17話 Counter Rockets 下
エメリ達に姿を隠してもらいながら、俺達は巣の中を目標地点目指して進んでいた。
蟻の巣の中は、俺の想像よりも理性的な構造だった。
綺麗に磨かれた岩石の様な円筒状の広々とした通路が、俺達にはまだ未知の社会がある事をうかがわせる。
既に入り口から数キロは進んだ筈なのに、巣の中は青白い光に包まれている。
暗視モードにする必要は無いようだ。
『……明るいな……』
『この壁、大理石に似ているね……巣の中は全部同じ材質なのかな』
『と言うかこの光、通路自体が発光しているのか?』
『こんだけ通路がピカピカだと、勢いつければパワードスーツでもスケボー見たいに、壁を沿って回転出来るんじゃねえかな?』
『やるの、ウィル?』
『……今は止めときます』
『入り口はあんなに真っ暗だったのに、中は広いし明るいしで、もう訳が解らんな』
未知の体験に皆が感想を漏らす。
中には畏怖や感動の念を込めているが、こんな物を見せ付けられては仕方ない事か。
俺個人の感想としては、正直な所を言うともっとグロテスクで古典的なSFホラーを体言した様な内装を想像していたのだ。
だが実際は違っていた。
蟻達は今まで映画の様な化け物だと考えていたが、ここに来て何かしらの意図を持っている生物なのだと実感させられる。
それでも、俺の中にあるやつ等への殺意が消える事は無いのだが。
『人間でもないのに、こんな物を建築する事が可能なのか』
『本来の蟻も、巣の建築技術は人間に負けないものだったらしいよ』
知らず知らずの間に呟いてしまった俺の独り言を、エメリが補足してくれた。
『不思議だよね、虫って私達が自分達より「賢くない」って思ってても、実際に調べてみたら、びっくりするくらい合理的だったり、高度な技術を持ってたりするの』
エメリは敵地の中だと言うのに、どこか夢中になりながらあどけない柔和な笑みを作る。……天然なのか、それとも肝が据わっているのか。
その柔和な笑みが『オーガ』のヘルメット越し、もっと言うならカメラ機能の付いた通信ウィンドウ越しで俺に向けられるが、俺はヘルメットの視野に映ったものを見て、銃口をそちらへ突きつけて後方の皆へ立ち止まる様に手で示した。
俺達が進んでいた通路の横道から労働蟻が一匹、何かを引きずる様に後ろ歩きで姿を現す。
『前方、11時の方向、労働蟻が1匹……こっちには気づいてないです』
後方から各員が身構える音が聞こえるが、俺は目の前の労働蟻から目を離さない。
……大丈夫だ、俺達は見えてない筈。
『撃つなよ、通り過ぎるのを待て』
『
他の労働蟻も姿を現した。どうやら3匹がかりで運ばなければならないほど、大きなものらしい。
『あれは……マジか』
俺は労働蟻が引きずっているものを見て目を丸くした。
3匹の労働蟻が、自分達より体の大きい労働蟻を顎で押えつけながら運んでいるのだ。
運ばれている大きめな労働蟻は一応抵抗しているが、衰弱している。
一体どこへ運ぶ積もりなんだろうか。
看病するのか、共食いするのか見当がつかない。
『なんだあれ……ユーリー隊長、どうしますか?』
『進行方向は俺達と同じようだな、なら様子を伺いながら進むとするか』
俺達は目的地を目指しながら、3匹の労働蟻を追跡し始めた。
3匹の労働蟻を追いかける道中、幾度か他の労働蟻と遭遇し、触れ合える距離まで近づいたが、エメリ達のお陰で全く気付かれない。
あれだけ入り口で派手に騒いだのに巣の中にいる蟻達は落ち着いた様子で動き回っている。
お前らさっきまでは必死で、逃げてたんじゃなかったのかよ。
他の小隊はエメリ達が使う超常の力を実感し、感心していた。
『俺、今日からオカルト信じちゃいそう。隊長、この任務が終わったらオカルト同好会を一緒に作りましょう、彼女を作る呪文を一緒に開発するんです!』
