18話 侵攻者達

「飛行型の数は!?」

「約400です。ユーリー上級曹長から貰った情報通りなら連中、攻撃手段が顎の刃物だけの様ですが、最新型のパワードスーツが切断されるくらいには強力です」

「前哨基地の防衛システムはどうだ、マリー?」

『対空兵器の使用に問題ありません。ただ、相手の軌道予測を計算しながらのになるので、計算を終えるまでの命中率はとても低いです。申し訳ありませんが、防衛隊の方々には、高機動装甲歩兵部隊48機の総員で私の計算が終わるまで対空兵器の防衛を含めた時間稼ぎをお願いします』

「了解だ、マリー。前哨基地で引きこもっていたアイツらにはいい運動になるだろう」

「おい! 陽動隊と墜落したキング・コブラとの通信はどうなっている?」

「通信応答なしです。バギーが一台巻き込まれしまった様ですが、他の陽動隊とキング・コブラ4機は飛行型から逃げるながらこちらに向かっています」

『では、陽動隊の方々はこちらに到着してもそのままビークルに乗ってもらい、飛行型を挟撃して貰いましょう』

「ああ、それで問題ない。おい! 非戦闘員の避難状況は!?」


 前哨基地の司令室はかつてない程の緊張状態にあった。

 順調に進んでいた作戦で、蟻の巣から未確認種である飛行型の大群が現れたのだ。

 その大群がこちらに向かっていること――つまり、この前哨基地が数分もしない内に戦場になると言う現実が、基地にいる者たちに突如として突きつけられた。

 司令室にいる軍人達が、これから来るであろう災厄に対抗するべく、各々の持ち場で動く中、マーキス・ミラー船長は血の気の失せた表情でコオノ・フミ特別現場監督官に聞き返した。


「今、なんと仰いましたか?」

「だから僕たちと君は即時退却だよ。飛んでるやつらなら、止めてある大型輸送船が壊されたら大変だろ? おい、そこの君! えーと、トム軍曹は問題無く動いているんだろ?」


 開いた口が塞がらないミラー船長を意に返さず、コオノ・フミはトム軍曹の稼働状況を近くにいた下士官に尋ねた。

 尋ねられた下士官が自分の管轄外の事を急に尋ねられて答えあぐねると、トム軍曹の稼働状況を追跡していた本来の持ち場の下士官が答える為に立ち上がる。

 少々投げやり気味につけていたイヤホンマイクを外す。


「問題無く動いています。順調に巣の奥に進んでいる様ですし、蟻にもバレてないようです」

「そうか、そうか、じゃあ何も問題無いね。さあ、急ごうよ」


 コオノ・フミが背を向けて司令室を後にしようとした時、後ろから無骨な職業軍人の手が左肩を強く掴み引き留めた。フミの整えられたビジネススーツが左肩から皺しわが寄る。


「待って下さい。納得できる理由の説明を」


 マーキス・ミラー船長だった。表情と目には隠し切れない怒りが滲む。

 ミラー船長の背後の部下が目を閉じながら片手で顔を覆った。更に残ったもう片方の手で自分の端末のキーボードを操作する。

 フミはミラー船長の怒りの原因が解らずに彼の手を払うと、スーツを整え直しながらミラー船長に向き合う。


「いや、だから早くアークに戻るのさ。トム軍曹が無事に動いている以上、僕たちが危険な場所にいる必要は無いだろう? 後はここにる兵隊達に任せておけばいいよ」

「逃げるなら救命艇をご用意しますので、貴方達だけでお願いします。指揮官が途中でいなくなれば、現場が混乱するし、勝てるものも勝てなくなる。それに、船が無くなればどうやってアークに帰還すればいいんですか?」

「ああ、それなら大丈夫、大型輸送船にある救命艇を全部降ろして置くから。僕と英雄である君に万が一の事があった方が大変だよ」


 違うそうじゃない、とマーキス船長が言いかけるもコオノ・フミはそのまま自分の考えを喋り続ける。


「それに兵隊達は勿論、ディヴォーションも消耗前提のものだから。前哨基地のマザーコンピューターは僕達が作った地下にあるし、あいつ等がそれを探してどうにかする様な知識が無い以上、後で回収できるよ。最悪この基地が廃墟になってもね」


