15話 Counter Rockets 上
人類が初めて地球から飛び出し、宇宙空間から自分達にとって母なる星である地球を眺めた時はその美しさに大変感動した。と言う美談がある。
俺の場合は母なる大地がホープなのだが、初めて宇宙空間から眺めた時は命からがら逃げ出した後なので感動する暇はなかった。
2度目に宇宙から眺めた時は訓練兵時代の野戦訓練演習としてホープに降りた時だった。その時に初めて宇宙から眺めるホープの美しさに心を奪われ、同時にそこが既に自分の居場所でない事に寂しさを覚えた。
しかしそんな気持も訓令兵から新兵、兵士になっていくに連れて薄れていった。
自分の通勤風景に毎日感動する人間はいないだろうから、当然と言えば当然か。
今回は少しだけ、初心の頃に戻った気持で俺はホープを『オーガ』の内側から眺めていた。
俺がヘルメットから眺めているホープは今乗っている大型輸送船『チャップリン』の船外カメラから繋いで貰っている物だ。
ホープへ降りるまでパワードスーツを装着している兵士達は、乗り込んでいる格納デッキにパワードスーツごと固定されるので、その窮屈さをブリッジから紛らわして貰っていた。
他の兵士達も自分達の好みの映像を注文して気を紛らわしている様だが、格納デッキの寒々とした閉塞感から一刻でも早く開放されるのがここに縛り付けられた兵隊達の望みなのは間違い無いだろう。
エメリを含む、今回の作戦の重要役を担う超能力者の彼女達は不恰好な事になっていた。
『フリッグ』と同型の2機は通常のパワードスーツと構造が大分変わっているので通常の固定方法を取る事が出来ない。
なので、自分達からパワードスーツのアームを固定用フックに掴ませているのだが、両腕をバンザイした変てこなロボットが見目麗しい女性を抱え込んだまま棒立ちしていると言う、言葉にすると風変わりな見世物になっていた。
『フリッグ』達が『トム軍曹』を格納しているランドセルを背負っているのも、奇妙さをかさ増しさせた。
物騒な機械仕掛けの巨人に、見栄えの良い女の子が3人身を寄せ合う姿はどこか退廃とした気分になる。
嵐の前の静けさに息が詰まりそうになった頃に船内放送のコールがなった。
『あー、あー、格納デッキで退屈している諸君、聴こえるかな? こちらは大型輸送船「チャップリン」の船長で今回の作戦指揮を行うマーキス・ミラーだ。間もなく本船はホープ大気圏に突入する。総員、振動にそなえてくれ。因みにまだ映像を見ているヤツがいたらさっさと閉じる様に。何見てたかバラすぞ』
直後に大きな揺れが船全体からパワードスーツの中まで伝わってきた。
心配でエメリ達の方へ視線を向けるが顔を強張らせてはいるものの、はっきりとした瞳が俺の心配が杞憂である事を告げる。
振動に身を任せながら俺は深呼吸をした。
振動は絶え間なく続き、体の平衡感覚が狂ってしまうのではないかと心配になった頃にようやく弱くなり始めた。
振動が弱り切ると同時に俺は再び身構えた。
直後に強烈な衝撃が俺達を襲った。
『ひゃああ!?』
『キャ!!』
『ぴっ!』
大気圏突入時の振動が止んだ事で油断していたエメリ達が奇声を上げた。どうやら初体験だったらしい。
実際にはなんと言うことは無い『チャップリン』がホープの前哨基地に着陸しただけだ。
エメリ達の初々しい反応を見て周りのパワードスーツから微かに笑い声が漏れている。
すると再び船内放送のコールがなった。
『えー、格納デッキの皆さん、こちらブッリジです。前哨基地の港に無事着陸出来たのでこれからロックを解除します。各、高機動装甲歩兵小隊の皆さんは速やかに指示されている通りに移動して下さいね』
パワードスーツのロックが一斉に外れ、同時に格納デッキのドアが解除される。
俺達は即座に軍人としての活動を再開した。
俺達が前哨基地と呼んでいる場所はかつての俺とエメリの故郷。
町の宇宙港であった施設を再利用した場所だった。
かつての港だった場所は、外部からの脅威に対抗する為に有刺鉄線に囲まれている。
この有刺鉄線はいざと言う時には強力な電熱を流す事が可能で、あの巨大な蟻でも、バターをナイフですくう様に切断する事が可能らしい。
