10話 胸に秘めたるは 中

 マリーとエメリから教えて貰った店の場所は歩いていける距離だった。

 具体的には駐屯地とダウンタウンの各プラットホームを結ぶ線路沿いの中間辺りにあった。

 夜の時間帯となり、暗く静まり返った線路沿いの通りは歩くほど様子が変わる。駐屯地の軍設備以外は何も無かった道から徐々に企業の倉庫が増え始め、途中から食品や飲食系の企業の建築物が増えていく。

 目的地を目指して歩く俺の後ろから来た列車が、線路をなぞりながら俺を横切っていった。列車から漏れた車内の照明が俺と飲食系企業の看板を照らす。

 船内の食糧事情は地球時代と同じで公正では無い。上から下だ。

 俺達軍人がホープから入手して来た天然の食糧と、船内の僅かにある地球産の家畜を飼育している牧場。それらは食品系の大手企業上連中が自分達の飯と同等の相手に売りつける高級食品に変える。

 その後に下請け企業がお零れを預かり、民間向けに作り直して売るのだ。

 民間の食事は安全と栄養は保障されている。そこに味も保証された天然ものが高級料理だ。

 民間向けの飲食店はどれも作り直した食品に、大量に取らなければ問題無い程度の薬品を加えた大味の料理しかなく、地球時代の文化をなぞってジャンクフードと呼ばれている。

 子供時代に食べていた食事も今では高級料理店のフルコースに入っているそうだ。俺はもちろん、この宇宙船に住み始めてから一度も食べてはいない。

 正式に住民登録されていないスラム区域の人々はそんな民間の食糧を手にするのも難しいと聞く。大昔のSF映画の様な心無い酷い噂まである。

 噂を簡単に信じる積りは無いが、そう言った噂が広がる程度には船内の食糧事情は悪い。


「まあ、だからプロフェッサー・ヘンリーがどんな店で奢ってくれるのか期待しちゃうわけだが……この辺りだな」


 腕に巻いている携帯端末のナビゲーションが目的地に到着した事を表示する。

 視線を携帯端末から目の前の裏通りへと移すと、中折れ帽を被ったカジュアルな服装に身を包んでいるプロフェッサー・ヘンリーが俺の方へと手を振っているのが解った。色んな意味で俺より若いんじゃないか、あの人。


「やーやー、コウタロウ君待ってたよ! 店でみんな待ってるぞ、ささ、こっちへ」

「もう、みんな来てたんですか?」

「ああ、君は今日ここに来たばかりだったね、今から行く店は元々駐屯地の軍人相手にやってる店でね、駐屯地勤務で飲むのが好きな連中はここの常連さ」

「俺が前いた駐屯地でもそう言うお店はありましたけどプロフェッサーも、もしかしてここの常連なんですか」


 だとしたら意外ではある。この人は酔っぱらった軍人に絡まれるのは恐くないのだろうか。


「最初は恐いもの見たさの好奇心で入って見たんだがね、それがいやはや、正直侮っていたよ。流石はキャピタルブロックを任された男と言った所だね」

「え、それって……」


 もしかしてロックフェラー司令官が何かこの店に関わってるのか?

 俺の疑問を流すようにプロフェッサー・ヘンリー誤魔化した笑い声を上げた。


「ハハハ、そんな事はどうでもいいじゃないか、コウタロウ君! それに私の事はヘンリー教授と呼んでくれたまえよ、プロフェッサーと呼ばれるより私は教授の方がいい」

「ああ、はい、ヘンリー教授」


 俺の肩を親し気に組んでくるプロフェッサーもといヘンリー教授に促されるままに裏通りの暗闇の壁にポツンと浮ぶ明かりの元まで案内される。

 明りの元には綺麗な木製の扉が浮ぶ様にそこにあった。

 扉の横には店の看板らしきプレートに『リップオフ』と文字が彫られている。それが店名なのだろう。


「ぼったくりは無いから安心したまえ、君もきっと気に入るさ」


 ヘンリー教授が先に進んで扉を開けてくれる。俺は店内をゆっくりと確かめながら足を踏み入れた。


「こりゃ……良い意味で予想を裏切られたな……」


 まず最初に驚いたのが店内の内装だ。宇宙船内に似つかわしくない木材が至る所にふんだん使われており、テーブルでさえ木を使っている。

 室内の明りも店の内装に合わせているのか、少しオレンジ色がかかった様な光で、どこか温かさを錯覚する。

 今時に木材なんて贅沢品だろうに、俺の脳内でカエル顔の司令官が鋭い笑みを浮かべた。

 店内は入り口と比べるとそれなりに広いが、ほぼ全ての座席が埋まり、賑わっている。利用者たちのほとんどは軍服で店内の内装と酷くミスマッチだが、意外な事に悪酔いして暴れている人間は見当たらなかった。このお店の雰囲気に利用者側が染まっているのかもしれない。


