ロスト・メモリーズ

1 クールな会長

    ★☆★


 小鳥の囀りが外から聞こえてきたことで、朝が来たんだと自覚する。

 昨日は色んなことがあったなぁ。

 買ってもらったカレイドスコープを持って、夜中に探索しに行って、星屑ヶ原へ行ったら金髪の女の子に変なこと言われて、かと思えば隕石が降ってきて、その落下地点に人が……。


 …………あれ。

 僕、その後どうしたっけ。

 その僕と同じくらいの人をお姫様抱っこ―応急救護法としては本来NGですので真似しないでください―をして、また森の中に入ったんだ。そしたら入ってくる時とはまるっきり地形が違ってたんだった。

 その結果、哀れにも迷って、大声で叫んで……。

 ってことは、今は森の中にいるってことか。


 いや、おかしい。


 僕は初めて目を開こうと試みる。ジョボショボとした目をこすりつつ、地面と思しき場所に触れる。

 地面とはいい難いほどに、ふかふかとしていた。

 ようやっと視界が安定してきたので見てみると、しっかりふかふかと気持ちのいい羽毛の布団がかかっている。ご丁寧にダメになっちゃいそうな枕まで。ずっとここに居たら、また眠ってしまいそうなほどだ。


 そもそもここ、どこなの。と、直感的に疑問も湧いた。


 周りを見渡してみるが、自分が見ず知らずの部屋だった。自分の部屋はもっとシンプルだし、残念ながらこんな準高級そうな、人をダメにしそうな布団は持っていない。

 部屋はそれなりに広くて、かと言って豪邸並みに広すぎる訳でも無い。そんな窮屈さを感じさせない空間だ。


 もしかして僕、死んじゃったのかな。ここは神様が住む天国だったりして。


 現実を直視しないかのように妄想に浸っていると、ここの住人らしい女性が入ってきた。

 三つ編みで茶髪で、クールな面持ち。顔だけ見れば厳しい人ってイメージの人だ。

 彼女は横になっている僕のもとへ来た。


「ごきげんよう。目覚めはどうだったかしら」

「……良好です」


 言うと、ならよかったと返されたが、こちらとしてはあまり良くない。僕の心にはいくつかの疑問が残っているからだ。


「あの」

「ん、何?」

「あなたは一体……」


 彼女はそりゃそうよねといった顔をした。


「あたしは「天ノ峰アマノミネ 光里ヒカリ」。気絶していた訳だし、覚えていないことも多いはず。幾つか思うことはあるでしょうけれど、あなたと一緒に居た子を含めて、それらは全部説明させてもらうわ」


 ああ、ありがたい。何というか、察しが良くて、キレの有りそうな人だと思った。真面目に他人ヒトの意見にも耳を傾けてくれそうな、委員長タイプとして向いていそうな気がする。

 とりあえず、今一番気になることを聞くことにした。


「ねえ、僕が一緒に連れていた女の子はどこ?」

「それも分かりやすいように順を追って説明する。まあ無事だから安心して」


 彼女は優しい笑顔をしてきた。何というか、姉さん肌っぽい感じがする。彼女に任せておけば割とどうにでもなりそうなぐらいには、この表情を信じられる気がした。

 よかった。安否が分かればそれ以上に嬉しいことは無い。


「叫び声を聞いた私は、入り組んだ道をどうにか入っていって、どうにかあなたたちを見つけたの。でも、見つけたとき、二人とも既に気を失っていたわ。まあもう一人の子が軽かったおかげで、運ぶのは容易だったし、何よりあたしもここの地形には詳しいから結構平気だったよ」

「そうだったんだ。やっぱり君が助けてくれたんだね」

「そういうこと。で、あなたに一つだけ文句が言いたいのよ」


 文句……?


「森のコースじゃない所に、勝手に入っていってしまってごめんなさい」

「まあそれもあるんだけど……それ以上に、あなた。中学生になるんだから漏らすな。負ぶったときじっとりして気持ち悪かったんだから」


 この時、今の発言によるショックで、気絶する際に何故叫んだのかを思い出した。

 彼女がそう言う理由わけは至って単純明快。


 僕は宵闇と生き物の鳴き声に怯えた挙句、催してしまったのだ。

 トイレにはずっと行かない中では、どうしても催してくるものだ。どうにか耐えて耐え忍んで、歯を食いしばって歩いていたその時、突然草むらからコウモリの大群が飛び出していった。

