スターシップ・コンクエスト ――望郷の戦士達――

赤崎桐也

 若人、起つ

1話 失くした日

 一部の人類が自業自得な理由で地球を捨て、新天地を求めて宇宙旅行に出かけて百年と少し。


 地球を出発する前に見つけていた惑星は当初の予想より人類にとって適した環境だった。

 百年の間に増えすぎてしまった人口の問題もあって、ろくに調査もせずに入植はすぐに始まり、人類はその惑星を「ホープ」と名づけた。


 延命装置を24時間体につけている偉い人は地球の方がずっといいと、ふんぞり返って言っていたが、そこで生まれて育った身としてはあの肥沃な大地が、あの果ての見えない草原が、美味かったトマトを沢山実らせた畑があった町が地球のものより劣っていたとは思えない。

 

 現在、俺が住んでいる地球の都市を真似て作ったチープな円盤型宇宙船のとても不快な住み心地を経験すれば、なおさらそう思えた。何故、住み慣れた大地から離れてわざわざ生活のし難い宇宙船の民間居住ブロックに住むことになってしまったのか、それなりの理由はある。


 余所の惑星から来た生物である人類が快適に生存出来る惑星だ。

 当然いたのだ、最初から住んでいた生物が。

 それはもう、地球と同じくらいに色んな生物が生息していたのだが、その中の一つの種族が俺達の存在を確認するやいなや追い出したのだ。

 その種族は意外にも人類が知っている生物と同じ見た目をしていた。大きさはだいぶ違うらしいが。

 

  ――蟻、と言うらしい。

 その蟻の大軍に俺は生まれ故郷だった町を文字通り破壊され、警備隊だった父を亡くした。

 大型車ほどの大きさをした蟻たちが長い脚でトマト畑をグチャグチャにし、強靭な顎で建物を片っ端から壊し回った。


 警備隊がフル装備のパワードスーツを纏い大口径のバトルライフルを撃ちまくって応戦したが、物量に押し負けて蟻の顎で体が二つにされてしまった。

 

当時、7歳だった俺は遊んでいた教会の庭から友達と一緒に逃げて家へと走っていた。

 友達を家に送り届けた時は恐怖で少しだけ失禁していたが、自分の家に辿り着き母と赤ん坊だった妹に再会出来た時にまた少し漏らした。


 町には緊急時に宇宙船へ帰れる救命艇が用意された港があり、母に連れられ無事に港までこれた。

 港には先に避難していた人達が不安そうに押し黙って救命艇に乗船するために並んでいた。

 なかなか進まない列にうんざりしながら待っていると、友人とその母親が港のスタッフに先導されるように救命艇の乗車口へと向かっていた。友人の親子には列が関係ないようだ。


 列に並んでいる周りの大人たちの何人かが友人とその母親に聞こえないように不満の声を漏らしていたが、俺は母と一緒に手を振っていた。

 結局、俺達が救命艇に乗った最後の民間人だった。最後の救命艇には港のスタッフ達も乗っており、民間人の数の方が少ない。


「くそ、漸く脱出するって時に!?」


 救命艇の操縦席からパイロットの怒声が聞こえると、窓際に座っていたスタッフの男性が窓の外を凝視しながら情けない声を上げていた。


「うあああぁ、遂に来やがった! 早く、早く船を出してくれ!! 俺達みんな喰われちまうよぉ!」


 蟻たちが遂にここまで来たらしい。

 俺が窓際へ目を向けると、赤錆の巨躯に付いた大きな複眼がこちらを視ていた。複眼が窓から消えると直後に救命艇が震える程の衝撃が起こった。

 母が痛いくらいに俺と妹を抱きしめるが、俺は窓の外から見える赤い巨躯から目が離せない。

 止まない悲鳴、妹の泣き声、軋む救命艇の音、窓から見える赤錆。

 

ただ呆然と母親に抱きしめれていると、小さな爆発音が聞こえ、赤錆の巨躯に炎が上がった。

 蟻が金切り声を上げ、救命艇から離れる。


 静まり返った救命艇の中で俺は急いで窓際にへばりつくように外を見渡した。

 外には一匹の蟻へ四つの人影が立ち向かっていた。

 その動きは生身の人間には出来ない地面を滑る様な軌道で、蟻の方へ駆けていた。

 

