13話 汝平和を欲さば 中

「虐殺って言うのはこう言う事を言うんだろうね……」


 ヘンリー教授は直ぐに終わった戦闘を見て感心した。

 動かなくなり体の各所が弾丸で欠損した蟻の死骸の中心で『オーガ』は返り血を浴びながらもどこも損傷する事無く堂々と立っていた。

 その様相はまさに鬼だ。


「まあ、ちゃんとした武器もあって、パワードスーツを装着している以上、あの数相手に負ける方が難しいかな。コウタロウ君も『オーガ』でバランス崩す事もなくなったし」


 蟻との戦いは十分な距離があり、銃器に不備もなければ碌な戦闘になる事もなく直ぐに終わる。

 実際に巣の外で活動している蟻の群れをこちらは何時も一方的に掃討しているのだ。

 こちら側の損害は滅多に出ない。

 過去に入植地を襲撃された際は、兵隊蟻達の数と津波の様な奇襲に人類が一方的に蹂躙されたがその数の暴力も、あれ以降は報告にない。

 それどころか、兵隊蟻の数は今まで全滅させた巣の外で活動している蟻の群れを調べてみると、労働蟻と兵隊蟻で3:1となっており、これが本来の比率なのではないかとヘンリー教授は考える。

 人類が知っている蟻の情報は巣から出て活動している部分だけだ。

 蟻達は巣から一定数の群れが外へ出ると狩りと採取を行い巣へ持ち帰る。

 狩りの対象になる生物は実に様々でピリカ・サーモンからミノア牛と、ホープ内の生き物全てが対象になっているのではないかと言うくらいには無差別だ。

 また、巣の中で何に使うのか解らないが岩石や木々も運んでいる報告もある。

 一体巣の中でどんな事に使われているのか検討もつかない。

 あの体では、巣の中で日曜大工は出来まい。


「私もあと20年若ければ、今回の作戦に着いて行くんだけどねえ」

「いやいや、教授もついて来るとか勘弁してくださいよ、俺達全滅しちゃいますって」


 ヘンリー教授は予想してなかった返事に思わず振り返ると、ウィルを筆頭にエメリを除く48小隊の面々がモニタールーム内に入ってきていた。

 48小隊を含め、ロックフェラー司令官から許可を貰っている幾つかの隊はヘンリー教授がいる場合に限り、持っているドッグタグ型のキーで入れる事になっている。

 ヘンリー教授が趣味に走った実験で暴走した時に、すぐ鎮圧する為だ。


「おや? そっちは今日の訓練もう終わったのかい?」


 自分が駐屯地の司令官に危険視されている事実を特に気にするでもなく、ヘン

 リー教授はユーリー隊長に尋ねた。


「ええ、実は急用が。明後日に例の作戦ブリフィーングを行う予定だったのは、ヘンリー教授も知ってると思いますが、それが今日の午後3時になりました。駐屯地内の作戦に参加する各部隊が呼ばれています」


