挫折者達の抱負 ②

 トゥレー島奪還作戦の会議を終えたキャピタル駐屯地の応接室、部屋の中心にある接待用のテーブルを囲う4人の人間が居た。

 その内の1人であるロックフェラー司令官がソファから腰を浮かせながらテーブルに広げられているボードゲームの駒を動かした。

 ゲームの内容は順番を決めた4人で、誰が一番早く島を占領するのかを競うシンプルな物だ。

 現在はお互いに自分達の領地を開発しつくし、横並びの膠着状態になっている。これ以上の土地を得る為には投資による開拓か、他国を攻撃して土地を奪うしかない。


「最終確認だが、作戦行動中に限って君達の部下は全て私の指揮下に入る事になるが、それに異存は無いな。……ここに道路を建設するぞ」


 ロックフェラーが動かしたボードを精鍛な顔つきをした紳士が眉を寄せあげ見詰める。


「ああ、こき使ってくれ。別に作戦通りに地上に残す必要なんてないんだぞ? ――お前、そこに道を作るって事は俺に対する宣戦布告だな?」

「ロックフェラー大将、ジェームズの国を攻めるなら私も協力するよ。分け前は私が6、アンタが4だ」

「それで構わないぞダーリヤ中将、代わりにそこの鉱山を私に譲ってくれたまえ」

「嫌ですよ、ロックフェラー大将。ここの鉱山を貴方に上げたら私の国を上げるも同然です」

「ダメか?」

「ダメです」


 ダーリヤ、と呼ばれた30代半ば程になる黒髪の女性がロックフェラーの提案を却下する。

 ダーリヤは話に混じって来ない眼鏡をかけた長身痩躯の男へと指を刺す。身に着けている階級章はダーリヤより1つ上を示している。


「鉱山が欲しかったらヤマグチ大将から貰って下さい。この人、資源だけは蓄えてますから」

「いや、飯の種を簡単に手放せるわけないでしょ、ダーリヤ君。……と言うか、一応僕、君より偉い人なんだけど……」

「えっ、一度も実戦経験の無い空軍大将が何か言いました?」

「ひっ眼力が半端無いよ!? 僕何かしたかい!?」

「あー、何もしてないから睨まれてるんじゃないか、ヤマグチ君」

「んー……言いたい事は解るけどね……解ってるだろ、君達も僕の立場がかなり微妙な事くらい」

「まあな、だから今回の作戦指揮は私に全権を委ねさせて貰おう。君達はあくまで私に善意で力を貸してくれただけ、そうすれば最悪、首の皮一枚は繋がるだろ」


 ロックフェラーが姿勢を正し、3人を見渡す。

 ジェームズ、と呼ばれた英国紳士の出で立ちをした男が躊躇う素振りを見せながらもロックフェラーへ切り出す。


「しかし、本当にこの戦力で奪還作戦をやるのか? キャピタルと極東アジア駐屯地2つ分の戦力に申し訳程度の航空戦力、外部組織の助っ人は私の倅がいる保安部隊。……他のやつらがどいつもこいつも日和見決め込み過ぎだろ、軍はそう言うものなのか?」