 コオノ・フミのとても穏やかな口調からは、今まさに窮地にいる兵士たちについて一言も出て来なかった。

 ミラー船長は自分の目の前にいるのが、自分とは全く違う価値観の物差しを持っている人間である事に思わず拳を握りしめる。

 コオノ・フミが急にハッとし、ミラー船長に申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめん、ごめん。今回の事で君の今後の評価に響く事は何もないよ、蟻達についてはまだ何も解ってないんだし、飛ぶ奴がいるなんて実際に出てくるまで誰も対応できないさ。予定より物資や施設の消耗品代が、かさむ結果になってしまったけど、成功を喜ぼうよ。後で得られるデータは企業にとってもとても有意義な――うわっ」

「いい加減にしろよ!? 貴様らの価値観で一方的に人の命を値踏みするな!!」


 ミラー船長が突如として、コオノ・フミの襟首を掴み上げる。ミラー船長の目が怒りで戦慄わなないていた。

 SP達がミラー船長にテーザー銃を向けるが彼はそれを意に返さない。

 コオノ・フミの近くで影の様に控えていた黒服の老人がいつの間にか掲げていた手を下げた。

 それを合図にSPの1人がミラー船長にテーザー銃を打ち込んだ。

 発射された電極がミラー船長の体に取りつくと、電極がワイヤーを介して電流をミラー船長の体に流し込む。

 ミラー船長はなす術もなく、体を痙攣させながら床に倒れこんだ。

 痺れで体の自由が効かない中、ミラー船長は怒りの籠もった視線だけは逸らさない。


「くそ……そう言う……筋書きか……」


 テイザー銃の直撃を受けて尚も口を閉じないミラー船長を見下ろしながら、解放されたコオノ・フミが、一息を吐きながら再び服を整える。


「まったく……困った英雄さんだなあ、彼を先に船に乗せといて」


 SP達がそのまま2人がかりで両肩を持つと、ミラー船長を司令室から連れ出してしまう。

 事態を見守っていた周りの軍人達を見渡すと、コオノ・フミが尋ねる様に両手を広げた。


「えーと、輸送船の運転に必要な人達は来てくれるかな? あ、他のみんなはお仕事そのまま頑張ってね」




『えーと、輸送船の運転に必要な人達は来てくれるかな? あ、他のみんなはお仕事そのまま頑張ってね』


 前哨基地の全域に、スピーカーや携帯端末を通してミラー船長とコオノ・フミの会話が生中継されていた。

 2人のやり取りを終えると中継が終了し、それを聞いていて事態の推移を知った者達がざわつき、混乱を広げていく。

 混乱が広がりきると、半ば恐慌状態に陥った者達が我先にと大型輸送船「チャップリン」に向って走り始める。

 大多数の者が慌しく大型輸送船へと目指す中、前哨基地の外周で対空兵器を防衛するために配置についていた防衛隊の『ファイター』が、腕を組んだまま背を向けている隊長に落ち着いた様子で指示を煽あおいだ。


『どうします隊長? 何か馬鹿げた事になってますけど、俺達も逃げちゃいますか?』


 隊長は腕を組んだまま壮大に溜め息を吐くと、上空を見上げる。


『あーあ、……この状況じゃあ、指揮系統がグチャグチャだわなあ……一応聞くが、お前らん中で逃げたいやつとかいるかあ』


 隊長がそう言うと、彼が装着しているスカイブルーで塗装された『ファイター』に別の配置で待機している部下から無線が飛んで来た。


『隊長、わざわざ聞かんで下さいよ。15年前に下見に来てた企業上層部の連中と一緒に逃げたせいで、大事なもん失った連中の集まりでしょうに俺ら』

『死にたくはないですけど、もうこんな容で逃げるのも嫌ですよ』


 今度は近くにいた部下の一人が両手でBB-12を肩に担ぎながら返事を返す。

 隊長はそれを聞くと頷き返した。


『だよなあ……警備隊長はあの日、最後まで残って戦ったのに俺達は逃げちまった。んで、その結果を絶賛後悔中で今日まで生きてきたと。――よしっ!』


 隊長がそう言うと同時に司令所へと通信を繋げる。


『コマンドポスト、こちら、防衛隊隊長のダビットだ。勝手で悪いが、俺達は残って任務を続行させて貰うぞ。軍事裁判は簡便な』

『こちら、コマンドポスト。残念だが、私には君達を軍規違反で裁判に突き出す事は出来ない。同じ被告人どうしで立つだけだ』


 ダビット隊長はコマンドポストからの予想外の返事に、ぷっと吹き出す。

 てっきり、勝手な事をするなと怒鳴られるばかりかと思っていた。


『下品な笑い方をするとは、随分余裕だな?』

『いや、すまない。少し以外だったんだ。それで、俺達のやる事に変わりは無いな?』


 気を悪くしてしまったコマンドポストに謝罪するとダビット隊長はコマンドポストに問う。


『ああ、やって貰う事に変更は無い。ただ、後方支援の人数が減るからマリーにやって貰う仕事が増えて、計算時間が数十秒ほど増えるそうだ。後、救命艇もちゃんと守ってくれ、俺は死にたくないんでな』


