番外編 ヒナの職場見学 ~~キャピタル駐屯地の乱~~ 上

 拝啓、天国か足下にあるホープの大地に還った、顔も覚えていないお父さんへ。


 今日、どうしても報告したい事が出来たので命日では無いのですが、手紙を書きます。

 ――兄にエメリさんと言う彼女が出来ました。

 綺麗だし、優しいし、格差社会を憎みたくなる程のスタイルで本当にビックリです。

 しかもホープに住んでた時の幼馴染だそうです。私の事も知っていたらしく、兄のお見舞いで病院で会った時に抱きしめられました。包容力の塊でした。

 兄が見てて恥ずかしくなるくらいベタ惚れしているのも頷けます。

 何時も私や母の為に体を張って苦労してくれていた兄がようやく報われた様で嬉しい反面、少し寂しいです。

 ブラザーコンプレックスなのは自覚してますが、兄が作戦で怪我をし、入院したと聴いた時は本気で泣きそうでした。

 そして病院に急いで駆けつければ、病室にはエメリさんといい雰囲気な兄が。

 ――今思い返すと、ムカつきますね。

 何があったのかも全然話してくれないのはお仕事の関係上、仕方が無いのは理解しています。

 が、それはそれ、これはこれです

 なのでそんな薄情な兄に対して兄想いの妹から、ささやかながらちょっとしたドッキリを行う事にしました。

 なんと、私が通っているハイスクールから兄が働いているキャピタル駐屯地へ急遽、社会見学へ行く事になりました。

 兄が参加していた作戦とAIが暴走し、その映像がアーク中に流れた事件以降、アーク内が少し騒がしいのも相まって何とも「大人の都合」が満載ですが、これを利用して普段の兄の様子を見てやろうと思うのです。

 同じクラスの男子達が生のパワードスーツを見れる事に喜んでいますが、そんなのはどうでもいいのです。

 当日まで黙って、慌てふためくお兄ちゃんの面を脳裏に焼き付けてやります。

 蔑ろにされた妹の怒りを知るがいいと思います。


 ――私たちを守ってくれたお父さんへ。娘より。





 キャピタル駐屯地の地下フロア、広大な特務ラボの一室。普段はミーティングルームとして扱われている室内では約50名の軍人達が詰め込みながら座席に座り、精魂を尽き果たしたままテーブルに伏していた。


「終わった……これでようやく……解放される……」

「頭がアッツイのお」

「しゃああああ! これで晴れて准士官じゃあああい!! 万年曹長とか言わせねえええぞおおおヨッシャアアアア!!」

「エイブラム隊長、うるさい」

「しょうがないだろ、他の小隊長達と違って色々補修やらされた挙句、下仕官のお前達と同じ講義受けなきゃ行けない羽目になったんだし」

「それ、自分のせいなんじゃ……あ、アイツからメール来てた。えーと、無事に昇進したぞっと」

「いやー、最初は絶望的でしたけど、強制学習装置無しでも何とかなるもんですね」

「コウちゃん、コウちゃん! これで晴れて二等軍曹だね! お祝いどうしようか?」

「エメリが毎日教えてくれたお陰だよ。お祝いなら、この前作ってくれたクッキー、また食いたいなあ」

「うん、今度はチョコとかジャムのバリエーション増やしてみるね」

「……くそっ!! ベルサちゃん、速く施設から戻って来てくれねえかな……」

「ミレーユさん、この後リップオフで一緒に飯食べに行きませんか!」

「奢ってくれるなら行きますよ?」

「ふ、お安い御用ですよ」

「馬鹿野郎、お前だけいい格好させるかよ……みんなで奢りますよ、ミレーユさん」

「アンタ達、それでいいの?」

「貴様みたいな筋肉モリモリマッチョマンの女傑には解るまい!? 男が美女と食事を取る事にどれだけの幻想を抱いているかなど!!」

「誰がキン●コングだあああっ!? つーか、例えが古過ぎだあ!!」

「言ってねえよ!? あ、止めて、そこにそんなの太いの無理矢理突っ込もうとしないで!! 裂けちゃう!」


 達成感と狂乱に満ち溢れる軍人達の笑い声が響く中、抗議の為にホワイトボード前で数時間立ち尽くしていたヘンリー教授が憔悴した顔つきで椅子に座り込んだ。

 ヘンリー教授は教卓代わりに用意した机から、置いてあった水筒の中身を一気に煽る。

 爽やかで若々しい風味とほどよい渋みが渇いた口を潤す。

 疲れた時のダージリンは素晴らしい。


「ハハハ、私も信じられないよ。君たちがまさか仕事以外の知識がここまでからきしだったとはね……何で弾道計算出来るのにアークの半永久機関とか今日に至るまでの人類史については全く覚えてないんだい? スクールで習っただろ?」

