番外編 ヒナの社会見学 ~~キャピタル駐屯地の乱~~ 下

 特務ラボの一室、兵器の稼働実験を行う為の広く頑丈な室内でコウタロウ達は午後に向けての最終確認を行っていた。

 学生達にパワードスーツの装着を体験して貰おうと『ファイター』の調整を再確認する。


「やっぱ、学生に装着させるんだから『ファイター』の速度制限は30kmでいいだろ、握力はどうするんだっけ?」

「ブロック5枚割りの時に上限解除する事になってるぞ、お前は取り合えず握力調整システムの制御がちゃんと働いてるか確認してくれ。俺はユーリー隊長と一緒に壁にかけてるクッションの具合を確認してくる」

「あ、待ってくれよ」


 ベニーが離れようとすると、コウタロウが引き留める。

 兄妹そろってよく人を引き留める事に内心うんざりしつつもベニーは振り返った。


「ヒナ……どうだった?」

「……さあな、会うのは久しぶりだったって言うのもあるが、相変わらず元気そうだったぞ。ユズキさん似で良かったな」

「そっかー、変わってないか―……ハァ」


 コウタロウの気の無い返事にベニーは顔をしかめる。

 何が会ったか詳しく知る積りは無いが、大方兄妹喧嘩でもしたのだろう。

 ――平和な事だ。


「何だか知らねえけど、ヒナちゃんも何時までも小さな子供じゃないって事だ。兄貴に素直に言えない事の一つや二つ、有るだろうよ」

「それは全く持ってその通りなんだけどな……いざ、素っ気なくされると寂しさがこう、胸にグワーっと」

「いい加減に妹離れしろよ、彼女も出来てんだしよ」

「うるせー! こちとらお袋が仕事で忙しかったからな! ヒナの成長記録を聞かせてやろうか!? まずはヒナが自分で歩ける様になった時からな!! 