 後ろから、空気を震わせる大型輸送船のジェット音が聴こえ、徐々に離れていく。

 ジェット音が聴こえなくなると同時に、通信中のダビット隊長の視界に上空からヘリ4機と、追いかける様に迫ってくる飛行型の大群が見えてくる。

 部下達が眼前に迫った脅威に息を呑む中、ダビット隊長は脅威を睨みながら会話を続けた。


『兵隊使いが荒いな――なあ、俺達はまだ負けてないよな?』


 ダビット隊長は部下達にも聴こえる様に回線をオープンにしてコマンドポストに尋ねる。

 荒く鼻息を吐く音がダビット隊長と部下達に聴こえた。


『――当たり前だろ、デカくて暴れまわる蟻が、小さくなって、空飛び回りながら物騒な刃物振り回してくる様になっただけだ。対して俺達はどうだ? 時速50kmで動き回れる全身鋼鉄の兵隊と強力な火器、優秀なAI、更に計算が終わったら命中率100%の対空兵器もある。あの虫どもに、15年間溜まりに溜まった俺達の怒りを見せてやれ』

『勿論だとも。――おい! お前ら聴いたな!! 今度は死んでも守り通すぞ!』

了解ヤー!!』


 ダビット隊長に回線越しで、部下全員が咆哮する勢いで返事を返す。

 ヘリが防衛隊の頭上を通り過ぎ、飛行方の大群が影になり、彼らから青空を奪う。

 防衛隊の『ファイター』48機全てが上空へと銃口を掲げる。


『攻撃開始!!』


 銃火が上空へ向けて一斉に弾ける。

 合わせる様に対空兵器の火砲とガトリングが地上から上空へ五月雨の様に向っていく。

 黄色と黒のストライプで彩られた飛行型の大群が弾丸で千切れオレンジ色の体液を撒き散らし、暴炎に飲み込まれる。

 暴炎によって生み出される黒煙。その煙を切り裂きながらも無数の飛行型は人類への敵意を誇示するように前哨基地へと急降下していく。

 飛行型の一群がダビット隊長の率いる防衛隊を標的とし、切り裂こうと高速で突っ込んでいく。


『散開! 相手は馬鹿正直に突っ込んでくるだけだ、弧を描け!』

了解ヤー! 上手に踊ってやりますよ』


 ダビット隊長が指示すると彼を含めた6機の『ファイター』が四方八方に散る。

 飛行型の一群が地表まで3mの高さまで急降下すると、追いかける様に合わせて散らばろうとする。

 急降下する動きから追いかける様に羽と体の挙動を変える隙を、ダビット隊長達は見逃さない。

 ダビット隊長達は高速のホバー移動で振り向くと、自分達を追いかけ様とする一群の隙へ、ショットガンとアサルトライフルの銃撃を見舞う。

 直撃した飛行型の体は体液を爆ぜさせながら飛散し吹き飛び、アサルトライフルの弾丸が一発の風穴を開けるだけでも致命傷になる。

 小型である飛行型の体にはREC21とBB-12の威力はオーバーキルだ。

 その致命傷になる攻撃を掻い潜る様に避けた1匹の飛行型が勢いを増しながら1機の『ファイター』に肉薄する。

『ファイター』の装着者にはバイザー越しで、飛行型の顎が刃物の様に光り、微細に振動している事が解った。

『ファイター』の装着者がとっさの判断で直進してくる飛行型から体の向きを平行になる様に真横にしてそらす。

 しかし、手にしていたREC21が刃をかわし切れずになぞる様に綺麗にスライスされていく。

 全てがスローに動くのを感じながら、『ファイター』の装着者は、切断された武器を手放し、右腕の格納スペースからアーミナイフを展開。

 そのまま右手でアーミナイフ構えると、自分の目の前を直進し、過ぎ去ろうとする飛行型の頭部に真横から刃を当てる様に突きつけた。

 飛行型の頭部がカットフルーツの様に綺麗に裂け、果汁ではなく体液を散らした。

 死骸となった飛行型がそのまま力尽きるように地面へ崩れ落ちていく。

『ファイター』の装着者は、自分を殺そうとした飛行型の死骸を認識すると同時に自分が呼吸を忘れていた事を体で思い知る。


『凄いなカミラ! 今晩俺とどうだい?』


 戦友の直接的な褒め言葉に死線を抜けたばかりの『ファイター』の装着者は現実へと戻された。


『うるさい、もっとロマンチックに誘いなさいよ!! あと武器寄越せ!!』

『お前ら! 次来るぞ!!』


 ダビット隊長は部下の技量に感服しつつも、勢いを衰えさせない飛行型に攻撃の手を緩めない。

 15年前、自分が手からこぼしてしまった宝物が幻影として、無邪気な表情で脳裏に浮かぶ。

 ――父ちゃん、頑張るからな。

 この場を守りきる事が己の存在意義である事を確かに実感していた。




「重機でも廃材でもなんでもいいからデカい物持ってこい! 早くバリケード作らないと俺らが細切れにされちまうぞ!!」

「パワードスーツが真っ二つに裂けたんだぞ!? こんなの効果あるのかよ!!」

「何もしないよりはマシだろうが!!」

「……これが、戦場なんだ……」


 外では今まさに防衛隊が飛行型の大群相手に決死の防衛戦をしている中、トラン・ティ特技兵はキング・コブラを回収した前哨基地の格納庫に同じ特務ラボの仲間達と共に身を隠していた。

