挫折者達の抱負 ①
なんで俺達が――。
階級章を身に付けていない訓練兵が、シワ一つない顔を苦々しく歪めながら合同作戦会議後の部屋を掃除していた。
講義室状の階段列を一つ一つ左から右へ、右から左へと床掃除を行い埃を掃いていく。
「でっかい作戦だか何だか知らんけどさ、なーんで俺達がこうやって後片付けせにゃならんのさ」
自分の反対側で机を雑巾で拭いている同期に愚痴を投げかける。
鬼教官も居ない今の間だけは言いたいだけ言えるのだ。ならば、言っておかなければ。
「そりゃお前、駐屯地内が今は全体がフルに動き回ってるからだろ。雑用は何時だって下っ端のお仕事ってね」
同期が気楽そうに雑巾がけを丁寧に素早く行っていく。
要領の良い同期に負けまいとこっちも床の埃掃き掃除の速度を上げた。
「今時、掃除ロボットに任せない駐屯地なんてここ意外にあんのかね?」
「スクールに通ってた頃、掃除は自分達でやらされてただろ? そう言う事だよ」
「単にあの教授が無駄遣いし過ぎて金が無いだけだろ、絶対。……そういや、今回の合同作戦ってさ、ここ意外のどこが参加すんだよ?」
お互いに室内の横端に辿り着いたので階段を一段上がり、先程と同じ様に床掃きと机拭きを行う。
「そんなの俺が知るかよ、こんだけデッカイ部屋使うんだからそれなりに参加してるんだろうさ、部屋の掃除で入れ違いになる時はどいつもこいつも険しい顔して出てきて、殺意ビンビンだったな」
「俺達も蟻の化け物と戦う様になったらあんな顔すんのかね」
「お前の締りのない顔で殺意出しても、全然恐くないだろ。子供が泣くかも怪しい」
机を拭いている同期がケラケラと笑い始める。思わず頬が引き攣った。
「お前ケンカ売ってんのか?」
「さっさと教官が戻ってくる前に掃除終わらせようぜ、じゃなきゃ一緒にバレエやる羽目になるぞ」
コウタロウを含む特殊部隊の隊員達は各々のパワードスーツを装着した状態で、兵器実験を行う特務ラボの実験室に集っていた。
隊員たちの普段の喧騒はなりを潜め自分達が次の作戦で使う事になる新兵器の説明と完熟訓練を班毎に別れ、没頭している。
『オーガ』を装着したコウタロウが紺碧に染まった『モノノフ』を纏うベニーが手にする兵器を見詰めていた。
全長3.4m、刃長2.2mの黒漆に染め上げられた鍔の無い刀身が、室内の照明を受けて刃を鈍く光らせる。
『――ネネキリマル、って言うんですか? あのデッカイマチェット』
「マチェットじゃなくて大太刀と言うんだよ、コウタロウ君」
『よくもまあ、あんな時代錯誤な武器作りましたね』
あっけらかんと笑うコウタロウの機械越しの音声にヘンリー教授も愉快そうに笑う。
「アッハハハ、兵隊蟻を鈍器で50匹撲殺した君が言っちゃう?」
『いやあ、近くに使えるもんがアレだけでしたし。……耐久性とか大丈夫なんですか? 刀身が厚かったマチェットでも蟻相手には持って十数匹でしたよ』
コウタロウが見たところ、ネネキリマルの刀身はそこまで頑強そうには見えなかった。
流石にマチェットよりかは幾分厚いが、それでも蟻の固い甲殻相手では20匹も切れれば御の字だろう。
そしてネネキリマルの試し切りに用意された物は、使用年数が過ぎて交換し廃棄された宇宙船の外壁の一部だ。
廃棄された物と言っても、このアークを放射線、小惑星、生命の活動を否定する宇宙空間そのものから守って来た外壁である。
コウタロウとしては、人類の命を守る壁をネネキリマルがどうにか出来るとは思えなかった。
――あんな鉄の塊を切れるのか?
