We'll carry on
夕陽に彩られた町の十字路で、人が肉を打ち合う音だけが繰り返されている。
「ふっ――お!」
「す、ハアッ!」
コウタロウとサトシは熾烈な殴り合いを延々と続けていた。
コウタロウが右のブローを放てば、サトシはモロにそれを食らいながら中段突きをコウタロウの鳩尾に打ち込み、サトシのフックをコウタロウも同様に腹部の筋肉に力を込めて受止め、サトシの顔面に強烈な拳を打ち込む。
互いに避ける事はせずに、正面から相手の拳を受止め合う。それがこの場での作法だった。
互いに顔、腕を問わず体中が痣だらけだが、サトシの整った呼吸に対してコウタロウの息は上がっていた。
顔の至る所に熱が上がり、腕には痺れが回っている。口の中には鉄の味が漂う。
父親であるサトシの一挙一動の重い拳が、コウタロウの体に着実にダメージを与えていた。
こんな形で知りたくは無かったが、ここに来て軍人としての父の実力を思い知らされる。
「どうした、迷うなと言った筈だぞ」
「好き勝手、言いやがって!!」
コウタロウが速度重視のジャブをサトシの顔面に目掛けて打つ。
サトシはそれを正面から受止めるがビクともせずに、カウンターをコウタロウの脇腹を打った。
「ぐっう――」
コウタロウがその衝撃に体を浮かしかけ、踵を踏みしめて耐えた。
「ふざけるな! もっと腰を入れろ!! そんな柔な攻撃で俺が倒れると思ってんのか!! お前の今までの苦労はそんなもんかっ!? それともこの程度で諦めるものだったのか!?」
サトシがコウタロウへ叱咤の声を上げる。
何十回と繰り返されたその言動に、コウタロウの堪忍袋が遂に切れた。
「――誰のせいで苦労したと思ってんだよっ!!」
コウタロウが大きく踏み込み、体重と共にサトシの鳩尾を穿つ。
そして、受止めたサトシの顔目掛けて、再び大きく踏み込み、反対側の拳で鼻っ面にストレートを打ち込んだ。
「ぐっ!」
サトシの口から声が洩れたのを皮切りに、コウタロウが拳に想いを乗せて全力の一撃を連続で放つ。
「お袋はな!! あの日の夜、独りで泣いてたんだぞ!! 子供に涙を見せない様に!!」
サトシの顔面を殴る。
「今でもずっと危なくて辛い仕事をやってて、女手一つで俺とヒナを育てて来たんだ!!」
サトシの腹に打ち込む。
「妹のヒナだって、もうハイスクールに通ってんだぞ!! 5歳の頃から毎年、命日には何時も親父に手紙を書いてるんだ!!」
身を回し、腰の捻りが効いた回し蹴りで更に腹を打つ。
「俺とお袋に楽させたいって、あの歳でろくに遊ばずに毎日頑張って、自分に出来る事を一生懸命やってんだ!!」
体を浮かしかけたサトシが、踏み止まり跳ねる勢いでコウタロウの腹を打つが、コウタロウは構わず拳でサトシの顔を殴りつけた。
「俺だって待ってたんだぞ!! 15年前のあの日、親父がちゃんと帰ってくるのを!! ずっと! ずっと!!」
剥き出しになっていく己の心の吐露に合わせて、コウタロウの目に涙が溜まって行く。
「我慢してたんだ! 親父がいないからお袋を手伝わなきゃって! 親父がもういないから我慢して強くならなきゃって!! 泣いたら駄目だって!!」
そうだ、そうやって今まで強がって生きて来たのだ。
そうしなければ生きて行けなかった。
しかし、だからこそ――。
「――あの日、親父から貰った命だ!! 生きるのを諦めるなんて!! 出来る訳ないだろうが!!」
コウタロウの心からの叫びに、サトシは何も答えず、ただ獣の様な雄叫びを上げてコウタロウの顔面目掛けて殴りかかる。
コウタロウも、サトシの全力に応える為に叫び声を上げて、サトシとは反対の拳を自分の全力を込めて、大きく振り抜いた。