「上層居住区域でもないのにえらく豪勢な内装ですね、ロックフェラー司令官はどこのコネを使ったんですか?」

「さあねえ? 私としてはお酒の種類が沢山あるだけで十分さ」

「お酒の種類って……まさかビール以外の酒が飲めるんですか!?」

「そうだよ、この店ならワイン、ウィスキー、ウオッカ、果実酒が置いてある。品数は少ないが一通りの種類は飲めるのさ。値段は民間の店と比べて少し高めだけど、私としてはこのお店はかなり頑張ってると思うよ」

「それ聞くと色々飲みたくなりますけど、俺そこまで強い訳じゃないんだよなあ……」


 しかし、これから人生で一番の贅沢出来ると思うと胸が躍る。

 ウィスキーと言う琥珀色のお酒は一度だけでも飲んで見たかったのだ。


「さて、他のみんなは確か……ああ、いたいたあそこだ」


 ヘンリー教授が店の奥の方へと手を振った。

 すると、店内の奥にある大きめのテーブル席から、身分を示すジャケットを身に着けた黒人の男性が俺達の方へと手を振り返した。


「お、来たな今日のエース! おーい、こっちだこっち!」


 声に聞き覚えはあるのだが、誰だか思い出せない。

 同じテーブルにはユーリー隊長やエメリもいるので今日知り合った人間だとは思うのだが。


「ああ、彼は今日の模擬戦で君にすぐ撃ち殺されちゃったウィル・ジャーマン君だよ、そう言えば素顔はお互い見せてなかってね」


 そうか、あの人が模擬試合の時に色々と体を張ったウィルさんか。

 人当たりが良さそうで、少し大げさな笑顔している様子はトランと言う人が下していた評価はあながち間違っていないと思わせる。

 ウィルさんを目印にみんなが待っているテーブル席まで辿り着く。

 すると、一番近くにいた髪をポニーテールにして纏めた女性が俺の服の袖を掴んだ。

 見た感じの年齢は俺より4、5歳ほど上か。綺麗な人だが、どこか擦れている様な眼もしているのが印象的だ、左手の薬指に指輪をしている。

 女性は俺の顔を笑顔のまま、興味深そうに見つめる。


「ふふ、こうして間近で見ると顔立ちは悪くないわね」

「えーと、すみません……どなたでしょうか?」


 俺が苦笑いを浮かべると女性は一瞬固まるが、俺の反応を理解したのか直ぐにまた笑顔に変わる。


「ごめん、ごめん、そう言えば自己紹介がまだだったわね、私が48小隊の最後の一人、アティ・バーベリよ。階級は特技兵で狙撃手よ、宜しくね! さあ、さあ、みんな待ってたわよ。席はこっち、エメリちゃん達の隣よ」

「とと、そんな引っ張らなくてもちゃんと自分で歩きますから」

「コウタロウ君、こっちこっち!」

「ああ、エメリ、書置きありがとう……って、隣の女の子は誰かな……」


 通されたテーブル席は奥の真ん中。隣にはエメリと、初めて見る少女が座っている。俺の妹より年下の様だ。

 エメリより薄めの金髪と、どこかで見た様な碧の瞳している少女は、見知らぬ成人男性である俺に物怖じする事無く、丁寧な仕草でお辞儀をした。


「初めまして、パパがお世話になっています。パーシャ・オズノフです」


 少女の対応に俺も思わず釣られてお辞儀をしてしまう。


「あー、どうもご丁寧に。コウタロウ・フジムラって言います。それにしてもパパって……父親は……ん? オズノフ? ……娘さんっ!?」


 俺は思わずパーシャちゃんの隣に座っているユーリー・オズノフ隊長に指を指した。


「うむ、娘だ。――コウタロウ上等兵、驚くのは咎めんが上官に指を指すな」

「すみせん、ユーリー隊長。しかしその…………可愛い娘さんですね」

「うむ」


 確かに瞳の色と目元には面影を感じるが逆にそこ以外は関係性を見いだせない。俺が知り合ってまだ間も無いのもあるのかもしれないが、鋼鉄の様な屈強さを誇示している軍人男性の娘にしてはあどけない。