 ユーリー隊長が落ち着いた調子で予定が前倒しになった事をヘンリー教授に伝える。

 ヘンリー教授も落ち着いた様子で頷いた。


「なるほど、彼も苦労しているみたいだね。私も準備をしておこう。場所は?」

「今回は人数が多いので食堂で行います。丸で学生集会見たいにバタバタしてますよ、向こうは」

「楽しそうで何よりじゃないか、私の自慢の子供達をお披露目するのが楽しみだよ」


 そう言って破顔したヘンリー教授の様子を見て、ウィルがベニーにそっと耳打ちをする。


「なあ、危険人物ってヤツはみんなああやって笑うのか?」

「いいや、本当に危ない人間は真っ当な人間が見ても解らないくらいまともに笑うもんさ」


 実感のこもっているベニーの返しにウィルは唖然とした。




「……狭い……」


 俺は屈強な軍人達が押し詰まった騒がしく暑苦しい食堂の中で呻く様に声を上げた。

 今の食堂内はテーブルを全て畳んで壁際にどけてあり、代わりに駐屯地内からかき集めて来た様々な椅子とその上に座る軍人達で溢れている。

 特に部隊事に座る場所を指定している訳ではないのだが、俺達は用意されたテーブルとその上に置いてあるプロジェクターがある最前列に固まる様に座っていた。

 それにしても――本当に狭い。部屋の気温が人口密度で上がっているのが解るくらい密集している。


「……なんでこんなに狭苦しいんだよ……」

「そりゃ、駐屯地内の大半の人間が参加するらしいからなあ。……コウタロウ、蟻と少し戯れてただけでもうへばったか?」

「うるせー、こんなとこで解り易い挑発すんな、根暗金髪ロンゲ」


 淡々とした調子で俺はベニーに切り替えした。

 ベニーの顔が一瞬固まるがこれはまだそんなに怒っていない時の反応である。

 こいつ、本気でキレると表情消えるんだよな。


「てめっ……」


 ベニーが何か言い返そうとする直後、俺の左肩が急に締め付けられる。

 突然の痛みに何事かと振り返ると俺とベニーの真後ろの座席で座っていたユーリー隊長が冷ややかな視線で俺とベニーの肩を両腕で掴んでいた。

 体の体温が一気に下がる様な感覚を味わう。


「貴様ら後で特別訓練な」


 ユーリー隊長はそれだけ言うと両腕を離し、痛さを感じる程だった肩の圧力が消える。

 俺とベニーは何とも言えない気まずい雰囲気になる。

 俺の方が沈黙に耐えられなかった。


「……何か、すまん」

「いや、俺が悪かった」

「ほんっとに、仲いいわね、アンタ達」


 俺の隣に座っているアティさんが見当外れな事を言っているので聴かなかった事にしておく。

 そろそろミーティングが始まらないかと食堂の出入り口に目をやるがまだだれも来る気配は無い。

 早く始まらないかと唸っていると、アティさんが俺の横腹を指でつついて来た。


「ねえねえ、そう言えばエメリちゃんとは最近どうなの?」

「え、そうですね……」


 おお、これはまたお約束な反応を。

 内心でそう思いながらどう返事を変えそうかと考えてみる。

 あの夜以降、エメリとは少し距離が開けられてしまっている……気がする。

 単に俺がエメリにああ言われて一方的にヘタレているのかも知れない。

 そう考えると年上で恋愛経験も俺よりは間違い無くあるであろうアティさんに相談してみるのも有りか。


「実は、少し困ってまして……」

「ほほう、あの日送った後にやっぱり何かあったわね?」


 予想的中と言わんばかりの反応である。


「ええあの後、まあ、色々とありまして、思わず触ろうとしたんですよ」

「触ろうとしたの!?」

「はい、肩を」

「肩かあ」


 何故か残念そうな顔をしているが俺は構わず続ける。


「そしたら、これ以上は甘えちゃうからーって言われて断られまして、それ以降は中々タイミングが合わずに」

「ふーむ……そこでエメリちゃんが断ったのは所謂、ふりってヤツね、きっと!」

 アティさんが得意げな顔で断言した。

「ふり、ですか」

「ええそうよ! 甘えちゃうからーって、言っていたなら少なくともアンタの行為を嫌がってた訳じゃない見たいだし」

「そう……なんですかね?」

「恋は駆け引きよ! 攻めて、攻めて、攻めて全てを出し切って玉砕すれば次に胸を張って次へと進めるわ!!」

「って、玉砕前提ですか!?」


 アティさんがとても実感を込めているのが握り拳の震え具合でよく解る。

 しかし今サラッと口に出されてしまったが――恋、かあ。

 軍人になる前、もっと具体的に言うとハイスクールを卒業する時に諦めてしまったものだ。

 今更このタイミングでそんな気持を持ってしまう事に少々戸惑ってしまう。

 そしてその考えが振り払われる様に食堂の出入り口がゆっくりと開き、ロックフェラー司令官、大き目な白いランドセルを背負ったヘンリー教授、エメリと見知らぬ女性一人とパーシャちゃんと同い年くらいの少女が姿を現す。少女の顔は前髪で隠れていて良く見えない。

