6話 廻る縁 中
俺とエメリはユーリー隊長に案内され、特務ラボ内のロッカールームでパワードスーツを着る際に必要なインナースーツに着替えていた。
このインナースーツはパワードスーツを着装する際に装着者のバイタルをパワードスーツへフィードバックし、操作を円滑に行う為には必須の物だ。
訓練兵の時の座学ではパワードスーツと人体を繋ぐ神経見たいな物であると教わった。
そんなインナースーツの不満点を上げるとするならば、その特性上、下には何も身に付けては行けない事――全裸の必要があると言う事だ。
つまり、今この瞬間、反対側で女性であるエメリが全裸になっていると言う事だ。
本来、軍内部での男女間の意識の差は訓練兵の間に羞恥心を無くす様にするのが常であるが、俺の場合は訓練兵時代を通して男所帯だったので異性と同じ空間で裸になっている事に思春期の様な恥ずかしさを覚えてしまう。
反対側のロッカーから聞こえる衣服のすれる静かな音に集中してしまう体たらくだ。
俺は自分の頭の中にある悶々とした気持を打ち払いたく、思い切ってエメリに声をかける。
「なあ、今いいか?」
「ひゃいっ!? ……だ、大丈夫だよ!! 何か話したい事でも有るのかな」
どうやら意識しているのは自分だけでは無かった様だ。エメリの場合は本来の軍属と言う訳でもないし、当然かもしれない。
「俺達がこれから相手にする人達について教えてくれないか?」
「あ、うん。えーとね、ユーリー隊長の48小隊は私とコウタロウ君含めて6人居て、まだ紹介してないのがアティ・バーベリ特技兵とウィル・ジャーマン一等兵、ベニー・オールドリッチ上等兵の3人だから、このウチの2人と勝負するんじゃないかなあ」
エメリが告げた隊員の名前を聞いて、思わず聞き返したくなる名前が上がった。
「エメリ……、今さっきベニー・オールドリッチって言ったか?」
「へ、うん。ベニー・オールドリッチ上等兵だよ、ちょっと眼つきの悪い金髪の人だけど親切な人だったよ。コウタロウ君の知り合い?」
エメリから特徴を聞き核心する。――そうか、あいつも軍人になったのか。
懐かしさと嬉しさで笑い声が漏れてしまう。
「急に笑ってどうしたの……?」
エメリが俺の異変に気づいて様子を尋ねてくれる。
「ああ、ごめんごめん。音信不通になってたハイスクール時代の同期が元気にしてるのが解って嬉しくってさ」
「やっぱり友達なんだ、親友だったの?」
「いいや、どっちかと言うと会う度に下らない事でケンカや勝負ばっかりしてたなー……ベニーの奴、ハイスクール時代にトラブルで中退して、それっきり会ってなかったからさ」
「ほうほう、男の友情って奴なのかな、それって」
「さてね、着替え終わったから廊下で待ってるよ」
俺は喋りながら着替えを終えてロッカーを閉めて室内の扉まで向かう。
「待って待って、私ももう終わるから」
すると後ろから小走りでインナースーツに着替えたエメリが姿を現した。
軍服の時から解っていた女性らしい体のラインがインナーによって更に強調されている。
思わず見惚れてしまうが、エメリも何故か俺の方をジッと見ている。
「どうした、何か変か」
「あ、えーとうん。前より逞しくなったなあって」
「そうか? まあ、鍛えてるからな、ふん!!」
エメリの目の前でマッスルポーズを取りおちゃらけて見る。
「おおお……ムッキムキだ」
エメリが自然な仕草で俺の上腕二頭筋を両手で触る。インナー越しの手の感覚が非常にくすぐったい。
が、こちらも間近にいる無防備なインナースーツ姿のエメリを拝めているので役得かもしれない。しかもエメリの長髪からは、微かに甘く落ち着く香りがし、エメリが姉とそろって桃が好きだったのを思い出す。
「あー、オホン君達、仲むつまじいのは大変結構だが、模擬試合がある事忘れてないかね?」
「うわっ!」
「ひゃっ!」
突然ロッカールームの扉が開き廊下側に白衣を着た薄い白髪の痩せ細った眼鏡の老人が現れる。
俺は反射的に身を前に出し、エメリが俺の背後に隠れた。
