4話 異動 下
ユーリー隊長から現実を突きつけられて、気持の整理がつかない内に執務室まで辿り着いてしまう。
エメリも何故か一緒に着いて来ていた。
時折何か言いかけようと俺の方を向くが、今は俺自身に余裕が無いのを察するとそのまま口をつぐんでくれる。
申し訳ない気持ちになるが、今はそうしてくれた方がありがたい。
「よし、入るぞ。コウタロウ上等兵、深呼吸」
執務室の扉に手をかけたユーリー隊長が俺に呼吸を整えて落ち着くように命令する。
鼻から大きく息を吸い、肺にたまった空気と同時にもやもやした気分を吐き出した。
「はい、大丈夫です」
「よし、開けるぞ。ロックフェラー司令官、おられますか?」
ユーリー隊長のノックが手短く三回響く、すると扉の向こうから
「入っていいぞ」
と、一言だけ返ってくる。
「失礼します」
そう言って入るユーリー隊長に続く様に俺とエメリも室内へと入る。
予想はしていたが、室内にはそれなりの贅があった。流石にキャピタル駐屯地を任されているだけはある。
個人的には室内の本棚にみっちりと収納されている紙の本に舌を巻いた。
どれも仕事とは関係無い地球時代の有名な小説の様だ。
まさか、このご時勢に紙で出来た本をコレクション出来るとは。ロックフェラー司令官が企業上層部と綿密な繋がりがあるのは事実なのだと実感させられた。
そして、一人の人間が使うには大きすぎる執務机と寝たら気持ち良さそうな椅子の上に座っている中年の小太りが件のロックフェラー司令官その人である。
立派な軍服もはち切れんばかりの腹である。
多分ここで失礼な事言ったら俺の人生即終了なんだろうな。
「フジムラ・コウタロウ上等兵をお連れしました! コウタロウ上等兵、前へ」
「はっ!!」
ユーリー隊長に促され、ロックフェラー司令官の前へと身を出す。
司令官殿は机の上の仕事を中断すると、俺をジッと見つめた。俺は何故か蛙と言う生き物を思い出した。
「うむ、よく来てくれたコウタロウ上等兵。早速だが君がどう言った経緯でここに来たか、これからどうなるか説明しよう」
「はっ、宜しくお願いします!!」
「話が長くなるので、前置きとして説明するが我々人類がホープを追い出されて15年を過ぎた。今まで威力偵察を幾度となく行い、蟻達の間引きを行いながらその生態を調べて来たが、判明したのは巣の外での生態活動と言う生物としての一部の活動だけで我々人類があの蟻共をどうやったら一網打尽に出来るかと言う情報や方法も解らずじまいだ。今まで行った威力偵察での間引きも、巣にどれ位の影響を与えたか解らん。これを見てくれ」
ロックフェラー司令官が携帯端末を机に置くと、端末の上からバスケットボールと同じくらいの大きさの球状のホログラムが浮かび上がる。
ホープの模型だ。二つの大陸と間に挟まれる様に島がある。
その島が人類が最初の入植を試みた場所だ。一応、トゥーレー島と名づけられているらしい。
次に、ホログラムの大陸の上に赤い点が複数現れる。トゥーレー島にも赤い点が一つある。
「見て解ると思うが、現在判明している蟻の巣だ。これは無人ドローンで可能な限り判明したもので本当はまだあるかもしれん。増えてる可能性も充分にある。いずれにしろ、予算の関係もあってこれ以上は解らん」
何とも辟易する話だ。15年かけて蟻の巣をまだ一つとして潰せてないのに。
「コウタロウ上等兵、君の表情から察する通りにこの調子では人類の入植など絶望的だ。我々人類の本来の技術を持ってすれば、多少強引でも巣の一つや二つ、潰せると言うのに……軍が今やっている事はホープからの資源調達とちょっとした害虫駆除だ。自分達のスペースとルールを守ることしか考えてない連中には蟻と全面戦争など金の無駄なのだろう」
ロックフェラー司令官が盛大に溜め息を吐く。
言動を察するに、企業上層部とロックフェラー司令官の関係は必ずしも良好と言う訳ではなやいようだ。
もしくはロックフェラー司令官が企業上層部に対して一方的に不満を燻らせているだけかもしれない。
「ホープを追われ、方舟の民間区域で育った君なら解ると思うがこの宇宙船の中はもう余裕がない。だから、私は賭に出ることにした」
ロックフェラー司令官が自分の腹を敲く。ポコンと軽い音がした。