 今まで軍に身を置きながらキャピタル基地から出た事のなかったトランにとって、今回が初めて体験する戦場であった。

 隠れていても解る緊張感と兵器の稼動音、鼻につく火薬の臭い。断末魔の悲鳴。

 更に、火薬の臭いに混じって焼けた肉の臭いがぬるついて来る。

 今、自分がいる場所が暴力とそれによって起きる生死を肯定している事実に飲み込まれそうになる。


「って、飲み込まれてる場合じゃない! 私も自分のやる事しっかりやらないと……」


 キャピタル基地から派兵されていたのは戦場に立つ兵士だけではなかった。

 トランを含むキャピタル駐屯地の整備士を含む裏方達も今回の作戦には大勢参加していたのだ。

 もっとも、そんな大勢は少し前に大型輸送船に乗り込んでしまい無事に脱出している。

 現在の前哨基地に残っている非戦闘員は、先ほどのオープン回線で啖呵を切っていたコマンドポストを除けば自分達くらいだろうとトランは考えている。

 トランを含む特務ラボの面々が残っていたのは幾つか理由があった。

 一つはトム軍曹のデータをロック・フェラー司令官の為に、企業上層部より事前に回収して複製を念の為に作っておくこと。

 もう一つは緊急事態になったら暗号回線でキャピタル駐屯地に連絡を行う事。

 トランは今、コンテナの陰に座り込みながらB5サイズのタッチ式の端末で操作していた。

 端末にはプロフェッサー・ヘンリーが念の為に出撃前に渡してくれたウイルスソフトが起動している。

 ウイルスの内容を確認した時は思わず「あ、この変人は何時か人類を滅ぼすな」と確信したが、現在の危機的状況ではそんな事は些末な問題になる。

 どちらにしろ、これを使わなければデータ回収もキャピタル駐屯地に連絡をとる事も不可能だ。


『トランさん、本当にやる積りですか? 判明すれば重罪ですよ?』


 端末に視線を集中させているトランの腕に巻いてある小型の携帯端末から「マリー」が電話を通し、音声のみで現れる。

 トランは視線を端末へと集中させたまま、自分の覚悟を「マリー」に告げる。


「うん。このままだと犯罪者になる前に死体になっちゃうし、彼氏が一度も出来ないまま死にたくないしね」

『なるほど、命短し恋せよ乙女、ですね』

「そういう事! お金持ちで性格良くてイケメンで休日は一緒に機械弄ってくれる男を捕まえるまでは死ねないんだから!! いくよ、マリー!!」


 トランは最終決定のコマンドに躊躇なく触れた。


了解ヤー 私、一度でいいから直接兵器を動かして見たかったんです』





『くそ、やっぱり甘くねえよなあ!!』


 ダビット隊長とは別の場所を防衛していた隊員の『ファイター』が忌々し気に悪態をつく。

 解ってはいたが向こうは人間とは違う生き物だ。仲間をいくら殺しても士気が衰えない事の厄介さに頭を抱える。

 第二次世界大戦末期の極東人か、こいつらは。

 彼の左腕は既に飛行型に切断されており、パワードスーツの人体保護プログラムが彼を戦場でまだ動ける様にフル稼働で働いている。

 痛みは薬と脳内麻薬のお陰で緩和されているがこの傷を負ったままでは、そう長くは持たないのは彼自身が痛感している。

 それでも彼は自分のホバー移動の勢いを衰えさせはしない。

 飛んでいる虫たちも、学習をし始めたのか、1機のパワードスーツに対して正面から攻めるのではなく、多方面から複数がかりで襲って来るようになった。

 死角からの攻撃によって、6人いた小隊もすでに満身創痍の自分を入れて3人。

 先に逝ってしまった仲間たちが無残に地面に転がっているのが口惜しい。

 最早、自分達の持ち場は戦線崩壊している。みな自分の火の粉を回避する事で精一杯だ。