『嫁さんにぞっこんだから断る。蟻共が横道に入ったぞ、どうするユーリー?』
3匹の労働蟻が横道に入った。
後を追うかどうか、他の小隊長が現場指揮を任されているユーリー隊長に確認をとる。
『コウタロウ、覗いてみろ。まだ道が続いている様なら諦めて先に進む』
『了解……中は行き止まりですね。どうやら、部屋見たいです。……うげ』
『どうした、コウタロウ?』
『えっと……部屋の映像を皆に送るんで、見て下さい』
俺は自分が現在進行形で目にしている光景を他の皆に送りつけた。
『ウヘエ』
『まあ、グロイ』
『サバトかよ』
『地獄絵図じゃないか』
青白い開けた空間になっていた部屋の中で、中央に堂々とした巨大な穴があり、その穴の中を煮えたぎる溶岩の様なものが充満していた。
まるで溶鉱炉だ。底は一体どこに続いているのだろうか。
その溶鉱炉の中に、労働蟻が交代しながら様々なものを投げ込んでいる。
蟻達が取ってきたであろう植物や岩石、原種生物達の死骸。先程の衰弱した労働蟻も容赦なく投げ込まれ、生きたまま正体の解らない液体の中に沈んでいく。
『これで、蟻達が集めてきたものがどこに行っているのか解ったな』
予想外の光景に息を呑む俺達を他所に、蟻達は作業を続けていた。
――親父やエミリも、この中に沈んでしまったのだろうか。
蟻に対する怒りが、黒く熱い激情となって俺の心を焦がした。
『撃つなよ、コウタロウ』
『……大丈夫です、ユーリー隊長。我慢は得意な方なんです』
俺たちは今、目標地点にだいぶ近づいていた。
道中、自分の体に蜜状の液体を腹がパンパンになるまで溜め込み、それを他の蟻に口移しで配っている新種を見つけたりもしたが、溶鉱炉での悪夢が俺達を押し黙らせていた。
『あーー! 嫌なもの見た、嫌なもの見た、嫌なものみーーたーー!!』
再び目的地へと目指す中、重苦しい沈黙をアティさんの叫びが撃ち破った。
労働蟻が近くにいるがアティさんの叫びを認知出来ていないのか、素通りしていく。
エメリは少し慌てながら、アティさんに近づく。
『アティさん、落ち着いて下さい。一応説明した通り、能力が効いている内はある程度騒いでも大丈夫ですけど、蟻達が強い「矛盾」を自覚してしまうと見つかっちゃいますから』
エメリの後ろにいる他の「ディヴォーション」の2人も肯定する為に強く頷いている。
『うーー、解ってはいるけど、鳥肌が止まんないわね。て言うか、なんだったのよ、あそこは』
『んなもん、学の無い俺らに解るわけないしなぁ。お嬢さん方はどうだい?』
ベニーがエメリ達に話題を振る。
……こいつ、俺の時とは違って女性相手には妙に紳士的なんだよな。このムッツリめ。
『うーん……自分達がせっかく集めてきた資源をわざわざあの中に放り込んでるから、少なくとも何かしらの用途はあるんじゃないかなあ』
『あの液体、意外と蟻のご飯なのかも知れません。先ほど見かけたミツツボアリに酷似した未確認種が労働蟻たちに口移しで蜜を与えていたじゃないですか、もしかしてそれの原料かも』
『えと……その……恐くてあんまり見れませんでした』
三者三様の答えが返って来た。
俺としても、最初に言ったエメリの様に単に捨ててるだけには思えないんだよなあ。
かと言ってアレが蟻の飯になるとは考えたくない。
そしてベルサちゃんはこの場にいるのが本当に気の毒になって来た。
『考えるなら後で好きなだけ出来るさ。ベルサ、恐いならオジちゃんが手を握って上げるぞ』
『俺達もー!』
『だ、大丈夫です……皆さん、あ、ありがとうございます……』
野郎共がハイスクールにも入っていない少女に野太い歓声を叫びながら気遣う。
なんだろう、一見微笑ましいんだけど凄いそわそわする。法的に。
『おい、コウタロウ。気づいたか?』
『ああ大丈夫だ、お前が年下趣味なのは知ってる』
『違えよ、正面奥を見ろよ。見えたぜ目的地』