「て……あれ、ヘンリー教授じゃないですか。驚かさないで下さいよ」
「えー私のせいかい? 勝手におっぱじめたの君達だろ」
「おっぱじめたって」
教授と言うだけあってもっと頑固な人か偏屈な老人を想い描いていたが、言動が大分砕けている。意外と社交的なのかもしれない。
と、思っていたらプロフェッサー・ヘンリーが先ほどのエメリと同じ様に俺の体を触り始めた。鳥肌が立つ。
「君がフジムラ・コウタロウ君だね……ふむふむ、単に出鱈目に筋肉を付けてる訳じゃない様だね……実戦で鍛え上げられた柔軟性のある筋肉……素晴らしい、これは『オーガ』のいいデータが取れるぞお。さあっ、行こう! こっちだコウタロウ君」
「とっ、急に引っ張らんで下さいよ」
「ああ、待って私も一緒に」
忙しないプロフェッサー・ヘンリーにそのまま連行されてしまう。
プロフェッサーは鼻息を荒くしており、こっちの様子を気にしていない様だ。
廊下ですれ違う他のスタッフ達が俺達を一瞥すると、気の毒な者を見るかのように視線が哀れんでいる。
プロフェッサーが言った名詞が頭に引っかかる。『モノノフ』ではなく、『オーガ』と言っていた。
「よーし、ついたぞお」
プロフェッサーがある部屋の前で急停止して首から提げているキーカードを扉のセンサーに掲げる。ピッと簡素な音がなると同時に扉のロックが外れる音がした。
廊下側から室内を覗こうとするが、部屋の明かりはついておらず中の様子をイマイチ把握出来ない。
「部屋の中が気になるかね?」
「ええ、まあ」
「安心したまえっ! 私達が中に入ると同時に君様のパワードスーツがハイライトでパッと登場する様に演出の準備がしてある!! あと、エメリ君のも」
「なんで私のがパワードスーツが物のついでみたいになってるんですか……」
「いや、だって君のパワードスーツ既に一回お披露目終わって最終調整も先週済ませたし。後、あれはパワードスーツって言うより、専用の防御装置と君用の増幅装置つけたパワーアシストドレスだし。なによりメカメカしてなくて見た目が好みじゃない」
「最後の一言が全てですよね!?」
「さあ、中に入ろうコウタロウ君」
「私の事無視ですか……」
エメリが脱力のあまり、肩を落す。ああ、成るほど、プロフェッサー・ヘンリーは、わが道を行くタイプの人なのか。良くも悪くも自分の興味としたい事を中心で生きている人だ。
好きな事をやって行きながら生きて行く。大衆が一度は憧れる生き方をこの人物は実践できているのかも知れない。
そして、俺達が部屋に入ると同時に扉が閉まり、眼前にハイライトの眩しい光が点る。
「うわ、まぶし」
「あ、私自分のパワードスーツ着てくるね」
俺が目を眩んでいる最中にエメリは奥にある光の方へと姿を消す。
眩しさに目を奪われながら光の方を見続けると2m強の人影が現れ始めた。
視界が慣れてくると、その姿がハッキリと見えて来る。
『ファイター』とは大分変わったデザインだった。
ファイターが全体的に無骨で厚みのある重厚な機体だったのに対してこのパワードスーツはシャープな見た目になっている。
イメージとしては向き出しの刃物だ。
そしてヘルメットがバイザーカメラを上下二段で分けており、頭部にはこのパワードスーツの個性を象徴する様に『角』が前向きに左右二つ生えている。
カラーリングが蟻の様な赤錆ではなく鮮血の様な赤を基調にしているのもあって、この攻撃的でそれを隠そうとしないデザインは丸で――。
「どうだい、どうだいカッコイイだろう!! こいつはPBCと五つ葉が協同で作ったエリート部隊用機体『モノノフ』の接近戦用カスタマイズモデル!! 名前はズバリ『オーガ』!! 名づけた理由は特徴的なヘルメットに着いている角と蟻達にとって畏怖の対称になる様にと願掛けさ!! フロントマンの君と相性はバッチリだ!!」
「……鬼、だな」
俺は心に浮かび上がった言葉をそのまま口にした。
