8話 しょうがない意地

『えー、それでは始まりましたこの模擬試合。お互いが接触するまでの間に各人のプロフィールをザット紹介しましょう』


 俺とエメリがフィールドへと突入しすると同時に室内中に実況の声が響き渡る。

 見世物にされている様で文句の一つも言いたい所ではあるが、市街地を想定したこのフィールドは入り組んでいる上に道幅も狭い。

『オーガ』の個性的な操作性もあって、操作に集中しなければ壁に激突してしまう。

 そんな俺の状況を他所に俺達の解説が始まる。


『では最初にみなが知っている2人の紹介からいこうか、トラン君。ウィル・ジャーマン一等兵君とベニー・オールドリッチ上等兵君だね。パワードスーツの整備をしている君から2人に対する評価はあるかい?』

『そうですね、ベニーさんは割と無鉄砲と言うか、出撃のたびに肉を切らせて骨を断つと言わんばかりにスーツの正面を傷や蟻の体液だらけにして帰ってきますね。逆に背面はほぼ無傷で帰って来てるのでそこに彼の戦法を感じます』

『なるほど、データー収集で私は彼らのログやスコアを見せて貰ってるけど単純な殲滅量は彼が部隊で一番なんだよね。整備側からの意見も合わせて考えると中々の突撃好きなようだね。 でもベニー君ってフロントマンじゃないよね? 命令無視して突撃しちゃってるの?』

『違いますよ、プロフェッサー、ベニーさんはポイントマン、フロンマンが矢面で前方下方に注意を集中するのに対してポイントマンはその後ろで前方周囲の警戒です。二つとも前に出て部隊の目を担う役割ですね。まあ、このご時世では両者の立場にあまり明確な違いが無いんですけどね、対人戦でもしない限り』

『なるほど、詰まりベニー君がスーツをボロボロにして帰ってくるのもある意味当然と言う事だね』

『私としては正直なところ、ベニーさんの場合はポジションと実力の事を加味しても傷が多い気がするんですよねー。どこか放っておけなくて、触れたら火傷しそうな陰がある金髪イケメンって言うのが私の結論です』