ベニーが言う通り、俺達が巣の入り口からひたすらに押し進んだ通路の正面奥に部屋が見える。
待望の目的地が見えて来た。
ここから部屋の全貌を見る事は出来ないが、今まで見て来て他の部屋同様にプライベートを守る為の扉は無く、小さめの労働蟻が3匹通れるくらいの幅の出入り口から室内の様子をうかがえた。
目的地の部屋は先ほど見た溶鉱炉よりも広く、内装も他の部屋と大分違う。
ここから見る限りでは壁には大きさにバラつきがある六角形が模様としてパズルの様に刻まれていた。
『あれ……あの模様って……』
『エメリ、どうした?』
壁の模様を見て訝しむエミリの声を聴いて、俺は思わず聞き返す。
エメリはしばらく考え込んでいるように唸る。
『うーん……何かに似てるんだけど……』
『何にしろ、もう目と鼻の先だ。何があるかは行って見てのお楽しみだな』
ユーリー隊長に促されるままに目的地の部屋へと入り込む。
通路で見た時よりも開けたドーム状の空間に、壁一面にある六角形。
それらが全て青白く輝いている様はある種の神聖さを帯びていた。
光景に圧倒されつつも、俺達は目的を達成するために入り口の反対方向にある、更に奥へと続く通路まで移動した。
『よし、ここで十分だろう。3人ともやってくれ』
『はい』
エメリ達「ディヴォーション」の3人が頷くと、パワードスーツ越しに背負っていた白いランドセル状の機械を降ろし、起動させる。
3つの白いランドセルが一斉に開くと、球状の「トム軍曹」18機が前人未到の通路へと流れ込んでいく。
最後尾の「トム軍曹」が変形して蜘蛛の様な足を展開させると、俺達へと振り返り、別れの挨拶をする様にアームを1つ挙げた。
『アバヨダチコウ。マリーニ、愛シテイタト伝エテクレ』
それだけ言うと二度と振り返らずに通路の奥へと消えていった。
消えて行った「トム軍曹」を見送りながらベニーが疑問を口に出す。
『あいつら、もしかして1体、1体、性格違うのか?』
誰もが「さあ?」と思う空気の中、ヘンリー教授の言った事を思い出し、俺は個人的な感想を述べる。
『だとしたら金かけてるところ間違ってると思うわ、俺』
『お前ならどこに金をかける?』
『戦闘機能』
『だろうな』
俺達の雑談を他所にユーリー隊長が前哨基地へと連絡を行う。
『
『こちらCP、良くやったな。「トム軍曹」はこちらで追跡出来ているぞ。陽動隊の方も上手く行って、無事に兵隊蟻共をステーキにしてやったよ』
吉報に俺を含めて幾人かが感嘆の声を上げ、軽快な口笛の音が響く。
『焼き加減はどうだ、ちゃんとヴェリー・ウェルダンか?』
『いいや、ウェルだよ。焼いた時に肉汁が少し出るくらいが好きなんだ。迎えのヘリをこれからそっちへ送る。諸君らの帰還を待っているぞ、以上だ』
上機嫌なまま前哨基地との連絡を終えると、俺達は隊列を整えて帰路へと移った。
肩の荷が降りた為か、皆の足取りが少し軽くなる。
俺自身も胸をなでおろしていた。
これなら妹との約束を守れそうだ。そして人類の武力が正しく発揮出来れば、蟻は苦戦する相手ではないと確信出来た。
心に余裕を持ちつつ、本格的に攻める時まで見納めになるであろう部屋の模様を見上げて見た。
六角形が青白く光りながら点滅を始めていた。
……点滅?
――急に背中から刃物を突き立てられた様な悪寒が走る。
『……っ!? ……気のせいか……』
『オーガ』のバイタルは俺が急に心音を上げた事以外の異常を伝えては来ない。
勿論、俺の背中にはどこにも怪我は無い。
今のは殺気と言うやつだろうか。一体だれが――。
『おいおい、なんだ!? 部屋が急に点滅を始めたぞ!! 気づかれたのか!?』
周りの皆も異常を感じ取り、即座に身構える。
『いやあああああああぁぁっっ!! ごめんない、ごめんなさい、ごめんなさい!!』
列の後方から少女の悲鳴が響いた。
――ベルサちゃんか!?
