23 すれ違う思いと、僕がすべきこと
ベガが戻ったのは、そこから更に一時間が経過した時であった。時刻は既に正午を回り、短針は既に1へと近づいていた。
既に、先ほど感じていた違和感は無くなっていた。
ベガは「どうしたんだよみんなして」と不安げな顔をしていたが、それはこっちの台詞である。何かあったのかを問うてみても、「何も無かったぞ」と、一貫して言われてしまう。頑なだった。それ以上追及しても、何も出てくることは無さそうだったから、諦めた。でも……やっぱり何か引っかかるんだよね。何がそう感じさせてるかは判らないけれど。
オカルト的に言うと、ドッペルゲンガーが似ているかもしれない。鏡に映したように同じような人間が居て。その人と映された元の人が遭遇してしまうと、命を取られて成り変わられてしまうという、アレだ。
もしかして、そいつにベガは乗っ取られかけているのではないか。オカルトがほぼ現実でないことは分かり切っていることである。しかし、どうしてもそれ以外に考えが及ばなかった。
そんな怖さを抱えている際には、やはり動きたくない。でも、こういう時こそ寧ろ動かなければならないとベガとヒカリに言われてしまった。
まあ、ベガは違う解釈で捉えたのかもしれないけど。
ローテナリアのお蔭で傷も治ってしまったため、この部屋に居る理由も無くなった。
そのためお世話になった部屋を整えてから、早々と出ていくことにした。ベガもローテナリアも手伝ってくれたのは本当に助かった。ありがとう。
ローテナリアは暫くここに残るらしいので、ヒカリと彼女とは、ここで別れた。
道中、二人して黙々とした空気が流れてしまった。
ベガは悪くないのは十中八九間違いないと信じている。でも、どうしても残りの一が枷になって、思うように話をすることができない。
そんな時、まず最初に口を動かしたのはベガだった。
「オイラね」
「へ?」
突然だったため、思わず聞き返してしまった。一体何を話そうとしているのかが気になりすぎて、逆に「どうしたの?」みたいな気の利いた言葉が出てこなかった。
「オイラね、思ったんだ。もし仮に、オイラじゃない自分自身が、この世界に居たとしたらって……」
「え、どうしてそんな……」
表情は見れなかった。というよりも、見たくなかった。それは、この空気のせいもあったかもしれないし、ベガ自身の言葉を恐れていたのかもしれない。
「――……いや、何でもないよ。こんなこと、気にしている方がいけないんだ」
「……?」
下を向いて、足取り重く歩いていくベガ。
……まさかと思うけれど、診察室で何かがあったのだろうか。それによって、精神が不安定になって、ちょっとしたパニックを引き起こして、先ほどみたいな状態になったとも考えられる。
「ねえベガ、やっぱり何かあったの?」
「……悪いが、後にしてくれないか」
ベガの影が、薄く伸びているように見えた。途方も無く遠くて、届かないぐらい。
僕は必死に手を伸ばしてるけれど、ベガの手は掴んでくれないような、そんな状況だろうか。
無性に、腹が立ってしまった。何に対してかは意識したくない、深い憤りを覚えてしまった。
それを口に出すことはしなかったけれど、心の奥底に抑え込むことが、あまりに心と胃にダメージを負わせた。溶けない黒色のわたがしを口の中に放り込まれて、それを直に飲み込んだような感覚だ。
やがて、抑えきれない「わた」の一部は、頭を浸食していった。
どうして話してくれないの。
どんな悩みでも、聞くことぐらいはできるのに。
思い始めたら、止まらなかった。
その内、そのわたが大きく広がっていく。僕の心全体を黒く染めていく。
やがて「親友だと思っていたのは、僕の思い込みだったのかな」とまで、思い込んでしまう。
ああそうか、そもそも親友だと言い合ったことも無かったよな。
それじゃあ僕らは友達……?