 ……そう言えばハイスクール時代でもベニーの容姿については女子から人気あったなあ。


『……コウタロウ君、羨ましいの?』

『まあ、少しは』


 エメリと軽く一言を交わすと、突き当たりに見立てた通路を大きな孤を描く様にして曲がる。やはり細かい動作は未だに厳しい。

 そのまま十字の大通りに躍り出て、通りの端に身を寄せる様に移動しながら、後方のエメリにハンドサインで真後ろにいて貰うようにサインを出す。

 ペイントガンを構え、大通りの角へと迫った。


『じゃあ、次はウィル君の紹介いこうか』

『ホラー映画のおもしろ黒人枠、整備士の私からは以上です。後ナンパがうっとしいからもうしないで下さいね』

『データ取らせてもらってる私からも特に感想は無いかなあ、スコアは悪いわけじゃないんだけど平凡、凡俗、凡骨過ぎてねえ』


 大通りの向こうから盛大なスリップ音が起きる。誰かがパワードスーツを装着した状態で思いっきり転んだらしい。


『おいっ!! なんで急に扱い変わるの!?』


 突然男性の叫び声が聴こえた。


『コウタロウ君、相手が立ち止まった見たい!! レーダーに感あり! 大通りの

右、一時の方向!』

『了解』


 エメリが俺の知りたい情報を手早く教えてくれる。

 事情は良く分からないが、ウィル一等兵と言う人物に同情しておく。

 が、それと試合は別だ。

 俺はそのまま指示された方向へ身を乗り出すと、ヘルメットのバイザー越しから確認できた敵影にペイントガンの引き金を引いた。


『ぬああーー!!』


 敵はペイント弾に染め上げられると商店に見立てたオブジェクトに背を預ける様に座り込む。ショーウインドーにまで跳ねたペイントが引きずられる様に伸びた。


『……俺、もしかして死んだ? もうゲームオーバー?』

『まあ、そう言う事になりますね』


 ピンク色に染まった『モノノフ』が気さくに話しかけてくる。パッと見は『オーガ』の角が無く、攻撃的な雰囲気が幾分和らいでる様に見えるパワードスーツだ。

 それとなく会話に応じながら、もう一機がどこに潜んでいるのか周囲を見渡すが確認できない。レーダーにも反応は無いので動き続けてる筈だが。


『あ、なんかウィルはもうやられちゃった見たいですね』

『早いねえ……』

『誰のせいだと……まあ、いいや……』


 司会実況者達の呑気な声にウィル一等兵は文句を言いながらも語調は穏やかだ。

 軽口を言い合える程の中ではあるのか。


『っと、相手の人間関係考えてる場合じゃないな……エメリ、もう一機を補足出来てるか?』

『ダメ、こっちのレーダーにも反応無しだよ』


 もしかして二手に別れたのか? だとしたらこちらは二手に別れるべきか追うべきか。どの道これだけ立ち止まっていれば2人ともベニーに位置はバレてしまっている筈だ。どちらにせよ、早く動かなければいけない。


『さて、じゃあ俺はさっさと退場しますかねっと!』


 急にウィル一等兵が、座り込み背を預けていたショーウインドーのガラスをわざわざ割って勢い良く離れた。

 ――合図か!!

 ヘルメットバイザーのレーダーに反応が表示されると同時にショーウインドーの室内側の壁が一瞬膨らんだかと思うと破砕され、そのまま残っていたガラスが更に砕ける。破壊の主は俺の方へと躊躇無く突っ込んでくる。

 壁とガラスの破片を周囲に浮かび上がらせながら隠れていたもう一機の『モノノフ』が強襲の為に俺の正面へと姿を現した。

 俺が左手で持っていたペイントガンを向けて引き金を引こうとするが、『モノノフ』は右腕を反時計回りに回すと、ペイントガンを弾き飛ばし、俺の射線を強引に変える。

 軌道を変えられたペイントガンの弾が出鱈目な方向を染める。

 このまま片手を塞がれたままでは危険だ。俺はペイントガンを手放す。

 と、同時に相手の『モノノフ』から左ストレートの真っすぐな鋼鉄の拳がこちらのバイザー目がけて飛んでくる。


『くっそっ!!』


 今度は俺が右腕を反時計回りにひねって相手の左ストレートを弾く。前の基地でやらされた空手の内受けの要領だ。

 相手の『モノノフ』は攻めの勢いを落とさず、右拳のフックを振り抜いてくる。

 何とか左手で相手の右手首を掴み、抑え込む。そのままエメリに向かって叫んだ。


『エメリ、今すぐアレ使って目標まで突っ走れ!!』

『えっ、は、ハイ!?』

『うおっ!! また前みたいに急に消えた!?』


 エメリが事態を呑み込めないまま打ち合わせ通りに超能力を使い、目標を目指して先に行く。ウィル一等兵の反応を見るにちゃんと相手に効いてる筈だ。

 だが、この取っ組み合いになっている相手は最初からエメリの事は眼中に無かった様に思える。こいつにとって、模擬試合の事はどうでもいいのかも知れない。


『おい、お前ベニーだろっ!』

『…………』


 相手の『モノノフ』は沈黙したままだ。

 その様子が却って俺の中で確信に変わり、思わず吼えた。


『何とか言えよ! だんまりか!? 勝手に姿消しやがって!!』

『……喧しい、お前こそ、どうして軍に入った!』

『はあっ?』

『食い扶持稼ぐだけなら、工場や下請けの肉体労働で十分だろが! 仕事がきつくても蟻に食われる心配は無い!』

『何で俺にお前の心配されなきゃいけないんだよ!!』

『お前じゃねえ!! 俺が心配してるのはお前の周りだ!』


 取っ組み合いの状態からベニーが急に身を引くとその勢いを利用して横蹴りが飛んでくる。今度は両手で受け止めるが、勢いを防ぎ切れず後方へとバランスを崩してしまう。そしてその崩れたバランスを『オーガ』は律儀にスーツの加速に反映する。