何事かと俺達が一斉にそちらへと振り向くと、ベルサちゃんが血の気を失いながら、何かに酷く怯える様に床にうずくまっていた。
『脳波に高負荷を感知、セーフモードに切り替わります』
ベルサちゃんのパワードスーツが人体保護プログラムを起動させ、救護の為か電磁バリアが消失の光を発した。
それをエメリとミレーユが立ち上がらせようと近づくと、2人にも同じ事が起き、床に手を付いてしまう。
『痛い!! 止めて、無理矢理入って来ないで!!』
今度はミレーユが苦痛の悲鳴を上げ始めた。
急変した事態になすすべも無く、俺達は3人に急いで駆け寄り、俺はエメリをパワードスーツ越しに抱き起こす。
『うっ……っつ……コウちゃん……』
エメリは他の2人と比べると症状が比較的軽い様だ。
新芽を思わせる瞳が苦痛に歪めながらも俺の方へとしっかりと向けられている事に僅かならが俺は安堵する。
『3人とも急にどうしたんだ!? 超能力の使い過ぎなのか?』
エメリは顔を横に振る。
『違うの……多分だけど……バレた……自分の子供達が一気に沢山殺されちゃったから怒った見たいなんだ……本当に凄い怒り……たぶんそれが……一番感応性が豊かだったベルサちゃんが感じ取っちゃって……私たちにも……』
エメリが苦痛を感じながらも自分達に起きた事を断片的にだが伝えてくれる。
この情報が確かだとすれば――いや、今はそれよりも目先の問題だ。
エメリの言った事が事実だと証明するかのように、通路から労働蟻達がこちらの様子をうかがっている。
その内の数匹が巣の奥へと引っ込んだ。兵隊を呼ぶ積もりか。
『各員、これより全力でこの巣穴から脱出するぞ!! 殿は俺達48小隊が引き受ける!! 他の2小隊は3人を牽引しながら先導してくれ! 時間との勝負だぞ!!』
ユーリー隊長の指示が各員へと一斉に伝わる。
俺達はその指示を発破にして意識を切り替える。
エメリを先導する2小隊に預けようとすると、エメリが瞳を大きく開く。
『そうだ思い出したよ! この模様、ハチの巣穴に似てるんだ!?』
『ハチ……? ハチって……なんだ?』
俺の疑問にエメリが苦痛に耐えながらもどかしい表情をとる。
『えーと、昔地球にいた虫の名前なんだよ!! 飛行できて、人間の建築物に巣を作るの!! その巣の断面図がここの模様とそっくりなの!! あとあと、学術的には蟻とハチはある意味仲間で――』
点滅していた部屋中の六角形の模様が急に輝きを発しなくなった。
それと同時に室内から謎の熱源反応が急激に増えている事を『オーガ』がレーダーに表示していく。
俺は熱源の示す方向へとREC21を向けるが光の消えた模様以外何も無い。
『すまん、エメリ!! 必死に説明してくれているところ悪いが、解り易く説明してくれ!』
『――この部屋、蟻達の幼虫室なんだよ!!』
エメリが叫ぶと同時に、部屋の六角形が内側から弾けて一斉に何かが飛び出してきた。
尋常でない速度と数だ、俺は一瞬撃つべきかと迷い――
『いかん!? 伏せろ!!』
ユーリー隊長の指示通りにエメリを庇う様に一緒になって床に伏せた。
直後に黄色と黒のまだら模様をした大量の未確認生物が、伏せた俺達の頭上を高速で過ぎ去っていく。全容はよく解らないが、先端には長く鋭く反射する刃物の様な顎が見えた。
他の隊員達も危険を察知して床に伏せていくが、他の2小隊の内、2機の『モノノフ』がパニックになってしまったのか、飛んでくる何かに向かってREC21を乱射した。
『馬鹿野郎!? 早く伏せろ!』
俺は手遅れになるのを感じながらも思わず叫んだ。
『来るなあああああああああああ゛ぎ!?』
『い゛』
REC21が幾つかの未確認生物を撃破した様だが、それと同時に2機の『モノノフ』が未確認生物に引き裂かれてしまい、彼らの四肢が『モノノフ』ごとバラバラに散らばった。
