瘡蓋を千切りとる ②

 コウタロウは自分が、目の前で笑っている少女の術中に嵌った事を把握した。

 手にしていたアサルトライフルを少女に突きつけながら『オーガ』のカメラをフルに使い360度を見渡す。

 見渡す限りの茜色に染まっている無人の町――完全に孤立してしまった。


「ふーん……思ったより落ち着いてるんだ……」


 15年前、知らぬ内に見捨ててしまっていた幼馴染に酷似した少女がコウタロウへ一歩を踏み出す。

 少女の足元が弾け、一発の銃声が虚しく響く。


『動くな』

「酷いなあ……15年振りに再会した幼馴染を銃で脅すなんて」

『そっちこそ、もうちょっとエミリに似せる努力をした方がいいぞ。あいつはな、笑う時に悪意を人に向けねえよ! ――お前がブレインだな?』


 コウタロウの言葉に目の前の少女は顔をムッとさせ、後方へと1歩分ステップした。


「ブレインって、脳味噌って言う意味でしょ? 本当にもう……せめて生物としての名前をつけてよ」


 少女は笑いながらステップを繰り返す。

 踊る事を覚え、楽しんでいる姿は歳相応の愛らしさがある筈だが、コウタロウは笑う少女の瞳に薄ら寒いものを感じ取っていた。

 以前の作戦で、巣に潜入した際に似た様な感覚に襲われている。


「まあ、貴方達が巣って読んでるこの場所を一つの生き物として見た場合、あながち間違ってないとは思うけど……それでも、人に向って脳味噌呼ばわりは無いんじゃない?」

『化け物が人間を語るのかよ』

「……そっきから、殺意も隠そうとしないで恐いなあ……本当にそっくりだ」

『大切な身内の姿を騙るヤツに甘い顔するほど、お人好しじゃないんだぜ……エミリの顔してなけりゃ、出会い頭に撃ち抜いてるぞ』

「ふーん……嘘じゃないんだ。貴方とはお話するだけ無駄みたいね、もっと偉い人と話す事にするわ。ちっちゃいのが変な邪魔してるみたいだし」


 少女が軽やかにジャンプすると、そのまま宙へと軽やかに浮いていく。


『てめえ、俺をこんな訳解らん空間に閉じ込める積もりだな!?』

「当たり前じゃないの。自分を問答無用で殺そうとする相手に話し合いしましょう、なんて通じる訳ないし。力ずくで言い聞かせるのも骨だわ――だから、素敵なプレゼントを上げる」


 エミリを騙る少女が華やかに笑う。コウタロウの悪寒が一層強くなった。

 間髪入れずに少女を銃撃するが、弾丸は少女を通り抜けてしまう。


「もう、物騒な道具は没収よ」

『なっ……!?」


 少女の手の振り上げに合わせて、コウタロウの纏っていた『オーガ』が装備ごと消えて行く。


「親子水入らずを楽しみなさいな――後で貴方も、私の中に入れてあげるわね」


 宙へ浮いていた少女の姿が透けて消え去ってしまう。

 為す術もなく、丸腰のまま取り残されてしまうコウタロウの背後に陽炎の様に不確かな人影が近づいてい来る。

 コウタロウが殺意を感じた背後へと、急いで振り向くと陽炎が徐々に確かな人の姿へと変わっていく。

 現れたその人物の姿にコウタロウは絶句した。

 野戦服を身に付けた筋肉質な中年の男性、目元や顔つきがどことなく、コウタロウと似ている。

 濃褐色である筈の目の色が何故かオレンジ色の染まっているが、間違いようが無かった。


「……今度は親父の偽者かよ……」

「――大きくなったな、コウタロウ」


 15年前、死に別れたはずの父親、フジムラ・サトシが野戦服を着た何時もの格好で微笑みかけていた。

 幻影だと、頭で言い聞かせながらもコウタロウの感情は事態に追いつかない。


「クソ、ブレインの野郎……人をコケにしやがって」

「大丈夫か、コウタロウ? 呼吸が乱れてるぞ」

「……近づくな!」


 幻である筈のサトシが何時かの様に、コウタロウを案じ手を伸ばす。

 コウタロウは反射的にその手を払い除けようとするが、逆に掴まれてしまい、強く握られてしまう。


「っつ、離せよ!」

「一先ず落ち着け! この状況で取り乱す事が如何に致命的か、それが解らないお前じゃないだろ!?」

「なっ」


 父親を騙る幻影がコウタロウを叱り付けるように、諭す。

 死人ではない、確かに温かく無骨な手の感覚がコウタロウに伝わった。その奇妙さに、どこか懐かしさも感じてしまう。

 掴まれていた手を離された。


「落ち着いたか、坊主?」

「アンタ……本当に親父なのか?」

「うーん……話すと長くなるんだが、取り合えず現状の説明をしなきゃだな。――ざっくりと結論から言うとだなコウタロウ、お前達がブレインの部屋に入ると同時に、ブレインのヤツは強力な催眠術をお前達に仕掛けたんだ」

