希望への雄叫び
鳥籠の未来 ①
――捨てられたのは、2度目だ。
ベルサ・ドンナーはそんな事を考えながら、寝心地の良いベットの上で前髪に覆われた瞳から天井のシーリングファンを眺める。
クラッシク系ロリータの服装に身を包んだその姿は、ヴィンテージインテリアに装飾した部屋と合わさって、地球の19世紀をそのまま再現した様な空間になっている。
「良い趣味だろ? 使っている家具は全部、ホープ産のレプリカなんだけどね」
室内へ肥えた男が入ってくる。汗が特注サイズのシャツの上から浮かび上がっている。
ベルサは男が入って来た事に表情を生み出す事無く、視線を男の方へと向ける。
「そんなに怯えなくていいよ、私は外で警備しているスラムのゴロツキ共じゃないからね。乱暴なマネはしないよ」
男が指を鳴らすと、スラリと身長の高い初老のボーイが室内に入ってくる。
ボーイの持っている丸型のトレイにはワインボトルと粉末の入った小瓶が乗っている。
――薬物はいいのか。
肥え太った男の基準を不思議に思いながら、自分がもう本当に何もかも諦めてしまったのだと実感した。
今までの事が走馬灯の様に記憶の波になって頭を巡った。
この宇宙船のスラムで生まれた事。
気づいたら母に売られ、企業の研究所で育った事。
変わった人が多い場所だったが、スラムより安全でご飯が毎日食べれた事。
――注射をしたら、人の心を覗け、変な力を扱える様になった事。
更にその場所で才能を見出され、自分より年上の女性ばかりの職場で働く事になった事。
同情や哀れみも混じっていたが、みんな優しくしてくれた事。
今度は軍に身を移した事。
見かけは恐いが、おもしろくて可笑しくて優しいおじさん達がとても親切にしてくれた事。
頭をたくさん撫でられて、身長が縮んでしまうんじゃないかと何回も思った事。
戦場に出た事。
とても恐ろしいものに触れ、変な力が使えなくなってしまった事。
何時も飴玉をくれたマルセルさんが死んでしまったのを知って、塞ぎこんでしまった事。
その事で落ち込んでいたら、しかめっ面のお兄さんに慰められた事。
――思わずその人の心を覗いてしまった事。
そして、身体検査として企業の研究所に戻ったら偉い人に「管理コストに見合わない」と言われ、結局ここ――スラムに戻ってしまった事。
――そして、自分がこれから良い事にはならない事。
ああ、これがきっと人生の浮き沈みなのだと、ベルサは納得して受け入れる。
肥え太った男がベルサに覆い被さる。
なるべく痛みが無い事を祈りながらベルサは前髪のかかった瞳を閉じた。
「君は中々の上玉だからね、このお店には出さないでゆっくりと楽しませて貰うよ。飽きてもコレクションに加えて上げるからね。――ほら、早く薬とワインを」
「畏まりました」
初老のボーイがワイングラスの瓶口を片手で逆さに持ち上げる。
それをそのまま肥え太った男の頭部に叩き付けた。
グラスに詰まっていたワインが大小の滴となってガラス片と共に肥え太った男の後頭部と背に降り注ぐ。
肥え太った男が気の抜ける声を上げ、そのままベルサに倒れこもうとすると、初老の男性が長身を活かし、腰が入った横蹴りで巨体を薙ぎ飛ばす。
重量のある肉を撃つ音が壁に響いた。
ベルサが音に驚き、閉じた瞳を開く。
――あれ、このお爺さんなんで――。
ベルサが思わず老人の心を覗くと、それはつい先程思い浮かべたばかりの人物と同じ色彩を放っていた。
「待たせたな。これでも俺達、急いで来たんだが……」
初老の老人が自分の顎下を掴み上げると、脱皮の様に顔がめくれて行き、代わりに若い男の顔が出て来た。
男がヘアピンとヘアカフスで纏めていた自身の髪を崩していく。
最後に蝶ネクタイに仕込んでいた小型の変声機をoffにした。
「――ベニーさん……」
「よう、久しぶりだな」
ベニー・オールドリッチ軍曹がベットから身を起そうとするベルサに手を差し伸べる。
ベルサはそれに応じようと自らも手を伸ばすが、止まり、躊躇いながらベニーの顔を見つめた。
「私……必要なくなったんじゃ……? 『シンチュウ』との適応性自体が無くなったんですよ?」
「それでも君にはまだテレパシー能力があるだろ」
「あの……テレパシーを使える人ならディヴォーションに沢山いますよ?」
「ディヴォーションはあくまで企業お抱えだ。……つまり、企業側がいらない超能力者を欲しがる組織もあるって事さ」
ベニーはベルサへと目線を合わせる為に近づき、彼女の不安を含む視線を正面から受け止める。
「えと……ロックフェラーさんが、私を欲しがってるんですか?」
「まあ、そう言うことだ。俺達も、君に戻って来て欲しいんだが」
