21話 愛をもう一度 下

 そっとエメリの顔から離れてみるとエメリが自分の唇に手を添えた。

 夢見心地、と言った表情で感触を再確認している仕草に俺の鼓動がまた少し上がる。


「……あの、もう一回……」


 返事の代わりに今度はついばむ様に短く唇を重ねる。

 離れようとすると、今度はエメリの方から重ねてくる。


「……んっ……ふ」


 重ねる感覚が回数を増す度に短くなり、お互いに遠慮がなくなって来る。

 頭の中で僅かに残っていた理性の糸が次々と切れていく。

 強引に行ってしまうのを何とか踏み止まり口を離すと、エメリの頬にインナースーツで覆われて手を添えた。


「エメリ……その……深くしてもいいか」

「深く……? あっ…………うん」


 俺の言いたい意味を察したエメリが瞳を閉じて顔を俺に差し出す。肯定してくれた事に愛情と感謝を交えつつ、唇を重ねた。

 焦らず、ゆっくりと、優しく、その事を念頭に置いて行為に耽っていく。

 お互いに探り探りで不器用ながらも何とか交えてみる。

 徐々に勝手が解り始めた頃、呼吸をろくにしていない事を体が訴えてきた。

 名残惜しくも顔を離す。


「――はっ、ん。…………はう、何か私、今日だけで大人の階段を駆け上がった気がする」

「俺はバイクで走った気分だよ……その……上手く出来たかな?」

「えっ、ど、どうだろう。私も初めてだから良く解んないけど……その……」


 エメリが両手で自分の頬を覆い瞳を閉じて何かを噛み締める。


「凄い……幸せ……って、思ったよ」


 ――――理性が全滅した。


「うわわ、コ、コウタロウ君!?」


 俺は体が飛び跳ねんばかりの勢いで、エメリと一緒に纏っていた毛布を彼女の背後に敷くと、エメリを地べたに打ち付けない様に注意しながら押し倒した。

 インナースーツで覆われたエメリの肢体が夕日に照らされる。

 その姿に理性が再び悩殺された。


「――ごめん、何かもう色々とリビドーが」

「こ、ここだと風邪ひいちゃうよ。あと、あと、せめてシャワー浴びてからにしよ、道具も無いし! ね、ね?」

「これより特攻します」

「問答無用!? ――じゃ、じゃあ、これだは聴いて!!」


 覆い被さろうとする俺にエメリが手で静止をかける。


「今度から……昔みたいにコウちゃんって、呼んでも良い?」


 その言葉に殺された理性が息を吹き返し始め、暴れていた本能を後ろから釘バットで強打した。

 冷や水を浴びせられた様に猛り狂っていた熱が静まる。

 次いで罪悪感が胸を埋め尽くした。

 何時かのようにがっつき過ぎた、だから今まで碌な交際経験無いんだよ、俺。

 ここはアレを使うしかない。

 俺はすぐさまエメリから身を離すと向って平伏し座礼を行った。

 エメリが珍妙な生物を目にした表情で上半身を起こす。

 ――親父に教わったDOGEZAである。


「コ、コウタロウ君?」

「いや、今ので冷静になった。と言うかゴメンなさい、本当にゴメンなさい」

「えーと……私のお願いは……」

「それはもう、エメリの好きな様に」

「本当!?」


 エメリの歓喜を含んだ確認にしばし考え込む。

 以前から呼び方が戻っている時が何回かあった。つまり、エメリにとってはそっちの呼び方の方が良いと言う事だ。

 気恥ずかしくはあるが、エメリにそう呼ばれるのは嫌いではない。

 なら後は俺が慣れればいいだけの話だ。


「流石にお堅い場所では控えて欲しいかな――て、エメリの方がそう言うのは解るか」

「うん! えへへへ」


 上機嫌になったエメリが膝立ちで近寄ってくると俺の右腕に体ごと抱きついた。

 なんで女性ってこんなに細い見た目で体がこんなに柔らかいんだろうか。

 毛布を外してしまった今となってはエメリの温もりが身に染みる。


「――コウちゃん」

「うん?」


 エメリが確認を取る様に早速呼んで来る。

 俺がそれに応えると、甘える為の許しを貰った子供の様にエメリが綻ぶ。


「ふふ……コウちゃん、コウちゃん、コウちゃん」

「おおう?」

「エヘヘ……やっぱり私にはコウちゃんだ」

「……そうか」

「うん、そうなんです」


 エメリがそのままベッタリと甘えてくるが、俺はされるがままに任せる。

 ――ああ、こりゃよっぽどストレス溜め込んでたんだな。

 今までずっと溜め込んでいた姉の事、初めて戦場に出た事と幾度か命の危機に晒された事。それを今は一気に吐き出しているのだろう。

 なにより、気を許して甘えられる対象が自分である事が何より嬉しかった。

 俺、もしかしたら独占欲強いのかもしれん。


「コウちゃん……子供の頃からずっと、ずっと、好きでした」


 落ち着きを取り戻したエメリが顔を向き合いながら想いを伝えてくれた。

 胸の中に心地よい熱が体中に広がり血潮になっていく。

 俺もエメリに改めて言葉を伝えよう。


「俺もエメリの事が好――」


 背後から急に巨大な鳴動が響いた。

 何事かとエメリを庇いながら振り向くと、警報装置が鳴っているのだと気づく。

 音の正体と意味を理解するとエメリを両腕で背負い、急いで屋内に戻る。


「わわ、コウちゃん!?」

「あああ! 畜生! これからって時に!! あーもう、本当にチクショウ!!」

『ウー、ウー、マリーです。皆様にお伝えします。緊急事態が発生したので動ける方、持ち場を離れる事が可能な方は至急司令室にお集まり下さい。繰り返します。ウー、ウー、マリーです。皆様に――』


 マリーが棒読みでサイレンの音を真似しているのは何の意図があるのだろうか。

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