14話 汝平和を欲さば 下

『では、負傷者の手当てが終わった所でこのトム軍曹の説明をしようか』


 ヘンリー教授がマイク越しの声で「トム軍曹」と呼ばれる球体に蜘蛛の足が生えたロボットを俺達に示すように掲げている。

 そしてそのロボットは今現在、俺の膝の上にも別の一機が載っていた。

 俺の膝上に乗っているトム軍曹は愛嬌を感じられる仕草で足の一本を掲げる。


『説明ヨクキク、大切ナコト』

「お前ら結構、金かかってそうだよなあ……」

『そうなんだよ、コウタロウ君! トム軍曹一機には『モノノフ』なら3機、『ソルジャー』なら4機と半分『ファイター』なら6機。小隊一つ分だね』


 今度は俺がヘンリー教授の説明スイッチを押してしまったらしい。

 心なしか教授の眼鏡が一層光った様に見えた。


『このトム軍曹はこんな可愛らしい外見に似合わず、特殊なセンサーや各計測器が満載でね。建物の内部構造の調査から映像記録、それに自分が採取したサンプルを簡易的にだけど解析して、一定の距離までならデータを送れるんだ。さ・ら・に! ステルス機能として熱源ジャミングと蟻の体から極少量しか採取出来ないフェロモンを使い、稼働時間内なら蟻から自分達を誤魔化せるなんて芸当が可能なのさ!!』

「あのー、ヘンリー教授。何か、それだけ聞くと俺らが巣の中に入る必要なさそうな気がするんですが」


 俺の感想に周りの軍人達も頷く。

 話を聞く限り、それだけ高性能なロボットなら巣の入り口に放つだけでもいい様な気がする。


『ははは、安心した前よコウタロウ君。こんな多機能で高性能なトム軍曹君だけど弱点があってね、ぶっちゃけ稼働時間が短いんだ。巣の入り口に放り込むだけじゃ巣の中を全部調べつくす事は出来ないかもしれないんだ』


 ヘンリー教授はそうして再びホログラムの映像を映し出す。

 映像はホープで人類が最初に入植した島、トゥレー島を映し。徐々に拡大されていくと島の中央である平原から北端にある森林地帯まで映像が切り替わっていき、森の奥にある洞窟を映す。

 その洞窟の出入り口には大量の労働蟻と数は少ないが赤い兵隊蟻達が出たり入ったりしている。

 間違い無い。蟻の巣の入り口だ。

 俺を含め、座っている全員の視線が敵意に満ちたものになる。

 ヘンリー教授が更にリモコンを操作すると、中途半端な蟻の巣の立体ホログラムが現れた。

 蟻の巣の入り口とそこから枝分かれした通路と先にある空間が幾つか表示され、それなりに奥まで続いていくが、途中で途切れてしまっている。


『これ、今回が初公開になる元極秘情報なんだけどね、中に入らないで巣の内部構造はここまで調べる事が出来たんだ。だから、さっき話したトム軍曹の欠点を踏まえて君達にはトム軍曹達をここまで運んで欲しい』


 現在判明している蟻の巣の箇所で最奥のフロアが赤く示される。これが今回の目的地になる訳か。


「なあ、ちょっと質問いいか。ヘンリー教授」


 俺の横に座っていたベニーが質問の為に手を上げた。


『ふむ、何だろうか。ベニー君?』


 ベニーは俺の膝上に乗っているトム軍曹を引っ掴んで片腕で持ち上げた。

 見た目に反して重量のあるトム軍曹を片腕で持ち上げるのはこいつでもやはり大変なのだろう。

 ベニーの片腕に力がこもっているのが良く解る。


「こいつら、稼働時間短いんだろう? また途中で中途半端な調査結果になって終わるんじゃないのか?」

『まあ、そこら辺は蟻の巣の大きさ次第だろうねえ。ただ、宇宙船内の量子コンピュウターとマリーのお墨付きはあるから、一定の成果は保障出来るよ』

「そりゃあいい、企業のお偉いさんに言われるよりかは信用出来るな。じゃあ、最後に一つ。俺達はどうやって目的地まで行けるんだ? 蟻の巣だぞ? 陽動である程度外に引っ張れても巣の中にはうじゃうじゃいると思うんだが……まさか」