 あの時の感動をお前も共有して貰おう!」

「だーもう! そう言うとこだって解らねえのかよ!!」

「おーい、ベニー! コウタロウとじゃれてないでこっちを手伝ってくれ!!」


 ベニーは大きな溜め息を吐いてユーリー隊長の元へ急ぎ足で去ってしまう。

 気づけばミレーユが満足そうにコウタロウと離れて行くベニーを見て真剣な顔つきで頷いている。

 ミレーユは何故か、ベニーがコウタロウやウィル、他の男性隊員と交流している時を見つけると度々この様な不思議な事をしている。

 奇妙に思いつつも、コウタロウはベニーに気でもあるんだろうと納得している。学生時代からベニーの周りでは似た様な事は何度かあったのだ。

 持ち場の作業に意識を戻しつつも、コウタロウはエメリに貰った助言を思い返す。


「多分、寂しいんだと思う。こっちに来た時に、ゆっくりお話しして上げた方が良いよ」


 ――寂しがらせてしまったか。

 今になって思い返せば、先に余所余所しい態度をしてしまったのは自分であった事をコウタロウは自覚した。

 軍事機密と言えばそれまでだが、ヒナに嘘を吐いてしまった事実は変えられない。

 家族想いの妹がその事でどれだけ心を痛めたかと考えると気が滅入る。反省用の穴があったら半日は入っていたい。

 ――どうやって謝るべきかなあ。

 コウタロウは思案しながら『ファイター』の握力調整システムの確認を終える。

 すると男女のインナースーツの点検を行っていた筈のウィルとトラン含む他の隊員が、室内に顔色を変えて入ってくる。

 余程慌てていたのか、ダビット一等准尉に至っては女性用のインナーを着込んでいた。

 はだけているファスナーの隙間から逞しい胸板と体毛がチラチラと視界に入る。苦痛だ。


「え、何で女性用のインナーを……」

「そんな事より、緊急事態発生だ!」


 ホログラムプロジェクターの調子を確認していたアティの疑問をダビット一等准尉が指を真上へ指すと、天井から室内全域に非常警報が鳴り響いた。


『マリーから緊急事態発生のお知らせです。繰り返します――』


 マリーが全てを言い終えるより早く、内容に慣れていたコウタロウを含む隊員が急いで行動を開始した。




「隊長―! 兵舎全体の捜索を終えましたが発見できませんでした!」

「Damnit! アイツ、人質を3人も連れているのにどうやって隠れてるんだ!?」

「学生達、無事だと良いんですけどねー」

「早く救出しないと、腰に扇風機付きのベルトを無理矢理取り付けられるかもな……」

「この前実験してた、蜘蛛に噛ませるのかも知れませんよ」

「そういや、変なポッドを使った転送実験にそろそろ生物使いたいってぼやいてましたね」

「…………急いで探すぞ! a班はグラウンドから基地本部に行け! b班は俺と一緒に格納庫へ向うぞ!! 二人一組で散開し、連絡を密にとるのを忘れるな!! 草の根分けても探し出せ!!」

了解ヤー!!」


 血相を変えた軍人達が兵舎の食堂から足並みをそろえて一斉に散らばった。

 数秒もすると、食堂の隅、ただの部屋角である空間が放電を放ち、ゆっくりと布を捲り上げる様に空間がめくれた。


「ふふふ……こんな時の為に秘密道具を駐屯地の至る所に忍ばせてあるのだよ……屋上も例外なくね」

「あの、俺達に何か変な事する訳じゃないですよね?」

「安心したまえ、必要に迫られない限りは危険の伴う人体実験はしないよ」


 めくれた空間からは、ヘンリー教授と学生達が姿を現す。

 その場の勢いで言われるがまま付いて来てしまった学生達は、ヘンリー教授が折りたたみ片腕に抱えている不思議な布に目を奪われている。


「凄いですねこれ……光学迷彩のカーテン?」

「ふふん、特殊な金属を使って負の屈折率を利用しているのさ」

「実用化の目処は立ってるんですか?」

「うーん……仕事として論文を企業側に出したけど、向こうがだんまりしてるからどうせ、こっそり何かに使ってるんだろうけどね。私、企業側と微妙な関係だから」

「そんな、プロフェッサー・ヘンリーが厄介者扱いされてるって言うんですか!?」

「私が我がままし過ぎたからね。さ、目的地の7番格納庫へ行こう。早くしないと彼らと鉢合わせてしまうよ」


 ヘンリー教授は次の目的地を既に定めているのか、迷いの無い足取りで先に進もうとする。

 学生の1人がヘンリー教授の背へと手を伸ばす様に引き止める。


「あの、プロフェッサーは企業と軍、どっちの味方なんですか?」

「うーん、別にどっちの敵でもないし、かと言って極端に肩入れしている訳でもないかな。――強いて言うなら、そう、人の未来の為ってやつだね。」


 それだけ言うとヘンリー教授が食堂から出て行ってしまう。

 3人の学生達は言葉の意図をイマイチ掴みきれないまま、ヘンリー教授の背を追った。




 ヘンリー教授は捜索隊の死角を突きながら、光学迷彩の布を駆使し難なく目的地である7番格納庫に辿り着いていた。

 ここは普段から特務ラボの機材を置いておく場所で、特務ラボ内の権限者か司令官の許可が無ければ無断で入る事は出来ない。

 その室内へ、軟禁されて居た時と同じ方法を使い侵入したヘンリー教授の一行が闇深い格納庫を手首に巻いた携帯端末の明かりを頼りに進んでいく。


「うーむ、ここまで楽に辿り着けると基地の警備が杜撰じゃないかと心配になってくるね」

「いや、内部の人間が光学迷彩で逃げる事を想定してるのが可笑しいでしょう」

「それで、この場所に何があるって言うんですか?」

「いやー、青春を謳歌している君達には是非と見せたい乗せたい浪漫の塊がね、でも可笑しいな、普段からここはこんなに空いて…………しまった――」


 ヘンリー教授が何かを察し、踵を返そうとした時、一行を上から強烈な光が襲った。

 学生達とヘンリー教授が眩しさに顔をしかめながらも、明かりの先を見つめると、暗闇の奥から司令官を筆頭に『オーガ』と12機の『ソルジャー』から連なる混成部隊が姿を現す。

