アナザーサイド・エピソード1

所有者

    ★☆★


 夜に風の音を聞くのも、悪くない。最近は学校外の仕事ばかりで疲れていたし、たまにはこうして、自分らの土地を歩いてみるのも気分転換になる。

 全く、バカ親父。「突然現れた謎の施設に行ってみてくれ」なんて、何で学生のあたしにあんな仕事を押し付けてくんのかねえ。ったく。

 明日からまた忙しくなるのか。


 折角の春休みぐらい、羽根を伸ばしてもいいじゃないかっての。


 そよ風が、優しく髪を撫でる。

 三つ編みが靡いていく。

 なんだか、風が気持ちを理解してくれているように感じられた。それだけ心地がいい。

 心が洗われるような、そんな心地か。


 夜に歩くのは、そんなメリットがある。たとえ少し肌寒くても、続けることに意義があるのだ。

 明日の面倒事を出来る限り気分よくこなすためにも、ハイキングコースを気持ちよく渡って行こう。

 風と心を通わせながら、道なりに進む。

 とても気持ちが良い。歓迎してくれていると、肌で感じることができる。

 本当に素敵な自然だ。地面に咲く花だって、とても力強い。こんな劣悪な地質なのに、強く生きている草花を、本当に尊敬する。


「貴方たちは幸せ者ね」


 ……自然は言葉では答えない上に、今彼らは眠っている。ゆえに返事が返って来るわけがない。



 しばらく歩いていると、先ほどの自然とは対称的に、不自然な心地を感じ始めた。


 ――ああ、そうか。風が止んだんだ。

 不思議だ。ふとした拍子に止んでしまった。

 時が止まったかのように、突然。


 風に気を取られている中、背後から、聞き知らぬ声が伝わってきた。


「……天ノ峰 ヒカリ」


 幼い少女のような声は、あたしの名前を囁いた。


 聞き知らぬ声であったが、呼ばれたからには振り向かざるを得ない。

 あたしは振り向いて、その正体をこの目に捉えようとする。


 その少女は、美しかった。


 まるで人ではないかのように、まるで、この森の女神であるかのように。

 金色でサラサラとしているであろうロングヘアー。透き通るような瞳。顔全体はまだ少女の面持ちを残しているが、その可愛らしさが、美しさを余計に際立たせているといっても過言ではない。

 米国メルカ系だ。白人だ。絶世の美女だ。あたしはこんな輝かしい人を見たことがない。

 来年度うちの中学に入ってくるらしい根暗な少女「夢空 アカリ」さんよりも遥かに美しい。

 その美しさは、我々のような女性ですら心惹くものがある。


 あたしも思わず心を奪われ、時が止まったように見つめていると、彼女は再び口を開いた。


「さっき、あっちの方から声が聞こえた。できれば、助けてあげてほしい……」

「そうなの? わかったわ、助けておく。いや、それよりも、あなた一体誰? この町の人だとしたら、あたしが知らないはずないわ」

「あなたは、知っているはず」


 誰……誰なの。皆目見当もつかない。こんな目立つ見た目の少女に会ったことなんてない。


「じゃあ。ゆっくり考えて」


 彼女はそう言い残し、森の中へと入っていく。待ってと言うも、聞いてはくれなかった。


 何だったのだろう。

 いや、それよりも、今目の前にあることを片付けないと。さっき彼女は、直ぐ横のちょっと高めの段差の先を指していた。恐らく、その向こうに要救助者が居るのだろう。もしくは、自殺志願者か。

 後者だと面倒なので、できれば前者であってほしい。


 兎に角、問題になる前に助けないと。一応家うちの土地だし。

 あたしは少し衣服を汚しながらも、どうにか段差を登っていったのだった。

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