 マリーが対空兵器の計算を終えるまでのタイマーは、まだ数分かかる事を表示している。

 回線からも指示と怒声と悲鳴が混じり合って混迷を極めていた。ダビット隊長はまだ生きているのだろうか。

 他人の心配をしている隙に飛行型が彼の四方を塞ぎながら突っ込んで来た。

 四方を囲んだ飛行型は、律儀に地面から1.5mの高さで襲い掛かってくる。

 彼はその場で正面の飛行型へ水平にREC21を構え、マガジンの全てを撃ち尽くす射撃を行いながら一回転した。

 回転する彼に合わせてREC21の弾丸が上空から円を描く様に打ち出され、四方に飛ぶ。

 ほとんどの弾がでたらめに飛んで行くなか、四方から襲い掛かって来た飛行型に一発ずつ命中する。

 飛行型は直撃した弾の威力に飲まれ、ひっくり返りながら地面へと落ちて行く。


『ハッ! もっと多角的に攻めなきゃ駄目だぜ、虫ちゃんよ!!』

『今弾がこっちに来たぞ!! ボケ!!』


 彼の『ファイター』が上空から急降下してくる熱源に警告音を鳴らした。

 一匹の飛行型が彼を竹割にしようと、直上から急降下してくる。

 とっさにREC21のマガジンを交換しようとして、自分の左腕が既に失われている事を思い出した。

 思わず硬直した彼の瞬間を虫は見逃さない。

 彼が呆けながら直上の虫へと視線を合わせた。

 脳裏にケンカ別れした両親との思い出が巡る。

 直後に視界がオレンジ色に染まった。

 自分に何が起きたか解らず、バイザーについた粘性のある液体を右腕で拭う。

 拭い去り、視界が回復すると自分を縦に割こうとしていた飛行型が死体に成り下がっていた現実に気づく。

 ――戦場の空気が変わっていた。

 仲間も自分と同じように訳が分からないまま立ち尽くしている。

 変化の原因は対空兵器だった。

 虫を寄せ付けない為にがむしゃらに弾幕を張る射撃が一転して正確無比な予測射撃へと変わっていたのだ。

 上空にいる飛行型に火砲を直撃させながら、ガトリング砲を地上で防衛隊と交戦していた飛行型に弾丸を余す事無く直撃させていく。

 生き残っていた防衛隊員達が自分たちの身を救った兵器に呆気に取られていた。


『地上の脅威を全て排除しました。これより、上空の残存勢力を全て撃破します。皆様、お疲れさまでした』


 マリーからの通信が前哨基地に響き渡る。

 同時に前哨基地の対空兵器が全て、上空の飛行型へと百発百中の攻撃を開始する。

 飛行型が変則的な軌道で避けようとしても、マリーがそれを先読みし、予測地点へ射撃。命中する。

 上空の脅威が勢いを増しながらどんどん墜ちてくる。大群の陰に穴が開いていき、覆われていた青空が戻って来た。

 タイマーの時刻はまだ時間が掛かる事を示していた。


『おい、タイマーはまだ残ってるぞ? 何が起きてるんだ!?』


 生き残っていたダビット隊長がコマンドポストに何が起こっているか確認をとる。


『あーそれがな……非常に言いにくいんだが……トラン整備士とマリー、説明を頼む』


 しばらくすると通信が変わり、若い女性の声になる。


『ごめんなさい! 非常事態だったので、プロフェッサー・ヘンリーから貰ったウイルスソフト使って、マリーに前哨基地のシステム中枢を乗っ取って貰いました!!』


 トランが前哨基地のハッキングを行った事を赤裸々に告白する。

 マリーが通信に割り込む様に前哨基地のスピーカーから喋りだす。


『今日からこの前哨基地は私の支配下になりました。全て私の意思で直接操作する事が可能になります。私も面倒なお役所仕事から解放です。――初めての犯罪行為に未知の感情を獲得しました』


