7話 廻る縁 下

  ベニー・オールドリッチにとってフジムラ・コウタロウはハイスクール時代から何かと因縁のある相手だった。

 初めて会ったのはハイスクールで1年生の時だ。

 当時のベニーは荒れていた。自分の身に突然起きた理不尽にどうしようもない程打ちのめされ、周りにいた手頃な学生達に八つ当たりしていたのだ。

 そんな時だ、コウタロウに出会ったのは。

 コウタロウは初対面でベニーに言ってのけたのだ。


「辛かったこと我慢して他人に当たるくらいなら、何で泣かないんだ坊ちゃん。それとも俺が泣かしてやろうか」


 当然その場で殴り合いになった。そして殴り合いには勝ったのだが、その後色々と大恥を掻いた。お陰でコウタロウの母親と友人には顔が上がらなくなった。

 その後は八つ当たりを止めたのだが、誰かと親しくするのは避ける様にした。それでも、約一名の馬鹿が、ベニー本人が中退するまでちょっかいを出し続けていたがそれも振り切った。

 今までやり過ぎた結果、ベニーが所謂「札付きの悪」としてのレッテルが既に完成してしまったからだ。当然恨みも多く買っていた。

 自分にまともな人間が親しくしたらどうなるか。巻き込みたくなかった。――そんな考えも所詮は独りよがりな結果にしかならなかったが。

 結局は2年生の半ば、自己満足の為に上層居住区域のクソガキを半殺しにして退学した。

 その後は特にあてもなくスラム区域でフラフラしていたら、ひょんな事からウィルと一緒にユーリー隊長に軍へとスカウトされた。そしてロックフェラー司令官にある契約を交わして今この部隊にいる。

 生きている間に目的を果たせればそれで良し、果たせなくても蟻達と戦っていれば何時かふさわしい終わりを迎えられる。

 近々、ロックフェラー司令官が溜まりに溜まった野心を実行に移すと言う事もあり、もしかしたら目的を果たすより早めに終わりを迎えてしまうのかもしれない。そう思っていた矢先に、またコウタロウがベニーの前に現れたのだ。


「……偶然もここまで来ると神様に嫌われてる様に思えるぜ」


 ベニーは模擬試合の会場でコウタロウを待ちわびる様に呟く。自分がここにいる事を知ったら、コウタロウはどう反応するだろうか。恐らく勝手な文句を垂れるだろう。

 ならばこちらも言いたい事を言わせて貰う。――勿論サシでだ。




 ――さて、どうしたものか。

 俺とエメリはパワードスーツを身に着けたまま、多目的実験室の前にいる。

 プロフェッサー・ヘンリーは先に室内へと行ってしまった。

 今は模擬試合の為の作戦タイムだ。

 俺は自分の考えをエメリに提案した。


『エメリ特別准尉殿、作戦考えてくれ!!』

『……潔いね、コウタロウ君』

『ha ha ha 何を仰る准士官殿、下っ端の兵隊が貴方を顎で使う訳にはいかんでしょ? そもそも俺は指揮経験なんて無いぞ』

『あーそれもそっか、でも私も碌な経験ないからマニュアルに沿った様な指示しか出来ないよ。戦場慣れしてる人達に通用するかな?』

『…………』


 お互いにフェイスウインドゥで相手の顔が焦っているのを確認出来た。


『1回、ルールのおさらいとお互いに何が出来るか確認するか……』

『うん、そうしようか』

『えーと、ルールはゲーム感覚で陣地を二つに分けて相手の陣地奥にある防衛目標を破壊するか、全滅させた方が勝ち。武器はペイントガンと練習用の大型ゴムナイフか、2人一組同士だから先に1人やられた方が圧倒的に不利になると』

『フィールドは市街戦を想定して死角が多いのが特徴だね、後はヘンリー教授がデータをちゃんと取りたいからって名目で、私達が一定時間動いていないと相手に位置をばらされるんだよね……死角の多い戦場でアンブッシュ待ち伏せが碌に出来ないなんて……』


 エメリが呆れた表情で溜め息を吐く。


 今回の突発的な模擬試合はプロフェッサー・ヘンリーのデータ収集欲によるものだ。プロフェッサーは多分接近戦のデータ欲しさに今回の模擬試合を考えたのだろう。『オーガー』装着者の俺が来て早々にデータ取りに躍起になっている辺りは流石学者と言うべきかどうか、エメリの態度を見て判断に困る。