それなりに物騒な有刺鉄線に囲まれた施設内は宇宙船の離着陸に必要な場所を除いて、軍のレーダーサイト、物資を保管しているコンテナとテント、さらに防衛用の兵器に溢れていた。
入植一世の人々が血と汗で作ったであろう以前の宇宙港としての面影は敷地内の隅に追い遣られた廃材と、利用価値が低いために手付かずのまま放置されている空港ターミナルの一部にしか残っていない。
かつては人々の交流する為のパイプであった場所は蟻によって廃墟にされ、その廃墟を軍人である俺達が戦争を行う為の設備として上書きしている。
管制塔の設置されている対空砲は、朝日を鋼の体で反射していた。
俺達48小隊は戦闘ヘリであるキング・コブラの前に集合する。
すでにコクピットに待機しているパイロットがハンドサインで俺達に挨拶をしてくれたので俺も返事をした。
ユーリー隊長の『モノノフ』が振り返り俺達の方へと今後の動きを確認する。
『いいか、48小隊を含む潜入部隊は、このまま小隊ごとにヘリに乗って、陽動隊より一足先に向かって待機だ。 喜べお前ら、蟻の巣に入る前に朝焼けのホープを眺める事が出来るぞ』
『あ、ユーリー隊長、必要だったら俺もヘリからの映像を記録しておきましょうか?』
『モノノフ』の背中に使い捨ての大型火炎放射器を装備しているウィルがヘリに先にヘリに乗り込もうとすると、気がついた様にユーリー隊長に振り向いた。
『……なんの事だ? ウィル』
『えー、この前の飲み会でパーシャちゃんに頼まれてたじゃないですか』
『ぬっ……』
言葉を詰まらせたユーリー隊長をフォローする様にエメリが挙手する。
『み、みんなで撮っておいて後でパーシャちゃんにプレゼントしちゃいましょう! 色んな景色とれてる方がパーシャちゃん喜びますよ!』
『……では、頼む』
『りょ、了解!』
今『モノノフ』の下ではユーリー隊長の表情がどうなっているのか気になりながらも俺は返事をして映像記録用のソフトを起動させる。
民間人に軍の記録映像を流すのは機密的にはアウトだろうけど、ただのホープの景色ならそう目くじらを立てる事でもないだろう。
無事に帰れたらトランさんやヘンリー教授辺りにどうにかして貰えそうではあるしな。
『イマイチ締まらねえな』
ベニーはそう言いながらも俺と同じ様にソフト起動を告げるホログラムを『モノノフ』に表示させていた。
『あんた達も大概不良軍人よねえ』
ヘリに乗り込みながらアティさんも俺達と同じ様にしていた。
『真面目一辺倒じゃ、こんな事は続けられないですよ』
俺は鋼鉄で出来たヘリの座席に『オーガ』越しに腰掛けながら返事をした。
「よーし、お前さんたち全員乗り込んだな? 綺麗な景色を見せてやるからちゃんといい子で座っててくれよ。 パワードスーツが急にバランス崩すとかけっこう危険なんだからな」
パイロットのおっちゃんがヘリの駆動音に負けない様にそう叫ぶと、ヘリが徐々に浮上を始める。
開放状態の乗り込み口から見える前哨基地の有刺鉄線が徐々に視界から下へと外れていく。
すると、廃墟だけになった俺の故郷が朝焼けに照らされている光景が広がった。
この景色を録画するべきかどうか僅かに迷うが、それはユーリー隊長に任せる積もりで俺は録画を行う。
かつて人々が生活していた場所、自分達の母なる星であった地球を捨てでも、生き延びたかった人類の子孫が新しくこの星で生きていこうと決めた始まりの場所。
もう、昔の家があった場所は跡形など解らないほど朽ち果てている。
――朝焼けに照らされる廃墟は、美しくも失くしてしまったものの価値を俺に突きつけた。
前哨基地の司令室、かつては宇宙港の管制塔として扱われていた設備を軍が自分達用に手を加えた場所でマーキス・ミラー船長は飛び立つヘリを見送っていた。
『マーキス大尉、予定通りヘリ3機が目的地へと出発しました。また、陽動部隊の方もこの調子であれば時間通りに出撃できます』
何時も通りの冷淡な口調でマリーがマーキス船長に報告をする。
マリーは今から二週間前に前哨基地に配備されていた。
最初はマリーの事を不審に思っていた前哨基地の軍人達も、自分達の仕事がマリーの手助けで幾らか楽になった今では受け入れずにはいられなかった。