 13機のパワードスーツがゴム弾を装填した模擬戦用の銃器をヘンリー教授に向けて構える。


「君がここに来る事は読めていたよ、プロフェッサー・ヘンリー」

『貴様は完全に包囲されている! 人質を解放して大人しくお縄につけえいい!!』


 格納庫の室内が照明の列に連なって明るくなっていき、何時の間にかヘンリー教授の背後には『モノノフ』達が包囲して退路を塞いでいる。

 部隊長であるユーリー二等准尉が投降を呼びかける。


『大人しく学生達を解放して下さい、ヘンリー教授! ――このゴム弾は死ぬほど痛いですよ』


「……もう少し気づくのに時間がかかると思っていたんだがね」


 ヘンリー教授があたりを見渡す様に疑問をロックフェラーへなげかける。


「なーに、君が何か事を起すなら、必ず怪しい実験機を使用するだろ? それならば、場所は絞れるからね。いや、手痛い勉強料だったよ。悪いが、私達の背後に在るこのおもちゃはこちらで完全に押さえさせて貰ったぞ」


 そう言ってロックフェラーは視線を後ろへ向け、自分の背後にある実験機を補完している高さ5mを誇る厳重なセキュリティドアに目をやる。ロックはかかっているままである。


「まったく……いい歳してこんな物をこっそり作りおってからに……協力した特務ラボの技師達もそうだが、そんなに作りたいものかね?」

「ロックフェラー、君こそ忘れてしまったのかい!? 男の子として生まれたからには一度は必ず憧れる存在じゃないか! アレは!!」

「悪いが、私は子供の頃はカモン・ドックに夢中だったのでね、解らんよ。――捕らえろ」

 パワードスーツ達がヘンリー教授を取り押さえようと一歩を踏みしめた――直後、ヘンリー教授が手首に巻いた携帯端末を頭上に掲げた。


「メタル・ドラグーン!! Wake up!!」


 ヘンリー教授の叫びと重なるように格納庫に異変が発生した。

 ロックフェラー司令官の背後にあったセキュリティドアに装着されているランプが回転を行いながら点滅を始めた。

 更に格納庫室内のスピーカーからは古典風軍楽の旋律を汲んだマーチが大音量で流れ始める。


『なんだ、この音楽? どっかで聴いた事あったけなあ……』

『こ、この曲はっ……』

『知っているのか、イーニアス!?』


 マーチを聴いて男性隊員の何名かが反応を示し、顕著な反応を示していたイーニアス軍曹にコウタロウが尋ねる。


『ああ、これはちょっとニッチで濃い映画ジャンルの有名な曲だ』

『……それは、有名って言うのか』

『映画好きなやつならジャンル名だけは知ってるよ。あー確かお前の国の由来で何て言ったっけなあ……と、とー……忘れた』

「特撮だよ! と・く・さ・つ!! 諦めたらそこで終了だよ!?」

『いや、俺はホラーが趣味なんで』


 思い出せないイーニアスに向ってヘンリー教授が叫び、セキュリティドアの厳重な隔壁が徐々に開き始めた。何故か、白い煙が扉の奥から大量に漏れ出してくる。

 白い煙の奥から高さ4mの巨大な影がぬっと、姿を見せてくる。


「まーた、無駄な事に金をかけおってからに……これは……恐竜? いや…この二足歩行は怪獣か」

『怪獣って何ですか?』

「主に正体不明の怪しい生物を指す言葉だ、コウタロウ軍曹。また、特撮映画では架空の巨大生物をそう呼ぶのさ」

『ほぁー、昔の人は想像力豊かなんですね。……そんなに良いもんですかね? 巨大な蟻ならホープに駆除する程いるのに』

「出来ない事、無いものに想いを馳せ、考える事は人類最大の武器だよ。覚えておきたまえ、コウタロウ軍曹」


 白煙が晴れ、機械仕掛けの怪獣が姿を現す。

 全体的に丸みを帯びたシルエットで、龍を想像させる頭部から下半身に向かうに連れて太くなって行く白銀の体格。

 手は脚部と比べて細いが、指に当たる箇所にガトリングの穴が開いており、頭部から尾にかけては、鋭利な三角形の背ビレが左右に割れ、開閉し、放電している。


『おおっ! これまた懐かしいものが!!』

「そうだろ、そうだろエイブラム君! AIによる試作無人兵器と私の趣味を兼ねて作ったものさ!! いやー再現には力を入れたよ!!」

「な、なんかダサい……」

「何で態々この形にしたんだろ……ホバー戦車で良いんじゃ」

「怪獣にする必要性が無いよね」


 童心に帰り、ヘンリー教授と一緒にハシャグ大人達を他所に、それが何を再現しているのか解らない学生達が醒めた意見を容赦無く並べる。

 ヘンリー教授の顔がかつて無いほど驚嘆に歪む。


「この良さが解らないとは……くっ、これも不景気のせいなのかい?」

