Go ahead! ①

 

 トゥレー島前哨基地、蟻の襲撃によって荒らされた施設は現在、補修を終えて以前より更に本格的な軍事基地へと変貌していた。

 以前より増えた防衛兵器の数も目立つが、基地周辺には外周を皿頭の酸にある程度耐えられる鋼鉄の防壁が覆われていた。

 基地内部の作りも小奇麗になっており、以前は廃材置き場同然だった部屋もそれぞれ、基地を拡大させる為に新しい役目を与えられている。

 更衣室も男女別に分けられていた。

 コウタロウを含む、作戦に参加する高機動装甲歩兵科の男性隊員達がパワードスーツに乗り込む為のインナーへと着替えている。

 あっちにもこっちにも、鍛えに鍛えた男の裸体が視界に入って来るのでコウタロウは視線をなるべく自分のロッカーから外れない様に手早く着替えていた。

 体に密着するインナーの感覚に、いやが応でも戦争へ行く己を自覚させられる。

 企業への戦地に赴く兵士に対する慈悲として書かされた紙の遺書を荷物から取り出し、手に取る。指が僅かに震えるが、これは武者震いだ。

 そうだとも、今日になって漸く俺は取り戻せるチャンスを手に入れたんだ――。

 一度だけ目を閉じ深呼吸をすれば、武者震いは収まり、決意となった闘志が体の芯から溢れてくる。

 更衣室の出入り口に置かれた遺書を纏めて置くメールボックスへ、兵士達が次々に放り込んで部屋を去っていく。中には名残惜しさを隠せない者達も居るが、その者達も意を決して、遺書を手放し部屋を去る。