2人の拳が交わり、クロスカウンターとなり両者の顔を穿った。
「があっ」
「つっはあ――」
衝撃に仰け反るサトシに対してコウタロウは背中をひん曲げても踏み止まり、サトシの胸倉を掴んだ。
殴られた衝撃でろくに制御が出来ない体の重心を他所に、コウタロウは自分の頭を後ろへ振り――。
「ああああああっ!」
サトシへダメ押しの頭突きをぶつけた。
衝撃で視界の周りに火花が見え、親子2人で十字路の地面へと倒れ込む。
コウタロウは呼吸を乱しながらも、サトシから距離を取る様に離れ、その場で姿勢を崩したまま座り込む。
――駄目だ、流石に暫くは立ち上がれない。
「本当に……死んでんじゃねえよ……」
コウタロウはサトシに涙で滲んだ声で愚痴を吐き出す。
サトシは暫く目を閉じたまま息子に殴られた顔に手を添えて、痛みを噛み締めた。
「ふっ……ふふふ、くははははは! あー、痛ってえなあ」
サトシが痛快に笑い、夕焼けの空に声が吸い込まれて行く。
「何笑ってんだよ、負けてるくせに」
「本当に負けたな……全然体が動かねえしなあ――でも、嬉しいなあ」
「何がそんなに嬉しいんだよ?」
「息子がでかくなって、自分より腕っぷしが強くなったんだ。 ――父親なら誰だって嬉しいさ」
「…………親父」
サトシは大の字に寝転がったまま、片腕を振り上げると、コウタロウの背後で眩い光の亀裂が生じた。
「おわっ! な、なんだこれ!?」
「そこから戻れる」
「はあっ!? 出来たなら最初からやってくれよ!」
「んー……実はちょっと言い難いんだがな、最後に殴り合ってる最中にブレインからの強制力が消えてな……多分、炉を止めるのに成功したんだろ」
「な――俺、殴られ損じゃないかよ!!」
「そう言うなよ、最後の親孝行って事にしてくれ」
「ったく……それじゃあ、俺はもう行くからな……」
コウタロウがふら付く体を無理矢理立ち上がらせ、光の亀裂へと進む。
背後から大勢の視線を感じて慌てて振り返った。
「なっ、あ――」
コウタロウは息を飲み、その目が驚愕に揺らぐ。
大の字に寝転がるサトシの周りには、半透明の幽霊となった大勢の人々が十字路を占拠する様に佇んでいる。
しかし、その目は幽霊と言うには余りにも生気に溢れ、とても穏かだ。
「みんな、見送りに来たのさ」
サトシの一言にコウタロウは得心する。
母親と井戸端会議を開いていた主婦がいた、悪戯すると叱って来る老人がいた、優しかった歳若い女性がいた、気の良い郵便配達の若者がいた、一緒に遊んでくれていた犬もいた、尻尾を踏んでしまった猫もいた、前回の作戦で助けられなかった2人の『モノノフ』がいた、父親の部下らしき『ファイター』達もいた。
その場にいた全ての人達がコウタロウへ別れの挨拶代わりに手を振っている。
「そうか、みんな――」
サトシが遂に立ち上がり、喋る事が出来ない人々の代わりとして口を開いた。
「ああ、だから行って来い、行って来てくれ、そんで勝って来い! お前は父ちゃんの息子だ! やれば出来る!!」
サトシの言葉を聴いたコウタロウは目元の涙を拭い、力強い微笑を浮かべた。
「ああ、そうだ! アンタの息子だ! だから――必ず勝って来る!! 勝って、取り戻してくるさ!!」
コウタロウが人々に見送られながら光の亀裂の中へと進み、姿が消えて行く。
帰って行く息子の背を見届けたサトシは、誰に聞かせるでもなく、呟いた。
――愛してるぜ、ベイビー。
光の亀裂も消え、夕焼け色の町が消滅していく。
サトシが人々の方へ振り返るとその場にいた誰もが頷いた。
「俺達に出来る事をしようか!」
『――ぷはっ』
コウタロウが目覚めると、そこはブレインの部屋へと通じる通路の奥だった。
