Go ahead! ②

 マーキス中尉達の交戦状況をモニタリングしている前哨基地司令室の中央には、ロックフェラーが展開している各部隊の様子を確認していた。

 コマンドポストの1人が椅子を回転させ中央のロックフェラーを向き合う。


「ロックフェラー司令官! マーキス中尉の部隊が蟻の飛行型と戦闘中、損害も無く一方的に圧しています」

「苦労して出撃許可を貰った甲斐はあるようだな、『ヒクイドリ』の方も予定通りか?」

「はい、現在はマーキス中尉の部隊後方に展開中です。飛行型の注意が惹き付けられている今なら降下させられます。しかし、巣の入り口周辺は皿頭――失礼しました、砲台型が以前確認した時よりも増えています。このままパワードスーツ隊を降下させては、強酸の水鉄砲で狙い撃ちされてしまいます」

「現在の風速と風向きは?」

「風速は4ノット、風向きは北北西です」

「よしそれならパターンBだ。『ヒクイドリ』のジャミングスモークでやつらの熱感知能力と視界を奪う。『カタバミ』にも砲撃範囲のデータを送れ。『カタバミ』はパワードスーツ隊の降下が完了次第、補給の為に帰還させろ」


 こうして現場で直接指揮を執るのは、ロックフェラーにとって始めての事であったが、落ち着き堂々とした采配に部下達が迅速に動き回る。

 ――蟻共に考える時間など与えてやるものか。

 攻めて、攻めて、攻め落とす。こちらが数で劣る以上、相手が対応するより先に目的を遂げなければならない。

 こちらが疲弊するより先に相手の頭と心臓を潰す。

 ロックフェラーは何時も通りの冷えた視線で状況を見守り続けた。




『ヒクイドリ』のエンジン音が絶えずつんざき『オーガ』の耳に鳴り響く中、固定用のワイヤーで整列しているコウタロウ達の前に、ユーリー隊長の『モノノフ』が機内の先頭に立った。

 ユーリー隊長の声が、コウタロウ達の耳に届くと同時に、パワードスーツの音声認識によりエンジン音などの騒音が弱まった。


『そろそろ作戦空域に突入するぞ! どうやら、巣周辺の警戒態勢が厳しくなっている様だが、作戦の手順に変更は無い!! 俺達は予定通り、『ヒクイドリ』と『カタバミ』の援護に合わせて降下する! そして巣内部へ突入し、蟻共の命の源である『ポンプ』とやつ等の親玉である『ブレイン』を破壊、及び無力化させる!!』


 今日までの間に何回ともなる作戦概要の説明に、ユーリー隊長は声を張り上げ続ける。

 操縦士が負けじと叫びながら割り込んで来た。


「おい、武者鎧と角付きのあんちゃん達! あと少しで降下ポイントだ、心の準備は済ませてあるよな? まだでも全員落とすがな!」

『そっちこそ、変な所に降ろそうとすんじゃねえぞ!』

「ガハハハッ! イーニアス軍曹君よ、残念だが、エアボーンってのは敵陣に降ろさなきゃ意味が無いのだよ! 降りて直ぐに動けないようだと蟻に齧られるから覚悟を固めて置けよ? 安全は自分達で勝手に作りな! ワイヤーを解除しておくぜ!」

『総員、備えろ!』


 ビープ音と共に『ヒクイドリ』のランプが緑から赤に変わると、機内の後方にあるタラップが開いて行く。流れ込んで来る強風の存在は装着しているパラシュートの紐から確認出来た。

