5話 廻る縁 上
ロックフェラー司令官との挨拶を済ませ、俺達は執務室を後にする。
「次は部隊の紹介だな、今はシミュレータで訓練中の筈だからそこへ向かうとしよう。……少し待て」
ユーリー隊長が次の目的地へ先導しようとすると、隊長の左手首に巻いてある通信端末から電話がかかってくる。
俺の方からは誰からの電話であるか確認できないが、ユーリー隊長は電話をかけてきた相手の名前を端末から確認すると眉を眉間に寄せた。
もしかしたら珍しいユーリー隊長を今、見たのかもしれない。
「はい、こちらユーリー・オズノフ上級曹長です。ヘンリー教授、なにか御用ですか…………ええ、これから部隊の連中と顔合わせの予定で……はっ? 模擬試合!?」
なにやら今日の予定で話し込んでいるようだ。内容が断片的に聞こえるが急な予定変更が行われるのだろうか。
少し暇なので廊下の窓から見れる駐屯地のグラウンドを覗く。
兵達が男女問わず腰から白鳥の頭を生やしたドレスでバレエの練習を真面目に行っていた。
規則正しく並んで踊っている兵達の隊列へ全身肌色レオタード姿の男性教官が檄を飛ばしていた。
「貴様ら!! その程度の身のこなしでは蟻の海の中で生き残ることが出来んぞ!! もっと柔らかく柔軟に、蝶のように! 細流の水の様にっ!! こうだ、こう!」
「サー・イェッサー!!」
目眩を覚える光景に唖然としているとエメリが落ち着いた様子でこちらの肩に手で触れる。
「大丈夫? やっぱり他の駐屯地だとああ言う訓練しないよね」
「いや、極東アジア駐屯地でも武道の型と一緒にダンスの基礎やってたけど……あんな恰好はしなかったな。あれ、やっぱりパワードスーツの訓練だよな?」
「うん、そうだよ。ここの教官さん、形から入る本格派なんだって」
「そ、そうか……まあ、指導熱心なのは良い事だよな、うん」
自分に言い聞かせる様に一人で頷く。
そして気づくが、エメリの態度につられて上下関係を忘れて昔と同じ調子で話してしまっている。
俺の失態にエメリは気にしていない様子だ。
そんな様子に、気にしてないならいいかと勝手な納得をしてしまう。
幸いにもユーリー隊長は電話で押し問答中なのでバレていない。
次からは気を付けよう。企業上層部からの派遣であっても彼女は准尉で俺は上等兵なのだから。
「私、パワードスーツの訓練で踊りの練習するとは思わなかったなあ……もっと筋肉をもりもりつけるイメージだったよ」
「パワードスーツの装着中は身体機能がスーツに依存するか……しますからね、軍人としての基礎が出来てれば必要最低限でいいって雰囲気にはなってます。それよりは体のバランス感覚が重要視されてますよね」
エメリがきょとんとした顔で俺の方を向く。……急に語調変えれば気にするよな。
しかし、実際に踊りの練習や体のバランス感覚を鍛えるトレーニングはパワードスーツを纏う者にとってとても重要な事だ。なぜなら、体幹筋を鍛える事がパワードスーツの操作技量の向上に直結するからだ。
パワードスーツでの移動操作は二種類ある。歩行での移動とホバー移動だ。ホバー移動を行う際には装着者の重心移動がハンドルになる。重心の加減と向きによって速度と方向調整を行うのだ。
地形の制限を受けずに生身の歩兵より高い機動力と大型の火器や装置を楽に扱える戦術性の高さが軍用パワードスーツの特徴である。
欠点としてはエネルギーであるバッテリーが切れると動かなくなる事と、パワードスーツの構造的に歩行での移動能力は低い事だ。パワードスーツを装着して歩きつづけるくらいなら脱いで走った方がいいくらいである。
また、パワードスーツは背面の方から着ぐるみに似た要領で装着するのだが、その制約で背後の装甲が薄くなりがちだ。
勿論、蟻の顎に捕まってしまえばそんなのは関係ないのだが。
「2人とも、待たせてしまってすまない。予定が……変わった」