先程まで確かに感じていた殴り合いの痛みも痕も、どこにも無い。
『オーガ』も確かに纏っており、正しく稼動している事に安堵した。
目覚めたコウタロウの周りには負傷兵として下がらせれた仲間達が速く援軍を寄越すようにと、通信越しに怒鳴りあっている。
『装備の補充に何時まで手間取ってんだよ!! こっちにだって負傷者はいんだぞ!? さっさと、ありったけの武器と援軍を連れて来いよ!!』
『こちらも全力を尽くしている、後5分は粘ってくれ』
混迷している事だけが伝わる状況の中、コウタロウは沈黙している『デメテル』を見つけ急いで近寄った。
荷電粒子砲のケーブルの断裂と歪んだ砲身、凸凹(でこぼこ)になった装甲を見るだけで、熾烈な戦闘があったと嫌でも理解出来る。
『デメテル』の傍には『フリッグ』が破損したのか、インナースーツだけの状態となったミレーユが、近づいて来る『オーガ』を見てその瞳を大きく揺らした。
「アナタ、起きれましたの!?」
ミレーユは隣で眠るように気を失っているベルサと『オーガ』を交互に見返す。
奥にはまだ昏睡状態の『モノノフ』が苦しそうに言葉を繰り返している。
『うああ、2人組みを作るのはやめてくれ……』
コウタロウとミレーユは『モノノフ』の言動を聞き流す。
『何とか自力で起きれたんだ、詳しい話は後で。――エメリは大丈夫なのか?』
「はい、火傷による負傷が在りますけど、今は容態が安定しています」
『そっか……俺、行ってくるよ。5分間、時間を稼げばいいんだろ?』
「武器と弾薬はありますの?」
『副兵装(サイドアーム)があるから大丈夫。んじゃあ、ユーリー隊長達の所に急ぐよ』
落ち着きを払っているコウタロウの様子に、ミレーユは首を傾げる。
「アナタ……そんなに冷静な方でしたっけ?」
『やるべき事が解ってるだけさ――大丈夫だよ、これ以上、誰も死なせない』
真紅の戦鬼(オーガ)が戦場へと駆けた。
ブレインとの戦闘は膠着状態が続いていた。
触手による猛攻をユーリー達が必死で掻い潜り、攻撃を加えて行くが、『ネネキリマル』数本とナイフや大型拳銃程度の副兵装(サイドアーム)では、ブレインに致命傷を与えるのにどうしても時間がかかり、それも直ぐに再生されてしまう。
炉の破壊によって、再生する為の液体貯蔵庫の膨大なストックは消失したものの、再生能力自体は未だに健在だった。
『チッ、後何回で死ぬんだよ!?』
『さあね? でも炉が使えた状態から10分の1までには減ったわよ、頑張りなさいな』
『増援が来れば、アンタも終わりよ!!』
『それは大変、速く皆殺しにしないとね。 大勢を同時に相手取るのと、複数と連続で戦うのは別だもの』
ブレインが無数にばら撒いていていた触手を一点に集め、ベニーへと降り注ぐ様に襲い掛かった。
『チッ』
ベニーが触手の群れを紙一重で避け、カウンターの剣戟で切り裂いていくが、勢いは減りそうに無い。
『あの野郎、各個撃破に切り替えやがったな!?』
『くそ、止めねえと!』
ウィルやイーニアス達がベニーの援護へ向おうとすると、何も生えて来なかった筈のブレインの胴から先程と同量の触手が、人の手の形を取りながら生え出し向って来た。
『再生力落ちちゃうから、本当はやりたくなったんだけどね。一変に纏めて潰して上げる』
勝負を一気に決めようとするブレインに、ベニー達が必死で抗うが、手数の多さと蓄積された疲労によって動きがどうしても鈍っていく。
拳銃とナイフで応戦していたアティの死角を突いて、白い手が『モノノフ』の首を掴んだ。
『しまっ――』
『まず1人ね』
ぐるんと、アティの首を掴んでいた手が回り地に落ちた。
切断された生気のない腕からはオレンジ色の体液が咲き乱れる。
