16話 Counter Rockets 中

 自らの引き金で、吹き飛びバラバラになりながら宙を舞う蟻を見たイーニアス上等兵は、爽快な気分に浸っていた。

 思わず『ソルジャー』の中で軽快な口笛を吹く。

 直後に横に弧を描く様に並んでいる仲間たちも各々の銃器で攻撃を開始する。


『どうだ、イーニアス!! 自分の手で戦争始めた感想は?』

『最高の気分ですよ、エイブラム隊長! 例えるなら、自分を振った女が悪い男に引っ掛かったくらいには最高です!!』

『ああ、だから、お前最近落ち込んでたのか!!』


 イーニアス上等兵は自分も遅れてはならないと思い、弾切れになったロケットランチャーを捨て置き、腰に下げていたパワードスーツ用のフルオートショットガン、BB-12を構える。

 ショットガンと言うには外見がどこかのっぺりしていて頼りない武器ではあるが、取り回しのよさとドラムマガジン式での装弾数の多さ、威力はイーニアス自身が良く知っている。

 直線状で約10数m離れている赤蟻に向かって射撃をする。

 すると狙われた赤蟻の頭部が、中心よりやや右側にバレーボール程の円形に欠損した。

 BB-12の散弾が赤蟻の頭部を抉り取るように頭部にめり込んだのだ。

 撃たれて体を痙攣させる赤蟻を無視して、イーニアス上等兵は次々と他の赤蟻を撃ち殺していく。

 パワードスーツ越しに伝わる銃を撃つ時の僅かな反動と、その結果としてもたらされる対象の破壊。

 それを仲間達と行うと言う心地よい連帯感と一方的な殺戮は、アドレナリンとしてイーニアス上等兵に快感を与える。

 ――ああ、やはり俺は人でなしだ。

 そう思いながら射撃の間隔は衰えない。

 イーニアス上等兵は仲間達と陣形を維持しながら、低速のホバーで押し進み、蟻の群れをじわじわと嬲り殺しにしていく。

 労働蟻達が次々に巣に逃げ込みながら、入れ替わるように錆赤の蟻達が出てくる。

 イーニアス上等兵達にとっては嬉しい追加報酬だ。

 イーニアス上等兵は確信する、ここにいてよかったと。

 あの狭苦しい社会では生来の荒くれ者である自分の居場所は無かった。

 しかし、人生を楽しめる分の金は欲しかった。

 だから軍人になった。

 地球時代の軍隊の事は全く知らないが、方舟アークの軍人は蟻を殺したり、物資調達で貴重な物を手に入れたりと、通常の給料に加えて「仕事の成果」で金を稼ぐ事が出来た。

 天職だと思った。

 パワードスーツがもたらす力の万能感と比較的に安全な害虫駆除は楽しく、仕事終わりの週末で酒場で仲間と飲む、高くても美味い酒は、下請けサービス企業の社会人として生きて来た彼の数年間を馬鹿な過去として押し流した。