 コウタロウ達が一斉に飛び出すために身を構え、空へと開かれたタラップの前へと進んでいく。

 背中にはパラシュート、正面にはスリングで固定した銃器と各自が気に入った形体の『ネネキリマル』をパワードスーツに括り付けての前進は動きがどうしても鈍くなる。

 パワードスーツの兵隊達が、足に力を込めてホバー移動へと切り替えた。


「じゃあな、命知らず共、支援の煙幕の中にちゃんと突っ込むんだぞ! 生きてたら酒場で会おうぜ!!」

『GO!』

『一番手、ウィル伍長、行っきまーーす! ――ゥゥオッヒャッホーーーーー!!』


 ユーリー隊長の号令と共に最前列にいたウィルを含む2機の『モノノフ』が急激な加速を行って飛び降りた。

 先行する2機が空へと身を投げ出す直前、後ろに控えていた他の『モノノフ』達も続いて飛び降りていく。

 コウタロウの体が強張る。


『南無三!』

『俺は白鳥! 俺は白鳥! 俺は白鳥おおお!!』

『女は度胸!!』

『アイ、キャン、フラーーーイィィッ!!』


 仲間達が次々と寄生を上げて飛び込んでいく。

 遂にコウタロウの前にいたベニーが飛び降りる為に加速を始めた。

 何も言わずに飛び降りようとするベニーの肝の据わり方に己も続こうと、コウタロウも加速を始める。

 ――そう言えば、加速を周りの足並みに合わせられるくらいには『オーガ』を扱えるようになったな。

 そう自覚した時は、空中へと身を投げ出していた。




 これはなかなか――。

 大の字で地面へと落下していく体の感覚に、全身の細胞が危険を叫んでいる。

『オーガ』はパラシュートを展開するまでの距離を表示しており、落下の勢いに合わせながら短くなっていく。

 目指すべき降下ポイントには『ヒクイドリ』と『カタバミ』が行った緑色のスモークが張られている。

 つまり、あの煙の中の向こうには敵がいると言う事だ。

 気がつけば、空中のあちらこちらで他のパワードスーツ達が同様に落下している。

『ソルジャー』『モノノフ』『ファイター』に紛れて『ナイト』も確認出来た。

 コウタロウの近くで落下している『ファイター』は何故か、身を捧げ祈る乙女の様に手を組んでいる。

 姿勢もあって、落下はほぼ垂直だ。

 その危機を救おうと、空中を平泳ぎしながら近づいていく『ファイター』がいた。


『隊長おおお! 祈ってないで、目を開けて、ちゃんと姿勢とって下さーい!!』

『無理無理無理無理無理無理、やっぱ恐い』

『ちゃんと訓練で出来てたでしょうがー!』

『バーチャルの訓練なんか当てになんねえよお!』

『隊長このままだと地面に激突してグッチャグッチャですよ! 不名誉すぎる死因NO.1ですよ!』

『それでも何かで一番になれるのって、素晴らしい事だと思うんだ』

『隊長おおお!?』


 オープンになっているチャンネルでそんな会話が降下中の兵隊達に響き渡り、垂直姿勢で落下している『ファイター』のパラシュートが勝手に開いた。

 自動開傘装置――AADが働いたのだ。

 少し遅れて、同じ高度に達したコウタロウのパラシュートも同様にAADを作動させる。

 開き膨らむパラシュートの衝撃が一気にくると、コウタロウは姿勢を変えて『オーガ』の落下速度がゆっくりとしたものになる。

 近くにいたベニーからコウタロウへ通信が届く。


『……何であいつ等、AADの事を忘れてたんだ……?』

『テンション上がり過ぎてたんじゃないのか?』


 空中をゆっくりと目標地点の煙幕を目指して降下していく中、コウタロウはエメリの方へと、2人で予め決めていたチャンネルに通信をかける。


『エメリ、聴こえてるか?』

『……聴こえてるけど……さっきのオープン回旋もあって、今凄い疎外感を感じてます……私もみんなと一緒に降下したかったー』

『待っててくれ、こっちの露払いが終わったら直ぐにエメリの出番だ、他の連中にもエメリのカッコイイ所見せてやろうぜ』

『うん、前回録に活躍出来なかったからね、汚名返上だよ!』

『その意気だ! 一旦切るぞ、また後でな、ベイビー』

『フフ、もっとちゃんと言えば良いのに』

『普通に言うと恥かしいんだよ』


 エメリとの回線を切ると、緑色のジャミングスモークが目の前で立ち込み始めている。

 このまま煙幕の中へ突入しても蟻達から姿を隠せるが、こちらの視界も塞がれる――勿論、生身であれば、だ。

『オーガ』がヘルメットモニターに立ち込めているスモークを解析し、映像処理を行いながら視界からスモークを緑から薄い透明の物へと変えて行く。

 透明になって透けた煙の向こうには、兵隊蟻と皿頭、駆り出されたであろう労働蟻が、巣の正面をひしめく様に警戒していた。ジャミングスモークに仕込まれた臭いと熱反応に、狼狽えているが、まさに肉壁だ。


『すげえな……保安部隊は良くこんなもんを俺達にくれたな……』


 立ち込めているジャミングスモークも、それを解析し映像処理を自働で行ったパワードスーツのシステムも、元々は保安部隊が独自に保有していたものだ。


『キャピタル駐屯地、19小隊目標ポイントに到達。予定通り攻撃を開始します』

『よっしゃあ、こちら保安部隊のグエンだ。保安部隊は所定の位置に着いたぜ、注意が右に寄った蟻たちの強襲を開始する』

『こちら、極東駐屯地所属の442小隊。配置完了、先行した19小隊の援護に回る』

『こちら特務部隊チーム、ブラボー!ベルサちゃんと無事に所定ポイントに着いたぞ! 命令あるまで愛でている!』


 オープン回線で声が聞こえたと思うと、散発的な銃撃音が左右から鳴り響く。

 先に降下を終えた仲間が次々と攻撃を開始していく。

 煙の向こうで銃火とオレンジ色の弾ける

 コウタロウとベニー達の持ち場はジャミングスモークを挟んだ布陣している蟻達の正面、先に左右から攻撃を開始した仲間達の攻撃後に突撃する手筈だ。

 地面への距離が十分になると、パラシュートを取り外し、透明のジャミングスモークが充満する獣道の中へとホバーを滑らせ突っ込んでいく。

 コウタロウの視界には、指示されていたポイントが見えてくると、その先には銃撃音に意識を奪われている兵隊蟻と皿頭の群れがいた。

 コウタロウが身に付けていた戦斧を構え、勢いを崩さず蟻の群れへと向っていく。

 先陣を行く『オーガ』を追う様に、4機の『モノノフ』も各自の『ネネキリマル』を携え、後に続いていく。

 コウタロウがジャミングスモークを突破した。

 巨大な斧を手にした真紅の鬼が緑色の煙幕を振り切り、蟻達の目の前に突如姿を現す。

 蟻達が銃撃音から目の前に不意に現れた存在へと注意を移すがもう遅い。


『――ふっ!』


『オーガ』の両腕によって振り上げた戦斧が、正面から皿頭の頭部を両断した。

 オレンジ色の液体が皿頭の頭部から飛び出した果汁の様に咲き乱れる。

『オーガ』は結果を確認するまでもなく、今度は戦斧を隣にいた兵隊蟻に薙いでいく。


 それを間近で目撃した兵隊蟻が「ギ」っと鳴き声を一つ上げると、紺碧色の『モノノフ』がその巨大な顎を通り抜けて、口から大太刀を刺し込み、貫通した刃が頭部へと突き出す。


「ギギギギギギ、ギイイイィィィ」


 事態に気づき始めた後方の蟻達が『オーガ』達へと威嚇するように鳴き叫ぶ。


『まだまだ、これからだぜ』


 武器を構えなおした『オーガ』と『モノノフ』が斬獲を始める。

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