絶命を覚悟していたアティが、自分の目の前で立っている赤々とした背中に目を丸くしている。
紅く輝く紅蓮の装甲と、敵に己の力を誇示する鋭く生えた2本角。
闘志を滾らせたデュアルバイザーに光源が走り、正面から堂々とブレインを見据えている――。
『コウタロウ二等軍曹! 戦線に復帰しました!!』
――戦鬼(オーガ)が2振りの軍用マチェットを手にし、参戦した。
『――遅えぞ、コウタロウ!』
『悪いベニー、ちょっと親子喧嘩してた! 勝って来たから、もう大丈夫だ!!』
『は、はあ!?』
意味を理解出来ていないアティ達に対して、ウィルとベニーは察した表情で頷いた。
『今更、貴方1人が増えた所でえええ!!』
間を割って入る様に、ブレインが大量の触手で奇襲を仕掛ける。
『オーガ』は果敢に挑み、触手が自身を捕らえるより早く切り払っていく。
『この、ちょこまかとお!!』
『着いて来いよ、ブレイン!!』
軟体生物から人の手を模った様々な触手が『オーガ』を捕らえ様と迫って行くが、装着者の動体視力と迷い無く的確に振るわれる剣戟の前には、雑草同様に切り払われるのみだ。
『オーガ』がマチェットを振る速度を徐々に上げて行き、コウタロウがブレインへと肉薄して行く。
『今だ――総員、突撃!!』
『了解(ヤー)!!』
ブレインがコウタロウに注意を惹かれ始めている事に気づいたユーリーが、一斉攻撃の支持を出す。
防戦一方だった『モノノフ』と『ソルジャー』が攻勢へ移り、コウタロウの後へと続いていく。
『な、なによ、あれだけ疲労してたじゃない!?』
『ああ、そうだとも。今でも体動かすのに必死だ、だけどな、勝機が観えれば喰らいつく、生きる為に必死になる、それが兵士だぜ。ミス・
『何を生意気な!?』
ブレインが口答えをしたエイブラムの方へと視線を移す。
勝機が観えれば喰らいつく、生きる為に必死になる――戦鬼(オーガ)は隙を逃さない。
『殺(と)ったぜ、ブレイン!!』
『しま――ぎィ』
ブレインの隙を突いたコウタロウが頭部の左真横を盗り、巨大な頭部へとマチェットを2本突き立てた。
そして、握り締めたまま尾の方へとホバー移動を加速させた。
『これで、どうだあああああ!!』
横一文字へと『オーガ』はブレインの頭部から尾へかけて左側面を高速で切り裂いて行く。
コウタロウの頭にはブレインの断末魔の悲鳴が響き渡り、『オーガ』の右側は噴出す体液に染め上げられて行く。
コウタロウの視野の右側がオレンジ色に染まった。
尾まで到達する頃には、マチェットの刀身は折れ、ブレインは体の左側が盛大に裂けたまま倒れ込んで痙攣を繰り替えす。
『オーガ』はバイザーの右側を鋼鉄の手で拭いながら、仲間達の方へと後退していく。
するとウィルが近づいて使っていた戦斧の『ネネキリマル』を投げ渡した。
反射的に受け取ったコウタロウが意図を尋ねようとすると、ベニーとエイブラム達が動かなくなったブレインの体を刻み始める。
『えーと、何事ですか?』
『こいつは再生能力がある。動かない今の内に再起不能にして置かないと危険だ』
『了解(ヤー)。んじゃ、今度は右側を真っ二つにでも――』
コウタロウが戦斧を横に構え、ブレインの頭部へと押し当てた直後、ブレインの頭部から生えた腕がコウタロウの手元を掴んだ。
『――っ!?』
『コウタロウ!?』
気づいた隊員達がコウタロウに纏わりついた腕をナイフで切断している先に、ブレインの頭部と胴を繋ぐ節から手が生え出し、自分の頭部を引き千切った。
『なんつー……化け物じみた事を……』
エイブラム達が息を飲みながら、大きく変容していくブレインの様を見た。