 ベニーがそう言ってエメリ達の方へと手を向けるとロックフェラー司令官がそれを遮る様に身を前にだした。


『そのまさかだ、ベニー・オールドリッチ上等兵。トラン・ティ特技兵、部屋の明かりを戻してくれ、そして諸君らに彼女達を紹介しよう』


 食堂の明かりが戻るとそれまで後ろに控えていたエメリ達3人が前に横一列に並んだ。

 ロックフェラー司令官が親戚の姪を自慢する様にエメリの肩に手を乗せ、エメリが一瞬びくりとするが直ぐに取り繕う。

 セクハラじゃないか、あれ。


『今回の任務では彼女達が目的地までの安全を保障してくれる。紹介しよう、彼女達は企業上層部直轄の「ディヴォーション」と呼ばれる組織から派遣されて者達だ。左から順に、ミレーユ・ヨネ、エメリ・ミール、ベルサ・ドンナーだ。三人とも階級は特別准尉で君達より上官と言う事になる……無礼を働くなよ、本当に洒落にならないからな?』


 俺は聞き慣れない単語を聞いてベニーに尋ね様とすると先に返事が返って来た。


「ディヴォーションって言うのは献身、忠誠とかそんな意味だ」

「誰に対しての献身と忠誠なんだ?」

「知るか」

『聞いて驚くかもしれないが彼女達は3人共「超能力者」と言うやつでね。実践して貰った方が早いだろう』


「超能力者」と言う単語が出ると食堂内のざわつきが今までの比でないくらい騒がしくなる。

 当然と言えば当然か。俺だって直接エメリが実演して貰わなきゃ信じられなかったのだ。

 エメリ達が互いに目配せをし合うとエメリが俺達の方を見つめると他の2人がエメリの肩に軽く触れる。

 一瞬、体の奥までエメリに見透かされた様な感覚に陥るが、それも直ぐに収まる。

 俺の回りにいた人々も妙な感覚に襲われたのか、妙にそわそわしている。

 すると後方に座っている軍人達が急に立ち上がって俺達がいる方へと指を指したり、両手で自分の頭を抱えたり、もしくは驚愕の余りに戻らない口を自分の手で塞いだりと、丸で俺達に何かがあった様な素振りで騒ぎ始める。


「おい、おいおいおい!? 女の子達も、そこにいたやつ等も、皆消えちまったぞ!?」

「Oh my God!」

「何よこれ! プロフェッサー・ヘンリーがまた変な機械でも作ったの!?」


 ――ああ、もしかしなくてもこれは。


「俺達、後ろの人達から姿が消えてるのか」

「そう見たいだな。俺達の方から見る限り何も変わらないから可笑しな気分だが」


 俺がエメリの方へ視線を向けて見ると、エメリが舌を出してウィンクをした。

 ハハハ、この可愛いやつめ。

 ベニーが何故か横で甘い物の食べすぎで胸焼けした様な表情を取るが気にしない。

 ロックフェラー司令官がエメリ達に手で合図を送ると、後ろの人達が悲鳴を上げたり感嘆の声を口々に漏らす。

 どうやらエメリ達が超能力を解いて俺達の姿が再び見れるようになったらしい。

 指示したデモンストレーションが上手く行ったのを確認したロックフェラー司令官が、自分へと注目を促す為に手を上げた。


『今、起きた事を簡単に説明しよう。彼女達の超能力を合わせて使用し、前列にいた者達を知覚出来ない状態にしたのだ。蟻の巣に侵入する際にも彼女達に同様の事を行って貰う。安心したまえ、蟻相手には既に検証済みだ』


 どんな手段を使うかはある程度予想していたが、こうして公表されると困惑を隠せないのが本音だ。

 巣に入る俺達の命綱が結果としてエメリ達3人に委ねられているのか。

 やっぱり俺には彼女達への負担がかかり過ぎている様に思えてならない。

 しかし代案になるような提案も、それを発言して通せる権威の両方が俺は残念ながら持ち合わせていないのだ。

 俺の不満を知る由も無く、ヘンリー教授が補足を始める。


『彼女達がどんな超能力を使ったか説明するとね、エメリ・ミール君が「自分の姿を消して」ミレーユ・ヨネ君がその状態を前列の誰かに「感染」させる。そしてベルサ・ドンナー君が「増幅」させたのさ。ディヴォーション内でのESPスコアが下から数えた方が早いエメリ君の超能力をスコアが優秀な2人に最大限フォローして貰う作戦な訳だね』