「あー、もういいか? 早くこれを片付けて欲しいんだが」


 ロックフェラー司令官が見向きもしないでメタル・ドラグーンの装甲を叩く。

 メタル・ドラグーンの頭部が発光した。


『GAaaa ――gi』

『あ、起動完了した見たいですね。……そう言えばヘンリー教授』

「ん、なんだいコウタロウ君」

『こいつ、AI操作って言いましたけど、どんな性格なんですか』

「ああ、そこも当然だけど再現に拘ったよ。原作では割と情緒不安定でね、よく暴走しちゃうんだ」

『――えっ、暴走がデフォ?』


 その場にいた一同がヘンリー教授の回答に間の抜けた返事を上げた。

 ヘンリー教授は一瞬何の事か解らず首を傾げた後、自分のミスに気づき――。


「あ、メンゴ、メンゴ。そう言えばそこは再現しちゃ駄目だったね。テヘッ」

『GOKYAAAAAaaa!!』


 メタル・ドラグーンの背びれと口が放電を伴い格納庫の天井に向くと同時に蒼白い光線が発射された。




 ヒナは他の学生達と一緒に駐屯地本部の1Fエントランスに待機させられていた。

 護衛の為にエメリを含む兵士達が周囲の警護を行っており、学生達の緊張と退屈を紛らわす為にマリーが相手をしていた。

 事態を把握出来ていないヒナであったが、動き回る軍人の話を拾っていくとどうやら閉じ込めていた危険人物が脱走し、学生を人質にして逃げ回っている可能性があるらしい。

 ――私達が兵舎から急いで避難させられた理由はそれか。


「あの3人大丈夫かなあ」


 ヒナが学友の姿を求めて窓の方へ視線を移すが求める姿は何処にも無い。

 友人の花琳(ファリン)が球体のマリーを胸に抱えて傍にやって来た。


「心配だよね、無事だといいけど」

『もし、ヘンリー教授に捕まったとしても7割の確立でご学友は大丈夫でしょう。とても迷惑な人ですが、極悪人では無いのです』

「えーと、残りの3割は……」

『――不幸な事故が起きる可能性です』


 それって大丈夫と言えるのだろうか。


「まあ、こう言うのは信じて待つしか無いでしょ。私達に何か出来る訳でもないし」

「それもそうだね」

『この駐屯地では稀に良くある事なので大丈夫ですよ。コウタロウ達に任せましょう』

「あ、お兄ちゃんと知り合いなんだ」

『ええ、とても興味を惹かれる人物です』

「ヒナのお兄ちゃんって意外とモテるんだね」

「運動出来るだけだよー」


 少女達が解れた緊張の中で穏かに笑うと、窓の景色、正確には7番格納庫の屋根が内側から爆風と共に吹き飛んだ。


「あ」

「へ」

『ああ、7番格納庫ですか』


 ヒナ達が突然の光景に瞳を奪われる。

 破壊された屋根が細かい破片となり散らばり、地へと落ちて行く。

 破壊の原因であろう蒼白い光線が7番格納庫の開放的な屋根からチラリと見れると直ぐに空気中に放電を起しながら霧散して行く。

 7番格納庫のシャッターから通常より、二回り程大きい機械仕掛けの鎧が地面を高速に滑りながら大量に出て来た。

 それが軍用のパワードスーツである事をヒナが理解すると、今度は何機かが生身の人間を抱えている事に気づく。

 更にシャッターの内側が強大な力によって大きくへこんでいき、それが止んだかと思うと、今度は赤くなり熱せられながら火の粉を回して左右に大きく裂けた。

 裂け目から機械仕掛けの怪獣が姿を現す。


「あの3人だっ!」

「ねえねえ、後ろから変なデッカイ機械が出て来たよ、あれロボット!?」

『私の弟に当たる子ですね。――こっちに向ってますね』


 血相を変えた軍人達の避難誘導が始まった。




『チクショウ、誰だよ! あんな馬鹿げたロボット兵器作ったのは!』

『ヘンリー教授と特務ラボの連中だよ!!』

『じゃあ、そんなヤツらに資金と開発環境与えた諸悪の権化は誰だよ!?』

「司令官の私だが」

『ごめんなさい!!』


 ――何か慣れて来たな、この空気。

 コウタロウはロックフェラー司令官を『オーガ』越しでおぶりながら自分もこの駐屯地に染まって来たのを自覚した。

 配属される前からこう言うのが日常的だったとしたらキャピタル駐屯地で一番凄いのは情報隠蔽能力ではないだろうか。

 コウタロウはロックフェラーを背負いながら破壊活動を行うメタル・ドラグーンに向き直る。

 さて、どうしたものか。


『あの口から出てる破壊光線はなんなんですか?』

「確か研究開発中の荷電粒子砲だったか、まあ見ての通り射程距離が短くて霧散しているから単に見栄え重視で作ったんだろうな。本当に完成してたら今頃、宇宙船に穴が開く所だったよ」

