3話 異動 中

 昼時と言うのもあってか、プラットホームから列車に乗ると人がそれなりに乗っていた。

 しかし、そんな人々も俺の目的地での一つ前であるキャピタルブロック・ダウンタウンエリアでほとんど降りてしまう。

 俺以外にいるのは、身なりの良い年寄りくらいだ。恐らく上層居住区域の人達だろう。

 上層居住区域――早い話が、この宇宙船の中で勝ち組が住んでいる区域。もう少し正しく言うならば、宇宙船内を取り仕切っている人物達とその親族達が生活しているブロックだ。

 俺には当然関係無いが、つい先ほど受けた刑で掘り返された記憶から、お嬢様だった友人が居た事を思い出す。

 誰でも経験している事だが、子供の頃というのは大人とは違う社会の序列がある。

 遊びの才能、運動神経、体格、性格、リーダーシップの有無で立ち位置が決まる。

 俺の場合はホープに居た時に関して言えば、ガキ大将と言うやつだった。

 それほど大きな町ではなかったのもあって、近い年頃の子供同士で年中遊び回ってた筈だ。

 近所だった双子のお嬢様なんかとも分け隔て無く遊んでいた。

 双子の姉妹は俺より一つ年上で、泣き虫な妹と快活な姉だった。

 姉の方とはよく一緒に遊んでは、同じ頻度でケンカもしていた。

 妹の方は絵本や生き物が好きで、どちらかというと妹の方がお嬢様らしかった記憶がある。

 俺がホープを離れた日、手を引きながら一緒に逃げたのは妹の方だったか。

 姉の方とはあの日、遊ぶ約束をしていたのだが、風邪で遊べなくなって代わりに俺が妹の方を連れ出して遊んでいたのだ。

 今となっては考えられない事だが、ホープでは仕事の立場の違いで住む区域を分けていなかったのだ。

 ホープにいた日々が、この宇宙船の中ではどれくらい有り得ない事だったかはこの歳になるまで痛いほど思い知った。

 昔に失くしてしまった場所での暖かい日々を思い出し、妙にノスタルジックな気分になる俺を他所に、列車が止まる。目的地についたようだ。

 列車から降りると、先程まで晴れていた船内が曇り空に変わっていた。

 昼休みが終わった為だろう。

 やはり、俺としてはこの宇宙船を方舟アークと言う大層な名前で呼ぶ気にはなれなかった。

 自分達が作った巣の中で必死に生きているだけだ。

 それこそ、蟻のように。




 キャピタルブロック駐屯地、さらにそこから下の地下3階特務ラボで作業の見学をさせて貰っていた、エメリ・ミール特別准尉は急に感じた懐かしい気配に顔を傾げた。

 なんだろうこの感じ。もしかして今到着したのかなと、エメリ特別准尉が考えている事に騒がしい現場が気づく様子はない。


「オーライ、オーライ! いいよいいよ、もう少しもう少し、あとちょっとあとちょっと! 先っちょだけだから先っちょだけ!! え、教授邪魔だからどいて下さい? えーー、いいじゃんいいじゃん、こう言う現場の作業とか一度は参加したいじゃん。あ、止めろ無理に私をどかそうとするな、乱暴する積もりか!!」


 現場の作業用パワードスーツ2機にノイズ、もとい第3世代パワードスーツの生みの親であるプロフェッサー・ヘンリーが室内の外へと運ばれる。

 懐かしさと再会出来るかもと言う興奮にいても経っても居られなくなったエメリ特別准尉は、駐屯地の正門を目指して室内を後にすることにした。


「おや、エメリ君どこ行くんだい? トイレはそっちじゃないよ」


 同じ方向へと運ばれるプロフェッサーがエメリのただならぬ様子に気づく。


「違いますよ、懐かしい感じがして……到着したかも知れないんです」

「あー、もしかして今準備している『オーガ』の装着者かい? 彼、君と同じホープ生まれなんだってね。 元彼かい?」

『っ!? エメリさんに思い人が!』


 何故か、エメリ特別准尉より先にプロフェッサーを運ぶ作業用パワードスーツが反応した。


「もう、解っててからかうのは止めて下さい。……命の恩人ですよ」

『つまり片思いなんですね、燃えますね、萌えますね』


 今度は逆側の作業用パワードスーツが反応する。

 からかわれたエメリ特別准尉は顔を少しだけ赤くしながら、そのまま駆け出してラボの出入り口へと室内から飛び出してしまう。


「ふぎゃあ」


 エメリ特別准尉が飛び出した後の閉まった出入り口から悲鳴と鈍い音が響く。


「そう言えばワックス塗り立てだっけ?」

『いえ、ワックス塗ったのは2ヶ月前ですね』

「ところで、私ってこのまま追い出される?」

『当たり前でしょ?』




 キャピタル駐屯地の正門前まで辿り着いた俺を最初に出迎えてくれたのは、角刈り頭の大きな男性だった。

 初めて見るその図体の大きさと、古傷のある顔から放たれる鋭い碧の眼光、堅牢な鋼を想わせるたたずまいに思わず緊張する。


「お前がフジムラ・コウタロウ上等兵だな? 私がお前の直接の上官になるユーリー・オズノフ上級曹長だ。すまないが他の奴らは訓練中でな、私が案内する事になった」

「上官殿からの直接の案内、ありがとうございます」


 普段より固い敬礼が軍人としての反射として出る。


「ふむ、この駐屯地には変わり者が多いからか、お前の様なまともな反応を貰うとホッとするな。私のことはユーリー隊長と呼べ、着いてこいコウタロウ上等兵、ロックフェラー司令官の所に向かうぞ」