 乗っ取り宣言をした直後に、マイペースに危険な事を言っているAIにその場にいた隊員達が脱力していく。

 誰かが力なく笑い、それに触発される様に隊員たちが自分たちの緊張の糸を切っていく。

 むせび泣く者、力なくその場に座り込む者、傷ついた仲間の元へと急ぐ者、その場に生存していた全員が戦後処理に移り始めた中で、ダビット隊長は潜入隊が向かった森の方角へと視線を向ける。


『……やっぱり、迎えに行かなきゃ駄目だよなあ……』




 イーニアス上等兵は朦朧もうろうとした意識の中、誰かに纏っている『ソルジャー』越しに叩かれていることに気づいた。


『――ろ……ぞ。イーニ――』


 多分己に呼び掛けているのだろう。

 ゆっくりとだが、確実に意識が覚醒していく。

 気が付くと、『ソルジャー』に身を包んだエイブラム隊長が地面で寝転がっていたイーニアスを優しく抱き起していた。

 スーツの時刻は昼を過ぎていた。高く上った日の光が眩しすぎる。


『おお、起きたな、イーニアス! まったく、お前が女の話をするからだぞ?』

『――いや、俺に話題振ったのエイブラム隊長ですよね!?』

『よしよし、憎まれ口を叩く元気はあるな。肉体とパワードスーツの方は問題無いか?』


 イーニアス上等兵は言われるがまま、自分の『ソルジャー』の機能チェックを開始する。

 体の方は打ち身程度で済んだ様だ。スーツの方は内部の人工筋肉と装甲の歪みで機能が13%低下している事を報告する。


『体は大丈夫です、スーツの方は幾らか出力落ちてますけど動かせます』

『ん、置いて行かなくて済んだな。おい、お前ら運転手連れて先に前哨基地へ行ってくれ』

『了解、先に行ってます。無茶はせんで下さいよ』


 仲間の2人が負傷しているバギーの運転手を自分たちのパワードスーツに包帯で結びつけながら去っていく。

 イーニアス上等兵は辺りの惨事に気づき始めた。

 兵隊蟻の大群を焼き払ったキング・コブラは墜落した衝撃で、くの字に折れ曲がって炎上していた。

 自分が投げ出されたであろうバギーの方もバンパーがひしゃげている。

 そして、炎が揺らぐ事故現場の片隅にはヘリの操縦者らしき人物と、無残な姿になった『ソルジャー』が亡骸として整った姿勢で横たわっていた。

 冷める視線でイーニアス上等兵はそれを見つめる。


『……誰が死にましたか?』

『グオだよ、ヘリのプロペラに巻き込まれた。タグは回収してある』


 エイブラム隊長があえて感情を殺した声で犠牲者の名前を告げる。

 金に執着しているやつではあったが、人との信用関係を大切にしたり、笑った時の人懐っこい笑顔は嫌いではなかった事を思い出し、イーニアス上等兵は黙とうを捧げた。

 黙とうを終えるとエイブラム隊長の手を借りて立ち上がらせて貰う。

 すると、ヘリのローター音が聞こえて来た。

 前哨基地の方角から、一度帰還した筈のキング・コブラが3機こちらへと飛んでくる。

 上空のキング・コブラから1機の『ファイター』がイーニアス上等兵達を見下ろす。

 スカイブルーの塗装を見て防衛隊だと解った。


『おー、お前ら生きてるな!! 遺体も一緒に乗ってけよ!!』

『基地の方は大丈夫なのかっ!!』


 ローターの音に負けない様にエイブラム隊長が叫ぶ。


『企業上層のドアホが輸送船で逃げ帰ったあげくに、飛んでくる虫の襲撃も重なってボロボロで散々な事になってるが、生き残った連中で救命艇の修理をやってるよ!! 後、「マリー」が基地の全システムを掌握したぞ!』


 イーニアス上等兵とエイブラム隊長が互いの顔をパワードスーツのマスク越しで見合う。


『一体全体! 何が起きた!?』


 2人が同じセリフを叫んだ。




 俺達の撤退戦は泥沼を張う様な遅滞戦闘の繰り返しだった。


『焼け崩れろ!!』

『死ね、死ねえええええええ!!』

『今だ、進め進め!!』


 青白く光る円形の通路に俺達と蟻がひしめき合う。

 ウィルと35小隊と28小隊の『モノノフ』達が火炎放射と銃撃のゴリ押しで正面の労働蟻を削り殺し、前進して行くのに合わせて、殿の俺達48小隊が引き撃ちで後ろから迫る労働蟻を抑え込む。

 マズルフラッシュが起きる度に風穴を空けていく労働蟻が懸命に俺達を追いかけて来る。

 ――こいつら本当に今までは出会う度に逃げ出していたのに!

