星屑の漂流者―ロスト・メモリーズ―
くろめ
プロローグ
星屑の漂流者
僕は野原に立っていた。人々はとうに寝静まっていて、星々の良く見える時間。
夜は夜景なんかよりもぽわぽわとしていてあたたかい、天然の優しい星空付き。一つ一つの光のお蔭で、少しだけ視界が開けて見える。そのせいなのかは分からないけど、この辺りも少しだけ暖かく感じる。仄かにね。
昼だってとっても綺麗だ。甘い香りが漂っていて、綺麗な草原や草花が広がる見晴らしの良い原っぱで、とても澄んだ湖もある。
こんな素敵な場所だと言うのに、全く人が見当たらず、閑散としている。これは僕が偶然遭遇していないだけなのか、それとも全く認知されていないのか、それは分からない。少なくとも僕が来る時は、昼夜問わず人が見えない。
あまりにも人が来ないため、僕はこの場所を「星屑(ほしくず)
父さんに買ってもらったカレイドスコープを設置し、ほっと一息を吐く。小学校の卒業祝いに買ってもらった新型で、使える時を今か今かと楽しみに過ごしてきた。こんな言い方をすると何日も待ったかのようにも思うだろうけど、恥ずかしいことに、ほんの数時間だけだ。それほど楽しみだったのだ。
こっそり家を抜け出してここに来た訳だし、夜が明けたら居ないことがバレてしまう。心配はかけたく無いし、タイムリミットが来る前に帰ろう。それまではじっくりと、ゆっくりと、そしてまったりと夜空を見つめて、レンズ越しに映る宇宙に浸ろう。
体感で何時間か過ぎた頃、ふと一筋の光がこちらに向かってきているような気がした。流星の類だろうか、それとも彗星だろうかなどと、想像と期待を湧かせて、スコープで覗き見る。夏の大三角の一つ、ベガの辺りにあるその光が、こっちに来たりしないのかなあ。なんて、有りもしないことを考える自分を小声で笑ってみたりして。
その時はこれ以上に気になるということは無くて、また違う場所を観察していく。
次に月を見てみる。想像以上に凸凹でこぼことしていて少し怖い。普段なら兎が見えるけれど、今日はクレーターにしか見えないのが少しだけ寂しい。レンズから離れれば、また戻って来るけれど。
それにしても、月って裏側が見えないのは本当なんだ。時間を待てども一向に見える方向が変わることは無くて、ただそっと僕らの星を見つめている。まるで生きているみたい。
いや、実際星々は生きているのでは無いだろうか。だって、そうでなければ僕たちはこうして生きていないだろうし……。や、これは答えになってないね。
裏側って一体どうなっているのだろうか。レンズで覗いても見えることの無いその反対側を見てみたい。そんな思いが心から沸々と湧き上がって、震えてきた。
「――イ。夜天 流衣」
あまりにも突然だった。ヒンヤリとした片手が、突然首の辺りに当たった。想像の世界から切り離されて、いきなり現実へと引き戻されたこと、そして誰も居ないはずのこの場所で「何者か」が自分の首に触れる。女の子の声みたいだが、そのせいもあって余計に怖く思えて、ヒッと情けない声が漏れ出てしまう。身体は強張って、緊張して、固まって。
「大丈夫。貴方が思うほど、恐ろしい存在ではない」
首に触れた手は、優しく肩を撫で始めた。どうしてだかそれが心地よく思えて、先ほどまであった硬直もふわりと解けて楽になって、心にも余裕が出来た。こうなれば、後ろを振り返ることは容易であった。
思わず呼吸が止まった。
少女は、美しかった。これまでにこんな美しい人は見たことない。その姿はまるで天使だ。サラサラな金髪のロングヘアー。美しさを際立たせる白いベールのような服装。もちもちとしていそうな肌。そのキツめの髪と同色の眼差し。
背丈は自分より小さく、幼さがある。今度中学に上がる自分と、同じぐらいの年頃だろう。にも関わらず放たれる気品あるオーラに、僕は思わず見惚れてしまった。誇張なんて一切ない。眩しいほどの美しさを体現した白人美少女が、正にそこに居たのだ。
「ええと、何かご用?」
「美しさだとか、気品? 馬鹿馬鹿しい」
「え?」
「いえ、何でも」
確かに思ったけれど、そんなことを口に出して言った訳でも無い。僕の中には無数のハテナが飛び交っている。そんなことってあるのか。
この人は只者ではない、またも身体が震えてしまう。それは決して恐怖というわけでは無くて、驚きと感動によるものだろう。
僕は生まれてこの方、ミステリーと呼べる物事に遭遇したことが一切なかった。信じてこそいたけれど、そんなものは一切無くて。もう一生巡り合えないのかなと思っていた矢先にこれだ。嬉しすぎて感嘆の声が寧ろ出ない。こういう時に声が出ないというのは本当だったんだ。