 ――ここが俺の居場所なんだ。

 だから自分を今の場所から去る様に説得してくる女とは別れた。とても悩んだが別れた。それで良いのだ自分で納得した。

 撃破されていく他の赤蟻達を盾にしながら、通常より一回りほど大きな赤蟻がイーニアス上等兵に迫る。

 イーニアス上等兵は赤蟻が自分を捕らえ様と大きな顎を開き突撃してくるタイミングにカウンターで、BB-12の残弾を叩き込む。

 一回り大きい赤蟻は複眼と頭部が消し飛び、顎を砕かれ沈黙した。

 BB-12の残弾が0になったのでドラムマガジンを交換する。

 その機を待っていたかの様に、死骸となった大きな赤蟻の背後から今度は通常より体格の小さめな赤蟻が飛び出して来た。

 マガジンを交換中のイーニアス上等兵は無防備だった。

 だからイーニアス上等兵の後方の円にいた『ファイター』が、小さな赤蟻をアサルトライフルで細切れにした。

 イーニアス上等兵は後方へ感謝のハンドサインを送ると向こうは「気をつけろ」とハンドサインを返した。

 そのまま片っ端から赤蟻を蹴散らして遂に巣穴の出入り口まで到達する。


『全軍、進攻停止! 射撃を行いながらその場を守れよ!!』


 イーニアス上等兵を含む陽動隊は指示通りに、その場に留まりながら、もぐら叩きの要領で巣から出てくる赤蟻を撃ち殺していく。

 イーニアス上等兵と同じ円の中央、この半円陣形の中で一番最前線にいたエイブラム隊長が、自分が纏っている『ソルジャー』に装備されていた筒状の機械を蟻の巣へと投げ込むと同時に起爆用のリモコンを取り出す。