 司令官が直接ブリーフィングに来る事にも驚くが、妹より幼い見た目の少女がこの場にいる事の方が衝撃が大きい。

 他の人達も俺と同じ様な衝撃を受けたのかもしれない。

 今まで騒がしかった食堂は静まり返り、自分達の目の前に現れた違和感に軍人達の注目が一斉に集まる。

 少女は自分が注目の的になっている事を理解すると、エメリともう一人の女性の背の間に隠れてしまう。

 ロックフェラー司令官がプロジェクターの用意されたテーブルまで進み、辺りを見渡すと腕に巻いている端末のマイクを起動させた。


『よーし、諸君らが何時もよりお行儀が良い様でなによりだ。 それではこれより、人類初の蟻への侵攻作戦「反撃の狼煙」について説明する! トラン・ティ特技兵、照明を』


 食堂の部屋の明かりが中央、前、後ろと順に消ていき、窓ガラスにも遮光カーテンに覆われていく。

 部屋が薄い暗闇に覆われ目が慣れ始めると、プロジェクターが光を発し、食堂のどこに居ても見渡せる事が可能な大きさのホラグラムが浮き出てきた。

 ホログラムは長方形でゆっくりと回転しており、長方形の中には作戦の各情報が刻まれている。


『概要を説明しよう。今回の作戦はこの15年間謎に包まれていた蟻共の巣に潜入し、巣の内部構造とやつらの内部の生態を明らかにするのが目的だ』

『多分、君達からすると今直ぐにでも蟻の巣を爆弾で吹っ飛ばしてしまいたいかも知れないが何故今回の説明が必要なのか私の方から説明をさせて欲しい』


 ロックフェラー司令官が言い終わると、横からヘンリー教授が補足を入れる。

 ヘンリー教授はプロジェクターのリモコンを操作してホログラムが蟻を表示する。

 戦場にいない時はあんまり見たくない姿だ。俺は特に熟した木苺の様に盛り上がったあの複眼が不快だ。


『君達が15年の間に定期的に駆除してくれている蟻達だけど、「蟻」って言うのはあくまで私たち人類が既存の生物に似通ってるからつけただけの名称で実際はどんな生き物かよく解ってなんだよね、あの巨体と脚でどうしてあんな速度で動き回れるのやら――』


 ふいに誰かが薄暗い部屋の中で目立つ様に大きく手を振る。

 ヘンリー教授がロックフェラー司令官に目をやるが、司令官は溜め息を吐き、顎を前に振った。


『よし、そこの君! 質問を言ってみてくれ』


 ヘンリー教授の声はどこか楽しげだ。


「質問の許可、有難う御座います。まず無知を承知で質問なのですが、その正体の解らない蟻は我々の武器で簡単に殺せます。なぜ、生態を先に調べる必要があるんですか? もっと数を減らしてから好きなだけ調べれば――」

『そう!! まさにその数が問題なんだ! 君はいいところを突くね、ここが講義の場だったら君に点数を上げたい!!』


 ヘンリー教授が質問した軍人に被せる勢いで返答する。

 俺はヘンリー教授のスイッチが入るのが解った。


『蟻は殺せる、君達の様な屈強な兵士たちならそれこそ日常の様に殺せる。そこで、視点を変えて見て欲しいんだ。もっと楽に殺す方法があるんじゃないかとね、例えばそう――あいつら専用の毒ガスを巣の中で焚いてやるとか』


 食堂の空気がその一言にざわつく。

 軍人達の疑問を感じ取ったのかヘンリー教授は嬉しそうだ。

 しかし、俺には蟻は毒物に耐性があると言っていた筈だ。どういう積もりだろうか。

 先程の軍人が再び質問の為に手を伸ばす。


「そんな事が可能なんですか? アイツら、毒が効かないって話を聞いた事がありますが」

『ああそうだよ、残念ながらね。だからここでもう一度視点を変えて見て欲しい。彼らが「生き物」であるなら必ず今の姿になる前の成長途中の状態がある筈だ。この場合は、幼虫と言った方がいいかな』