『それにしてもルールを確認すれば、する程、防御側が不利すぎて相手より速く敵地に向かって目標を破壊するしかなくなるよなあ』

『多分そうしろって、事だと思うよ。……作戦どうしようか』

『出たとこ勝負するしかないんじゃないか?  エメリ、超能力の詳細と相手に対策されてる可能性があるか教えてくれないか?』

『うん、私の超能力を細かく教えるとね、生き物の認識能力を誤魔化して相手の視覚を騙す事。自分の体調や生物によって変わるけど、人間相手なら一度に5人は騙せるよ。後、残念だけど私だけだと、自分の姿しか誤魔化せないんだ。強みとしては一度相手にかけちゃえば、私が解除しない限りはそのままになることかな……まあ、かけられる相手の数に限りがあるからあんまり意味ないかもだけど。対策としては、私の能力は生き物相手に有効で機械は誤魔化せないから、相手の人はレーダーで確認しようとする筈。だからここぞって時に使えば撹乱出来ると思うんだけど、どうかな?』

『じゃあ、俺が先頭に立つから、相手から見つかり難いよう真後ろにいてくれ。そんで、俺がサインを送るか攻撃されたら直ぐに超能力使って目標へ向かってくれないか。 俺が2人とも引きつける』

『それって、コウタロウ君の負担が大きすぎない?』

『そこは俺を信用してくれ、伊達にフロントマンはやってないさ。それに粘るのは得意なんだ』

『うーん、そこまで言ってくれるなら頼っちゃおうかな……うん、任せたからね!』

 

 エメリが俺を信用してくれた。我ながら単純だがその事実が嬉しく、俄然やる気になる。

 彼女の信頼に応えなくては男が廃ると言うものだ。


『よし、そろそろ行こうか』

『うん』


 パワードスーツの身の丈を超える扉を開くと室内の明かりが視界いっぱいに広がった。




 ウィル・ジャーマンが扉の閉まる音に気づくと、室内のギャラリーが一斉に騒がしくなった。

 こちらからでは模擬試合場のフィールドが壁になっていて見る事が出来ないが、どうやら待ちに待った対戦相手が着たらしい。

 急に室内各所のスピーカーから耳鳴りの様な高い音が響く。パワードスーツの人体保護の防音が働くがギャラリーの方から悲鳴が聞こえた。

 スピーカーの音が徐々に弱まるとプロフェッサー・ヘンリーの声がマイクを通して室内に反響し始めた。


『さあ、ようやくコウタロウ君とエメリ君が来た様なので模擬試合を始めましょう! 司会は隠して置いたミノア印ビーフジャーキーを部下達に食べられたばかりの私、プロフェッサー・ヘンリーと』

『えー、先程のマイクテストでプロフェッサーを一発殴りたい解説のトランです』

『実況すんのかよ!!』

『いやー、急な仕事を押し付けられたんでいっその事、私達も楽しめる様にしちゃえと思いまして。そんな事よりウィルは早く位置について下さい。他のみなさんは用意出来てますよ』


 ウィル・ジャーマンの叫びを解説のトランは自分のボブヘアーを弄りながら流す。

 ウィルは促されるままにビニールテープで作られた簡素なスタートラインに並ぶ。隣にはベニーが何時でも動ける様に黙ったまま立ち構えている。

 そんなベニーの様子にウィルは内心驚きを隠せない。ウィルとベニーはスラム区域にベニーが流れ着いてからの付き合いだが、ベニーがここまで特定の人物に執着を見せた事は無かったのだ。

 そうなってくると、ベニーがどんな人間にこれほど執着しているのかウィル自身にも興味が湧いてくる。

 ベニーが執着する程の人物だ、少なくともスラム区域に転がってる様なチンピラではないのだろう。

 ウィルが考えに耽っていると、模擬試合のフィールドの出入り口上部にある三つのランプが一斉に赤くなりビープ音が鳴り響く。


『えー、それでは全員位置についたのでカウントを始めます。3、……2、……』

 ランプが1つ、2つと消えていく。

 ウィルは自分の思考を切り上げて目の前の事に意識を切り替えた。

『ベニー、俺に前を任せてくれるか? 美味しい所は譲ってやるからさ』

『好きにしろ、コウタロウとサシで勝負出来ればそれでいい』

『1、……0!!』


 ランプが全て青色に変わると同時に開かれた模擬戦場へと2機の『モノノフ』が突入していった。

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