「企業上層部とのコネや味方を作るのにかまけていたらこんなになってしまったよ、若い頃はユーリー君に負けないくらいの筋肉だったのだが」
俺達が反応に困るとロックフェラー司令官は咳払いした。
「話が逸れてしまったな。兎に角、私は自分の体の健康を犠牲にしつつ、ある作戦を計画しそれを実行に移せるところまで持ってきた。後は成功率を高める為に優秀な人材を少しでも多く揃えたい――多少の問題児でもな」
カエルの顔が俺の顔を見ながら口の端を吊り上げる。
なるほど、俺の異動の経緯は解った。俺自身が優秀な兵かどうかは個人的に疑問だが、なんともタイミングの良い話である。
そして目下のところ、気になるのは作戦の内容だ。どうしても確かめたくなり、思わず手を上げる。
ユーリー隊長の視線が俺に刺さった。
「発言を許可しよう。何が聞きたいのかね」
「はっ、その作戦について許される限り教えて頂きたいです」
「いいだろう。詳しい事は時が着たら改めて話すから、概要を説明する……ユーリー君がある程度話したと思うがな」
今度はユーリー隊長にロックフェラー司令官の視線が刺さる。
「作戦の内容自体はシンプルだ。トゥーレー島の巣に対して攻撃し、陽動を仕掛ける。その隙に君達がエメリ特別准尉の能力で蟻の巣に侵入してもらい特殊機械を展開、機械の作動を確認しだいに退却。蟻の巣の構造と蟻共の巣内での生態を暴くのが今回の目標だ。質問はあるか?」
ある。ありまくる。言葉にするのは容易いが、大分リスキーな作戦だ。
取り敢えず質問したい内容を頭の中で纏めてからそのまま吐き出す様に質問した。
「わざわざ規模の大きな陽動をしかけて突入するなら、そのまま蟻の巣を破壊出来る爆弾でもしかけた方が手っ取り早くないでしょうか。また、エメリ特別准尉の能力を自分は知らないので差し出がましいのですが、この作戦ではエメリ特別准尉に頼りすぎでは?」
素行不良の兵を引き抜く司令官殿の手腕を信じて失礼覚悟で言いまくる。
ロックフェラー司令官はまた不敵な笑みを作った。やはりそう言ったマイナス要素も織り込み済みなのか。
「エメリ特別准尉については彼女の能力を訓練の時にでも君自身で確かめてみるといい。それに今回の作戦で潜入班は3組、つまりエメリ特別准尉の他に2人いる。私も超能力については懐疑的だったが、見せつけられると企業上層部の人材開発を馬鹿に出来なくなる。また、君の言うとおり手っ取り早く爆発物を内部から仕掛ければ楽だし、私ならそもそも歩兵を主力にしないで空軍で蟻の巣を毎日爆撃しているさ。勿論、権限と予算があればだが」
「なるほど、蟻100匹を駆除するのに戦闘機を使うならパワードスーツ20機を突撃させた方が安上がりですか。企業上層部は節約家ですね」
「そういうことだ」
そんな節約家どもは蟻の生き餌にしてやりたい。そうすれば自分達が金より安くしているものの価値が少しは理解出来るかもしれない。
「はっきり言って、今回の作戦はリスクが高い。だが、どうしても成功させ、次へと繋げる必要がある。失敗すれば人類はこの閉じたゆりかごから永遠に出られん。フジムラ・コウタロウ上等兵、君に問おう。――生まれ育った故郷を取り戻す為に、惑星を再び征服する為に、自らの血を流す覚悟はあるかね?」
ロックフェラー司令官が俺の覚悟を尋ねる。
俺は一度目を閉じ、自分の胸に問いかけた。過去の映像が自分の脳裏にフラッシュバックしていく。
生まれ育った故郷。年相応に友達と無邪気に遊び回り、暗くなると同時に家に帰ると出来立てのシチューと母が迎えてくれた。父は夕飯の食事中に帰ってきてよく俺の頭を乱暴に撫でたりヒナを抱っこしようとして泣かれていた。
奪われてしまった。故郷も家も父も、あの日、襲ってきた蟻達に。
感情の見えない巨大な赤い蟻の複眼が、呪詛の様に脳裏にこびりついている。
――――恐怖に立ち尽くす事だけは止めたのだ。
俺はその場で急に敬礼を取った。突然の行動に3人が注目している。
「フジムラ・コウタロウ上等兵!! ただ今を持って、キャピタル・ブロック駐屯地に着任します!!」
「君の着任を心から歓迎する、これから頼りにさせて貰うよフジムラ・コウタロウ上等兵」
ロックフェラー司令官が鋭い眼光のまま笑顔で応えた。
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