「解った、では予定通りに進めるよう伝えてくれ。それと、私の事は船長で頼む」
『了解です。マーキス船長。では、伝令を各方へと伝えますね』
マリーはそう言うと司令室のモニターから自分の表示を消した。
人工知能の進歩をしみじみと実感していると、今度は付き合いの長い部下が尋ねてくる。
「もう、15年ですよ。担がされた英雄でも、あなたは立派に今の職務を全うしています。大尉と呼ばれるのはまだ抵抗があるんですか?」
「抵抗が無かった時なんて無いさ。本当に立派だったのはあの日、最後まで護る為に残った兵士達だ」
返事をするとマーキス船長は帽子を深く被り直す。
今回の作戦の資料に一通り目を通す際に、自分にとって命の恩人である人物の息子が戦場に出る事を知った。それも蟻の巣に突入すると言う非常に危険な任務だ。
その事にマーキス船長は内心で動揺していた。
――フジムラ・サトシ軍曹、まさかあなたの息子が軍人になるとは。
いや違うと、マーキス船長は否定する。きっと彼は軍人にならざるをえなかったのだろう。
そうしなければ、きっとあの時の無力な子供だった自分を許せなかったのだろう。
確信するのは自分がそうだったからだ。
すると背後から複数人の足音が連なってこちらに近づいて来た。
周りの部下の誰かが僅かに舌打ちを打つのがマーキス船長の耳に届く。
マーキス船長は舌打ちをした部下の心情を理解しつつも足音の正体の一つに向かって振り返り敬礼をとる。
「よくお越し下さいました。コオノ・フミ特別現場監督官殿。私が今回の現場指揮を任されている。マーキス・ミラー大尉です」
敬礼をされた若い男は目を白黒させると見よう見まねで雑な敬礼を返す。
見た目はコウタロウと同年代だが、顔や仕草には締りがない。
丸でここが戦場ではなく、ちょっとした工場見学に来ているかのようだった。
「あー、宜しくよろしく。いやあ、僕この基地の司令官なんだけどさ、来たのは2回目で、慣れないよ。それに、やっぱりここは埃っぽいねえ。アーク見たいに空調が行き届いて欲しいよ」
「そうですか、それはご足労をかけてしまっていますね」
「それにしても喉が渇いたなあ。ねえ、誰か水を頂戴よ」
コオノ・フミの後ろに控えていた黒いスーツに身を包んでいる老人が懐から水筒を取り出してコオノ・フミに手渡していた。
コオノ・フミとその周りにいる取り巻きのSP達を見て、マーキス船長はその有様に内心で苦虫を噛み潰す。
ならばなぜこんな所へと来た。そもそも何故お前みたいなのが前哨基地の司令官と言う役職についているのだと憤慨せずにはいられなかった。
この前哨基地の司令官は、企業上層部のコネを利用した者が自身の箔をつける為の天下り職として有名だった。
実際にコオノ・フミは数ヶ月前に任命された企業上層部のお坊ちゃんだ。
マーキス船長は企業上層には怒りを通り越して呆れてしまう。
企業上層部はこれで監視をしている積もりなのか? そもそも自分達が天下り職として利用している場所がどんな所か正しく把握できているのだろうか。
取り巻きのSP達が形態しているテイザー銃も、グリップにあるボタンを調整すればパワードスーツを強制停止出来る程の優れものではあるが生身の人間が装備していては意味が薄いだろうに。
マーキス船長はコオノ達から目を背けると、司令室の窓に映る前哨基地から蟻の巣へと向けて出撃していく囮部隊を見送る。
再び付き合いの長い部下がマーキス船長はへと今度は案ずる様に言葉をかける。
「兵達が無事に帰ってきたら何かご褒美を用意して上げましょう。部下を労うのも上官の務めです」
マーキス船長は気分転換を行う様に思考を巡らせ、兵達へのご褒美を決めた。
「それならシャワーを用意しておこう。本来なら今日はシャワーの使用は禁止だが、命を危険にさらした後くらいは水をたっぷり使わせてあげなければな」
蟻の巣がある筈の森は宇宙船内には無い、生命力に溢れている場所だった。
パワードスーツを装着した俺達よりも背が高い木々、その木々から溢れ出す木漏れ日。無尽蔵に思えるほど生い茂っている植物、樹に生えたコケとそこを這う虫、鳥類の鳴き声、せせらぎの音、歩行すれば鋼鉄を通しても伝わってくる土の感触。