「もうパパったら、もっと愛想良くしなよ、私に人とのコミュニケーションの大切さを教えたのはパパでしょ!」

「パーシャ、それは確かに大切な事だが、コウタロウと私は部下と上官の関係だ。あまりフレンドリー過ぎてもいけない」

「もう、何時もそんな調子なんだから……コウタロウさん、こんなパパですがそれなりに頼りにはなると思うので、よろしくお願いします」

「ああ、俺の方もこれから君のお父さんを頼りにさせて貰うよ」

「当然だ私はお前の上官だからな、頼りにしろ」


 父と娘、2人のやり取りを見て俺は得心する。

 成る程、これは一種の親バカか。

 こんな父親が愛情を持って大切にしているからこそ、この娘はこんなにもあどけないのか。

 俺の胸が少しだけ痛む。

 その痛みは幼い頃に別れてしまった父への想いと言うには軽すぎた。

 パンパンっと、不意に来た小さな音へと目を向けると、ヘンリー教授が立ち上がって両手を叩いた。


「傾注ありがとう。みんな揃ったし、始めようか! 今日はみなさん私の我がままに付き合って下さってどうもありがとう。お陰で私はデータが沢山取れて暫くは楽しく忙しく出来そうです。さ、堅苦しい事は抜きにして、みんなで楽しく、飲んで食べて、喋って、愚痴って、いい雰囲気になって、一夜限りの贅を楽しみましょう」


 ヘンリー教授が言い終わり、席に座ると俺はテーブルに置いてあるメニューへと手を伸ばした。




 念願のウィスキーの味は衝撃的だった。仄かに甘く香る匂いとクリアな飲み心地に反して後から来るアルコールの味がかなり刺激的だ。口の中に電気が走ったと思うと熱が広がってくる。