『確かに見栄えはいいですね、射程距離と威力がこけおどしで助かった』

「なんにせよ、駐屯地から出て暴走させる訳にもいかん。ユーリー隊長、対戦車砲の用意だ。徹甲弾で穴を開けてやれ」

了解ヤー! ――そう言えば、ヘンリー教授の姿が見えませんが』

『あの機械怪獣に踏み潰されたか、瓦礫の下敷きにでもなったんじゃないですか』


 ユーリー隊長の疑問にイーニアス軍曹がドライな反応で返す中、コウタロウはメタル・ドラグーンの脚部に生体反応が出ている事に気づいた。


『あ、いましたよ。あの怪獣の脚にしがみついてます』

「何をしているか解るか?」

『よじ登って怪獣の腹に向ってますね……あ、腹が開いて中に入りました』

「コクピットまで作ってたのかあの馬鹿……内側から制御出来ればいいんだが……」


 一同が一応の心配をしていると、オープンチャンネルの映像通信が飛んで来た。

 ヘンリー教授が機械怪獣のコクピットに無事乗り込めた様だ。

 レバーとスイッチの多さにコウタロウは操作性が悪そうだと感じた。


『なんとか停止出来ないかこちらで試してみるよ!』


 ヘンリー教授が映像通信でこちらへ語りかけ、ダビット一等准尉の音声通信が割り込んでくる。


『ヘンリー教授、そう言って自分がそこに座りたかっただけでしょ?』

『ばれたか! いや、ちゃんと内部から止められないか試みるよ!? えーと、確かこのスイッチだったかな』


 メタル・ドラグーンが二足歩行からホバー移動に切り替わり駐屯地本部の玄関目掛けて突っ込んでいく。

 玄関口には学生と避難誘導を行っている軍人達が固まっていた。


『――ッ!』

「おっと」


『オーガ』が背負っていたロックフェラー司令官を不意に手放し、急激な重心変更で一気に加速したホバー移動へと移り、機械怪獣を追いかける。

 複数のパワードスーツも目の色を変え後へ続いていき、ロックフェラー司令官は丸い体を活かして上手く衝撃を分散する様に転がり、ユーリー隊長の『モノノフ』が落ち着いて受けとめる。


