12話 汝平和を欲さば 上

 俺がキャピタル駐屯地に来てからそろそろ一月が経とうとしていた。

 日に日に増していく駐屯地内の騒々しさと、具体的になっていく訓練と実戦演習の内容が作戦の決行日が近づいているのだと実感させられる。

 俺としては、作戦決行までに『オーガ』で一度だけでも威力偵察などの実戦を経験したかったのだが、上のスケジュールの都合としてはそうは行かないらしい。

 俺は不満を抱えながらも『オーガ』を装着し、ヘンリー教授の実験を含めた慣熟訓練を始める。


『なんで俺達は例の作戦まで出撃を控えさせられてるんですか? 訓練や演習ばっかりだと、どうにも気が緩んで仕方ないんですけど』


 装着を完了した『オーガ』を起動させながら、こちらをモニタリングしているヘンリー教授へと尋ねた。


『君たち48小隊は今回の作戦で要の一つだからね、本番前に何があると困るのさ』

『危険な作戦の直前までは大切にされるって言うのは何とも妙な気分になりますねえ』


 軽口を叩き合う仲になってしまったヘンリー教授と雑談をしている間に、俺の視界には前回同様のセットアップ完了の蛍光文字が表示される。

 次にスーツバイタル、レーダー、バッテリー残量などの各情報がHUDヘッドアップディスプレイとして視野に表示される。

 最後にヘルメットのバイザー越しに外の景色が俺の視界に投影された。

 投影された景色は特務ラボの防弾処理が施された壁が特徴的な実験室。

 俺はその室内の出入り口にいた。

 反対側には資材運搬用の分厚い鋼鉄の扉が丸で門の様に鎮座していた。

 室内は今まで相当派手に扱っていたのか、部屋の至る所に焼き焦げた後や良く解らない液体の後、黒ずんだ染みがある。

 ……改めてみるとそうとう危ない雰囲気の部屋だな。


『まあまあ、今日はちょっと緊張感のある実弾を使ってもらう実験だから普段よりは刺激的になると思うよ。で、使いたい武器はあるかい?』

『そうなんですか? あ、武器はREC21で頼みます』

『OK、突撃用ライフルだね、部下に的と一緒にもってこさせよう。あと今の内に、何時もやってる安全確認で格納スペースに不備が無いかのチェック頼むよ』

『アイ・サー』


 俺は頼まれた通りに『オーガ』の格納スペースを展開させようとする。

 まずは両腕、人間の前腕にあたる箇所の装甲が開くとそこから大型ナイフ、及びマチェットを格納しておく機械仕掛けのシースが姿を現す。

 今は武装してないのでシースの中は空だが、このシースはここからナイフを射出させて投げたり刃だけを展開させて隠し武器の様に扱う事も出来る。


『因みにコウタロウ君はナイフとマチェットどっち派だい? 今後の兵器開発の参考に少し聞いておきたい』

『マチェット派ですね、ナイフより大きいから、隠し武器とか投擲して使えなくなるけど、手に持って蟻とやりあうならナイフより戦い易いですし。シースが手まで持ってくるタイムラグはナイフと変わらないのも理由の一つですかね』

『なるほど、やっぱり図体のデカイ蟻と戦うならナイフなんかじゃ色々足りないもんねえ』


 後は個人的に恩を感じるんだよなマチェットに。あの人の影響だけども。

 そのまま今度は脚部、人間で言うところの太ももにある左右の格納スペースを展開させる。

 今度は太もも箇所の装甲が横に開き、そこから手に取りやすい様に格納スペースが展開される。

 ここは基本的に拳銃型の武器とそのマガジンの格納スペースだ。

 パワードスーツの格納スペースには前腕部分と脚部の二つの部分にあり、左右合わせて四ヶ所だ。

 そしてメイン武器の予備マガジンは腰部に外から取り付ける事ができ、手榴弾も装着が可能なので作戦の内容とポジションに合わせて装備の内容が変わるわけだ。


『格納スペースチェック完了しましたよ、問題ありません』

『OKOK、こっちも丁度到着したようだよ』


 ヘンリー教授がそう言うと同時に分厚い鋼鉄の扉が軋まされながらゆっくりと大きく開いて行く。

 すると作業用パワードスーツが一機だけ現れた。一機は俺が頼んだREC21を肩にかけていて、後ろ向きでこっちに来ている。

 仕草からして資材を運ぶ人達を誘導しているらしい。


『オーライ、オーライ、よーしそのままのペースで打ち合わせどおりに置いてくれ! 落すなよ!! 中身が出てきたら一大事だからな!!』


 今度は大型コンテナを二人一組で運んできている他の作業用パワードスーツが現れた。全部で五組だ。

 五組の作業用パワードスーツ達は要領よく予め決めていたであろう場所へとコンテナを降ろして行く。


『んじゃあ、これ、アンタが頼んだやつ』

『ああ、ありがとう』


 誘導していた作業用パワードスーツが他の10機が作業を完了するのを見届けると俺にREC21を手渡してくれた。

 俺がREC21を受け取ると、武器内部に内蔵されたデータチップを通して『オーガ』は武器の名称と状態、残弾数をHUDに表示した。

 問題は無い。弾丸もフルに装填され、安全装置を外せば何時でも撃てる。


『よっしゃー! お前ら撤収だぞ!! んじゃ、武運を!!』

『ん? 良く解らないけど、ご苦労さん』


 作業用パワードスーツが入ってきた鋼鉄の扉へと一斉に引き上げて行く。

 ……ただの実験なのに武運って変じゃないか?


『んじゃあ、的を出すよー、色々やった後だから妙に興奮してるけどいざって時には着けてる装置で自爆させるから安心してね』

『自爆って……あ! ヘンリー教授、あんたまさか!?』

『いやー、私の在庫処分と実験、それにコウタロウ君の言ってた不満も多少は解消出来るって言うのは一石二鳥どころじゃないね!! ポチッとな』


 ヘンリー教授がコンテナのセキュリティを遠隔で外すと同時にコンテナの扉が内側から吹き飛ばされる。

『オーガ』のレーダーには予めセッティングされていた敵性反応が5匹分表示される。


『うわ、ご丁寧にジャミング機能までついてたのかよ、このコンテナ……』


 嫌な予感をなぞる様にコンテナから蟻が5匹出てきた。

 奥にいる体の大きめな赤い蟻に対して、前にいる他の4匹は比較的に体が小さく、体色も茶色で顎も控え目だ。

 こいつらは蟻で言う所の民間人にあたるかも知れない「働き蟻」だ。

 性格はとても臆病で、俺達が蟻の群れと交戦するさいには一目散に逃げ出す。

 戦おうとするのは何時だって赤い兵隊蟻だ。

 ――その筈、なのだが。


「ギギギギ」


 蟻達は俺を認識するやいなや、追い詰める様に俺へと迫ってきた。

 俺は武器の安全装置を外し、蟻達へと向ける。


『何で蟻が方舟の中にいて、働き蟻がこんなに凶暴化してんですか!! ヘンリー教授!?』

『いや、最近になって漸く蟻達の実験と研究が許可されてね? さっそく軍の人達に捕まえて貰って、取り敢えずの実験の一部として体の作りとか調べてみたり、毒ガスとかの有効性を確認したんだよ。そしたらこうなちゃった、こいつらって大抵の毒物には耐性あるんだよね、凄くない!?』

『事情は解りました! で、それを俺にけしかけたのは!?』

『え、退屈してたんじゃ?』


 俺は蟻に向けて射撃を開始した。

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