『っが!?』


 案の定、反対側の建築物に俺は背中から激突して破壊を伴いながら生み出された瓦礫に埋まってしまう。

 瓦礫に視界が塞がる中、スーツの歩行音が近づいてくる。


『ざまあねえぜ、とっとと家に帰っちまえ――ぐあっ!?』


 ベニーが言い終わる前に俺は瓦礫の中から飛び出し気味にアッパーを浴びせる。気持ちのいい鋼鉄を打つ快音が辺りに響いた。

 しかし、快音とは裏腹に頭の芯が怒りを伴って熱を持っていく事を俺は抑えられない。


『……さっきから一方的に好き勝手言いやがって! 帰る家だあっ!? んなもん蟻に踏みつぶされたわ!!』


 地面に転がっているベニーがゆっくりと立ち上がる。どうやら向こうもまだやりたりないらしい。


『へっ、怒ったかよ、ホープ生まれ君よお』

『何だよ、最初に会った時の意趣返しの積りか? 上等だ、ベニー! ハイスクールのケリをつけるぞ』

『そうこなくっちゃなあ!!』


 俺達はその場でホバー移動を切る。僅かな浮遊感が無くなり地に足が着いた瞬間、互いに鈍重な機械仕掛けの鎧を身に纏ったまま、打ち合いを始めた。

 金属の打撃音が衝撃と痛みを生みながら連続的に響く。

 ギャラリーの方から野次と歓声が混じった叫びが飛んできた。

 俺達の状況に周りが勝手に白熱を始めたようだが、生憎と俺達の耳には入ってこない。


『おおっと!? なんだかいきなりの事で状況把握出来てませんがおもしろい事になってますね! 明らかに試合に関係無い私闘ですが、アルコールの入っている連中にとっては刺激的な余興です! プロフェッサー、説明お願いします』

『ふむ、実は直前までベニー君の位置が解らなかったんだよね。途中で消えてしまってね』

『あれ、そうなんですか? でも『モノノフ』にステルス機能なんて無いですよね? 企業お抱えの保安部隊ならともかく』

『うん、でも見失った位置と再び出て来た位置が同じだから、恐らく一度スーツを機能停止させたんだろね。いやあ、今回は動き続けて貰う為に止まったら相手に位置が探知される仕様にしたけど、まさかこうやってレーダーから逃れるとはね。それにしても、新型のパワードスーツが殴り合うデータが取れるとは……行幸、行幸……フフフッヒ……』


 プロフェッサー・ヘンリーに学者変質者としてのスイッチが入りかけるのを直感したトランはこれ以上、藪蛇を突かない様に話題を変える事にした。


『あ、そう言えばベニーさんと現在進行形で殴り合いしてる方は今日、ユーリー隊長の48小隊に入ったばかりの新人さんらしいですね、お名前はフジムラ・コウタロウさんでハイスクール時代はベニーさんと同じ学校なんだとか、今殴り合っているのは当時からの因縁と言う事でしょう。ではユーリ隊長、彼について一言お願いします』


 何時の間にかトランの隣に座っていたユーリー隊長はビールの缶を物足りなさそうに口へと含み終えると、泥試合を続ける2人を見おろしながら弁舌を振るう。


『ふむ、彼とはまだ上官と部下になって数時間程度の関係ですが、骨の有る若者です。前の部隊での経験も資料を見る限り決して悪くない。少々礼儀に疎いところもある様ですが、それはおいおいで構いません。ベニーと一緒に鍛えてやる積りです』

『おお、隊長の中では中々好評のようですね、プロフェッサーはどうでしょうか』


 トランは様子を確認するようにプロフェッサー・ヘンリーに言葉を投げた。


『マーベラス!! 人工筋肉と外骨格の稼働データ、打撃による装甲の損耗具合と金属疲労の蓄積具合、人体保護プログラムの稼働状況……いいぞおいいぞお、こんなに激しく動き回るデータは戦場にでも行かなければ記録出来ないからなあああ、ああっ、滾る! 滾るよっ!!』


 トランは今の光景を見なかった事にした。隣に恍惚の表情を浮ばせながら携帯PCを扱う人間は居ない、居ないのだと自分に言い聞かせる。


『さあ、ベニーさんとコウタロウさんの殴り合いも終わりが見えて来たようです! 何かさっきからエメリさんが目標を破壊した旨をこちらに伝えて来てますがこの際、御2人の勝負に決着つけて貰いましょう!!』