電話を終わらせたユーリー隊長が溜め息を吐きながら予定の変更を俺達に告げる。
何がどう変わったのか知りたく、次の言葉を待つと、うんざりした顔でユーリー隊長は告げた。
「いきなりで悪いが、コウタロウ上等兵にはこれからパワードスーツを装着して模擬試合を行って貰う。相手は紹介する予定だったウチの部隊だ。あと、エメリ特別准尉殿は本来休日の所悪いのですが、コウタロウ上等兵と二人一組のパートナーになって下さい」
「はい?」
2人同時に間の抜けた声を上げた。
「……もしかして、ヘンリー教授の仕業ですか?」
何かに気づいたエメリの疑問をユーリー隊長が頷いて肯定した。
「案内終わったらコウちゃんとお喋りしたかったのに……」
ジト目をしながらエメリが俺に聞こえるかどうかのか細い声で呟いた。
俺は頬が緩むのを自覚しながらユーリー隊長に確認をとる。
「あの、プロフェッサー・ヘンリーって第3世代パワードスーツの生みの親の事ですか? 変人、奇人としても有名な」
「ああ、そうだ。本来なら
「結局籠もるんですか」
「たまに駐屯地のグラウンドとか廊下で変な実験して警備の人や作業員の人達に連れ戻されてるよ」
「自由な人なんだなあ」
天才と馬鹿は紙一重とはよく言ったものだ。しかし、曲がりなりにもそんな好き勝手が許されているのは本人にそれだけの能力があるという事実の裏付けかもしれない。
「一応、プロフェッサー・ヘンリーがいるお陰もあってキャピタル駐屯地は他の駐屯地と比べてPBCを筆頭に企業からの物資の支給が優遇されている。駐屯地内のパワードスーツも現主力機の『ファイター』から来年から配備予定のPBC製軍用パワードスーツの次期主力機、『ソルジャー』に全体の4割程置き換わっているしな」
「うお、それは何ともリッチな話ですね……自分の駐屯地は『ファイター』しか無かったですよ」
『ファイター』は最初の第三世代パワードスーツであり、軍用パワードスーツの代名詞だった物だ。最近の軍広報誌では、企業間でのパワードスーツ開発が活発になり後続として出る最新鋭のパワードスーツに徐々に立場を追われる事が書かれていたが、安定した性能と高い信頼性については俺自身が身を持って知っている。
「やはり、使い慣れているパワードスーツが一番いいか?」
「信用は一番ですけど、最新型を着てみたくない訳じゃないですよ?」
俺の返事にユーリー隊長が僅かに笑う。
人間いざと言う時は扱いなれた道具の方がいいのは勿論だが、せっかく新しく性能のいい物があるのならば、試してみる事も悪くないだろう。
「そうか、ならこれからの模擬戦で早速試すといい。PBCと五つ葉が共同で作ったパワードスーツは凄いぞ」
「共同制作? 『ソルジャー』とは別の新型があるんですか?」
「さっき言ったプロフェッサー・ヘンリーとロックフェラー司令官のコネでな、今回の作戦で俺達と他の2部隊にはロールアウトしたばかりの最新鋭の量産機が支給されててな『モノノフ』と言う名前だ」
――モノノフ、聞いた事がある言葉だが、意味が思い出せない。どこで聞いた言葉だっただろうか。
「確か、地球にあった日本と言う国で『戦士』を意味する言葉だった筈だよ。多分、五つ葉がコウタロウ君と同じ日系由来の企業だから、それじゃないかな?」
エメリが悩む素振りも見せずにスラスラと教えてくれる。
教養があるなと関心するが、これは単に俺が勉強嫌いなだけかも知れない。
「よし、二人ともそろそろ行くぞ」
了解、と返事を返してユーリー隊長の後に続く。
いきなりの模擬戦闘だが、話ばかりで内心では少し退屈していた所だ。気分転換に丁度良いかも知れない。
俺がこれから使う最新型のパワードスーツが前の場所から追い出される原因になった五つ葉が関わっている事が少し癪だが、細かい事は気にしない様にしよう。