「成虫になっていない幼虫の時なら、毒が効くかもしれないと?」

『あくまで仮説の一つだけどね。ただ、巣を調べる事で彼らがどうやって生まれてくるのか、そのメカニズムを解明してしまえば後はそこをどうやって効率的に壊すか考えて実行すればいい。壊すのは作るよりずっと楽だからね』

「つまり、今後のその楽をする為に今回の回りくどい方法を行う必要があると?」

『そう言う事さ、要は壊す前に巣の中を一度よく見ておこうって事だよ。相手の事をよく知らないで迂闊に攻めたら失敗しちゃうかもしれないしね。後は任せていいかな、司令官』


 ヘンリー教授がそう言って奥に一歩さがると代わる様にロックフェラー司令官が前に一歩踏み出した。


『これで、今回の作戦の意義を理解して貰えただろうかな? 解らない者は後でプロフェッサー・ヘンリーに直接講義を聞きに行く様に。講義中の身の安全は保障せんがな』


 ロックフェラー司令官はプロジェクターのリモコンを弄り、ホログラムで作戦の手順を図で示したものを映し出した。


『今回の作戦は大きく分けて、巣に対しての陽動と侵入に分かれる。大多数の者は派手に蟻の巣の入り口で派手に暴れてもらい、蟻共が釣れたら直後にホバーバイクとバギーで蟻共を指定の地域まで引き連れてもらう。そこを戦闘ヘリのキング・コブラ五機の一斉爆撃で殲滅する。侵入する隊は陽動隊が行動を始め蟻共を釣り上げた直後に侵入、ヘンリー教授が今背負っている機械を稼動させすぐさま引き上げて貰う予定だ』


 ヘンリー教授が今まで背負っていたランドセルを机に下ろすと見計らった様なタイミングでランドセルがライトアップされる。

 光の発する方向へ視線を向けるとトランさんが証明スタンドを持って立っていた。

 俺に『オーガ』を見せる時もそうだった様に、ヘンリー教授はこの演出方法が好きなのだろうか。


『では、諸君に紹介しよう!! これが今回の作戦で重要な役割を担ってくれる自立型AI搭載ステルス探索ロボット、その名も「トム軍曹」だ!!』


 ヘンリー教授が手にしていた端末を再び弄ると、白いランドセルに淡い黄緑の光線が規則的に走る。

 すると白いランドセルが勝手に勢いよく開いた。

 見た目に反して裏側はナノスーツの生地に酷似している。

 今度はそのランドセルの中から白い球体が幾つか飛び出して来た。

 大きさがハンドボール程の白い球体は、床に落ちるとピンポン玉の様に軽い音ともに跳ね、注目していた俺達の元へと跳んでくる。


「おおう」


 俺は眼前にまで来た球体を思わず両手で掴んでしまう。

 音からしていた予想を裏切る様な重さだ。


「いっだ!? いーーっだ!! 足の、足の小指があああああ!!」

「誰か、誰か早く衛生兵を!! ローチのサン息子に球体が直撃したんだ! ローチ、ローチ! 返事をしてくれ!? ローーーチ!!」


 案の定、反応が鈍かった犠牲者が椅子から転げ落ちて苦悶の声を上げたり、白目を向いて意識を失っている。

 軍人でも足の小指や局部は鍛えられない。


『ナイスーキャッチー。目ト度胸、アルネ、イイネ』


 犠牲者の方を向いている俺に真正面から機械音声の賛辞が送られた。

 まさかと思い、俺は正面の球体を見つめた。

 正面の球体の中心部に緑色の光点が点り、球体は自分の形を崩す様に機械仕掛けの足を蜘蛛の様に生やした。


『ハジメマシテ、トム軍曹デス。ドウセ最期ハ使イ捨テニサレル道具デスガ、ドウゾソノ時マデハ大切ニシテクダサイ』


 とても愛嬌のある仕草で扱い難くなる事を言われた

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