鳥籠の未来 ③
「くそ、何が起きてやがる!?」
館内の警備室、店の規則を監視する為に設けられた室内へ顔に無数の傷を刻んだ男が血走った目で入ってくる。
切り傷、火傷、銃創と無数の暴力を経験し生き残った男の顔が警備室の惨状を見て驚愕へと変わる。
警備室に配置されていた男達が全員床に倒れこみ、臍の下を両手で押さえながら苦悶の声を上げて呻いている。泡を吹いて気絶している者もいるようだ。
「これは、一体……」
「その顔、貴方がここの用心棒さん達のリーダーですね?」
室内の何処にも見当たらない女性の声に傷痕だらけの男が警戒の態勢をとる。
「姿が見えない若い女の声……企業が作ったって言う超能力者か」
「解ってるなら、大人しく投降して下さい」
「正体を見せない相手に両手を挙げろと言われるのは、俺には恐くて出来ないな……出てきてくれないか?」
「……さっき出て来たら何かみなさん態度一変して、急に反抗してきたので嫌です」
若い女の声が不機嫌そうに呟く。
「なるほど、連中が転がっているのはそう言うことか」
傷痕の男は床に伏せている、ならず者達に呆れた視線を向けた。
――なるほど、つまりこの室内のどこかには確かに居る訳だ。
そして床に倒れている男達が的確に急所を攻撃されている事から、武術に多少の心得はある様だ。
――あどけない声をしてるくせに容赦ねえな。
もっとも、自分達の様な相手にこれくらいは十分手心が加えられているのかもしれないが。
現に自分が姿を隠して敵を制圧するなら1人づつ、確実に殺していく。
傷跡の男は声の主を探すために、意識を集中する。
――必ずどこかに痕跡がある筈だ。
敵を探す男の執念が、超能力によって弄られた己の認識能力の矛盾を強めていく。
傷跡の男から見て警備室のモニター左奥。そこだけ空間がどこかぼやけている。
――そこかっ。
剥き出しの闘争本能から来る己の直感を得ると、傷跡の男が大きく跳躍を行う。
利き腕の袖下に仕込んでいた小型のナイフを抜き出し、そこの空間目掛けて斬り付ける。
手馴れた肉を裂く感触を得る代わりに、金属を強烈に擦る音と合わせて破砕したモニターから火花が散った。
「な、何するんですか! いきなり!!」
――くそ、すばしっこいな。
傷跡の男が背中に固い物を押し付けられた感触を自覚すると、今度は体中に強い痺れを伴う痛みが行き渡った。
余りの衝撃に傷跡の男は転がっている男達と同様に床に倒れ込んでしまう。
落ちて行く意識の中、男の視界には年若い女性が映る。箱入り娘、と言う単語が男の頭に浮かぶ。
「意外と強いんだな……レディ……」
結局は己も他の男達同様、舐めてかかったのが敗因だと傷跡の男は思い知った。
「またやっちゃった……」
傷跡の男が気絶するのを見届けると箱入り娘――エメリ・ミール特別准尉が頭を抱えた。
取り合えず、特殊スーツの腰に装着しているウエストバックから複合繊維のテープを取り出す。日曜作業から人身拘束までと用途幅が広い便利道具だ。テープは元々そう言うものだが。
――やっぱりこの手の人達は血生臭いのに慣れているから、大人しくすると言う選択肢は恐いのだろうか。
――つまり私が弱く見えたって事なんだろうけど。コウちゃんはこの事を心配してくれてたんだ。
コウタロウが、単独で潜入行動するのに最後まで渋い反応をしていたのが理解出来た。
そう考えながらエメリは床の上で盛大に気絶している男達の手足を丁寧に拘束していく。
「それにしても、このリーダーさん以外の人は一回強く蹴っただけで倒れちゃうなんて……コウちゃんが言ってた通りなんだなあ」
「ついてる身からしたらそこは立派な内蔵ですから」
誰もいない筈の警備室の入り口からエメリの独り言をどこか気品を含んでいる男の声が拾う。
エメリがそこへゆっくりと振り返ると、警備室入り口の景色が突然歪む様に透明な人影が浮かび上がる。