警備隊のパワードスーツだ。この時はまだ、生き残りがいたのだ。

 蟻は4機のパワードスーツからバトルライフルの弾丸を雨の様にくらい、すぐに動かなくなった。


 動かなくなった蟻の体の穴からオレンジ色の液体が垂れ流しになっているのが印象的だった。

 4機のパワードスーツが救命艇へと近づいてくると先頭に立つ1機に見覚えがあることに俺が気づいた。

 パワードスーツのヘルメットに付いている狼のシールは俺が上げたものだ。

 誰が助けに来てくれたか解ったとたん、俺は救命艇の乗車口へと走った。


 救命艇のぶ厚い乗車口は蟻に襲われた時にひしゃげられており、歪みの隙間から狼のシールを張ったパワードスーツがこちらをのぞき込んで、安心した溜め息を吐いた。


「父ちゃん!」

『無事だったか、コウタロウ!! 怪我はしてないよな? 母さんとヒナは一緒か?』


 スピーカー越しの父の声に酷く安心したのは未だに覚えている。

 妹を抱きかかえた母がこちらに来ると母親は歪んだ乗車口の隙間から手を伸ばし、パワードスーツ越しの父に触れて涙を流しながら会話をしていた。

 子供心にこの時、両親は大切なやりとりをしているのだと理解出来た。


 しばらくすると、タイミングを計っていたかの様に救命艇のパイロットらしき人物が俺達の間に割って入った。

 父はその人物に気づくと、敬礼を手早く済ます。


『警備隊、第12小隊所属のA班、隊長のフジムラ・サトシ軍曹です。この救命艇を飛ばす事は可能でしょうか?』

「助けてくれてありがとう。宇宙港パイロットのマーキス・ミラーだ、システムやエンジンに不調は無い。ただ、外側からこの乗車口と蟻にどつかれて凹んでしまった箇所に応急修理を施す必要がある。後は宇宙に上がれば方舟アークが拾ってくれる筈だ」


 パイロットはそう言うと何時の間にか用意していたのか、工具箱の様な物を歪んだ乗車口の隙間から強引に外へと押し出し、父が受け取った。


『了解だ、マーキス。修理は俺達でも可能か?』

「ああ、緊急時にまともな人間なら誰でも出来る様な道具さ。穴に粘土をつめる様にしたら後は上からバーナーで炙ればいい。コクピットで救命艇の状態をチェックしながら通信機のチャンネルをオープンにしておくから、何でも聞いてくれ」

『よし、早速修理に取り掛かろう。バルテルとユルは周辺の警戒、エルモは俺を手伝え。俺の女房と子供を助ける為に急ぐぞ!!』

『アイ・サー隊長殿!! 事が終わったらヒナちゃんと隊長殿のツーショットスナップを所望します!』

『なんだ、酒の席で笑いのネタにでもするのか?』

『いえ、来月の軍報誌に「部下が告発する上司の醜態コーナー」に投稿します!!』

 

 父が部下の頭を小突くと、救命艇の修理に取り掛かった。

 俺と母達は座席に戻されて暫くすると救命艇内に響く様に父の声がパイロットと話しながら応急修理を行い始めた。


 救命艇内にいた他の人達は今度こそ脱出出来るのだと、修理が終わるのを待ち侘びていたが、俺と母はそうでは無かった。

 もし、救命艇がこのまま発射すれば父達はどうなるか、7歳児でも想像できた。


『よし、最後に凹んだ所を埋めたぞ。そっちはどうだマーキス?』

『こちらも確認した、何時でも離陸できるぞ』

『そうか、なら急いだ方がいい。部下からの連絡でな、やっぱりどこの部隊とも連絡がとれない上にまた数匹がこちらに向かっているらしい。新手が来る前に離陸を』

『了解した、フジムラ軍曹。君の家族は必ずアークへ届ける、君達に感謝と武運を』


 ふぉん、と音が耳に届くと救命艇が揺れ始め自分の体が上から圧される様な振動に襲われた。

 救命艇が上昇し、宇宙へ飛ぼうとしていた。


『無事に箱舟アークへ帰還出来る事を願っています。…………母さん、コウタロウ、ヒナ』


 救命艇内が歓喜の声を上げる中、俺と母は次第にノイズまみれで小さくなっていく父の声を聞き逃すまいずっと黙っていた。


『愛してるぜ、ベイビー!!』


 その言葉を最後に通信は聞えなくなってしまった。

 大気圏を突破しようとしている救命艇の窓から蟻達の姿は辛うじて見えたが父の姿は見つけられなかった。

 こうして俺は生まれた町と父を失った。

 箱舟にアーク辿り着き、最初は町には無かった高度な建築物に興奮しっぱなしだったが、案内された場所はお世辞にもいい所とはいえず、住んでる人々のどこか虚無的で空しい空気がこれからの自分達を容易に想像させられた。


 父との最期の別れ、俺と妹が寝静まったと思った母が夜中に独りで泣きじゃくった姿は俺の生き方を決定付けさせるには十分だった。


 結局、第二の地球である惑星ホープを舞台にしながら人類は過去と同じ事を繰り返す羽目になったのだ。


 ――戦争を。

 地球時代の戦争から変わった事はパッと思いついて二つある。兵士が生身で戦わなくなったのと、相手が同族から他の生き物に変わったことだ。


 俺は兵士として機械仕掛けの鎧を身に纏い蟻達を根こそぎ駆除する。

 俺は取り戻す事が出来るのだろうか、故郷を。あの美しい大地を、あの惑星を。

 生きていく希望を。



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