――それは、つまり――。
「君にまた戦場に出て欲しいって事だな。――どうする?」
ベニーが再び手を差し出す。それは、片道切符になるかもしれない誘いであった。
ベルサは自分の置かれている状況を整理する為に瞳を閉じた。
このままこの場所にいても自分の明日は知れている。しかし、この手を握れば前回よりもっと恐ろしい目に遭うかもしれない。
――それなら、私は――。
ベルサは唇を震わせながら意思を言葉に変えて紡いで行く。
「あの、35小隊の人達は――ベニーさん達は、私の事をまだ必要としていますか?」
「勿論だ。君の能力がこの先の作戦で必ず役に立つ」
「それなら……行きます。私……何処にいても危ないなら、自分の居たい場所に行きたいです」
ベルサが差し出された無骨な手を握り返した。
無骨な手は少女の手を確かに包む。
ベニーがベルサの意思を受け取ると、目を伏せながら微笑を浮かべた。
「何回も身の危機に曝されているのに本当に強い子だな、君は。――俺よりずっとタフだ」
「そんな事、ないです……ベニーさんの方がずっと辛い思いをしてます」
「……自業自得さ」
「――ベニーさんのお母さんは、きっと、最期まで自分のしたい事をしました」
「そうだとしたら、俺は本当に親不孝な事をしてしまったな……さあ、行こう」
ベニーがベルサの手を引いて立ち上がらせると、自分が使用していたヘアピンでベルサの前髪を纏めた。
前髪によって覆われていた瞳があらわになる。
「こっちの方が似合うな。これから動き回るから、つけて置いた方がいい」
「は、はい」
ベニーが懐から取り出した結束バンドで、床に伸びている男の左右の親指を背中に回して縛り上げ、足の方も靴を脱がし同様にする。
「連れて行くんですか?」
「今回はトカゲの尻尾切りも兼ねてるからな。このオッサンは五つ葉の上層部からスケープゴートにされたのさ、可哀相にな」
足先で男を小突くベニーの視線は言葉とは裏腹に冷ややかだ。
ベルサは足げにされる男を見つめながら疑問を一つ浮かべた。
「五つ葉さん、何かしちゃったんですか?」
「この船内で清廉潔白な大企業何てないさ。前回の作戦でボロが出て、PBCに裏切られて、BAIが責任を追求。そんで、追い詰められた五つ葉は自分達の身内の中で1番悪役に向いてるこの男を差し出した」
「実際に悪いことしてますしね」
「まだ可愛い方かも知れないけどな?」
すると、廊下に通じる扉からノック音が響く。
「ちわーす、掃除に来ましたー」
身構えるベルサを他所にベニーがリラックスした状態でドアノブを捻ると、清掃用具を取り付けたボックスカートを押す黒人のボーイが入ってくる。
「えーと……ウィル、さん?」
「おお! ベルサちゃん俺のこと覚えてくれてたのか――無事で善かったよ、本当に。ここは子供でも容赦が無いから」
「……はい、知ってます」
「なら、こんな場所早くトンズラしなきゃな。ベニー、このオッサンをボックスカートに詰め込むの手伝ってくれ」
「しょがねえな……そういや、エメリの嬢ちゃんの首尾は?」
「エメリ准尉なら、俺と仕込みを終えた後に警備システムの方を潰しに行ったよ、彼女の能力なら問題無いだろ。あ、そうだそうだ、ベルサちゃん、俺達がこのオッサン詰めてる間にこれ押してくれよ」
ウィルがそう言ってベルサにボタンが1つだけついた無線式のリモコンスイッチを投げ渡す。
興味深く見つめるベルサにウィルが言葉を続けた。
「それを押して貰えば他の連中に合図を送れるのさ、ほら、そこの窓から館の正面玄関が見えるだろ? 押して見てくれ」
ベルサが言われた通りに窓の景色へ視線を移すと、女神像の噴水庭園と古風な鋼鉄の門が眼下に広がっている。
番犬代わりにスラムから掻き集めたならず者達が、違法改造した業務用のパワードスーツや横流し品の『ファイター』を装着して徘徊している。
――綺麗な景観が台無しな気がするなあ――。
ベルサはそんな感想を思いながらスイッチを押す。
女神像が突如、内側から破裂する様に粉砕した。
――えっ。
ベルサが反応を起こすより早く、次は門が金具をピンポイントに破壊され為す術なく倒れ込み金属の轟音が響く。
庭園を徘徊していたごろつき達が一斉に騒ぎ始めると、今度は破壊音が館中に響く。
振動に身を揺られながらベルサはウィルの方へ向き直った。
仕掛け人の1人である黒人は両手でサムズアップしてベルサに笑顔を向ける。
「パーティの始まりとしては悪くないだろ?」
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