天ノ峰歴史書
道中、ツタや木を越えながら、あの言葉をふと思い返してみる。
『あなたは、知っているはずよ』
色々とぐるぐる考えてみるが、私の知っている現在の人には該当する人間は居ない。
ならば、この森の歴史に、何か関係があるとしたら?
一つだけ、ピンとくるものがあった。
「――……あれかな」
この森の神について、あたしは確かに読んだことがあった。
今からおよそ千年前。この森の直ぐ近くに位置する天ノ
そのような噴火であるから、当然溶岩が大地に流れ込み、そして固まる。そこから緑は、生き生きと生えてくることはない。少なくとも、数百年は。
そう思われていた。
それから数年後。一部には愛郷心からか、戻ってくる者も居たらしいが、自然無き村は寂れてしまい、村人は数え切れる人数にまで減少したそうだ。海はあるものの、良質な魚が獲れる訳でも無かったらしい。
もう、この村では生きられないな。
誰もがそう感じていた頃のこと。時代に似つかわしくない、美しい少女がどこからともなくやって来た。美しいその髪は、その異質さは、人々にとって、既に只者とは思わせなかったらしい。色についての記述は無かったけれど。
少女は哀れみに満ちた目で、荒野に堆積した溶岩に触れ、その瞳を閉じる。すると、小声で何やら不思議な言葉を念じ出した。
人々はその行動に怪しみを持っていたが、それと同時に、希望を感じていた。この少女は、きっと何かをしてくれる。この少女が、我々を助けてくれるのではと。
その希望は現実となって現れた。変化は早くもその翌日からだった。
なんと、少女が触れたその荒野が、ひ弱ながらも緑に覆われた、野原のようになっているではないか。
たったそれだけでも、人々は歓喜し、踊り狂った。ある人は興奮の余り若い女へ求婚し、またある夫婦は気持ちが高ぶったことで、後に幾つもの子を育て上げることに成功した。事実、現在の町の人口の八割ほどは、この人たちの子孫だ。
緑だけでなく、人々に、子孫を繁栄させるほどの生命力と気力までも与えたその少女の力は恐るべきものがある。
その後も見る見る内に自然が更に豊かになっていき、海では活きの良い魚が獲れるようになった。
少女の力だけで、村は噴火前当時以上の美しさになったってことね。
でも、ここまでのことをしたお手柄な彼女は、念じた後には既に確認されておらず、村を出ていく姿も確認されなかった。
この一件は偶然にしても出来過ぎている。そう村人たちは考え、そして、少女の容姿やその力のこともあり、村の象徴、更には自然の神として崇め奉られることになった。
もしかしたら彼女こそが、その少女の子孫ということなのかな。
でも、『知っているはず』と断言していた辺り、もしかしたら少女本人なのかも。
……でもそれだと、千年以上も生きていることになる。仙人か何かってことかしら。
「千年だけに」
…………。
うう、今日も冷えるわね。寒い寒い。
それにしても、どうしてこんなに入り組んだ道に、要救助者は入っていったのだろう。こんな整備も舗装もされていない、生い茂った環境に行こうと思ったのかな。この先には何もないはずなのに。
まさか、本当に自殺願望がある人だったりね。
いっそのこともう帰――
「うわあああああああああああああああああああん!」
――こりゃ素で迷ってる。アホかしら。
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