先程までの再生とは違い胴から尾までが、透明の白から兵隊蟻と同様の錆赤に変わり、目に見えて硬化して行く。
再生される筈の頭部は膨大な泡を立て、皿頭同様に大きな円を模った頭部へと変わり果て、大顎は更に巨大で鋭利な凶相を彩る。
脚は触手が変化し、完全に人の手に成り代わる。
以前の面影は最後尾の尾の白さだけ。
虫と言うよりは悪夢に出てくるような、異形の怪物だった。
『お前ラ全員――コロシテヤル』
明確な殺意がコウタロウの背に駆け抜けた。
間髪を入れずに変貌を遂げたブレインが脚に力を溜め込むような動作をとった。
『っ左右に散れ!』
ユーリーの指示が言い終わるより速く、コウタロウ達が負傷して動きの鈍いを仲間を無理矢理にでも押す形で左右に分かれる。
直後に生まれた通路を巨大な赤錆が横切り、余波として空気を振動させた。
ブレインが見た目からは想像の出来ない速さで大顎を広げ、突撃をかけて来たのだ。
高速の突撃は当然の様に部屋の壁に激突し、衝撃によって壁が破砕される。
砕け散った壁の粉塵を纏いながらブレインはコウタロウ達の方へ向き直る。
仲間達が捉えられまいと急いで散って行く中、コウタロウは己が動くべきかどうか躊躇った。
――もし、エミリ達の方へ行かせれば――。
そうだ、エミリ達の方へ突撃させる訳には行かない。必ず連れて帰る約束をしたのだ。
そして、もうこれ以上、この戦いで誰も死なせないと決めた。
ならば自分のしなければならない事は決まっている。
落ち着くために深呼吸を1つ吐き、手にしていた戦斧を構えなおす。
持ち手のスイッチを入れれば、戦斧が産声を上げて刀身を朱に染めて行く。
『コウタロウ、何してんだ!?』
『アイツを子供達の眠ってる壁がある所へ行かせられない。だから、俺が注意惹きつけて――叩き切る』
『出来るわけねえだろ、時代劇じゃねえんだぞ!?』
『でも、やらなきゃ駄目だ。エミリ達を助ける為に、戦って来たんだから』
『マトメテ、オシツブス!!』
ブレインが動かないコウタロウへと狙いを定め、再び脚に力を込める。
その身を驀進(ばくしん)する為に、予備動作として身を僅かに引いた直後、ブレインの体が横合いから爆撃を受けた。
『ナッニ……!?』
驚き揺れるブレインの声、爆発の直前に見えたロケット弾に気づいた者達が飛んで来た方向へと視線を移す。
視線の先には、未だに掻き消えぬ弾道起動の煙を漂わせながら、ロケットランチャーを構え陣形を組んでいる『ファイター』『ソルジャー』『ナイト』から成る大規模の混成部隊が展開していた。
『えっ援軍か!?』
待ち侘びた筈の救援の登場に、ユーリー達が信じられない者を見た様な声を上げる。
『すみません! お待たせしました!!』
『ナイト』を纏ったジャックが遅れを詫びつつも、ハンドサインで攻撃の構えを取らせる。
『撃てっーー!』
ジャックの声に答えた2射目のロケット弾がブレインの体に直撃して行き、表面の甲殻を吹き飛ばしていく。
甲殻が剥がれた状態から剥き出しになる体の筋繊維。最早、再生の兆候は現われない。
ロケットランチャーを使い切ると、今度はアサルトライフル、ショットガン、狙撃ライフルの雨が三重奏となってブレインの体を削り飛ばしていく。
『ガ、ガアアアアアアァァァ!?』
苦悶の声を上げるブレイン。その複眼がコウタロウを睨み付ける。
『オマエダ!! オマエハカナラズ、コロス!!』
ブレインがコウタロウを道連れにしようと体を驀進(ばくしん)させた。
覚悟を決めたコウタロウが、迎え撃つ為に『オーガ』を前へと突撃させる。
戦斧がブレインの頭部へ届くより速く、ブレインが『オーガ』の胴を貫こうとした直前、ブレインの体が凍り付いた様に膠着した。