『総員、陣形を維持したまま、引き撃ち! 速度を上げて下がるぞ!! プロフェッサー・ヘンリーが作った蟻専用のかんしゃく玉だ!!』


 エイブラム隊長が起爆スイッチを押すが、人間が聴く事の出来る可聴域ではないのか、破裂音を聞くことが出来ない。

 しかし「かんしゃく玉」の効果はレーダーで表された。

 イーニアス上等兵はレーダーの様子を見て身の危険を察知したが、それよりも早く、エイブラム隊長が陽動隊のパワードスーツ30機に無線を飛ばした。


『総員、撃つの止めて全力退避!! 来るぞおおーー!』

 陽動部隊が一斉に向きを反転し、ホバーを加速させながら獣道を下り始める。

 すると陽動隊が数十秒前までいた蟻の巣の入り口から、赤い波が噴き出した。

「キキイイイイイイィ」


 赤い津波が森全体に木霊する金切り声を上げた。

 赤い津波の勢いは止まるどころか、獣道に散らばる同胞達の死骸を踏み付けるほどに勢いを増していく様にも見える。

 赤い津波――巣から溢れ出した兵隊蟻は、パワードスーツを纏った人間の兵隊をがむしゃらに追いかける。

 陣形を崩しながらも陽動隊は自らの出せる最高速度で逃走を続ける

 エイブラム隊長はホバー移動しながらも、すかさず潜入部隊へと連絡を行う。


『後は頼んだぞ、サムライニンジャ共! ロックフェラー司令官の財布を絞りつくす為にも、一人でも多く戻って来いよ!!』

『了解だ、エイブラム。貴君達の逃避行が上手く行く事を願う』

『安心しろ、逃げるのは大得意だ!』


 エイブラム隊長はそれだけ言葉を交わすと通信を終え、全力で追いかけてくる蟻へと指差しながら笑い始める。


『ハハハ、陽動成功だな!! 見ろよ、カミナリ親父が大勢怒ってるぞ!』

『冗談言ってる場合ですか!? 球より命獲られますよ!?』

『まあな』


 エイブラム隊長は気楽に返事を上げながら焼夷手榴弾を赤い津波へと投げ込む。

 焼夷手榴弾は赤錆の海へと飲み込まれ、瞬時に火柱を上げる。

 数匹の赤蟻の体を焼き焦がして消し炭にするが、それでも追いかけてくる赤蟻の勢いは衰えない。


『やっぱり駄目か』

『そりゃ、一個だけじゃ、効かんでしょっと!』


 エイブラム隊長に続く様に、他の隊員達も手榴弾や焼夷手榴弾を投げ込んでいくが、赤蟻の大群は怯む事無く陽動隊を追いかける。

 蟻達は吹き飛ぶ仲間を見捨て、踏み潰してでもエイブラム達を顎で砕こうとしている。


『仲間思いなんだが執念深いんだか……』


 イーニアス上等兵が蟻の様相に驚いていると、コマンドポストから通信が届く。

 コマンドポストは、予定していた陽動経路の変更を示すナビを陽動隊に送った。


『予想より蟻の勢いが強い。今送ったナビに従って森に逃げ込んでくれ。蟻の勢いを木々で殺す』

『了解だ、コマンドポスト。因みに目的地の平原まで向かう道中でヘリの支援は無いのか?』

『――――未来の資源を不用意に破壊してはいけないそうだ』

『ハッ、お優しい経営者様だよな』

『同意する』


 30機のパワードスーツが蟻の大群を伴い、森の中へと突入していった。




 巣の入り口は、先程までの戦闘が嘘のように静まりかえっている。

 後ろに転がっているバリエーション豊かな蟻の死骸と焼き焦げた地面に俺達は目もくれず、入り口の暗闇を見つめる。


『労働蟻のやつら、出て来ませんね』

『自分の家の中でガタガタ震えてるのかね?』

『いや、意外と内弁慶で巣の中だと凶暴かもしれん』

『どちらにせよ、気づかれなければ関係ない。俺達はこれから透明人間になるんだからな』


 入り口の前で、無駄口を叩く数機の『モノノフ』をユーリー隊長が嗜める。


『陣形は手はず通り、お嬢さん方3人を中央に置いて各小隊が前と左右のくさび形で護衛する。コウタロウ、フロントマンのお前が最前衛だ。いけるな?』

『いつも通りですよ、隊長』


 俺は指示通りに隊列の一番前に身を乗り出す。

 そうだ、これから踏み入れるのは図体がデカイだけの蟻の巣だ。

 それに今回はエメリ達がいる。

 何を恐れる必要がある。


『それじゃあ、いきます!』


 背負ったエメリ達が超能力を使い始めた様だ。

 エメリを守っている『フリッグ』の電磁バリアが、目に見える様に僅かに揺らぐ。


『あれ、この前実演してくれた時みたいにふれあう必要は無いの?』

『はい。『フリッグ』が手助けしてくれるので』


 そしていい加減慣れてきた感覚が、一瞬だけ体を包んだ。

 隊列を整えた俺達は、何時でもホバーで疾走出来るように身構える。


『さあ、行くぞ! 地底探検の時間だ』

『了解!』


 俺は我先にと、暗闇に飛び込んだ。




 陽動隊は森の中をホバー移動で快走していた。

 今、目指す場所は森林を抜けた先にある低い崖。

 そこに守備隊が森に入る事の出来なかったバイクとバギーで待機してくれている手筈だ。

 乗り物に乗り込む事が出来たら後は楽だ。

 自分達を執拗に追っている兵隊蟻の大群を目的地の平原へと誘い込み、爆撃で一掃する。

 言葉にするとシンプルな計画だが、実際に行われている光景は止まる事が死を意味するデスレースだ。


『足元には注意しろよ! 転んだらムシャムシャされちまうぞー!!』