まだ、俺がホープに居た頃、親父が大切にしていた紙で出来たボロボロの古い本に今では失われた水墨画と呼ばれる技術で描かれた怪物を思い出す。その本には他にもおどろおどろしい人々の恐怖から描き出された怪物達が描かれていたが、俺が一番恐かったのは鬼だった。
その本はもう既に無くなり、あの本の中で描かれていたものも記憶の隅に追いやられていたが――。
それが今、俺の目の前で俺自身がこれから装着するパワードスーツと言う形になって存在している。
「ささ、着心地を試してみたまえ」
プロフェッサーがそう言って右手で持っている小型のリモコンの様なものを操作する。
すると、『オーガ』がだらりと腕を投げ出す様に前屈みになり、装着用の背面がジッパーを開く時の様な音を出しながらオープンになる。
俺は意を決して『オーガ』の背面へと回り込む。中を覗くと、通常のパワードスーツ同様に蛍色の光の線が淡い発光を伴いながらスーツ全体に幾重にも行き渡っている。
普段と同じ要領でスーツに潜り込み、パワードスーツと繋がっている頭部のヘルメットへと自分の頭を通す。
俺の頭が綺麗にヘルメットに嵌り込むと、『オーガ』が起動を示す振動を起こした。
背面のジッパーが閉まり、『オーガ』は通常のパワードスーツと同様に装着者の骨格に合わせて内部の人口筋肉を変化させていく。
『体格セット完了。インナースーツより情報更新……フィードバック完了。システムオールクリア。起動完了』
『オーガ』のシステムボイスが俺に起動が無事に終了した事を告げる。
俺はバイザー越しで自分の四肢がパワードスーツの人口筋肉に包まれ『オーガ』になっている事を確認する。
俺の装着が完了したからか、室内の照明がちゃんと点き、薄暗かった部屋全体がちゃんと見渡せるようになった。
俺のいる場所が丁度部屋の中心で機材は部屋の端に片付けられ、大きく開けている。
そして俺は『オーガ』の右の二の腕に収まっている自分の右手で拳を作ると、『オーガ』の長い右腕がその動きをタイムラグ無くトレースし、握り拳を作った。
次に左右の腕を動かして試すが、脳波と筋肉の動きを読み取る感度は問題無い様だ。
「着心地はどうだい」
『良好です、ホバー移動してもいいですか?』
「ああ良いとも、感度が『ファイター』より鋭いから気をつけるんだぞ」
『了解!!』
俺が両足の先に強く力を込めるとパワードスーツが床から数cm音も無く浮かび上がった。
前進しようと体を前に傾ける。
『――っとぉ!』
するとホバーが急速で進む。あまりの速さに驚いたせいで思わず体制を崩しかけ、転びそうになる。
とっさに片手で床を掴む事によってその場で自分の体を時計回りに半回転して何とか静止した。
「どうだね? 従来のパワードスーツはホバー移動の際にあそびを入れて緩やかに加速を加えていくが、『モノノフ』はそのあそびの部分を極端に少なくしてある。パワードスーツの最高速度である時速50キロを直ぐに出せるのは蟻達と超接近戦で戦うにはベストな機能だろう?」
『なるほど……相当じゃじゃ馬なパワードスーツですね』
俺は先程より慎重に体の重心を前に倒していく。訓練兵時代の始めてパワードスーツを装着する時と同じ様にへっぴり腰になっているが、格好は気にしてられない。
意地でもこの『オーガ』を乗りこなしてやる。
自分のバランス感覚、経験、勘を頼りに何とか転ばずにホバー移動出来る様にコツを掴もうとする。
「おおっ、凄いね! もうコツを掴み始めた様だ。少しデータを取らせてくれ後で君様にあそびを再調整しよう」
プロフェッサーがモバイルPCと俺の挙動を交互に視線を動かしながら関心している。
俺の方も何とかこのパワードスーツの感覚に少しだが馴染んで来た。急な挙動でなければ安定して動かせそうだ。
試しに広い室内を制御が利く速度でホバー移動を行う。
『ファイター』の時とは違う速さが気分を高揚させる。
『コウタロウ君、もう動かすコツ覚えちゃったの? 子供の頃から運動神経良かったもんね』