「了解です、ユーリー隊長」


 先行するユーリー隊長の後に続こうとすると駐屯地の正面玄関前、玄関を支える柱の方から人の気配を感じ、視線を向けてみる。

 向こうもこちらに気づかれたのを理解すると、柱の影から姿を現す。

 その予想外の姿に内心で感嘆の息をつく。

 年齢は俺と同じくらいか少し下に見える。

 腰まで伸びた金色の髪、芽吹いたばかりの新緑を思わせる瞳と丸みのある整った顔立ち。

 着ている士官の服から浮き出る、若くて肉付きの良い健康的な女性らしい体のラインが素晴らしい。

 つまり、非常に簡素な言葉に纏めるならば――美人である。

 更に言うといいとこ育ちのお嬢様なのか、清楚でふんわりとした雰囲気がここが軍施設なのを疑わしくさせる。


「…………えっと、あの」


 見つめられ続ける事に慣れていないのか、こちらの視線に耐えられず顔を伏せてしまう。朱に染まる柔らかそうな頬の仕草が愛らしい。

 しかし、俺の脳裏に妙な懐かしさも感じ始めた。

 どこかで会った事があるのだろうか?

 このお嬢様も俺に見覚えがあるから思わず見ていたのか?

 しかし、こんな見目麗しい女性をストレスだらけの軍隊生活の中で忘れてしまうだろうか。

 ただでさえ女性の少ない職場なのだ、以前の部隊なら美人に少しでも関わる事が出来ればそいつは勝ち組であると同時に部隊の裏切り者であり、男達の醜い嫉妬に燃え上がった制裁待った無しだ。

 いや、しかし本当にどこかで見覚えが――


「がっつき過ぎだ、コウタロウ上等兵、エメリ特別准尉殿が怯えていられるではないか」


 突然目の前に出現した美人に目を奪われていると後頭部に軽い衝撃が走る。

 ユーリー隊長に小突かれた。

 不意打ちに目を白黒させると同時に冷静さを取り戻す。我ながら女性に飢え過ぎだった。

 そして今しがたユーリー隊長が口にした名前には覚えがあった。正確には今日の午前中、無理矢理思い出させられたのだが。

 見惚れていた事に関してはお茶を濁す事にする。


「いや、すみませんでした。昔の友人に再会出来たもんでつい……――エメリ・ミールだよな。 俺の事を覚えてたのか?」

「っ……はいっ! 私、エメリ・ミールです!! 姉のエミリとよく一緒に遊んでいたのを覚えていますか?」

「ああ勿論、あんだけ一緒に遊んでれば覚えてるさ。エメリには家の中で絵本とか図鑑、色々一緒に読んだっけか」


 エメリは俺が覚えているのを理解すると満面の笑みを浮かべる。

 その笑顔に癒されると同時に子供の時の彼女と重ねると本当に綺麗になったと痛感させられる。

 元々、子供心に姉妹共々可愛いとは思っていたのだが女性として艶やかになった。

 突然の嬉しい再会に自分の頭が追いつかないが、ユーリ隊長の言葉を思い出した。加えて今のエメリの服装で嫌な予想をしてしまう。

 そうだ、彼女はいいとこのお嬢様だ。今回は企業側の広告などの仕事だろう。

 むしろそうであって欲しい。


「ユーリ隊長、エメリ特別准尉は正式な軍人じゃないですよね?  企業の広告とかですよね、特別准尉って言ってましたし……」


 ユーリ隊長に否定して欲しく訴える様な口調で思わず尋ねてしまう。

 ふむ、と何かを察したのかユーリ隊長はとても落ち着いた様子で顎に手を添えて少しだけ考えるそぶりを見せると直ぐに止めた。

 ――ああ、悪い方に当たるなこれは。


「いや、違うぞコウタロウ上等兵。彼女が企業上層部から来たのは事実だが広告の為ではない。彼女は企業上層部が、多額の資産をつぎ込んで作り上げた超能力者の一人だ。詳しい事はロックフェラー司令官から後で説明があるが、お前が配属される俺の部隊の任務は近々行われる軍事作戦で、エメリ特別准尉を護衛しながら蟻の巣から情報を手にいれる事だ」

「わ、私、初めての出撃だけど一緒に頑張ろうね!!」


エメリがひた向きな表情で俺を見つめた。

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