『……開始前から解っていたが……ぐだぐだだな』


 ユーリー隊長は誰に聞かせるでもなく呟くと、ビール缶の残り一気に飲み干す。やはり物足りなさそうな顔をし、内心で改めて思う。

 ――やはり、ウォッカでなければ。




 俺が体の痛みとスーツの窮屈さにまいり始めると、疲労が波の様に押し寄せて来た。

 構えもろくに取れず、今にもノックダウンされるボクサーの様な不格好さだ。

 相手の『モノノフ』も両手を構えずに肩で息をしている。ベニーの方もどうやら虫の息らしい。

 それでもお互いに相手から視線を逸らす事は出来ない。

 足を這いずらせる様に距離を詰めていく。

 『モノノフ』がホバー移動に切り替わった。

 刹那、ベニーが最後の一撃を先に仕掛けて来た。


『……ふっ!!』


 長身を活かして大きく踏み込んできたのだ。右の拳を下から大きく上へと振り抜こうとしている――アッパーだ。

 ハイスクール時代から知っていたが、今でもやられたらやり返す主義である事に、心底呆れる。

 対する俺の方は完全にガス欠だ。体が重くて仕方ない。こいつのよく解らない意地に張り合うのも馬鹿らしくなって来た。

 自分の両手が構えを解き、下へと降りていく。肩の筋肉が弛緩していく。

 ゆっくりと流れていく視界の奥、ベニーの後ろで金髪の女性が見慣れないパワードスーツで駆けてくるのが見えた。確かスーツの名前は『フリッグ』だったか。

 ――ああ、張り合う意地があったな。

 俺は両足の先に力を込めると同時に重心を少しだけ後ろに倒した。スーツで強化された握力で装甲が凹凸まみれになっても『オーガ』のホバー移動の加速速度に影響は無い様だ。


『なっ!?』


 ベニーの困惑が聞こえ、鋼鉄のアッパーが空振りに終わる。今だ。

 俺は身を思い切り屈めると両手を思い切りよく前に突き出すと体ごとベニーに組み付いた。


『がああっ!?』


 ベニーの悲鳴を確認すると俺は両手でベニーの腰をしっかりとホールドする。

 スーツの加速は止まらず、ベニーの『モノノフ』のホバー移動も相まってそのまま模擬試合場のオブジェクトの壁目がけて突っ込んでいく。

 気づけば俺は咆哮を上げていた。


『っおおおおおおお!!』

『わあああっ! 何かこっち来たあ!?』


 エメリがとっさに身を躱すと同時に俺とベニーはオブジェクトに突っ込んだ。

 薄い壁を一枚、二枚、三枚と抜くと、瓦礫の破片でバランスを大きく崩してしまう。そのまま2人ともオブジェクトの壁を破壊しながら転がって通りに出てしまう。


『…………いってえ』

『奇遇だな、俺もだ。まだ……勝負するか?』

『…………醒めちまったよ』

『それも奇遇だな』


 ベニーはうつ伏せのまま、俺は仰向けのまま倒れて動けない。

 息切れを続けたまま、俺はベニーに柄にもなく語る事にした。


『軍にいる理由なんだけどよ……幾つかある。まあ、どれ月並みなもんだけどな』

『幾つもあんのかよ』

『一つ、お前も知ってる俺の可愛い妹のヒナな、能力が認められて医者になれるかもしれん』


 この船内で医者は企業上層部とはまた違った独自のステイタスがある。妹のヒナは兄である俺とは違ってその勤勉さが成功するかもしれないと思うと、背を押してやりたい。


『マジか』


 ベニーがうつ伏せのままだった体を僅かに起す。

 俺は構わず続ける。


『一応、特待生でそれなりに学費免除はされてるけどな、それでも下請け企業の仕事じゃ稼ぎが悪い。軍なら一応、スコア蟻を殺した数で稼げるしな。あともう一つはお袋の老後の為だ、民間だと老後保障なんて無いんだぞ、知ってたか?』

『……それくらい知ってるさ、会いに行ってるか、お袋さん達に』

『まあ、ちょくちょくな。あと、これが最後の理由なんだけどな』

『まだあるのかよ』


 ベニーが疲労混じりのうんざりした口調で吐息をこぼす。

 俺は瞼を閉じると、もう追い越す事が叶わない父の背中と泣く母が思い浮かぶが、それと同時に楽しかった子供時代も溢れてくる。悲しさはあるが辛いだけの思い出でもない。

 再び目を開けると無機質な天井と照明の光が変わる筈も無くそこにあり続ける。

 願っても変わらないならば、自ら変えて行くしかないだろう。


『故郷を取り戻す事にした、ロックフェラー司令官の話も聞いたしさ』

『……そうかよ……』


 エメリとウィル一等兵が俺達に近づいて呼び掛ける声が聞こえた。

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