回線越しにエメリの声が聞こえて来る。彼女もパワードスーツの装着を終えた様だ。俺は踵に力を込めると『オーガ』がホバー移動を停止させる。
振り向いてエメリの方を確認した。
『……エメリ、それはパワードスーツなのか』
とても個性的な格好をしていた。
ヘルメットの変わりに顔を覆う様な機械仕掛けのバイザーと首あてを装着しているエメリを鋼鉄の鎧が覆っていた。
特徴的なのは通常のパワードスーツと違い、装着者の上半身が剥き出しになっている事だ。
両足はパワードスーツ同様にしっかりとレッグパーツが装着されている様だが、足から上は腰を守る鋼鉄のスカートと申し訳程度の時代錯誤な胸当て、首あて、バイザーしか身を守れそうな物がない。
パワードスーツの両腕にあたりそうな箇所は、エメリの両腕に添う様に背中から伸びている。
全体として、正面から人体のほとんどが剥き出しになっている事が個人的に非常に気になる。
『あー、その視線は疑ってるね?』
『ああ、そんなに生身の体を剥き出しにして身を守る事とか出来るのか?』
『ふふん! じゃあ、私に触って見るといいよ!! ……危ないから気をつけてね』
『よく解らけど……んじゃ注意して失礼してますよ、ぉっと!?』
エメリの腹部を触ろうと手を近づけると、あと少しの所で空間が陽炎の様に歪み、青白い火花が散る。確認すると同時に『オーガ』から警告音が鳴り、手を引っ込めた。
「ああ、エメリ君のは本当に1から作った専用機でね、電磁シールドに覆われているんだよ。バッテリー消費が悪いんだけどね、防御性はバッチリ。蟻が顎でエメリ君を挟もうとしても逆に感電しちゃうのさ」
『なるほど……防御性はバッチリですね。でも銃器どうやって使うんですか』
『この電磁シールドはね、私側の方からなら一方的に物を通す事が出来るの。でも、その時は通った物は帯電しちゃうから、細かい作業をする時何かは、電磁シールド切らなきゃだね』
「因みにこのパワードスーツの名前は『フリッグ』、企業上層部のお偉方は超能力部隊の女の子達を女神の様に祭り上げたいのかもしれないね」
蟻達と本気で戦争をする積りが無いのにそこまで担ぎ上げようとするとは、企業上層部は相変わらず胡散臭い。
プロフェッサーが名前の補足を入れてくれるが、俺にはまだ知りたい事があった。
『エメリ、超能力って今やって見せてくれるか?』
ロックフェラー司令官の言った事もあり、エメリの超能力をこの目で確かめたかった。
『うん、いいよ。よーく見ててね……』
エメリが祈る様に自分の両腕を胸の前に持っていき目を閉じる。
そのまま数秒間、何が起こるのだろうと期待して待つが特に周囲を見渡して見ても変化は無い。
『特に何も起きないな……てあれっ!? エメリどこだ!?』
「コウタロウ君は何を言ってるんだい? ……ああ、そう言う事か」
俺が瞬きをする間に目の前からエメリが消えている。
慌ててもう一度周囲を確認するが見当たらない。光学迷彩の類だろうか。
『んふふふ、ずっとここに居るよ』
エメリの声が消えた場所と同じ所から声がし、視線をそこに戻す。
するとエメリが変わらずにその場に居た。
突然起きた奇術に間髪を容れず尋ねてしまう。
『もしかして、透明人間になれるのか!?』
『違う違う、そうじゃないよ。私の能力はね、生き物を対象に相手の認識能力を弄っちゃうの。何て言えばいいのかな……本当はその場に居るんだけど、さっきはコウタロウ君にだけ、私の姿を見せない様にしたの』
「つまり、私から見ればエメリ君が目の前に居るのに認識出来なくなって慌てている滑稽なコウタロウ君と言う図になる訳だ。私も超能力の実演を生で観たのは始めてだよ」
ヘルメットの下で開いた口が塞がらない俺に向けてエメリが微笑む。
『どうだった、私の超能力?』
『これは何つーか……お見逸れしました……』
俺はロックフェラー司令官の言葉の意味を噛み締めた。
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