「何だか楽しそうだね、コウタロウ君」
「そう見えますか、エメリ特別准尉?」
「はい、そう見えますよ、コウタロウ上等兵君。……私、厳密には軍の外の人間だから階級とか気にしなくてもいいのに……」
俺があくまで階級を気にしているのがそんなに嫌なのか、落ち込ませてしまう。寂しそうな顔が俺の良心に作業用ハンマーを打ちつけた。
その顔がどうしてもほっとけなくなり、ユーリー隊長がこっちを見ていないの確認すると、そっとエメリの耳元で囁いた。
「すまん、流石に仕事中はな? 模擬試合では頼りにしてる」
するとエメリが俺を凝視しながらおもしろい勢いで再開した時と同じ様に朱に染まる。……これはこれで可愛いいな……。
「わ、解ったよ! 私の超能力であっと言う間に勝たせて上げるから期待しててね、 一緒に勝とうね!!」
エメリが俺の方を向き、前のめりの姿勢になりながら両手で拳を作り大きく意気込む。
どうやら落ち込みから回復する事は出来た様だ。やはり、勝負するなら勝ちたいのと思うのが人間だ。
エメリの気迫に負けない様に俺も勝負に勝つ為に気合を入れよう。
特務ラボのある区域でもっとも広い多目的実験室の中でベニー・オールドリッチ上等兵は不満で気だるい表情を着装した『モノノフ』の下に隠したまま対戦相手を待ち続けていた。
『おいおいベニー、いい加減機嫌を直したらどうだ? 確かに急な事だが、歓迎パーティだと思って楽しもうぜ』
ウィル・ジャーマン一等兵がベニー上等兵の機嫌が悪い事を察して宥め様とする。ベニーの方が階級は一つ上なのだが、部隊内同士で階級を普段から気にしていたら何時か蟻に食われてしまう――と言うユーリー隊長の考えもあって隊内の上下関係は緩い。
最近になってエメリ特別准尉と言う緩さの代名詞が部隊に配属された事もあって尚更である。
『仕方ねえだろ、ダルいもんはダルいんだからよ。……まあ、あの変人博士に媚を売るのも悪くないけどな』
ベニー上等兵はそう言って模擬試験用のペイントガンを壁にかけ、その場に腰掛けてしまう。二人は巨大な室内の端に待機させられており、目の前には模擬試合様の仮想戦場が用意されていた。
プロフェッサー・ヘンリーが急遽思い付きで作らせた試合場だが作業員達にも意地があるのか、市街地での入り組んだ裏路地を想定したフィールドの作りは職人技と言えるだろう。
しかし職人である作業員達もちゃっかりとしており、今は室内のギャラリーで観戦の為に準備を勤しんでいる。
「おーい、こっちにもレジャーシート敷いたから来いよ!」
「さあさあ、どっちに賭ける!!」
「みんなー購買からビール買って来たよー」
「一番安いベルモルでいいんだよねえ?」
「あー、トランとアティさんありがとうございます。あ、よかったらウチの連中が馬鹿教授からくすねたおつまみあるんで、一緒にどうですか?」
すっかり観戦ムードが出来上がっている。因みに先ほどトランと呼ばれる作業員の女性と一緒に買出しから戻って来たアティ・バーベリ特技兵もウィル一等兵とベニー上等兵と同じ部隊の仲間である。
そんな楽しそうな面子を下から切な気に眺めているウィル一等兵が何か思い出したのか、ベニー上等兵に話しかける。
『そういや、今から来る新人の名前聞いたか? 日系人でよ、名前がフジムラ・コウタロウって言うらしいぜ。エメリお嬢さんの古い知り合いなんだとさ』
『フジムラ・コウタロウだと……? マジかよ』
ベニー上等兵が唸る様に語調を僅かに荒げた。
『なんだ、知り合いなのかよ?』
『……腐れ縁だ……おい、ウィル』
『お、どうした? やる気になったみたいだけどよ』
『必ず勝つぞ、アイツには負けたくねえ』
『モノノフ』のヘルメット下でベニー上等兵は闘志を滾らせた。
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