「ハイッ!! 覚えていなくても、生きる事と任務に全く支障がないからです、ヘンリー先生!!」

「うん、だから今回みたいな事になったんだね! 反省してね! 私、過労死するかと思ったよ!!」


 事の始まりはロックフェラー司令官のある思惑からだった。

 反撃の狼煙作戦が終り、今回の作戦から得られた戦果によって、ロックフェラー司令官は企業側と取引を行い、キャピタル駐屯地の軍備増強に漕ぎ着けられた。

 それに伴い、今回の作戦で多大な貢献をした、巣の潜入部隊であった48小隊、35小隊、28小隊、陽動を行ったエイブラムの率いる部隊とダビットの元防衛隊を吸収し、新設部隊として再編成する事になった。

 ロックフェラーは新設する部隊の特殊性を考慮し、隊員達全員を昇進させる事を決定。

「反撃の狼煙作戦」の戦果や、メディアに流された蟻を蹂躙する兵士の映像、民間人のアーク内の生活に対する不満も後押しする容で、ロックフェラーの計画は認められたが、ここで彼はある事に気づく。

 ――そう言えば、何人か筆記試験の通過が出来無そうないな。

 急遽お得意の手法を駆使し、ヘンリー教授による複数回の特別講義に変更。

 試験も従来の物とは違い、回数を増やして範囲を狭めた小テストで手を打って貰う事にしたのだ。

 ヘンリー教授も、最初は軽い仕事だと思っていた様で快諾したが、その認識の甘さが現在の彼の疲労具合で証明されている。

 エメリやミレーユの2人が助手として手伝ってくれたのだが、それでも問題児達の扱いは老骨には堪えた。

 ともあれ、これでお役御免。ヘンリー教授も開放感に包まれた顔で満足した笑みを浮かべる。 

 すると、騒がしい室内へノックもせずにロックフェラーが憲兵を2名伴って入室して来た。

 予期しない司令官の登場に、室内にいたコウタロウ達が水を打ったように黙り込む。

 部下達の視線を気にしないまま、ロックフェラーは座っているヘンリー教授の元まで進み、背後の憲兵2人に手を上げて合図を送った。


「例の場所へ連れて行け、学生達の見学が終わるまで絶対に室外に出すんじゃないぞ」

「了解!」

「な、何事だい!? 今日はまだ何も問題を起してないじゃないか!? 一体どういう積もりなんだい! 司令官!!」

「いや、なに。子供の教育と安全に配慮した結果だよ。――頼むから暫く大人しくしてるように」

「そんな! 子供達が見学に来るって言うから、刺激的で面白いものを沢山用意したのに!?」

「それが危ないつってんでしょ、ヘンリー教授! またこの前見たいに変てこな二足歩行が暴走したらどうすんですか。あれ、実弾だったら35人は死んでたんですよ」

「はーい、お爺ちゃんはこっちでお休みしてましょうねー」

「止めろー! 離せー! あんな退屈な所に居たくなーい!!」


 抗議の弁を上げ続け、引きずられる様に連行されるヘンリー教授を無視し、コウタロウ達へと振り返る。

 一同の顔が緊張に引き締まった。


「諸君、無事に試験を終えてなによりだ。昇進、おめでとう」

「お祝いの言葉、有難う御座います、司令官!」


 エイブラム隊長を筆頭に、みなが一斉に立ち上がり反射として敬礼を行う。


「ああ、硬くならんでいいぞ。君達はこれで晴れて、新設部隊の隊員だ。――まあ、私の私兵だ。公の事、以外でも色々と付き合いも増えるしな」

「や、ヤー……」

「そんな微妙そうな顔せんでもいいだろう。ちゃんと給料に色はつけるぞ」

「マジッすか!!」

「マジだとも、コウタロウ軍曹。君達にはそれ相応の仕事を任せる事になるからな。――でだ、早速任せたい任務が……これだ」


 ロックフェラーが豊かな懐から一枚の再生紙を取り出すと、間近にいたイーニアス伍長に手渡した。

 イーニアスは再生紙を受け取ると、周りを一瞥し音読を始める。


「えーと……社会見学のお知らせ、キャピタル駐屯地で働く軍人さん達を見に行きましょう……えーと、ハイスクールの職場見学か。ハイスクールの名前は……『フィリップス』!? 有名進学校じゃないですか」

「はあっ!! フィリップス!?」

「コウちゃん!?」


 ハイスクールの名前を聴いた途端、コウタロウが目の色を変えて叫ぶ。

 突然の反応に周囲が引くと、コウタロウは慌てて取り繕う。


「す、すいません。妹が通っているハイスークルだったので……同名校、って事は無いですよね」

「アークはそこまで広くないぞ、コウタロウ軍曹。……そうか、参加する学生の名前に君と同姓の少女が1人いたが、妹さんか」

「あのー……そもそも何で進学校の学生が軍の駐屯地見学なんかに? いっちゃあ、何ですが、その子達の将来的にほぼ無縁でしょう」


 ウィルが手を上げながら疑問を口に出し、周りにいる者達も肯定の頷きを行う。


「――ふむ、解らんか、諸君」

「ひっ」


 ロックフェラーが鋭い眼光を放ち、部下達を睨みつける。

 誰かが悲鳴を零した。


「――金だよ、金」

「金、ですか」

「そうだ、金だ」


 ロックフェラーが真剣な顔でシンプルな単語を口にした。

 部下の1人がオウム返しで聞き返すのを深い頷きを伴って肯定する。


「諸君らも知っての通り、兵士1人が戦場で満足に戦う為には多大な金がかかる。戦争は暴力を伴った競争であると同時に、大規模なビジネス活動でもあるのだ――相手から獲得できる物が有る限りはな」