『申し訳ありません、部下が無礼を』

「――ちゃんと仕事をしているから、これくらい許すさ」




 ヒナは状況が良く解らなかった。

 駐屯地の玄関口に4m程の怪獣が正面突撃を仕掛けて来て、見事に衝突した。

 鈍く小さい音がしたと思うと砕かれたコンクリート片が頭上へ落ちて来る。

 細かい破片が砂礫となって僅かに振っている中、テレビ程の大きさをした塊が落下して来た。

 目測で自身ではなく花琳ファリンの方へと向かう。

 前のめりになる様に両手で花琳ファリンを入れ替わる様に突き飛ばした。

 この姿勢ではかわし切れないのを自覚しながらも、頭上へと迫るコンクリートの塊が徐々に影を大きなるのを見つめた。

 後ろから誰かに自分を庇う様に抱きかかえられ、長い金の髪が視界にチラついた。

 ――あ。

 思わず目を閉じると、鈍い衝突音と共に横から軽い衝撃が身を襲った。

 きゃ、と聞き覚えのある短い悲鳴が聴こえたと思うと、自分の体が強い風に曝されている事に気づく。

 恐る恐る瞳を開くと、自分が紅いパワードスーツに片腕で抱きかかえられている事に気づく。

 反対側にはエメリがもう一つの片腕と肩で担がれている。

 エメリ本人も瞳をぱちくりとさせ、事態を飲み込み切れてない様だった。


『――間に合ったあぁ、2人とも怪我は無いよな?』


 鮮血を思わせる真紅のカラーリングに頭部の2本角が特徴的な軍用パワードスーツから親しんだ声が聴こえた。


「お、お兄ちゃん!?」

『……人違いデース』

「いや、その声はお兄ちゃんだから」

『うぐっ』

「ははは……流石に妹の耳は誤魔化せないね、コウちゃん」

「――そうだ、花琳ファリンは!?」

『お友達なら、こっちだ、ヒナちゃん』


 ヒナは友人の安否を確認したく、思わず声を上げると横からこれまた見知った声が響く。

 視線を声の方へと移すと動き易さを重視した様なシンプルな武者鎧を再現した様なパワードスーツが花琳ファリンをお姫様抱っこで丁寧に抱え込んでいた。

 更に後方には他の軍用パワードスーツがクラスメイトと避難誘導に当たっていた者達を両手一杯に抱えてこちらに退避している事に気づいた。


『これが……ティーンの少女の抱き心地っ!』

『落ち着け、パワードスーツを装着しているからそれは幻想だ。あ、後でおじちゃんの端末アドレス貰ってくれる?』

「え、ごめんないさい。無理です」


 何やらクラスメイトが助かったのか助かってないのか良く解らない状況だが、取り敢えずの危機は脱した筈である。

 コウタロウがゆっくりと反転をしてホバー移動を切ると、エメリとヒナを降ろした。

 ヒナは無意識にコウタロウの装着している『オーガ』の片手を握りながら、尚も遠くで暴れている機械怪獣を指差す。


「どうするの、アレ?」

『ん、あっちあっち』


『オーガ』がある場所を指差すとそこには『モノノフ』と『ソルジャー』が対戦車砲を構え、布陣している。


「――撃てえっ!!」


 インカムを装着したロックフェラー司令官の指揮の下に無数の対戦車砲が発射された。




「ちょ、ちょっと!? まだ中にいるんだけど!!」


 ヘンリー教授がメタル・ドラグーンのコクピットでオープン回線で叫ぶが誰も反応してくれない。

 コクピット内部にメタル・ドラグーンを貫く衝撃が幾層の波になって伝わってくる。