「強力な催眠術って……もしかして、ブレインはエメリ達みたいに超能力が使えるのか?」

「だいぶ強力なテレパシーと暗示が使えるらしい。それこそ、相手の意識だけを閉じ込めてしまう様な事が出来る。今のお前みたいにな」


 コウタロウは何故か以前の作戦中に体験した奇妙な夢を思い出した。


「つまり、ここは夢の中って事か?」

「半分は正解だな。暗示で眠らせたお前に向って、ブレインのやつはテレパシーでこの世界と俺を、情報として送ってる訳だな。つまり、相手の意識を自分の知っている、若しくは考えた世界の中に閉じ込められる訳だ」


 突拍子も無い事を並び立てていく自分の父親にコウタロウは手を上げて静止する。


「ちょっと待った! 何でブレインのやつが親父や壊れる前の町の風景を知ってるんだよ。親父や町を自分で見た訳でも…………」


 否定しようとして、コウタロウは言い淀む。

 ――そうだ、何故ブレインのやつは知っていた? どうやって知った? 何処から情報を得た?

 ブレインが消える間際に言っていた内容が脳裏にチラつく。

 ――後で貴方も、私の中に入れてあげるわね。

 貴方も私の中に入れて上げる、そうブレインは言ったのだ。つまり、既に何かを自分の中に入れた訳だが――。

 無機、有機を問わないで巣に運ばれる物質。

 それを溶鉱炉の様な場所へと運び、時には仲間ごとそこに沈めてしまう。

 ――まさか、あの炉が繋がっている先は。いや、そもそもあのオレンジ色の液体の正体は――。

 浮かび上がった疑問が、コウタロウの中でおぞましい方向へ結びついていく。

 コウタロウはやり切れない想いで目の前に佇む父親を見つめた。


「親父……もしかして溶鉱炉見たいなやつの中に……」

「あー……蟻に運ばれてる時は俺も虫の息だったからなあ……気がついたらこうなってたな」


 サトシは恥を隠すように頭を掻きながら笑う。その表情はコウタロウとは裏腹にどこか穏やかだ。


「そんな顔をするなよ、お前はここから出なきゃ行けないんだ。ゆっくりしてる暇は無い筈だろ?」

「自力で脱出出来る方法があるのか!?」

「応、あるぜ。言ったろ、ここはブレインの情報で作られた世界だ、情報が足枷になってるなら邪魔な情報は削除しちまえばいい。――例えば、意識を目の前で監視してる邪魔者とかな」


 サトシが首を回しながら体の柔軟体操を始め、骨を小気味良く鳴らす。


「親父、まさか――っと!?」


 サトシの意図を確かめ様と、コウタロウが手を伸ばすその顔目掛けて拳が飛んで来た。コウタロウは伸ばした腕でとっさに受止めると、重い響きが防いだ腕に伝わる。


「つまりはそう言うこった。行くぜ、コウタロウ。俺も、ブレインの命令を我慢するのもそろそろ限界でな」


 コウタロウに拳を見舞ったサトシが先程とは打って変わって凶暴な笑みを浮かべ、身構える。


「じゃあ、父ちゃん今から人類の敵だから、本気で戦う様に! ――じゃないと、お前が死ぬぜ?」




 エメリ達は怒りと苛立ちを隠せない瞳で部屋の主――ブレインを睨みつけていた。

『デメテル』の荷電粒子砲が何時でも撃てる状態でブレインへと標準を合わせているが、肝心の引き金を引く事が出来ない。


『ふふふ、大切な人なんだよね? 撃てないよね?』


 姉を真似た声が脳裏に響いて挑発してくる。エメリは奥歯を強く噛み締めた。

 真っ白な体に兵隊蟻より一回り大きな頭部、細長く触手の様にくねらせている脚が付いた胸部。

 これだけでも今までの巨大蟻とは違う奇異な出で立ちであったが、極めつけは体の後ろに伸びた異常に長い腹部だ。

 長い腹部はそのまま部屋の天井にある巨大な筒と繋がっており、先程から意味も無く伸縮を繰り返している。

 触手上の脚で捕らえた5機のパワードスーツを持ち上げ揺らした。

『オーガ』を始めとした5機のパワードスーツは無抵抗のまま動かない。

 バイタルサインを確認する限り脳波以外の異常は見当たらないが、エメリは不安な気持を抑え切れなかった。

 ブレインがカチカチと顎を鳴らす。


『じゃあ、交渉を始めようか?』


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