未確認生物の軍団は、俺達を無視して巣の入り口の方向へと飛んでいってしまう。
――辺りが静まり返った。
俺達はその場から立ち上がりつつも立て続けに起きた異常事態とそれによって死者が2人も出た事実に愕然とする。
何が起きたか解らぬままに引き裂かれて死んでしまった仲間の遺体へと同じ小隊の隊員が駆け寄る。
『……ドッグ・タグだけでも、回収させてくれ……胸部装甲についてる筈だ』
遺体へ駆け寄った隊員が静かに声を絞り出すと、ユーリー隊長は黙ったまま頷いて肯定した。
『タグを回収したら隊列を組みなおして直ぐにここから出よう。ウィル、今の内にさっきのヤツらの死骸を、録画して置くんだ。俺はCPに連絡を入れる、ヤツらはきっと基地に向かってる筈だ。コウタロウ、ベニーは後方の警戒、アティはエメリ達の牽引を手伝ってくれ』
『了解、コウタロウ、エメリちゃんは私に任せて、後ろを宜しくね』
『頼みます、アティさん』
俺はアティさんにエメリを託すと、皆が作業をしている間、部屋の奥への警戒を続ける。
内側から破損されている六角形の穴からは、溶鉱炉で見た液体が垂れ落ちている。
溶岩に似ていたあの液体だ。
そして俺は、液体でグチャグチャになった六角形の中でまだ破損していない模様を見つけた。
他の六角形のマスより大きい。
『ユーリー隊長、まだ無事な穴があります! それも大きいのが残ってます!! 破壊許可を!!』
俺はそれを危険なものだと判断し、ユーリー隊長に許可を求める。
六角形にヒビが入った。
俺とベニーはREC21を構え直し、引き
『待て、材質的に銃撃が効かないかもしれん。産まれる瞬間は無防備な筈だ、そのタイミングで撃て!』
『
返事をした直後、六角形のヒビが全体に渡り破砕する。
先程とは違い、今度は通常の兵隊蟻より一回り大きい蟻が例の液体にまみれながら出てきた。頭部が皿の様に丸く、他の蟻と違い腹部が反っており俺達の方に向けられている。
俺とベニーが引き金を引くと同時に、構えているREC21からマズルフラッシュが絶え間なく瞬く。僅かに遅れて銃撃音が鳴り響く。
『なっ……あいつ、弾丸を頭の皿で受け止めてるぞ!?』
『そんなのありかよ!? 丸で盾だな!』
六角形から這い出てきた生まれたばかりの蟻は、自身の特徴である頭部の皿で俺達の射撃を受け止める。
弾丸は頭部の比較的浅い所で埋まり込んでいた。
「ゴッ、ギギギギギギギギギギギ」
皿頭の蟻が奇妙な鳴き声を上げる。
威嚇の積もりかと思ったが、それが直ぐに勘違いである事を思い知る。
部屋の出入り口の2か所から、労働蟻が入り込んできた。
そしてその様子が通常の労働蟻と違う事を俺はいち早く理解した。
ヘンリー教授が行った実験の果てに凶暴化した労働蟻達、それに酷似している。
凶暴化した労働蟻達が「皿頭」を守る様に陣形を整えると、こちらに襲いかかろうと詰め寄って来た。
『退路を開くぞ! お前の出番だ、ウィル!! 好きなだけぶっ放せ!!』
『その命令を待ってたぜ!! ユーリー隊長!』
ユーリー隊長がウィルに命令すると同時に、ウィルが構えていた火炎放射器を全力で放射する。
火炎が怒涛の勢いで凶暴化した労働蟻を飲み込んでいく。
「キイイイィ」
業火が部屋の入り口の方から襲ってくる労働蟻達を焼き尽くす。
『今だ!! 35小隊と28小隊、ウィルと連携して正面突破を!! 俺とコウタロウ、ベニーが殿だ!! アティ、俺達の撃ち漏らしを頼む!』
『了解!!』
ユーリー隊長の指示に返事をしながら俺達は再び銃撃を開始する。
襲ってくる労働蟻の勢いが削がれたタイミングを見計らって、『オーガ』のバックカメラを頼りに後ろ向きにホバー移動で後退して行く。