 不満を隠そうとしないジェームズが身に着けているBAIの社章を見詰めながらヤマグチは事実を肯定する為に頷いた。


「このアークに限って言えば、そうだね。今回の作戦が企業上層部から認められたのも――ロックフェラー、君を見定める積りなのだろうね」


 ヤマグチが眼鏡を越した視線でロックフェラーをねめつけた。

 ロックフェラーは何時も通りの表情が読めない顔をしたままだ。


「前回と違ってあからさまな妨害が無いならばそれで十分だ。今回は数が少なくとも戦闘機が使える。それにだ、私の部下達は優秀だからな」


 そう告げるロックフェラーの顔をダーリヤは満足げに頷く。


「そう、私が極東アジア駐屯地から泣く泣く送り出したコウタロウはちゃんと活躍出来てるみたいだね」

「あああ、僕の部下のマーキス君が躍起になって助けようとした子か。いーよねー、若いっての言うのは……気づけばつまらない大人になっちゃったよねえ、僕達」

「まだ我々にしか出来ない事もある筈だ。そうだろ? ロックフェラー司令官?」


 ジェームズがわざと畏まった態度で尋ねると、ロックフェラーは力強く頷いた。


「勿論だとも、人類の未来を何時までも方舟に閉じ込める訳にはいかん」




 コウタロウ達とは別の実験室では、風変わりなパワードスーツの最終調整を行っていた。

『デメテル』と名付けられたパワードスーツの見た目は通常のパワードスーツと比べて異彩を放っていた。

『デメテル』の上半身は製作者の趣味か、デザインがどこか女性的に変更されている『ファイター』なのだが、そこまでは通常のパワードスーツと大きな違いがあるようには見えない。違いはそこから下だった。

 下半身が人型ではなく、カヌーボート状になっている。

 一人用のカヌーボートに『ファイター』が乗り込んでいる様な出で立ちをしたパワードスーツ、それが『デメテル』の全体像だった。

『デメテル』は左肩に自らの座高を超す砲を担いでおり、砲の後ろはそのままカヌーボート状の脚部に幾重にも重なったケーブルで接続している。

 ――改めて見ると、だいぶゴツくなったなー。

 トランは今までの過程を噛み締めながら『デメテル』の装着者に声をかける。


「エメリ、次のシュミレーター始めていいかな?」

『はい、お願いします』

「それじゃあ、今度はこっちで作った巣の再現データ行くよ」

『どんと来て下さい』


 気合を込めた快活な声が『デメテル』から返ってくる。

 トランはエメリのその様子に内心で関心した。

 無理して気丈に振舞っている……って感じじゃないかな?

 作戦説明の時にあの映像を見ただろうに、意外とタフだ。

 それともタフになったのか。だとしたらその理由は――。


「うーん……私も焦った方がいいのかな」

『はい? トランさん、今何か言いました?』

「ああ、ごめんね、何でもない」


 トランは一瞬頭に浮かんだ人物の顔をスパナで殴り飛ばして、自分が抱えているノート型PCからシュミレーターソフトを起動させた。




 上層居住区域に立つ地球時代を彷彿させる邸宅のベランダで、老人が人工太陽の日光浴をしていた。

 皺だらけになった顔と体は、老人が途方も無い年月を歩んで来た事を十分に裏付けさせ、命綱である筈の医療機器を備えた車椅子は、老人を生に縛りつけている様にすら見える。

 車椅子に座る老人の膝には一匹の仔猫が老人と共に日光浴を満喫している。

 ベランダに繋がる屋内の奥から、ホログラム状の人物が老人の方へと歩いて来る。空軍大将のヤマグチだ。


「……そろそろ、来る頃だと思っていたよ……」


 老人がベランダの方に体を向けたまま、ホログラム状のヤマグチへ声をかける。

 しわがれた声ではあったが、意思をハッキリと読み取れるものだった。

 ヤマグチはその場で出来る最大限の礼儀で深く頭を下げた。


「作戦内容のデータを……」

『こちらです』


 老人の眼前に先の作戦によって完成されたトゥレー島の巣の構造図が立体ホログラムで浮かび上がり、構造図に作戦の侵攻ルートと要所での説明も書き加えられていく。


「ふむ……前回の一回で完成させたか……航空兵器での強襲、前回同様に陽動を行った後に大部隊での内部侵攻による中央突破……最後は二手に分かれている所を見ると、巣最深部の『心臓』と『脳』の位置まで把握しておるな……」

『まだ、我々が把握している範囲内の情報しか得ていませんが連中、蟻の体液についてもある程度解析が出来たようです』

「アレは我々でも容易に解析できなかったからな……今でも地球時代の記録でしか把握出来ていない……行き過ぎた科学は魔法と変わらない、か……そうであって欲しいが……」

『貴方も、その魔法に賭けたのですか?』

「……蔑むか?」

『いいえ、貴方のその気持ちは人として、生きている者としてごく自然な感情です』

「……そうか……」


 老人がゆっくりと手を横に振ると巣の構造を示したホログラムが虚空へと消え去る。


「どれくらいの血で済むか……まあ、健闘を期待して置こう……」


 老人が撫でた仔猫が夢見心地に喉を鳴らした。

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