24話 偽りの陽だまりの中で
人工の陽の光による麗らかな上層居住区域の昼下がり、休日の公園は子供たちの無邪気な笑い声が響き渡る。
手摺りに彫刻が施されているベンチには、白のセーターに灰のスラックスに身を包んだ肥え太った中年男性が高価な腕時計を弄りながら腰かけている。
ボール遊びをしていた子供の蹴りが見当違いの方向に跳び、中年男性の腹に直撃した。
子供達の顔から表情が消えるのを他所に、男性は腹から跳ねたボールを片手で器用に受け止めると、子供に威圧感を与えない様に注意しつつゆっくりと子供たちの元にボールを転がした。
見当違いの蹴りを行ってしまった子供がボールを受け取り頭を下げる。
中年男性は表情も変えずに子供達に気にするなと手を振ると、子供達が先程より距離をとってボール遊びに戻っていく。
「相変わらず人払いが上手いな、ロックフェラー?」
肥え太った中年男性――ロックフェラーの名を親しげに呼びながら、もう一人の中年男性が気づけばベンチの前に立っていた。
ロックフェラーと同年代の筈だが、精錬な顔つきをしており、グレーのツイードジャケットからの下からでもその実力を隠す事無く漂わせる。
彼の胸ポケットにはBAIと刻まれた社章バッチが付けられている。
――ブリティッシュ・エアロスペース・インダストリー。
宇宙船内の大手企業3トップ中の2位、今回の「反撃の狼煙」作戦で最後の人命救助に目覚ましい活躍を見せた企業だ。
「休日の日くらい、会社のバッチは外して置け……聴くか?」
「勿論」
ロックフェラーの隣に精鍛な男性が腰かけると、ロックフェラーは自身の腕時計の調節を再び弄り始める。
煌びやかな装飾の上にホログラムの映像が浮かび上がった。どこかの執務室で1人の軍服の男性が通信装置に向かって怒鳴り立てている。
『どういうことですか!? アレは図体がデカいだけの知能の低い生き物で、現戦力で十分対処可能と言ったのはあなた達でしょう!』
『あーうん、私達もそう聞いていたんだけどね』
『やつらは急に人間を狙って集団で襲って来てるんです! 「人」を直接狙っているんです!! これが本能で暴れまわる野生生物の行動ですか!?』
『うん、うん。こっちも避難の受け入れやってるから』
『増援は!? このままでは町が蟻に壊滅させられます』
『こっちもこっちで大変なんだよ! まったく御老公達も何故こんな計画の前倒しを――』
『御老公? ……まさか、会長達は……知ってて……』
『兎に角! こちらも既に手一杯なんだよ、悪いがこれ以上を時間を割けられないね……まあ、君も気の毒にな』
『待って下さい! 話はまだっ!! ……ぬうううっ……おい、部隊の再編成を急げ、ここにいる民間人を港まで護衛するんだ! 私も装備を整え次第前線に出る!』
映像と音声が終了し、子供達の声が再びロックフェラー達の元まで響いて来る。
2人はデータの再生を終えると視線をそれぞれ上下に向けて溜息を盛大についた。
麗らかな昼下がりとは対照的な気分にさせられる。
「……解っていたがな……やっぱりあの老人たちが絡むか……あと、さっきの電話相手はコオノの家系か、喋り方が似てたな?」
「ホープに向けて宇宙旅行を決めたのはアイツらだぞ。今更な気もするが……そう言えば、トム軍曹だったか。そっちはどうだ?」
「プロフェッサー・ヘンリーが今までにないくらい張り切っておるよ」
「次の指揮もお前が?」
「今回のAI暴走の件も含めた騒動で、企業内で肩身が狭かった兵器開発部の幾つかが味方についた。前よりは上手く出来るさ」
「お前は本当に相手の立場に付け込んで利用するのが得意だな……何時か酷い目にあうぞ」
「君もな」
辛気臭い2人の大人は子供達の声にただ耳を傾ける。
「……葉巻、吸うか?」
「禁煙したよ」
淡いベージュの病院の個室はとても退屈だった。
持ち込みの許された腕時計型の携帯端末には「トム軍曹」に身を移したマリーから、楽しく祝杯を挙げているみんなの写真が送り付けられて大変寂しい。
美味そうな料理と酒は病院生活してる俺への嫌がらせか。
唯一の暇つぶしである備え付けのテレビでは暴れまわる己の姿がまた繰り返し流されている。
俺が暴れる度に映像はモザイク処理が増えて行き、埋まる。
『――やはり、今回のこの映像、なかなかに鬼気迫る恐ろしさがありますね』
『ええ本当に。でも良い事もあったんですよ』
『おや? それは一体なんでしょうか?』
テレビには俺の映像をコメンテーターの人達が思うが儘に感想を上げて行く。
『子供に言い聞かせるのに使っているんですよ、悪い子だとこんなに恐い鬼が攫って行っちゃいますよーって』
『うわーそれは子供も可哀想ですねえ』
俺は子供に言い聞かせる為の出汁かい。
テレビはテロップで「暴走するAI」の見出しが表示される。
どうやらそのままマリーの話に移る様だ。
今回の件でマリーの試験的な運用は中止になり、無期限の計画停止が決定してしまった。
マリーは俺を助けようとああなってしまったと思うと罪悪感を感じずにはいられない。
本人が「トム軍曹」の生活も悪くないと言ってくれている事が救いだった。
病室の窓から陽の光が差し込む。
――ホープの方がきっと暖かいよな。
自分の手を人工の陽の中に掲げる。
道のりは今だ遠く、険しいが――
「――コウちゃん、お見舞いに来たよ」
――独りじゃないから、きっと、何とか出来るだろ。
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