 そんな中、唯一マリーが通信を返してくれた。


『反省してください』


 その一言だけを言い終わると一方的に切られてしまう。

 こうなっては自力で何とか脱出するしかない。脱出用のレバーはどこだろうか、そもそも脱出装置は作っていただろうか?

 歳を取ると物忘れが酷くなるからいけない。

 コクピット内部のプログラム状況を示すシステムモニターが不意に点滅し、ホログラムが投影され文字を浮かび上がらせる。


「――ハッ、そう言えばあの映画、最後にパイロットを脱出させてくれたはず。と言う事は、このAIも」


 まさか、と淡い期待が徐々に膨らみながら文字が浮かび連なり言葉になった。


 ――Die together一緒に死ね.


「駄目だチクショウ!」


 ヘンリー教授が見苦しくコクピット内部のありとあらゆるレバーとスイッチを出鱈目に押していく。

 それが功を奏したのか、閉じていた搭乗口が小さな爆発を伴い開く。


「よっしゃ! ――っておああああっっ!?」


 その出口目掛けて座席シートごと前のめりに射出された。




 ――何だか、とても長い一日だったなあ。

 夜に切り替わった船内の中、兄であるコウタロウにおんぶして貰いながらヒナは家路を辿っていた。


「お兄ちゃん、今日は家に帰っていいの?」

「ああ、明日は休みだしな。ユーリー隊長が外泊許可くれたよ」

「そっか」


 ヒナはそのままコウタロウの背に頬を寄せた。

 幼い頃から親しんだ背は、当時よりとても広く逞しいものになっている。

 嬉しさを実感しながら兄がいまどういった場所に身を置いているのかを実感してしまう。


「駐屯地、あんな事になっちゃったけど大丈夫かな?」

「うーん……玄関口と7番格納庫が酷い事になったけど、まあ、大丈夫だろ」

「割とあるの?」

「稀によくあるな」

「そっか……」

「……ごめんな、嘘ついてて」


 コウタロウが急に申し訳なさそうにヒナに謝って来た。

 ヒナからは表情を見る事は出来ない。ヒナはコウタロウに更に体を密着させた。


「ううん……仕方ないよ、軍人さんなんだし。あんなに大きな蟻と戦ってるんだもん、危険な目に遭わない方が少ないんだよね、きっと」

「まあ、な」

「でも驚いちゃったなあ、お兄ちゃんがこの前、テレビで大暴れしてた人だったなんて」

「何か、語弊を招かないか、その言い方」

「お母さんには言っていいのかな?」

「言っても言わなくても、お袋なら大丈夫だろ」

「それもそうだね。……ねえ、お兄ちゃん」

「うん、どうした?」

「――何があっても、必ず生きて戻って来てね。手や足がなくなっても、どんなに酷い怪我をしても、それで記憶喪失なんかになっても……絶対に、生きて帰って来てね。ちゃんと、エメリさんと2人で」

「――ああ、勿論だ」

「今度、エメリさんを家に招待しようよ、あんまりお持て成し出来ないかもだけど」

「いいな、それ。エメリなら何でも喜んでくれるさ。そう言えばさ――」


 エメリの事を楽しそうに話すコウタロウの背に額を押し付けながらヒナは思う。

 ――彼氏を作ろうとしたら、きっと兄と色々比べてしまうな。

 船内の夜道、一組の兄妹を街灯が照らしていた。



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