『畜生、樹の根っこやら岩やらでデコボコしてて進みにくい! 厳しいな自然は!!』

「キイイイイイィ」

『蟻もそう思ってるってよ!!』

『言ってる場合か、馬鹿!!』


 30機のパワードスーツが高速で木々を掻き分けながら押し進む。

 兵士達は後ろから迫ってくる数の暴力から逃れる為に必死だ。

 コマンドポストの指示で森の中に入り、大群の勢いを削ぐことにはある程度成功したが、それは自分達も同じだ。

 蟻よりかは幾らか楽に森を駆け抜けられてはいるが、全速を出せば衝突事故は免れないだろう。

 ホープの自然は人類と蟻のどちらも公正に扱うかの様に彼らの行く手を阻んでいた。

 イーニアス上等兵は知らぬ間に先頭で疾走していた。

 ヘルメット越しに表示される森林の光景と足元、レーダーを含む計器類、目的地へのナビと視界から得られる情報をフルに使い不安定な地形をホバー移動で滑っていく。

 森林の地形が徐々に下り坂になっていくと、守備隊の合流ポイントである崖が森を抜けた先で見えて来た。

 差し込んでくる陽光もあいまって兵達には文字通りの一筋の光明だった。


『おい、見えてきたぞ! あと少しだ!!』


 待機している守備隊の方が先にレーダーで陽動隊の接近を察知したのか、無線が飛んでくる。


『――こちら、守備隊だ。ここからでもやつらの金切り声が聞こえて来るぞ』


 エイブラム隊長が殿で叫ぶ。


『ああ、今直ぐ行くから待っててくれ! いいか! 満員になってから出発するんだぞ!?』

『ならお前らも早く来てくれ、この状況で待つのはしんどいぞ。 各ビークルごとに満員になったら出発でいいな?』

『構わん! そうしてくれ!! ――ッガァ!?』

『エイブラム隊長!?』


 イーニアス上等兵が崖下のバギーへと飛び降り様とすると同時に、殿にいたエイブラム隊長が転倒して森の下り坂を転がり落ちて、木の根で倒れこんでしまう。

 何事かと後方を確認すると、後ろから迫ってくる蟻の大群が自分達の邪魔をする木々を引き抜き、放り投げていた。

 どうやらあれに巻き込まれたらしい。

 イーニアス上等兵は止まり掛けた他の隊員達に怒鳴り散らす様に叫ぶ。


『俺が隊長を拾う!! 他のヤツらは先に行ってくれ!!』

『――すまん!!』


 他の陽動隊員が崖下へと飛び降り、満員になったバイクとバギーが我さきへと離脱していく中、イーニアス上等兵は躊躇なく逆走し、隊長の下へと駆けつける。


『アンタらしくもない、ミスしやがって!』

『……っ、悪い、『ソルジャー』のバックカメラに慣れてなかった……これだから新型は……』


 イーニアス上等兵は鋼鉄の右腕で、エイブラム隊長の右腕を掴み、片腕で力強く引き起こす。

 後ろから迫る蟻の大群が僅か数メートルになった。


『だったら、帰った後に特訓ですね、付き合いますよ!』

『ああ、そうしてくれ!』


 2機の『ソルジャー』が一筋の光明を目指して全速力をだす。

 まだ守備隊は残ってくれているだろうか?

 イーニアス上等兵の不安は無線で掻き消える。


『おいいいぃ! 崖下の中央にいるから早く来い、マジで来いって!! 何か空気の揺れが伝わってんだよ!! 後、先に乗ったお前ら、仲間見捨て無いからその銃早く下げろ!! 恐い!!』

『助かる!!』

『飛び降りるぞ、イーニアス!!』

『合点だ、隊長!!』


 イーニアス上等兵とエイブラム隊長は光へと手を伸ばすように崖下から飛び降りる。

 すると、ホバー型のバギーが下でエンジンを掛けた状態で待機していた。

 イーニアス上等兵とエイブラム隊長が落ちてくるのを、先にバギーに乗り込んでいた隊員達が全身を使って受け止める。

 バギーの車体が大きく揺れるが、それに構わず操縦席にいる守備隊はアクセルを踏み込んだ。

 蟻の大群が森から抜け出すと同時にバギーがパワードスーツを超える速度で走りだし、蟻の大群を一気に振り払う。


『ヒャッホーーー!! 間に合ったあああぁぁ!!』

『あ゛――……生きた心地しなかったぜ』

『それは運転手の俺のセリフだ!!』


 隊員達が安堵の息を吐きながらバギーは目的地の平原へと辿り着くと、既に辿り着いていた他のビークルと隊員達が盛大に歓迎する。

 蟻の大群は決壊したダムから溢れる水流の勢いで突撃しているが、兵隊達には気さくな笑い声が溢れている。

 予定通りにキング・コブラが上空から陽動隊の方へと向かっているのが、見て解かっていたからだ。

 陽動隊の1機の『ファイター』が注目を集める様に片手を大きく広げて掲げた。

 それを蟻の大群へと向かって指を折り始める。


『5、4、3、2、1』


 キング・コブラ5機が陽動隊を過ぎ去り、蟻の大群の真上で停止飛行する。

 兵隊蟻の大群が何事かと上空を見上げた。


『――投下』

『0、ボン』


 掲げていた手を『ファイター』が握ると同時に、キング・コブラが上空からナパーム弾を蟻の大群の真上へとばら撒いた。

 ナパーム弾は蟻にぶつかると同時に破裂し、簡単に消す事の出来ない数千℃の炎を蟻達へと注いだ。

 蟻の大群を人類の業火が包み、平原には蟻の断末魔が響き渡った。

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