「なあ!?」


 ヘンリー教授の余計な一言にエメリが凍りつくがヘンリー教授は気にせず自分の話を続けていく。

 俺としてもエメリは常に優等生の印象があったので意外に感じた。

 やっぱり、筋トレ見たいに鍛えられるものでもないのか。


『と言うわけで今回のブリーフィングの重要な箇所は以上かな? ロックフェラー司令官、君からは?』

『ああ、後は今回の作戦には前哨基地にいる守備隊も参加する事だな。彼らはホープにいる滞在期間の長さもあって乗り物の操縦経験が豊かでな。ホバーバイクとバギーの操縦は彼らに任せる事になってる。喧嘩するなよ、蟻とカーチェイスしている間に落されたくはあるまい?』


 俺たちの誰が下世話に笑う。

 その声を咎めずにロックフェラー司令官はブリーフィングを締めくくる。


『――今回の作戦の重要性と危険性は君たちが知ってる通りだ。ここにいる者の中にはホープに住んでいた者、生まれ故郷であった者、大切な者を亡くしてしまった者のもいるだろう』


 俺を含めてその場にいる全員が司令官の言葉に意識を集中する。


『――奪い返そう、あの場所を。奪い返すぞ、あの希望ホープを。この作戦は諸君らが行う第一歩だ、月の上を歩くよりも偉大な一歩だ。あの蟻どもに思い知らせてやろう、自分たちがどんなに恐ろしい生物を怒らせてしまったのかを』


 俺は拳を握り締める。

 そうだ、思い知らせてやろう。

 あの害虫どもに。


『最後に、今回の作戦が終わったら私からのささやかな気持ちとして「リップオフ」を貸し切りにしてやろう。……まあ、諸君らが生き残っていて、私がまだこの立場にいられればの話だが』


 わざとらしく肩を落とすロックフェラー司令官に幾人かが笑う。


『では、これでブリーフィングを終了する。諸君らの健闘と武運を期待させて貰う。総員、起立!』


 そしてロックフェラー司令官が場の解散を指示し、各小隊の隊長達に指令書とミーティングが後である事を伝え、長かったブリーフィングは終了した。

 作戦の決行は10日後。

 10日経てば、俺は故郷の星へと里帰り出来る訳だ。

 ……久しぶりに家族へ電話しようか。

 戦場へと出向く前に必ず行っていた習慣だ。

 俺は就寝前の自由時間の間、一人っきりの自室の中でベットの上で仰向けに寝転び、携帯端末で家族の元へとコールを送る。

 こうやって家族に気楽に連絡を取れるのはありがたいと思うが、内容が常に記録されていると思うと素直に喜べない。

 2回ほど呼び出し音がなると回線が繋がる音が鳴った。


『もしもーし、お兄ちゃん久しぶり!』

「おっ、今回はヒナか、久しぶりだなー。お袋は?」

『ママは今日残業するってさー』

「残業? もしかして仕送り足りなかったか?」

『うんうん違うよ、職場の人が一人、デブリ拾いの時に怪我しちゃったからその

 穴埋めらしいよ』

「そうなのか、無理はしないで欲しいんだけどな」


 お袋は宇宙船内外周での作業員として働いている。

 宇宙船の外側からの修繕やデブリ除去、小惑星からの鉱物採掘など業務内容が幅広い仕事だ。

 下請けの中では収入が多い職業ではあるが、宇宙空間とだけあって危険度もかなり高い。

 想像はし難いが宇宙空間のなかで飛び回るデブリは小さな物でも、撃ち出された拳銃の弾よりも優れた殺傷能力を持つ場合もあるのだ。

 更に作業中に事故でも起きたら、下手をしたら死体を回収する事も出来ない惨事になる。

 息子としては早いところそんな職場から離れて欲しいのが本音だ。


『ママもだけど、私としてはお兄ちゃんも無理してないか心配だよー』

「うん? 俺が?」

『だって今日のニュース見たよ、詳しくは紹介されてなかったけど軍がトゥレー島の蟻の巣に攻撃をするって! ……お兄ちゃんもホープに降りて戦いに行くんでしょ?』


 ああ、そうか。民間の方にも軍が何かするくらいの情報は行くよなそりゃ。

 ここは誤魔化しておくしかないか、本当の事を話すわけにもいかないし。


「あーそれなんだけどな、俺さ、この前上官と口論になっちゃってな。その作戦には参加するんだけど、そんな不忠なやつに前線は任せられんって言われちゃってなあ。前哨基地でお留守番だ」