「はあ」

「ふむ、イマイチ理解出来ていないようだな、コウタロウ軍曹。ならば、これを見たまえ」

「はい? ――げ」


 ロックフェラーが自身の携帯端末からコウタロウの方へ報告書のテキストを送信した。

 コウタロウの顔から血の気が失せる。


「君が見事に使いこなしてくれた『オーガ』のオーバーホールに掛かった経費だ。ヘンリー教授を筆頭に、開発者達が泣いて喜ぶ実用的なデータが取れたそうだ……良かったなあ、コウタロウ軍曹。次はもっと性能の良い人口筋肉の素材を使うそうだぞ?」

「こ、光栄であります……」

「鬼だ……金の鬼がいる」

「んー? エイブラム隊長、そう言えば君は新型の『ソルジャー』に何か不満が有るそうだなあ?」

「だ、大満足であります、司令官! 脳波リンクでのバックカメラ映像は快適に使いこなせています!」

「ならば宜しい……少し、脱線してしまったな」

「疲れてますね、司令官」


 部下達を力押しで一通り黙らせるとロックフェラーは溜め息を一つ吐いて話を本題に戻した。


「実は今回、見学に来る『フィリップス』は私が支援を受けている企業が経営している場所でな……」


 ロックフェラーが言葉を続けようとして、エメリに目をやると彼女の緊張を確認して再開する。


「まあ、子供達の為にも若い内に色んな社会を見せたいそうだ。それに、今後の作戦の為にも出資元とは上手く付き合って行かなくてはいかん。君達には当日、矢面に立って広報活動に当たって欲しい」

「要は子守ですか……自分は20半ば過ぎの方が好みなんですけど……」

「そう言うな。見学に来る学生達はどの子も将来有望な子ばかりだからな、覚えが良ければ後で美味しい思いが出来るかも知れんぞ」

「学生……女子高生……俺、やる気出てきました!」

「10代と触れ合えると思えば悪くないな。カッコイイ所を見せなくては」

「あの教官になんか見栄えのいい演舞でも教えてもらうか」

「これだから男ってやつらは……」

「……コウちゃん?」


 事の内容を把握し始めた周囲がざわつき始める中、コウタロウが何時に無く真剣な表情で黙っているのをエメリが気づき、様子を確かめ様と声をかけた。

 コウタロウはエメリの方へ顔を上げると、何時もの様子とは打って変わり困り果てた表情を浮かべていた。


「……ヒナのやつ、知ってて黙ってたのかな……」




 コウタロウは結局、兵舎の自室に戻るやいなやヒナの方へと確認の電話をかける事にした。

 手首に巻いた通信端末に通話の為の操作を行うと、耳に添える様に手首を当てた。

 腰掛けるベッドには一緒について来たエメリが隣に座って様子を見守っている。

 ――病院の見舞いに来てくれた時、そう言えばどこか複雑な顔をしていたな。

 緊張を伴うコールが2回続き、相手が出た。


「あ、ヒナか。実はさ、今日仕事でお前がこっちに見学に来るって聞いたんだけど――」

『む、バレたか。当日、驚かせたかったのに』

「やっぱり黙ってたのか」

『だって、お兄ちゃんが職場で普段はどうなのか知りたかったんだもん』

「いや、別に変わらんって」

『……本当に?』


 どこか訝しむヒナの声色にコウタロウは戸惑う。


「おいおい、どうした? 何か様子が変じゃないか? 体調が良くないのか?」

『んー……そう言う訳じゃなくて……』


 ヒナの反応がイマイチ煮え切らない。

 もしかして人には言えない様な重大な悩みでも抱えているのだろうか。

 どう尋ねるべきか、コウタロウが思案していると、ヒナが先に尋ねて来た。


『ねー、エメリさんとは普段どうなの?』


 何故か急にエメリの事を尋ねられ、コウタロウは思わず隣に座っているエメリへと視線を合わせる。

 会話の内容が聞き取れないエメリは興味深そうに首を傾げながら、コウタロウに向けてえくぼを作った。

 その仕草にコウタロウは照れ、隠す為に慌てながらヒナに取り繕う。


「エ、エメリなら隣にいるけど、それがどうした?」

『――そっか、ごめんね、邪魔しちゃったみたいで。じゃ』

「え、ヒ、ヒナ!?」


 コウタロウが返事をするより早く、通話が一方的に切られてしまう。

 事態を飲み込めないエメリが、硬直して沈黙するコウタロウを心配げに見つめる。


「……コウちゃん?」

「ヒナが……反抗期に入ったかも知れない……」


 コウタロウが悲痛な面持ちで珍しく弱音を吐いた。

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