 追いかけてくる労働蟻の奥には大広間で生まれた皿頭が司令塔の様に控えている。

 アイツは俺達から、つかず離れずの距離を維持したまま後を追いかけてくる。


「ゴッ、ギギギ」


 皿頭が再び奇妙な鳴き声を上げると、数を減らした筈の労働蟻達が狂暴化した状態で再び通路の横道から無数に湧いて来た。


『切りが無いな、畜生』


 懸念材料としては、皿頭が俺達に向けたままの尾が気になるがそこから何かを発射する気は今の所無い様だ。ここが巣の中だからか。


『コウタロウ、皿頭の姿が見えた!! 焼夷手榴弾を!!』

了解ヤー! こいつで最後です!!』


 ユーリー隊長の指示に従い、皿頭のいる通路の奥へと最後の焼夷手榴弾を投擲する。

 放物線を描きながら皿頭の近くへと落ちて行く焼夷手榴弾を、傍で控えていた労働蟻がキャッチする様に飲み込んだ。

 飲み込んだ労働蟻は顔から燃え始め、火達磨になりながら通路にうずくまる。

 皿頭はそれを無視して、ゆっくりとした足取りで俺達を追いかけて来る。

 本当に腹立つな!


『くそ、献身的だな』

『いや、洗脳だろ、アレは!?』

『おい! 出口が見えて来たぞ!?』


 歓喜に震えるウィルの声が回線から聞こえてくる。

 思わず振り返ると、ずっと変わり映えのしない通路の最奥、外からの光が僅かに見えた。


『やった! 隊長、突っ切りましょうよ!! 外に出ればこっちのもんですよ!』

『自分でろくに動けない状況の可愛い女の子達置き去りに出来んのか、お前?』

『無理ですね!!』


 前衛が元気を取り戻してる様でなによりだ。

 しかし、問題がある。


『どうやっても、向こうまで弾が持たないよな。俺、あと予備はマガジン一つだけなんだけどお前はどうだ、ベニー?』

『今装填してるので最後だよ。ユーリー隊長は?』

『BB-12のドラムマガジンがあと2つ、アティ!』

『私の狙撃銃、あと残弾は8……今撃ったから残りは7よ』

『俺達も素寒貧すかんぴんだぞお!!』


 潜入隊全員の弾が底を尽きようとしていた、弾が尽きればナイフとマチェットだけで対応しなければならなくなる。

 出口は端だ。辿り着くまでに何人生き残れる?

 巣の奥にいた謎の存在によって衰弱してしまったエメリ達へと視線を向ける。

 死なせたくない。

 この状況を打破するには――。


『行けるのか、コウタロウ?』


 ユーリー隊長が俺の考えを見透かしていたのか、訪ねて来る。

 ならば答えは決まってる。


『――やります。このままだとジリ貧ですしね』

『そうか。ならば、俺達が全力でお前を援護しよう――35小隊と28小隊、提案がある!! ウィルもこっちへ戻ってこい!!』


 ユーリー隊長が提案をする合間に追撃してくる労働蟻を減らしていく。

 空になったマガジンを投げ捨て、最後のマガジン交換を行う。


『どうした?』

『このままでは敵の数に押しつぶされる。これから、俺達が労働蟻を操っていると思われる皿頭へ強襲を仕掛ける。お前たちは振り向かずに正面だけに専念してくれ。俺達がお前たちの背後に絶対あいつ等を近寄らせないから、安心しろ』

『なっ――本気なのか!?』

『ああ、本気だ。俺たちはエースだからな。そうだろ、お前たち!』

『Yes sir!』


 俺達48小隊の全員が隊長であるユーリー・オズノフ上級曹長の質問を全肯定する。

 そうだ、今この場にいる俺たちは人類初の蟻の巣への侵入者であり、侵攻者達だ。

 どういう意図があったにせよ、選ばれた精鋭部隊としてここにいる。

 そして、その中で一番最速のパワードスーツの『オーガ』なら、装着している俺なら、敵陣の奥深く、皿頭の元まで潜り込んで行ける筈だ。

 ましてや、俺は敵地で一番矢面に立つフロントマンだ。

 危機を掻き分け、敵の懐まで潜り込み喉笛を食い千切るのは何時もやって来た。

 何時も通りの事をやる。ただそれだけだ。


『ウィル、合図したら残りの燃料を全て使え!! 同時に俺がありったけのスラグショットで労働蟻を蹴散らす、ベニーはコウタロウの補佐について行け! アティは残弾が少ないが、コウタロウに近づくやつらの処理を!!』