無機質さと合理性の冷たさで作られた人類の箱庭とは完全に別物だ。
宇宙船内の上層居住区域の方には民間人でも金を払えば利用できる自然浴の公園があるが、あそこはあくまで人が快適に楽しむ為に作られた場所なのだと再認識させられる。
俺達は既にヘリから降りて指定の待機ポイントで陽動隊の到着を待ちわびていた。
今いる場所は蟻の巣が見下ろせる開けた丘で、俺を除く突入隊の『モノノフ』が14機、『フリッグ』と同系統のパワードスーツ3機が待機していた。
俺は蟻の巣の方へと視線を向けると、『オーガ』は俺の脳波と目の動きを読み取り蟻の巣周辺を拡大してヘルメット内の映像に映してくれる。
蟻達はブリーフィングで見た時と変わった様子はなく、自分達の日常を送っている。
『おー、おー、うじゃうじゃいるねえ。俺らあの中入るってマジかあ』
別の小隊の『モノノフ』が悠長な様子で暇を持て余しているのか、俺に話しかける様にぼやく。
その『モノノフ』の肩に塗装されている部隊ペイントには、隊長である事を示す星が加えられていた。
どうやら別小隊の隊長さんらしい。
『そこは陽動隊に期待しましょう。彼女達も居ますし』
俺はそう言ってエメリ達の方に視線を向ける。
エメリとミレーユ・ヨネ、それと数機の『モノノフ』がこの中で一番年下であろうベルサ・ドンナーを愛でていた。
『モノノフ』達が小動物を可愛がる様な仕草で鋼鉄の腕を使い、バイザー越しにベルサ・ドンナーを撫でている。シュールだ。
ベルサ・ドンナーの方は照れているのか俯いたままで、長い前髪もあって表情を読み取れない。
俺にぼやいた『モノノフ』がこちらへと肩で小突く。
『あの子、中々表情でないがあれでも内の小隊のアイドルなんだ。……幾つか聞いたか?』
『……多分、ハイスクールへ行くのに後、1、2年ってところですか』
『俺はあの子の年齢を知っちまった時、何か無性に情けなくなっちまったよ。こんな年端もいかない娘を戦場連れてかなきゃならんのかってな』
『今はどうなんですか?』
『俺達のむさ苦しい小隊に来てくれた、愛らしい天使だからな、死ぬ気で守るさ』
『ハハハ、年下が好きなんですね』
『ああ、ストライクじゃないが守備範囲には入ってるな』
俺が冗談で言った事に衝撃のカミングアウトで反応に困っていると、『オーガ』が無線通信が来た事をコール音で知らせる。
周りを見ると各機にも通信が届いている様だ。
――来たか。
『アー、アー、聴こえるかこちら陽動隊のエイブラムだ。俺達は位置についた。合図があれば何時でも撃てるぞ』
『了解だ、エイブラム。
ユーリー隊長がコマンドポストへと交信を行う。
すると『オーガ』にコマンドポストからのコールが届いた。
『こちら、コマンドポスト。デカイ花火の用意はしてある。そちらのタイミングで始めてくれ』
ユーリー隊長がこちらを確認する様に『モノノフ』越しで俺達を見るが既に全員が通信の間に位置についている。
『了解だ、コマンドポスト。歴史的瞬間だ、ちゃんと記録してくれよ』
ユーリー隊長がアティさんにハンドサインを送る。
アティさんは外してあった狙撃銃のスコープを掲げながら、丘の下、森の方へとゆっくりと振り回した。
そしてその合図に応える者達が潜んでいた森の中から、蟻の作った獣道の入り口へと、蟻達に立ち塞がる様に姿を現した。
陽動を行う『ファイター』と『ソルジャー』の混成部隊だ。
全部で5小隊、総員数30機のパワードスーツが、手にしている銃器の照準を重ならない様に蟻達へと向けていた。
混成部隊は蟻に向けて半円を描く様な陣形をとっており、それが3つ重なる様な形になっている。
一つの半円に10機のパワードスーツが並ぶ姿は、威圧を通り越して攻撃的だ。
数十メートル離れた位置に居る労働蟻が、事態に気づいて顎を大きく開けるがもう遅い。
一番手前の半円から、使い捨て式のロケットランチャーを背負った『ソルジャー』が間髪を容れずにロケット弾を蟻の群れへと発射した。
直後に爆炎と土が舞い上がり、数匹の蟻が火で体を包ませながら吹き飛ぶ。
陽動が始まった――。
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