「それ以上の衝撃を、これから目の当たりにするんだけどね」
彼女はそんな自分の反応を嘲笑うかのように、冷ややかな目でこちらの目を見る。
これからも目の当たりにするなんて、そんなロマン溢れることがあっていいのだろうか。一体どんなことが待っているのか、楽しみで仕方がなくなってくる。
「もう既に、起きてる。光を見て」
彼女が指差す方向は、先ほど僕が流星を見た場所だった。
「えっ……」
反射的に言葉が出てしまった。
恐ろしいほどに大きく輝く謎の光。見ていられない程の、まるで太陽みたいな異常な光。恒星がまるまる降ってきているかのようにも感じられたけれど、それ以上のことを考える頭は無くなってしまった。
ただただ、思考が働かず、パニックに陥るだけだ。
「この星、そして宇宙を救う未来が……」
「逃げようよ!!」
「貴方はここに居ればいい。私は去る」
誰に待ってと言っても待つわけが無く、わずかなその一瞬で彼女は透け消えてしまった。
地面にヘタり込んで、この世の終わりかのような喪失感を覚えて叫んだとしても、誰かが助けてくれることは無くて。
三月も半ばに差し掛かったある日の深夜、流星は星屑ヶ原へと落下した。
「ん……」
ぼやぼやとした視界。目を凝らして良く見ても、何だかもやもやとしてしまう。
身体にまだ、上手い事力が入らない。
一体何が起きているのか、中々頭に入ってこない。とりあえず分かっているのは、この目の前にある景色だ。
なんか良く解らないけど、とりあえず目の前から煙が出ている。
自分の身体から? いや違う。そうだったとしたら僕生きてないでしょう多分。幸いにも自分は生きていたのだ。何故かは分からないけれど。
目の前からだ。待って、それさっきも思ったじゃないか。
段々と、意識がはっきりしてきたような、そんな気がする。
伴って明らかになる、流星が落ちた後の風景。辺りからは巻き上げられた土の匂いが立ち込めていて、不安な気持ちになる。こんな訳の分からない状況に遭っていて、そう思わない方が不思議だ。
ようやっと身体が動かせた。
周囲を見渡してみて、自分は吹き飛ばされてなどなく、先ほどまで居た場所であることは分かった。
ただ、目前の一点だけ、一点だけが明らかに変わっていた。
身長大ぐらいの穴がぽっかり空いていたのだ。煙はあそこから出ていだのか。
隕石が衝突したのか。あの穴ぼこの正体は、恐らくクレーターだろう。それにしては随分と小さい気もするけれど、それ以外には考えられない。
落下地点には何かがあるかもしれない。仮にそれが隕石だったとしても、持ち帰る程の価値があるだろう。一生の思い出になるだろう。
不安な心に、興味が湧き出た瞬間だ。胸が躍ってきた。気持ちが高ぶってきた。
その時だった。
「助けて……」
いきなりだったために、ビクリと驚いてしまった。
しばらく状況が飲み込めなかったけれど、ふとそれが苦しそうなうめき声だと理解する。さっきの少女より若干高めの……いや、でもこれまた少女のような声だ。あの極小クレーターの中心部から、その声が聞こえてきたのだ。
まさかあの流星はUFOの類で、中に居た宇宙人が現れたのだろうか。
更に心が躍るが、それと同時に、このうめき声に対する心配もあった。あんな速度で落ちてきた以上、致命傷も負っているやもしれない。そうなれば、早急な治療が必要だろうし、ここにはそんな設備もない。
何にしても、ここは暗い上に遠いため、上手く中心を見ることが出来なかった。僕は駆け足で、クレーターへと向かって行った。
「誰か……誰か助けて……!」
余程のことでなければ、このような絞るような声を出すことはない。こんなに苦しそうな声人生で初めて聞いた程だ。命からがらの声なのだろう。
「待っててー! 今そっちへ行くから!!」
出来る限り安心を与えてあげた方がいいだろう。だから、走りながら、遠くからでも声をかける。
それに安心したのか、それとも手遅れなのか。その後から声が聞こえることは無くなってしまった。
そしてクレーターの付近に到着して、僕は気が付いた。これはデジャヴなのではないかと。
そんな気がしたのだ。気にするほどのことでもないけれど、何だかこの場所で、同じように、流星を追いかけた経験をしたような気がする。
どうしてだろう。また一つ、ミステリーだ。兎に角、何かの関連性か運命が作用しているような気持ちにさせられたのだった。考えすぎか。
そんなことよりも、今は助けないと。