「コウタロウ、もっとゆっくり飲め。お前、この手の酒は初めてだろう?」

「ちゃんとウィスキーをストレートに味わいたくてロックで頼んでみましたが、美味いですが強烈ですね」


 俺の飲み方を見かねたユーリー隊長は自分の近くに置いてあったツマミを皿ごと渡して来た。


「基本的には口に少量を含ませながらゆっくりと味わって飲むんだ。そら、カマンベールだ、合うぞ」

「ありがとうございます」


 ウィスキーで痺れた口に、貰ったカマンベールの一切れを放り込む。

 くにゅりと柔らかい食感と苦味の表面から、濃厚なクリーミーなコクと塩っけが口に広がった。


「ああ……贅沢だあ」

「なんつー顔してるんだよ、コウタロウ。あ、そのツマミ俺にも分けてくれよ」

「美味いんだから仕方ないだろう、ほれ、味わえ味わえ」

「ありがとよ……ああ、匂いはちと苦手だが、悪くない味だ」


 ベニーにツマミを分けてやる。こいつもさっきから同じ黒ビールばかっり飲んで緩みきった表情しているが、黙っておいてやるのが優しさか。


「パパ、はい、これ好きでしょ」

「ありがとう、パーシャ」


 ユーリー隊長はウォッカを水かお茶の様な勢いで飲み切ると、パーシャちゃんから貰ったホープ産の魚の卵を塩漬けにしたものを載せたパンに齧り付いていた。

 メニューを見る限りウォッカのアルコール度数は俺が飲んでいるウィスキーより高い筈だが……。


「コウタロウ君、ミノア牛の和風赤ワイン煮込みが来たんだけど食べる?」


 隣にいるエメリが俺の肩に触れながら新しい料理が来た事を教えてくれる。

 見てみると柔らかく煮込まれた牛肉が赤ワインを使った出汁に漬した料理だった。

 煮込まれた牛肉の香りが刺激になって口の中に唾液が溢れる。



「おお、食べる食べる! 凄いな!! 天然の牛肉なんて本当に久しぶりだ」

「ここの一押しメニューだよ、企業が形や質が基準に満たないって理由で余った食材を幾つか下請けではなく、この店に直接流して貰ってるらしいね」

「所謂、訳あり食品って事か。……普段なら、贅沢しやがってってな感じの文句の一つも言いたくなるけど、こうやって俺達の所に回ってくれるなら悪くないな」


 ウィルさんが料理をどこか感慨深く見つめていた。

 ベニーがそんな様子のウィルを一瞥するが、再びビールを煽り始めた。


「コウタロウ君、よそって上げるね」

「ああ、頼むよ、ありがとう、エメリ」


 小さな器へとエメリが料理をよそってくれると俺の方へ差し出してくれた。

 目で見て解るほど柔らかく煮込まれた牛肉と脂身が綺麗に溶けている出汁は何回見ても食欲をそそられる。

 俺は辛抱出来ずにエメリから器を貰うと箸を使い直ぐに料理へと手をつけた。

 味は出汁の濃い目の色ほど濃くは無く、柔らかくなった肉身に馴染む様に控えめの塩加減で肉の旨味を引き立てている。

 俺はそのまま肉を平らげると出汁まで飲み干してしまう。肉汁と混ざったあっさりとした塩加減の出し汁は、飲み込むと体が内側から温まるのを実感出来る。


「……美味い、美味すぎて泣きそうだ」


 感嘆とした胸の思いを呟いた。

 久ぶりに食事と言う行為を心の底から楽しむ事が出来ている。

 その事実が何よりも嬉しい。


「うーん、確かに美味しいわねえ……旦那も無理矢理にでも連れてくれば良かったわ」


 小皿に乗った牛肉を摘まみながらアティさんが料理に感心している。やはりあの指輪はそう言う意味か。

 既婚者でそれも女性が軍人と言うのは珍しく思い、頭に回っているアルコールも手伝って俺は訪ねる事にした。


「アティさん、結婚してるのに現役の軍人って珍しいですよね?」

「まーね、最初は旦那に言われてたのもあって、止める積りだったんだけどねー、軍人やってた理由も、危険だけど他の仕事に比べたら幾らか給料良くて稼げるからだし」

「じゃあ、何故なんですか?」

「……子供ね、欲しいのよ。旦那と私の血が通った、自分の子供をね」

「あっ……すみません、軽率でした」

「うんうん、このご時世で自分の考えが少数派って言うのは知ってるから大丈夫よ」


 アティさんはそう言って気さくに笑ってくれるが俺は自分の軽率さを恥じた。

 現在のアークの人口は正式に登録されている総人口で1000万人を超えている。スラム地区に居るであろう人口を加味するとそこにプラス数十万人。

 そしてこのアークと呼ばれている宇宙船内の建設時の想定人口数は700万人。詰まり、現在の宇宙船内は明らかに人口オーバーなのだ。

 この背景があったため、ホープへの移住は急速に行われ、結果として大惨事を招いた。

 現在の宇宙船内は人口を完全にコントロールする為に、民間の人間は勝手に子供を作っていけない事になっている。

 子供が欲しい場合は申請を行い、夫婦の宇宙船内での社会的貢献度が一定以上であれば遺伝子検査を受けられる。

 それも無事に合格できれば今度は親としての教育を受け、資格を得なければいけないのだ。

 三つの関門を突破しなければ、この宇宙船内では自分の子を授かる事は出来ない。

 何よりネックなのが、この際にかかる費用は高額で民間の人間が簡単に手を出せる事ではない。

 企業上層部は能力や資格が無い人間がいたずらに赤子を産まない為の必要な措置と公式で見解している。

 俺も、転属の理由になった企業上層部の坊ちゃんを知らなければ公式の見解には納得していたが、今となってはもう無理だ。


「あら、あらあら? なーんか暗い雰囲気に……」


 アティさんの言葉に俺はハッとする。

 気づいて見ると周りのみんなが押し黙って俺を見つめていた。

 しまった、態度を表に出してしまっていた。

 せっかくの宴の席で俺は何て事をしてしまったのか。慣れない酒に溺れてしまったにせよ、自分が招いてしまった事態だ、俺自身の手でどうにかしたい。

 親父に教えて貰った秘儀を遂に使う時が来たか。

 当時、教えて貰ったことを思い出そうと記憶をほじくり返す。

 あれはそう、親父が遅く帰って来た時だ。

 俺と親父はこんな会話をした筈だ。


『いいか、コウタロウ。日系男子には古来、首輪を着けた企業戦士として名を馳せていた頃、DOGEZAと言う奥の手があった。DOGEZAを綺麗に正しく行えばどんな場所のどんな場面でも必ず許されると言うものだ』

『どんな事でも許してくれるの? エミリのお母さんに子供がしても許されるギリギリのイタズラしても?』

『ああ、そうだ。相手がDOGEZAをちゃんと理解出来ていればな。しかし、DOGEZAは人生で三回までしか使えない。それ以上は自分の祖先を辱しめる事になるからだ』

『意外と使い勝手悪いね』

『そして、その三回をどこで使うかだが……一つは、仕事において重大な間違いを起こしてしまった時だ。さらにもう一つが、嫁さんを貰う時に嫁さんのご両親に許しを貰う時。因みにこれはお父さんとしての補足だが、仕事のミスでDOGEZAをしなければどうしようも無い時は、その仕事はさっさと辞めて次の就職先を探す事に意識を向けるべきだ。仕事はあくまで生きていく為の手段だからな。無理に目的にしなくていいんだ』