ヘンリー教授が疑問を隠さないコウタロウの顔を見て不敵に笑った。
「まあまあ、実演を見てくれよ。君達に時代錯誤な武術をミッチリ訓練して貰った成果は保証するからさ」
『モノノフ』を纏ったベニーがネネキリマルを上段に構え、握っている柄のスイッチにそえた『モノノフ』の指を押し込む。
するとネネキリマルの刃から高く鋭い金属音が鳴り響き始め、刃が一気に赤漆色へと変色した。
ベニーがすかさず外壁の鉄塊目がけてネネキリマルを振り下ろす。
最初に金属同士がかち合う音を起てたが、直ぐに片方が一方的に鳴らすだけに変わった。
鉄塊の中央が天辺から真下にかけて激しく火花を散らし、割けて行ったのだ。
直線をなぞる断面が発熱する様はネネキリマルの威力を身をもって俺達に知らしめてくれる。
様子を見ていた隊員が軽快に口笛を吹いた。
「一刀両断、ってやつだね。この前君達が出くわした飛行型の顎を私なりに研究して、前哨基地で使われている鉄線と同じ素材で作って見たんだよ。新しい蟻退治のお供にどうだい?」
『……こんなもん、作れるなら最初っから作って下さいよ……』
関心と呆れが混じったコウタロウの感想に他の『モノノフ』と『ソルジャー』が頷く。
ヘンリー教授が薄くなった真っ白な自分の毛髪を撫で付ける。
「いや、君達そうは言うけどね? 銃って言う距離を保ちつつ一方的に攻撃出来る立派な兵器があるご時世に近接特化の武器開発に予算が簡単に降りると思う?」
『あー……そう言われると……むしろ、もっと威力があって弾が一杯撃てる銃を作って欲しくなるかもですね』
「でしょ? それで創り上げたのが今君達が使っている銃器なんだよね」
『まあ、人間相手にREC21なんて、一発でも撃ち込んだら弾けて霧散する威力ですもんね』
「そしてまあ、作った私が言うのもなんだけど、今回の巣の攻略作戦だと銃だけだと途中で弾が足りなくなる可能性が高いわけだ。これは以前、潜入して貰ったコウタロウ君達は身を持って体験しただろうし」
コウタロウの『オーガ』が頷き、続いて『モノノフ』達も同様に頷く。
「今回は前回の経験を踏まえてエメリ君の『デメテル』に補給用に沢山弾薬を積める用にしたけど、もう一押し必要かなと思って取り急ぎ作ったのが、そのネネキリマルだね。コウタロウ君の暴れっぷりもあって何とか偉い人たちからOK貰えたし」
『ほー……ちゃんとお仕事してたんですね、ヘンリー教授』
「仕事が趣味だからね! と言う訳で、コウタロウ君はどのタイプのネネキリマル使いたいんだい?」
そう言ってヘンリー教授が指さす先には、ベニーが試していた大太刀が移動式のラックに立てかけられ、他には薙刀、戦斧があった。
『オーガ』で腕を組みながらコウタロウは思案する。
――俺、小難しい技術は性に合わないんだよなあ。
ネネキリマルの使用を踏まえて、特殊部隊の隊員達は近接武器の基礎訓練を一通り行っていた。
その中で、コウタロウは自分がどうにも剣術に向いていない事を痛感していた。技術的と言うよりは性分の問題でだ。
一撃で倒せれば
後はベニーと被るのが何か嫌、と言う超個人的な理由である。
『ん……この3つの中だとやっぱりこれかな、俺に向いてるの』
コウタロウがおもむろに戦斧へと手を伸ばし、掴む。
生身の人間がとても持つ事が叶わない巨大な戦斧も、『オーガ』の握力があれば片腕で難なく持ち上げる事が出来る。
半月状の斧頭の強大な刃を全力で振るえばどうなるのだろうかと、コウタロウが期待を込めて掲げた。
ヘンリー教授へ冗談交じりの提案を思いつき、聞いて見る事にした。
『前みたいに労働蟻とか捕まえてません?』
「ああ、それなら前回の作戦で最後に捕まえて貰った兵隊蟻達がいたんだけどね、全員使っちゃった」
歳を感じさせない笑顔でヘンリー教授が朗らかに答える。
余りの気持ちの良い笑顔にコウタロウは寒気を感じた。
『使った……ってのは?』
「勿論、解剖と実験にだよ。トム軍曹が巣の構造以外にも、色々と彼らの生態解明に役立ちそうなデータを集めてくれてね。ラボのみんなと気持ちが赴くままに研究してたら使い切っちゃった。データの裏付けは出来たから個人的には大満足さ!」
『そうなんですか……』
この人が
戦斧のポールを握りしめながらコウタロウはその事実に安堵した。
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