いや、友達だとも言い合ったこと、無いじゃないか。
なんだ、単なる他人だってことか。
「どうしたんだ。何かあるんだったら、言ってくれよ?」
どうやら不服な顔が出てしまっていたらしい。でも、何さその言い方。
わたはついに口元まで達した。
「どうして君が何も話さないのに、僕ばっかり話さなきゃいけないの? 不公平だよ。置いてけぼりだ」
「うっ……」
ついに言葉として出てしまった。
ベガも僕がこんな言い方をするとは思わなかったようで、返す言葉が見当たらなかったようだ。
言い終わった後に、心の底から後悔した。
どうしてこんなことを言ってしまったのか。言わなくたって良かったことじゃないか。僕が一番の悪者じゃないか。罪悪感に駆られてしまった。申し訳ない気持ちになった。でも、一度言ってしまったことは、訂正することができない。
中途半端に頑固な気持ちが働いてしまったのだ。
わたは減るどころか、むしろ肥大した。
僕はベガを気にせず、先に歩いて行ってしまった。
自分がどうしてこんなことをしているのか、それすらも理解できないぐらいに、苦しかった。
その日は、それから一度も会話をすることは無かった。
リビングでゆっくりとしている時は勿論のこと、夕食時も、その後も、何一つとして。
今、僕はキッチンに、ベガはリビングにいる。心の距離だけでなく、物理的な距離も離れてしまっているように感じた。
……分かってる。全部僕が悪いんだ。
自分勝手に腹を立てて、我慢できずに吐き出して。
――結局、何も成長できてないんだな、僕。
数年前、僕がまだ小学校中学年だった頃かな。
その頃とっても良くしてもらってた友達がいた。
実際僕も、楽しんでた。その人にオカルトってものを教えてもらったりもした。
でも、その人とも今回みたいな喧嘩をしてしまい、挙句疎遠になった。
事の発端は、僕が嫉妬してしまったことだった。
その人にとっての、友達が沢山集まってて、輪が出来上がってた。
その中心に、彼が居て……。
何だか、寂しくなって、辛くなって。
これまでの関係なんて、どうでもよくなって。
後先なんて考えず、本人の前で「嫌いだ」と言ってしまった。
僕は孤立した。誰も話しかけてくることは無くなった。
当然だ。だって、彼のバックには沢山の「友達」が居る。
僕の隣には誰も居ない。助けも居ない。自分が関わってた人たちは皆、彼が存在したがゆえに話せていた人たちだったのだ。
初めは半ば意地になってた自分だったが、段々と、自分がしでかしたことの大きさに気が付いて、悲しくなって……。自分に対する恨めしさと、気持ち悪さで、壁に頭を何度も打ち付けたくなった。
何となく察することは出来るかもしれないが、僕は友達を作るのが得意というわけではない。
というか、居るのかどうかも判らない。
高学年の頃に関わってくれた人たちが居るけれど、果たして本当に友達と呼べる人間だったのかはわからない。
勿論、合格発表のときまで、一緒に頑張ったあいつだって……。
――あいつ……今元気にしてるのかな。
受験に失敗して、公立の中学校に通うことになった彼。勿論、疎遠になった人物とは別人である。
もう、吹っ切れることが出来たんだろうか。
夢、追い続けるのだろうか。
それを思うと、自然と身体が動いていく。
キッチンの椅子に座っていた僕は、気付けばリビングの電話機の前に居た。
ベガは僕の姿を確認すると、キッチンへと移動していった。よって今部屋に居るのは僕だけである。
一つ一つ、丁寧にボタンを押していく。
何度も相手の携帯に電話をかけていたからか、番号は既に頭に入っていたのだ。
ベルが鳴る回数が多い。電話に出てくれるだろうか。まずはそこが疑問だった。
そしてついに、彼は電話に出た。
『もしもし、どしたん?』
「あ、生きてたか……」
『ッたり前だろ。受験に落ちたぐらいで死なんよ』
「よかった。何だか安心したよ」
とてもとても、明るい声だった。悲しそうな面影を一つと残さない、シュッとした声だった。
心配するほどのことでも無かったようだ。
むしろ……。
『うん? 何か元気ないな』
……心配されてしまった。
『さては、元気無くなったから、俺に連絡してきたなぁ?』
「……なんで分かっちゃうの?」
『しばらく関わってりゃあ、そりゃ分かるっつーの。お前は元気が有る無しでトーンが全然違うんだよな』
「そうだったのか……」
『で、どうしたんだ。話してみんしゃい』
「友達と、喧嘩しちゃって」
『ケンカぁ? 小四以来だな。何でまた』
事の経緯を掻い摘んで説明した。すると……。
『ブッ……あっはははははは!! お前らしいな!!』
思いっきり笑われた。
『お前は考えすぎじゃ。自己暗示にかかり過ぎ。自意識過剰でもあるな』
「う……確かに」
『あの時はごめんって、素直に言えば、きっと許してくれるのにさ、どうしてそれをしない』
「あっ……」
そうだ。今まで僕、言ってから謝ったことが無かった。
怒った後、元の友達関係になる気持ちはあったけれど、戻れなかった。
「謝ってなかったから、戻れなかったってこと……?」
『ま、そういうこった』
単純明快な解答に、どうして気付けなかったんだろう。
でも、纏っていたわたが、少しだけ溶けて消えたような気がする。
「……ありがとう、
『礼には及ばんよー。さあ、電話切って、早く謝って来い! じゃあな!』
向こうから切られてしまった。
自分がすべきこと。それは、謝ること。
ベガ、僕はこの気持ちを今、君に捧げます。
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