『うん、解ったよ。でも最後の一つって何なの?』

『それはな……自分が明らかに悪い間違いをした時に嫁さんから許して貰う時だ』


 そう言って父は、家の玄関先でキスマークを体の至る所につけたパンツ一丁姿のまま、夜通し父の帰りを起きて待ち続けていた母に対してDOGEZAをしていた。

 寝ぼけ眼で見た朝焼けが眩しかったのは今でも良い思い出だ。

 それを思い出すと俺が今DOGEZAする事は正しい事なのか判断に迷う。

 と言うかしない方がいいだろ絶対。余計に気まずくなるわ。アルコールが回り過ぎたか。

 一瞬、ユーリー隊長と目を合わせると、隊長はウォッカを一気に飲み干すと腕を組んで瞑想するかの様に目を閉じると、直ぐに開いた。


「ふむ、こうして部隊の全員が揃った酒の席だ。ここは一つ、腹を割って結束を高めるか。そうだな、アティがさっき言った事をなぞって、自分達がこれから成したい目標を言うのがいいな」

「おい、隊長」

「ああ、ベニー、無理に全て話せとは言わんさ、言える範囲でいい。ただ、これからこの部隊の全員が戦場で命を預けあわなくてはならない。そして信頼出来ない相手に自分の命を預けたくは無い、そうだろ? ベニー」

「……解ったよ、隊長」

「よし、ならば言い出しっぺの俺から話そう。俺の目標は単純だ、パーシャをこんな狭い宇宙船から出して、広くて地面のあるホープに住まわせてやりたい。この娘も生まれはホープなんだ」

「パパ……」


 そう言ってユーリー隊長はパーシャちゃんの肩に武骨で大きな手で抱き寄せた。

 パーシャちゃんの方も安心した表情で父親に身を預けている。


「ハーイ、次はオレオレ!!」

「よし、いいだろう次はお前だ、ウィル」

「オレの目標はズバリ! 戦場で蟻共をガンガン駆除して、手に入れた土地で自分の牧場と畑を持つ事だな、呆れるくらいデカいのがいいな」

「何だよ、お前ビジネスでもしたいのかよ?」

「そうじゃないさ、ベニー。ただ、食べたい時に食い物が無いってのはかなり辛いからな、それが嫌なだけさ」

「ほーん……お前にしては真面目な目標だな」

「ハハッ、ベニー、オレの牧場で働かせてやってもいいんだぞ?」


 牧場で農作業着を着て真面目に仕事をしているベニーをイメージする。

 土汚れにまみれながらも額に汗を掻きながら空想のベニーが良い笑顔を浮かべる。


「ぶふっ」

「コウタロウ君? 急にどうしたの?」

「いや……何でも……くくっ」

「おい、コウタロウ、お前なんか失礼な事考えてただろ」

「あーじゃあ、次は私でいいかな? 君達の部隊じゃないがね、同じ軍属の仲間と言う事で」

「構いませんよ、プロフェッサー・ヘンリー」

「ユーリー君ありがとう、では私の目標だが、そうだね……知る事、だね」

「知る事、ですか? 何かふわふわした目標ですね、教授?」

「ああ、そうだねエメリ君。私は知りたいのさ、我々が知っている蟻に良く似た巨大な生物の正体、その生態と我々人類に対しては他の原種生物より何故攻撃的なのかをね。ぶっちゃけると、ホープの事は全部知りたいんだけど、私もうお爺ちゃんだからねえ」