部屋を脱出すると、再び労働蟻が追いかけて来る。
背後から聞こえる銃撃音からして、反対側も同じ状況の様だ。
敵地からの撤退戦が始まった。
陽動隊を乗せたビークルは前哨基地を目指す帰路についていた。
キング・コブラ5機は上空で前哨基地へとだいぶ先に先行して進んでいる。
兵隊達が賑やかに歌を口ずさむ。
歌の内容は地球時代からあったもので、それを軍では訓練兵がトレーニングを行う際によく歌わされていたのだ。俗に言うミリタリー・ケイデンスである。
歌詞の内容も軍隊の練習用に作られただけあって下品なものになっていたが、1つの戦場を無事に切り抜けた兵隊達にとってはこのうえなく陽気な歌詞だ。
イーニアス上等兵も仲間たちと一緒に下品な歌を口ずさんでいた。
そんな中、エイブラム隊長が陽動中にイーニアス上等兵が言っていた事を思い出し、尋ねた。
『なあ、イーニアスよう、彼女と別れたってマジか?』
『ええ、マジですよ。何ですか、
『いやーほら、お前一月くらい前に酒の席で言ってたろ? 結婚するかもーとか、彼女が軍人辞めさせたがってるーとか』
『……ああ、そんな事も言いましたね』
『そう不機嫌な顔すんなよ、お前より8年ばかし先に生きてる人間のアドバイスだがな、男には……いや、軍人にはな軍以外の帰り場所ってのが必要なのさ。じゃないと、心が戦場から帰れなくなる。そうなると最悪、
『俺は別に……それでも……』
『先人としてお勧めはしないぞ。別に軍を辞めろとは言わん、彼女との事もな。ただ、お前の居場所を軍だけにする必要は無い。耳が痛くても、自分を想ってる相手ならそれこそ真剣に接するんだ――相手の愛想が尽きてない内にな?』
そう言ってエイブラム隊長はイーニアス上等兵に鋼鉄の腕でサムズアップする。
『はあ……向こうがまだ聞いてくれるなら、話合って見ますよ』
『そうしとけ、そうしとけ』
エイブラム隊長の笑い声が響いた。
すると、コマンドポストである前哨基地から通信が各員へと一斉に飛んで来た。
『お、もしもし、こちら陽動隊だが――』
『緊急事態だ、繰り返す。緊急事態だ。潜入隊から敵の新種、飛行型がこちらに大群で向ってるとの連絡を受けた。急いで――』
通信の内容にイーニアス達がきょとんとした僅かな間だった。
エイブラム隊長は自分達の頭上を過ぎる大きな影の存在に気づいた。
『おい、なんなんだよ、あれは?』
見上げると今まで見た事の無い羽を生やした奇妙な虫の大群が自分達の頭上を通り過ぎ、キング・コブラへと向っていく。
自分達に迫る脅威に気づいた5機のキング・コブラが避ける為に大きく機体を上昇、旋回させていく。
5機中、4機が大群に追いつかれる前にその場を離脱するのに成功するが、逃げ遅れてしまった1機の中央の巨大なプロペラ、メインローターに虫が数匹激突していき、虫が切り刻まれていく。
虫の激突によって損壊したメインローターは本来の能力を損ない、ヘリは上昇を止め、機体尾部にある小さなテールローターだけが回転しながら地面へと落ちて行く。
何が起きているか現状を掴めぬまま、ヘリのパイロットが必死に操縦かんを制御しようとしている様が、徐々に見えてくる。
こちらへと落ちて来ているのだ。
『おい、こっちに墜ちてくるぞ!?』
「解ってるから、何かに掴まれ!」
イーニアス上等兵達を乗せたバギーの運転手が、自分のドライブテクを駆使して何とか危機を脱しようとすると同時、ヘリが激突する。
イーニアス上等兵は激しい衝撃と共に浮遊感を体に感じた。
直後に車中から放り出され、地面に叩きつけられた所で、イーニアス上等兵の意識は途絶えた。
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