 コウタロウも後に続いて退室すると、廊下にはベニー、ウィル、ユーリー隊長と同じ部隊の面子が待ちくたびれていた。

 ウィルに至ってはその場でしゃがみ込んでいる。

 何事かと不思議な顔をしているコウタロウを、ベニーが指差した。


「お前を待ってたんだよ、バカ」

「あ、マジか」

「こう言う時だからさ、最初から最後まで一緒が良いだろ」


 ウィルの笑みをユーリー隊長が何時も通りの無愛想で頷きで肯定する。


「始まってから全員で出撃して帰投するのが、作戦と言うものだ。急ぐぞ、お前達! 『ヒクイドリ』は既に準備を済ませている筈だ」

了解ヤー!」


 隊長の先導に部下達が続いた。




 コウタロウ達がパワードスーツの装着を済ませ、滑走路へ向うと既に他の隊員達が『ヒクイドリ』へと乗り込んでいた。

 コウタロウ達に気づいた同様のペイントマークを肩に塗装した『モノノフ』が手を上げる。


『お、ようやくみんな来たわね、レディを待たせちゃ駄目よ』

『お待たせしました、アティさん……ベルサちゃん、どうして後ろに隠れてるんですか?』

『あー、頭につけてる専用の通信器を見られるのが恥かしい見たいなのよね、私としてはとても可愛いんだけど』


『モノノフ』の背後には『フリッグ』が隠れるように身を潜めているが、3mを少し超える巨体では操縦者であるベルサの恥ずかしそうな顔を隠せていない。

 ベルサの頭にはネコ科の耳を彷彿させるデザインのヘッドセットを付けていた。

 コウタロウが思いついた感想をそのまま言葉に出す。


『重く無いか、それ?』

『い、意外と、軽い、です……』


 ベルサがびくびくしながらもコウタロウへと返事をするが、その視線はコウタロウを通り越して後ろにいるベニーへと向っている。

 自分が見られれている事にベニーは気づくと、身をベルサの方へと寄せた。


『大丈夫だ、似合ってる』

『っ!? ……は、はいぃ』


 ベルサが不意打ちを喰らったかのように顔を朱に染めて俯くが、コウタロウとウィルはただ、不思議そうにその光景を眺める。


『……まあ、それがアンタ達とベニーの違いよ』

『そうなんですか? あ、そう言えばエメリの方は……』

『エメリちゃんなら、とっくに別の『ヒクイドリ』に乗り込んじゃってるわよ。『デメテル』の図体を機内に押し込むのに苦労したわ』

『そうですか』

『……一緒にいてあげたい?』

『大丈夫です、作戦が始まったら予定通り、直ぐにエメリの隣に駆けつけるんで』

『どこか余裕のあるその反応……フフ、成長したのね、君も』


『オーガ』のヘルメットに、アティの年上の余裕を感じさせる笑顔を映し出された。

 コウタロウは生身の癖で『オーガ』の手でヘルメットを掻いた。

『ヒクイドリ』からダビットの『ソルジャー』が、タラップから身を飛び出させる。


『お前ら、速くしろよ! 置いてくぞ!!』


 急かされるままにコウタロウ達が乗り込もうとすると、機内で待機していた他の隊員達が鋼鉄の腕を差し出してくる。

 躊躇う事無くその手を掴んだ。




 恒星からの光を大気が拡散させ、人類に澄んだ青空を認識させる快晴の中、トゥレー島上空には10機の戦闘機が二重の楔(くさび)陣形で目標地点を目指して飛んでいた。

 ランドキャノピー型のコクピットが機体の先端となって、丸みを帯びた本体に連なっている。

 戦闘機と言うには主翼と呼べる翼も小さく、コンパクトに丸まを帯びている。

 彼らの役目は、パワードスーツ隊が安全に降下する為に、空域の安全を確保する事だ。


『ビルギット少尉、ホープの空を飛ぶのって、こんなに気持良いんですね! 私、空の青さに吸い込まれそうです!!』

『カーマイン、お前これから戦場だってのに、気楽過ぎじゃないか?』

『でもさ、コットス、この後どうせ生きるか死ぬか解らないんだから、今の内に生きてる事に感動しておいても良いじゃないか』

『ネガティブ方向にポジティブだな!? マーキス中尉からも何か言ってやって下さいよ』


 隊長であるマーキス中尉へ部下の機体から通信が飛んでくる。

 前回の作戦による行動で、大尉から中尉へと降格させられたマーキス中尉は気力に満ちた声で部下へ答えた。


『コットス、カーマイン、戦場の中で一人の兵士が変えられる事は高が知れている。せいぜい、自分の気持くらいだ。だからこそ、己を律するのを忘れるな。混沌とした戦場の中でこそ、冷静は強力な武器となる』

『……隊長、機嫌良いですね?』

『ん、ばれてしまったか』

『何ですかー、隊長も開き直ってるんですか』

『いいや、私の場合は――』


 言いかけるマーキス中尉のコクピットにレーダー反応が表示され、ポンっと、サイン音が鳴った。

 部下の機体にも同様の事が起こったのだろう、通信回線を開いていながらも一同が何かを待ち侘びるように押し黙る。

 HUDヘッドアップディスプレイがレーダーで捉えた熱源方向をミニカメラでマーキス中尉の視界の隅に映し出す。

 映し出された映像は蟻の巣直上、命溢れる深緑の森から黄色と黒のストライプに彩られた蟻の飛行型が木々をざわつかせ、大量に湧き出してくる。

 マーキス中尉のえくぼが更に深くなる。

 ――漸く、漸くだ。


『チクショウ、アイツら、前確認した時より警備体制を強化してやがる……隊長指示を!』

『全機、陣形を維持したまま私に続け! やつ等の真上をとる!』

了解ヤー!』


 マーキスの機体を旗に戦闘機の編隊が速度を急激に上げて、飛行型とかち合う様に正面へと突っ込んでいく。

 凶悪な刀剣である顎を微細に振動させ続ける飛行型の姿がパイロット達に迫るが誰も臆する事無く、隊長を信じ続いていく。

 正面衝突まで55mと言う所で、マーキスを筆頭に10機もの戦闘機が一気に機首を真上に向け、空の中へと垂直に飛んでいく。

 飛行型の群れも戦闘機を追いかけ、空の彼方へ続いていく。

 マーキスは自分達に迫る凶刃の群れを表示されるバックカメラで確認し、更に機体を急上昇させていく。

 そうだ、着いて来い――もっと、もっとだ――。

 ひたすらに上へ上へと目指すと、空の色合いが濃くなって行きホープの地平線が見え始め、成層圏に近づく。

 陣形最後尾の戦闘機に迫っていた数匹の飛行型が、急激な温度変化に耐えられず遂にバランスを崩した。先頭の急な落下に後方も巻き添えをくらいドミノ式に続いてしまう。

 マーキス中尉が冷笑を浮かべた。


『――今だ!! 遠隔攻撃用意! 「ヘッジホッグ・ボム」をあの不気味な蟲共にたらふく食わせてやれ!!』

了解ヤー!』


 マーキス中尉の号令が響くと、10機の戦闘機――『カタバミ』が機首を180℃回旋させ急降下へと移る。

『カタバミ』の下に搭載されていた、10発になる黒いラグビーボール状の塊が飛行型目掛けて落ちて行く。

 1つが落下していく飛行型の1匹に直撃する。重さ任せに甲殻が砕け、肉を潰すとラグビーボールが破裂した。

 破裂したラグビーボールからは種子の様な球体が現れたかと思うと、今度はそれが飛行型の熱を感知して破裂して、左右が鋭利になった無数のニードルを爆発の勢いを持って射出させた。

 突如出現した女性の腕程の針が雨になって飛行型の群れを穿って行く。

 まだだ、こんなものでは終わらせない――。


『追撃をかけるぞ! 総員、電磁バリア展開!!』

了解ヤー! 新しいオモチャの出番ですね!』


 マーキスがコクピットの下部、無数にあるスイッチの中で増設された箇所を押した。

『カタバミ』の機首の先端が放電を放ち始めると、一度だけ強く光が走り、機体の前方を薄い膜となった半球が覆う。


『蹴散らすぞ!! 後方には虫一匹も残すなよ!』


 電磁バリアを展開させたが楔形の陣形で飛行型の群れを目掛けて突進していく。

 バランスを崩し、落下していく群れを掻い潜った小型の一匹が己の顎を突き出し、マーキス中尉の操縦する『カタバミ』目掛けて特攻をしかける。

 顎の先端が電磁バリアの先端に触れ――弾かれ、体をひき潰された。

 電磁バリアの壁が飛行型の群れを一方的に押し潰して行く。


『ぉおおっ!! オオオオオオォォッ!!』


 初陣を経験している部下達が激昂の余り叫ぶ中、マーキス中尉は冷笑を浮かべながら先陣で飛行型をひき潰し続ける。

 一方的に蹂躙される敵を嗤った、蹂躙する暴力の心地良さに嗤った、それに溺れる自分の浅ましさに嗤った、15年前にこうする事が出来なかった自分達に嗤った。

 冷笑の底に狂気の端を置きながら、マーキス中尉は己に課せられた役割を冷静に全うする。

 ――今度こそ、勝つ為に――。

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