さっとその小さな穴ぼこに目をやると、おったまげた。
なんと、赤髪の少女が横たわっていたのだ。女子中学生にしては若干派手な、見たことがある学生服と短めのスカート姿だ。今は冬の暮れだというのに、寒々しい。
星屑ヶ原は何故か暖かいからその格好でも過ごせるけれど、他の所だとそうはいかないだろう。
宇宙人と言えば、頭でっかちの手足が短い、全身真っ白という、ザ・宇宙人をイメージするが、彼女はそうではない。見られる限りのその全てが人間と全く同じだった。
もしかしたら宇宙人なんかではなくて、巷の女子中学生がここを通りがかって、運悪く衝突に巻き込まれてしまったのではないか。
どちらの可能性もあるけれど、今はとにかく助けることが最優先だ。
少女は苦しそうに、表情を険しくしている。痛みが身体を支配しているのだろうか。見ているとこちらも全身が痛くなってくる気もしてくる。
もっと近づくと、彼女も僕の存在に気が付いたようであった。
僕が手を差し伸べようと近付くと、彼女も必死に力を振り絞って、手を掴もうと必死だった。
「私……やっと……やっと、だよ……」
希望に満ち満ちた目だった。今にも涙を流しそうな、そんな、とても感極まった表情だ。
それだけ先ほどの流星の衝撃が凄まじかったということなのか。助けが来たことが、どれだけ彼女にとって救いであったのか。それを激しく感じさせられた。
「やっ……と……会、え……」
でも、限界だったのか。彼女は僕の手を掴むことなく、そのまま意識を失ってしまった。
不安になって呼吸と脈を診るが、どうやら大丈夫そうだ。単に気絶しているだけだと分かり、少しだけ安堵のため息が漏れる。かと言って重篤な状態には変わりは無いだろうし、急いで損は無いだろう。
一刻も早く家へ連れ帰って、病院に運ばなければ。
彼女に負担をかけないように、あまり体制を崩さないように、そっとお姫様抱っこをした。
「わ、軽い」
少女は想像を絶する軽さだった。人間は自分より体重が重い人を重たく感じる特性があるらしいけれど、まさか若干痩せ型の僕よりも軽いなんて……。
でもおかげで、運ぶのが相当楽になった。運が良かった。
でもこれだとバッグが持てない。どうしようか。今更体勢を変えるのもかえってこの子の負担になるだろうし。
…………。
父さんには悪いけれど、カレイドスコープは置いて行こう。大丈夫。ここにはそんなに人は来ないし、荷物は置いといても、取られる心配は少ないだろう。これよりも、この子の命が最優先だ。
どうしてだろう。助けたい思いは本当なのだけれど、それ以上の何かを感じる。この少女を助けたいと、心からそう思っていた。自分でも不思議なぐらい、この子に固執している気がする。この時だけでも、それを感じた。ただその一心で駆け足になり、星屑ヶ原を出て行った。
だがしかし、そこに現れたのは、開けた通りやすい道では無く、行く手を阻む木々と、綺麗な道が出来ていない、まるで整えられていない、道とも言えない道であった。
少女を抱えたままでは、通ることすらもままならないような、そんな道。
おかしい、さっきはこんな道じゃなかったはずだ……。入ってきた道から出たはずだから、迷ったなんてことがあるはずが無いのに。
でも、今は戻っている余裕なんて無い。ここを真っすぐ進めば間違いなく、ハイキングコースに戻れるはずなんだから。
そうして必死に、草木を掻き分けて、木々を超えて進んでいく。
……それから何十分が経過しただろうか。ここは正しい道のはずなのだ。
通って来ていた道なのだ。それなのに、なのに、以前とは違うような光景がずっと続いている。
自分が今、本当に直進しているのか。それとも間違った道へ進んでいるのか。右も左も判らなくなってしまった。そして更に数時間が経過した頃ついに、僕の心も限界に達しようとしていた。
きっと、この子と一緒にここで死んでしまうのではないか。
この森は、人々の想像以上に深くて、抜けることすら危うい。
そんな場所で迷子になってしまった以上は、どうしようもないのか。
携帯電話も無ければ、方位磁針も持っていない。
事実上の、詰み。人生の、詰み。
身体中が汗まみれだ。心臓もバクバクしてきて、胃に穴が空いてしまいそうな思いだ。でも、これ以上はどうしようもない。自分に出来ることは、ほぼ全て、やり切ってしまった。
身体の疲れはピークに達し、通ってきた樹海の中で倒れてしまったのだった。大きな叫び声を、大空に吠えて。
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