『そうなの? 私としては少しは安心……かな』

「いやー本当に残念だわー。スコア稼ぎ損なっちゃうわーせっかくの稼ぎ時なのに本当に残念だわー」

『なんで棒読みなの?』

「冗談だ、冗談、……正直な所、少しホッとしてるかな。俺だって死にたくないし」

『……やっぱり、私はお兄ちゃんが軍人続けるなんて嫌だよ……ママもそうだけど、2人とも私の学費稼ぎたいからって無茶し過ぎだよ、こっちのプレッシャー、半端ないんだからね……』

「ヒナ……」


 電話越しで妹が心配と弱音が混じった心情を吐露する。

 嘘を吐いている罪悪感もあって胸が締め付けられた。

 ――ヒナ、ごめん。

 心の中でヒナに詫びる。

 兄ちゃん本当は最前線で、しかも今まで誰も突っ込んだ事の無い蟻の巣に突入するんだ。

 喉から出かけたその言葉を飲み込んだ。


『ごめんね、お兄ちゃんもママも、私の事を想って一生懸命に危ない仕事してくれてるのに……』

「俺もお袋も、ヒナを自分たちなりのやり方で応援しているだけさ。だから、ヒナが負い目を感じる必要なんてどこにもないんだ。稼いだ金だって、ヒナが特待生になればステキな老後に回せばいいだけだ」

『うー……本当に自分の体を大切にしてよ?』

「心配しなくても、兄ちゃんは自己犠牲するほどの聖人じゃないさ。それに、俺も母さんもヒナがウェディングドレス着るまでは死んでも死に切れないからな」

『また突拍子もない事言って……』

「本気さ。取りあえず、体には気をつけてな」

『うん、お兄ちゃんの方こそね』

「ああ、愛してるぜベイビー」

『……ぷっ、どうしたの急に。ダサいよ? まあいいや、取りあえずちゃんと帰って来てね』


 ヒナがそう言い終わると回線が接続の終了を告げた。


「……ダサいのか……」


 俺にはあの時、かっこよく聞こえたんだけどなあ。




 10日後、早朝。

 俺達はパワードスーツを装着したまま宇宙港にいた。

 最低限の武装が施された大型の輸送船に生身の軍人達が乗り込んでいく。

 彼らは輸送船のクルーか、後方支援を行う者達がほとんどだ。

 彼らの搭乗が終わると今度は輸送船後方にある乗り物を乗せる為のハッチが開いた。

 パワードスーツを装着した兵隊達はこっちから乗り込む。

『ファイター』や『ソルジャー』が隊列を維持し、重厚な金属音の歩行で乗り込んでいく。


『よし、俺達の番もそろそろ近いぞ! 各員搭乗前に忘れ物がないか装備の確認をしておけよ』


 ユーリー隊長が『モノノフ』を纏った状態で俺達に注意を促す。

 俺は言われるまま自分の装備を確かめた。

 手にしているメイン火器は扱い慣れているPA用突撃ライフル、REC21。目視での異常は無い。安全装置を外せば何時でも射撃が出来る。

 両手の格納スペースには片刃で刀身が厚めのマチェットが2丁、シース展開異常なし。何時でも抜き出せる。

 脚部の格納スペースに収まっているギガント・ガバメントも同様だ。

 ガバメントは取り出して構えるのに一秒と少し。

 マチェットを抜き出して振るうのはもう少し早くいけるか。

『オーガ』の腰部分の装甲に装着されている装備を確認する。

 左、REC21の予備マガジン4つ。右、焼夷手榴弾2つとREC21の予備マガジン2つ。

『オーガ』の人体保護プログラム正常。これでいざと言う時は四肢を落してでも止血してくれる。

 装備もパワードスーツにも問題は無い。

 後は中身の人間の問題だ。

 俺達の幾つか前にいる小隊が小隊長の号令と共に前進を始める。そろそろ俺達の番だ。

『オーガ』の内側で武者震いを起こす己に対して自問自答を始める。

 戦意はあるか? ――Yes.

 蟻の巣に突入出来るか? ――Yes.

 エメリ達に命を預ける事が出来るか? ――Yes.

 今回の作戦を成功させる気概はあるか? ――Yes.

 仲間の為に矢面に立ち続ける事が出来るか? ――Yes.

 あのクソったれな蟻共と何があっても最後まで戦えるか? ――Yes. Yes. Yes.

 俺は自分の中の戦闘意欲と蟻共に関する殺意を再肯定する。

 武者震いは収まり、俺は堂々と胸を張った。


『よし、48小隊!! 前進!!』


 俺達はこれから戦場へと赴く大型輸送船へと乗り込む。

 ――さあ、いよいよ戦争の時間だ。

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