「ああー……一応、目標は抑え目ではあるんですね」


 エメリがどこか呆れた表情をしているが、ヘンリー教授の方は本気のようだ。


「よし、次は俺だな。構わないな、隊長」

「ああ、言える範囲で構わんぞベニー」

「俺の目標はそうだな……出来れば、本当に出来ればだが、一発はやり返したい相手がいる。それだけだ」


 ベニーがそう言いながら、新しく貰ったビールを一気に飲み干す。

 その視線は現在ここではなく、もうどうする事も出来ない過去を見つめている様だ。

 俺の知っている限りではベニーは企業上層部の生まれらしいが、それ以上の事は知らない。

 俺が聞き返すべきかどうか迷っていると、ベニーが突如叫んだ。


「さあ! 次はオメエだ、コウタロウゥ!! 模擬試合で俺に話してた小っ恥ずかしい目標をさっさと喋りやがれってんだ!!」


 ベニーが摂取したばかりのアルコールを利用した勢いで俺に話題を振った。

 他の面々も視線を俺へと移す。

 少しだけ緊張が走り、背中が熱くなる。

 俺は咳払いをして口を開いた。


「では、俺の恥ずかしい夢を語らせて貰います。みんな、既に知ってるかもしれませんが、俺の故郷はホープです。パーシャちゃんと違って、向こうで生活してた記憶があります」


 我ながら芝居がかかった言い回しを感じながら言葉を続ける。


「向こうでの生活はハッキリ言って、こことは全くの別物でした。ここ程、道路が整ってたり清潔ではなかったけど、ここには無い魅力も沢山ありました。夕焼けと星空は俺の言葉じゃ言い表せないくらい綺麗で、知らない人には一度見て欲しいくらいです」


 俺は一呼吸おいて胸に刻み付けていた故郷への思いを吐き出した。


「失くして取り戻せないものも沢山あるけど、まだ取り戻せるもの、新しく作り直していけるものも沢山あります。だから俺は取り戻したいし、出来る事ならもう一度ホープに人が住める場所を作りたい。だから――」


 ――だから俺は。


「その為に戦います」


 言い終わって一息を吐き、その場でお辞儀をする。すると、ささやかな拍手が帰って来た。

 やばい、凄い恥かしくなって来た。


「ベニーの古いダチって聞いてたけど、なかなか熱いやつだな! 気に入ったぜ、コウタロウ」

「お姉さんも聞いてて若さの良さを再認識したわー」


 周りから帰ってくる反応に照れ隠しで頭を下げる。柄じゃない事はしない方がいいと身を持って思い知った。

 俺は隣のエメリへと視線を向ける。

 一番最初に自身の目標を話したアティさんを抜くとしたら、最後はエメリの筈だ。

 すると当の本人が――。


「……んぐ、んぐ……んぐ」


 ウィスキーのロックを一気飲みしていた。

 俺が追加で頼んで、まだ手を付けていなかったものだ。


「な――なにやってんだエメリ!? それ、40度はあるぞ!」

「あらあ、良い飲みっぷり」

「あれ? そう言えばエメリ君ってお酒平気だったけ?」

「んぐ……ぷはぁ」


 気づいた時には既にエメリはグラスを空にしていた。

 艶っぽい仕草で飲み終えたグラスをテーブルに置くと、頬を真っ赤にしたまま静寂した場の口火をゆっくりと切った。


「私が……私が……ワタシがしたい事は……」


 声を震わせながら定まらない視点で目標を話そうとしている。

 俺達はその様子を見守りながらエメリの次の言葉を待った。


「……つぐない、れす」

「エメリ!?」


 言い終わると倒れそうになったエメリをとっさに抱き留めた。

 想像よりも温かで軽く、柔らかい感触に一瞬でも反応してしまう自分が恨めしい。

 微かに香る桃の匂いに気を取られない様にしながら、俺はみんなに助けを求めようと振り返る。


「エメリ君の姿勢をそのままにしてくれ、コウタロウ君。あと、どちらかの腕を出すために服をまくってくれないかな?」


 ヘンリー教授が懐から掌に収まる小さな筒を取り出す。

 筒の中には茶色の液体が満たされているのが解った。

 俺はそれを見て一安心する。俺も前の隊でバカ騒ぎした後はよく世話になった薬品だ。


「全く、念の為に用意しておいて良かったよ。なーに、これを打てば健康面では大丈夫さ。起きた後の頭痛は今後、アルコールと上手く付き合う為の勉強料だと思って貰おう」

「やけ酒をさせるほど、思い詰めさせてしまったか……悪いことをした」

「そうね……そうなると暫く休ませて上げる必要があるわね、心身ともに」


 アティさんの笑みが邪悪な色を浮かべて俺を見つめている。

 周りの考えが透けて見え、思わずたじろいでしまう。


「ひょっとして……まさかだったりします?」


 その場にいた一同が頷いた。


「こういう時は親しい人間が一人は傍にいた方がいいものさ、コウタロウ君」

「送り狼になったら……どうなるのかしらね?」

「少なくとも俺やロックフェラー司令官でも庇える事が出来ないのは確かだ」


 さらりと恐ろしい事を言われた。

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