできません。日本代表はアマチュアSUMOUの力士が出場しますし、参加についてはこれまで通りということで――」
言い終わるより先にオーストラリア代表が吐き捨てるように言った。
「どうせ負けるのが恐いんだろ?」
「なんだと? そんな話をしているんじゃないだろう」
理事長が言い返すも間髪入れずオーストラリア代表が続ける。
「誰もが思っているから言うが、負けて伝統とやらの価値を失うのが恐いから接点を作らないんだろ? さっきあんたは歴史と言ったが、21世紀までは外国人選手にキングである横綱の地位を奪われていたのが日本の大相撲の歴史じゃないか。頑なに日本人だけのものとして隔絶しているのは外国人力士が恐いからなんじゃないのか?」
理事長は口をつぐんだ。図星だからではない。挑発にのった時点で議論の主導権を持っていかれるからだ。本心では日本人力士が外国人力士に負けるとは思っていない。
なぜならば、23世紀日本相撲界には史上最強の横綱がいるからだ。
歴史上で並ぶものは伝説の最強力士、雷電為衛門、それ以上だと言う者もいる史上最強横綱だ。
数々の伝説を産み出しながら、神の依り代であるという言葉を体現するかのように存在する。それが第99代横綱・奔王である。
「そろそろ、限界なんじゃないですか?」
そう横から口を挟んだのは
「何……?」
理事長が御角山親方の方を見た。と、同時に嫌な予感を察知した。
「スモウワールドカップは次で17回目です。今まで16回、実に半世紀以上も我が日本の大相撲から出場選手を出していません。もういいんじゃないですか? 機は熟したんですよ」
御角山親方は理事長を諭すように語りかけた。しかし理事長は焦りと怒りが入り交じった表情で睨みつける。
「馬鹿なことを! 相撲の伝統と格式の意味を相撲部屋の親方ならわかるだろう!? 格闘技やプロレスショーと混じり合ったSUMOUと、我々日本が誇る大相撲を交わらせるわけにはいかんのだ!!」
理事長は青筋を立てて叫ぶ。
「そう考えているのはもはや相撲協会だけですよ。国内外の相撲ファン、そして他国の力士も大相撲力士と、特に奔王と勝負してみたいと思っているんですよ。全人類の待望でもあるのです。そして奔王が出れば負けることはないと断言します」
御角山親方は理事長の怒号も意に介さない様子で続けた。
「じゃあ奔王関! 横綱の君の気持ちとしてはどうだ!? 我々の国技だぞ!? 横綱としてその厳格さ、歴史の重みぐらいわかっているだろう!?」
理事長の矛先が今度は横綱奔王に向かった。奔王はスッと立ち上がり静かに語りだした。
「もちろん相撲とは相撲道であり、神聖さと誇りを根源としております。厳格さ、品格が求められる『道』です。当然、勝てばいいなんてものではありません」
「さすがは横綱! わかっているじゃ――」
理事長の言葉を遮り、奔王は続ける。
「しかし、道であるがゆえに強さを求め続けることを止めてしまってはなりません。強さを求め続ける精神、これが相撲道です。私は前々からスモウワールドカップに大相撲力士が参加することは求道精神として必要だと思っておりました。私は是非、世界の舞台で戦ってみたい。……ワールドカップ、出場しましょう! 理事長、決断の時です!」
言い終わる間もなく会議場内が爆発するかのように声が上がった。各国代表の歓喜の声だった。
生きる伝説、横綱奔王が世界に出るのだ。世界中が待ちわびていたのだ。それはここにいる各国代表の者でもそれは同じだ。自分の国の選手とぶつかる強敵であったとしても、誰より相撲を愛しているという自負があれば、奔王の出場は夢のような出来事なのだ。
もちろん角兵器として、政治的な外交カードとして日本の横綱が混乱をもたらす可能性を誰もが考えた。
だがそれ以上に23世紀は男の戦いとプライドに価値の重きを置く熱い時代なのだ。
「待て!! 待つんだ!! スモウワールドカップルールでは『三手の禁じ手(突く殴る蹴る)』が無いんだぞ!?」
理事長はまだ食い下がった。たしかに大相撲とは大きく異なるルールだ、もはや別の競技と言っていいほどの差異だ。
「構いません。我々には日々の鍛錬で培った張り手と打撃に耐えうる肉体があります! それに奈良時代以前には三手の禁じ手もありませんでした。我々の民族はSUMOUに対応できるはずです」
奔王は力強く返す。さらに理事長が攻める。
「で……では、他国にはサイボーグの力士やバイオテクノロジーによる強化人間の者もいるぞ!? 反則紛いの連中と相撲を取ろうというのか!?」
理事長の言葉に焦りが色濃くなった。なんとしても奔王を止めねばならないが、他者の理屈や道理をまともに聞く男でないことは理事長もわかっている。だが奔王と世界が接触すれば何が起こるかわからない。必死になって止めなければ最悪の場合、大相撲の価値を暴落させることにもなりかねないのだ。
「大相撲の歴史がそう簡単に負けるとでもお思いですか? 誰であろうと、何者であろうと、相撲がとれる者、相撲を愛する者であれば戦いましょう!」
奔王の目は静かなる闘志が宿っていた。
それを見て理事長も説得を諦めた。横綱奔王悟理がこうなってしまっては誰も止めることができない。覚悟を決めていたことではあった。奔王が横綱になった時、いや、もっと前だったかもしれない。しかし、ついにこの時がきたのだ。
「なぜ500年に99人しか横綱がいないのか、教えてあげますよ」
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