するとそこには、光学迷彩のフード付きマントに身を包んだ者が立っていた。フード付きマントを纏った人物は顔を覆っていたフードを降ろすと、エメリより少し幼い顔立ちを晒す。
「あ、ジャック君。そっちはもう片付いたの?」
エメリが突然現れた人物に驚く事も無くその名を呼ぶ。
ジャックと呼ばれた若者は少し困った様子で笑うと、手にしていたブルッパップ方式のアサルトライフル――L91を負い紐で背負う。
「状況はほぼ終了しまたよ、エメリ特別准尉。……お元気そうで何よりです」
「カレッジの卒業式以来だよね。お父さんのお仕事を手伝ってるのは聴いてたけど、まさか現場で働いているとは思わなかったよ」
「それは僕の台詞です。美人揃いのカレッジでしたけど、一度も僕のデートを受けて下さらなかった恋愛奥手な先輩がまさかこんなにアグレッシブな職場でこれまたアグレッシブな行動をとるとは……男嫌いなんですか?」
ジャックはそう言うと拘束されいる男達をどこか哀れむ様に見つめる。
エメリが慌てて頭を振って否定する。
「こ、これは不可抗力だよ! それにもし、真っ向勝負で数で襲い掛かられてたらこっちも手加減出来ないし! 後々、ちゃんと彼氏は出来ました!!」
「なんとっ!? それは驚愕ですね……エメリさんの気を惹けた人物……一体何者……」
「あ、あのー……ジャック君? 他の人を呼んでこの人達の連行をお願いしたいんだけど……」
「ああ、いけません、いけません。思わず意識が完全に逸れてしまいました。――もしもし、こちらアルファ3です――」
意識を任務に戻したジャックが人を回して貰う様に指示を出している間、エメリは館内の監視カメラモニターをチャックする。
そこには混沌とした現場がモニターによって様々な角度で映し出されていた。
ベニー達もパワードスーツを纏った仲間達と無事に合流出来た様だ。
1機の『モノノフ』がベルサを抱き上げながら大回転しているのが少し不安だ。
その一箇所を除くと、困惑と恐怖を浮かべて避難誘導に従う客と店員達。保安部隊と軍によって捕縛されていくならず者達の影に混じって、激しく抵抗した者達の末路が床に濡れて広がっている。
エメリはそれから目を逸らしてはいけないと自覚しながら、左腕を右腕に添えた。
――なんで私達はこんな狭い場所で人間同士の争いを行っているんだろう。
胸に言葉に仕切れない虚しさを抱え込みながら、それらしい理由を並べていく。
宇宙船の秩序と治安を守る為、権力ゲームのバランス調整の為、トゥレー島奪還の次の作戦を円滑に進める為。そのどれもが複雑に交じり合ってシンプルな言葉で表してはいけない様に思えてしまう。
――嫌だな。
答えの出せない疑問を胸中に抱えながらもエメリは念の為にと、映っている監視カメラの映像に不審な点は無いかと虱潰しにしていく。
この胸の疑問は後でコウちゃんに聴いてみよう。笑い飛ばしてくれるだろうか、それとも案外真面目に一緒に悩んでくれるかもしれない。
――ああ、駄目だ。何か無性にコウちゃんに会いたくなって来た。
集中力が途切れない様に勤めながら一点だけ気になるカメラを発見する。
場所は館の最上階4F。
ベニーとウィルがベルサを連れ出した館の経営者の私室だ。
――作戦前に読み込んだ見取り図より少し部屋内が狭い気がする。
もしかして、まだ何か在るのかも知れない。
「ジャック君、何か4階の部屋がちょっと怪しいかも」
「館の経営者の私室ですか……確かに精査するべきですね。思わぬ収穫があるかも知れません」
「それじゃ、急ごうか」
「……何か気合入ってません?」
「気のせいです」
エメリが拳を握って力強く歩み部屋を後にする。
ジャックがそれをしばし見つめると慌てて後を追う。
――やっぱり、気合入ってるじゃないか!
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