『ナッン――』
『――どうだ、ブレイン? 人は愛の前に立つ時、ちょっとだけ何時もより頑張れるのさ』
ブレインの声と同時に、ここには居ない筈のサトシの声が周囲に響いた。
その訳を知っているコウタロウだけが、叫び声と共に渡された命のバトンへと答える。
『オオオッッ!! これで――終わりだあああアアア!!』
戦斧による十文字の剣戟がブレインへの頭部へと叩き込まれた。
十字に割れた頭部が僅かにずれた後、切り目からオレンジ色の体液が見事に咲き乱れる。
『アッ、アアアアァ、死ニタック――』
ブレインの断末魔と共に十字に切られた頭部から胴体へと、体が灰色に萎れて行く。
萎れが止んだ頃には、元の状態からは見分けがつかない様な萎れた蟻の死骸がその場にあるだけだった。
ブレインの最期で静まり返る空間の中、コウタロウが戦友達へと振り返り、戦斧を手にした腕を掲げる。
『――人類(おれたち)の、勝ちだ!!』
その言葉の意味が徐々に響き渡り、大きな歓声へと変わっていく。
『勝ったのか……』
『そうだ、そうだよ、俺達、この島を取り戻せたんだ!』
『う、ううおおお、おおおお!!』
『馬鹿、嬉しいからって銃を乱射するな!?』
無線越しでも人々が感動の声で震え、司令室の通信からは、狂喜乱舞する通信士達の賑わいが満ち溢れる。
コウタロウが少しだけ物寂しそうにブレインの亡骸を見やった。
――お前はその気持を、誰かに教えて貰えれば良かったのにな。
静にブレインの亡骸へと振り返り黙祷を捧げると、直ぐに仲間達が強引に迎え入れて行く。
ホープへの入植が失敗し15年目――。
この日、人類はトゥレー島の奪還に成功した。
少年が永い夢から醒めると、そこは見慣れない部屋のベットの上だった。
周りを見渡すと、自分以外の子供達が部屋のベットで眠っていたり、戸惑いと怯えを隠せない瞳で周囲を見渡していた。
――永い間、狭苦しい部屋に閉じ込められていた夢を見た。
母の声だけが「何時かきっと、パパが迎えに来るからね」と、自分を励ましてくれていた事は鮮明に覚えている。
パパが助けてくれたのだろうか? パパは何処だろう――。
少年はベットから降りようとし、自分の腕に点滴が付けられている事に気づいた。
動くのに邪魔と感じた点滴の針を、無理矢理抜こうと掴んだ。
「あ、駄目だよ外しちゃ! 弱ってる体に必要なんだって、ヘンリー教授が言ってたわ」
隣から呼び止められる同年代の少女の声。
振り返ると、金の髪に澄んだ蒼色の瞳をした少女が自分に呼びかけていた。
少女のベットの横には、彼女と容姿が似ている親戚らしき女性と黒髪のツンツン頭の若者がベットに倒れ込む様に深い眠りに入っている。
少女は、左右の手で2人の頭を愛おしく撫でると、少年の方へと向って唇に指を立て、ナイショのマークと微笑を送る。
少女のその仕草に少年は見惚れ気味に頷くと、部屋の扉がゆっくりと開いた。
廊下から室内へとロシア系の巨漢とラテン系の男が落ち着いた足取りで入って来た。
2人の男は、起きている子供達の仲から、少年を見つけると、ベットの隣へと座り込んでくる。
途中、金髪の少女と寝ている男女へと視線を向けるが、お互いに軽い会釈で済ます。
2人とも、とても穏かな顔をしていた。
男性2人の服装を見て、少年はこの2人が父と同じ軍人である事に気づく。
「……パパの友達ですか?」
不思議そうに尋ねる少年の言葉に、2人の男性は噛み締めるように頷いた。
「ああ、君のパパとは戦友だった者だよ――君のパパの話をしよう。伝えたい事が、沢山あるんだ」
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