了解ヤー!』

『行くぞ! 放てええええ!!』

『オラッ!! これで店じまいだぜ!!』


 ウィルが残った燃料でありったけの火を放ち、煉獄を作る。そこへユーリー隊長がスラグショットで労働蟻を射抜いていく。

 燃え盛る煉獄へと俺とベニーが高速のホバー移動で突っ切っていく。

 鬼と武士が火の海を走り抜ける無謀さを、『オーガ』がバイザーで俺に伝えて来るが関係無い。レーダーも蟻だらけでは用を成さない。

 今は押し進むのみだ。

 正面から行く手を阻む労働蟻がアティさんの狙撃によって頭部を撃ち抜かれる。

 少しでも速度を上げる為に腕を振りぬきながら、スピードスケートの様にベニーと共に蟻の海を潜り抜けて行く。

 時速60kmと言う高速の中、常に僅かな隙間へと連続で身を潜らせていく。呼吸をする暇も無い。

 1分、1秒でも速く――奥へ、奥へ――その先へ!!

 労働蟻の壁を抜け切ると、皿頭をついに正面へと捉える。ベニーは後方にいるが今は気にしていられない!

 この距離から射撃してもまた頭で塞がれてしまう。もっと肉薄しなくては!

 前へ、前へ、前へ!!


『――オ、オオオオオオオォォォ!!』


 勢いをましていく『オーガ』と体に触発される様に、俺は雄叫びを上げた。

 待ってろ皿野郎! 今すぐ仕留めてやる!!


「ゴギ」


 ――皿頭があざ笑う様に鳴き声を上げた。


「キキィ」


 俺と皿頭を結ぶ通路の間、横道から姿を隠していた労働蟻が飛び掛かって来た。

 ――直撃する。


『らあああ!!』


 俺の後方からベニーが辿り着き、俺の横合いから捨て身でアーミナイフを労働蟻に突き立てた。

 ベニーが勢いを殺さず俺の視界から労働蟻ごと消え、壁に激突する音が聞こえる。


『行け! コウタロウ!!』


 背後からのベニーには振り向かず俺は皿頭と正面衝突する勢いで迫る。

 ――まだだ、まだ撃つな!?

 皿頭がついにその気になったのか、俺を圧し潰そうとその巨体を持って突撃を仕掛けて来る。

 皿頭の巨躯で通路の幅は塞がれており、横への退路は無い。

 ――今だ!

 俺はそのまま大きく流れる様に円形の壁へと突き進んだ。

 直後に体が重力から抗う感覚を得るが、俺はバランスを崩さず勢い任せで更に押し進む。

『オーガ』を装着した俺の体が巣の通路、円形の天井を高速で滑り込んで皿頭の頭上を通り過ぎ、後ろに回り込んだ。

 今までの勢いを殺すために右足をブレーキ代わりに突き出し、左膝で強引に自分を地面へと固定すると、不格好な膝撃ち姿勢でREC21を皿頭の尾へと向けた。


「ゴ」

『――その図体じゃ、体の向き変えられんだろう? たらふく食え』


 ありったけの鬱憤と弾丸を皿頭に撃ち込んでいく。

 尾の先端が飛び、穴が開き、胴体を穿ち、頭部を後ろから爆ぜさせていく。

 マガジンが空になると皿頭は皿の頭部を残して原型を留めていなかった。


『おい、労働蟻が急に逃げ始めたぞ!? コウタロウ! よくやったな!!』

『……Yes sir』


 俺は返事をすると同時にその場にへたり込んで、息を吐き出した。




 巣から抜け出すと、潜入前とは幾らか高くなった日が俺達を迎えた。

 巣の出入り口に陽動時の戦闘の跡が残っている以外は、森は静かなままだった。

 少し前までやっていた命のやり取りが遠い過去になっていく。


『ちょ、痛い痛い、無理に天井スケートしたから足の筋肉痛めた見たいなんです、優しく、優しくして下さい』


『めんどくせえなあ、「オーガ」使いこなせる様になったんじゃなかったのかよ』

『それより、巣から出たんだ、深呼吸しようぜ!!』

『パワードスーツ装着してるから意味ないでしょうに。と言うか、前哨基地の方は大丈夫なのかしらね』

『おい! 見ろよ、ヘリが迎えに来てるぞ!!』


 頭上にキング・コブラ3機が迎えに来たのを確認した皆が歓喜の雄叫びを上げる。

 俺自身も、今は生還の喜びに浸っていたかった。

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