 びっくりしすぎてそのまま失禁。叫んで気絶のトリプルパンチ。


「――いやあ、申し訳ありませんでした」

「あんたのニオイが少しこびりついてるのよ、クリーニング代を出せとは言わないけど、あたしの身体の1パーセントでもあんたで形成されたことは自覚してほしいよ」


 ついにあなたからあんたに呼び方が変わった。それだけのことだったんだな、アレ。


「……面目ない」


 彼女は表情を変えてはいなかったが、若干怒っているようにも見えるし、僕を

馬鹿にしているようにも見える。

 それとも真面目に言われているのだろうか。

 良く解らないし、自分でもあまりほじくり返したくない思い出なので、この話を更に続けようとは思わなかった。


 って、今気が付いたけど、この人の苗字……。

「……ねえ、ヒカリさん、「天ノ峰」ってもしかして」

「ええ、そうよ。この町の代表者一族よ」

「え、本当に?」

「本当だよ」


 僕の中ではとうに数時間を越えている気がした。

 僕、もう疲れたよ……。




 天ノ峰 光里。年齢は十三歳で、春から中学二年生。

 僕が春から通うことになる、私立天ノ峰中学校の理事をお父さんと二人で務めているらしい。

 つまるところ、彼女のお父さんは理事長さんということになる。


 理事長、つまり創始者。

 正直こわくて硬い人ってイメージしかないかな。


 それだけではない。なんと彼女の両親はこの町の町長を代々務めてきていたようだ。「天ノ峰」という名前の由来は、この家族から来ているらしく、滅多に遭遇できるものではない。天ノ峰って結構広い土地だから。

 そのためなのか、最早運命すら感じた。


「ちなみに、天ノ峰の「ノ」も漢字だよ。カタカナじゃないよ」


 存在したんだね、そんな漢字。


 そして彼女は、町中のみんなの顔名前性別までを把握しているようだ。流石にプライバシーまでは筒抜けではないらしいけれど、大概は理解しているらしい。恐ろしい。



「で、あの子は何者?」

「僕も初めて会ったんだもん。わからないよ」

「え、何よ。その年でネット恋愛でもしてたの?」

「違うよ……」


 僕は星屑ヶ原へ行ったこと、そこで起きたことの全てを彼女に話した。だがそんな意味不明な話をした所で、簡単には信じてもらえるはずもなかった。


「頭でも打ったんじゃないの? 少なくともそんな流星はこの町から見えなかったよ。それに、ね……」


 彼女が先ほどよりも真剣な顔をするため、僕も思わず身構えてしまった。


「そんな場所、存在しないもの」

「え……」


 ……いやいやそんなはずはない。だってこの目でしっかり見たんだから。あの子を助けたんだから。


「でも一つだけ、あなたがそんな幻覚を見た理由を挙げられるわ。予想に過ぎないけれど」

「それは何?」

「森の妖精よ」

「これまたオカルトチックな」

「ファンタジックと言いなさいよ」


 曰く、彼女自身も、謎の金髪少女と遭遇したようだ。その時の話を全て聞くと、なるほどよく似ていた。それこそが妖精だったのではと彼女は言う。


 つまり。


「その妖精が見せた幻覚ってこと?」

「ご名答」


 信じたくない。


 実際に眼の前であった。風も感じた。衝撃も受けた。彼女の体温も感じたし、星も綺麗だった。

 それが全部幻覚だった、で片付けられるなんて、そんなの、悲しすぎるよ。


「まあ、ここまでは建前で話してきたけど、本音ではあたしも信じてる。まだ見たことがない場所もあるし、もしかしたら、あるのかも。そうじゃなきゃ、あの赤髪の女の子が存在する理由が明らかじゃないから。データを調べてみても、どうやらこの町の子では無いみたいだし」

「……さいですか」


 疲れてきた。わざわざ建前で話を進めていた辺り、ちょっとした悪戯心を感じてしまう。


「もしかして、反応楽しんでません?」

「ええ、地味に世間ズレしている所とか、大げさな所とか特にね。気付いてないみたいだけど、大分表情が豊かよ、あなた」

「平静を装ったつもりだったのに!」

「むしろ気付いてなかったの? それはそれでびっくりよ」


 この人はこれから何かしらの脅威になる。そんな気がする。学校も同じだし、生活の先行きが不安だ。


「さあ、行きましょう」

「行くってどこに?」


 彼女は僕に右手を差し出して、僕が見たかった、硬くない笑顔を見せてくれた。


「決まっているでしょう、ルイ。あなたが助けた人の所よ」

「う、うん」




 ヒカリに連れられて廊下を進む。

 昔友達がやっていたRPGのお城よりかは小さいだろうけれど、それでも十分な大きさだ。


「もしかして、お金持ち?」

「多分そう。でも良く知らない。あたしはそんなにお金に興味ないし、欲しいものもそんなにないから」

「そうなんだ。でも憧れるよ。こんな所で暮らせるんだもん」


 素敵な場所だなと、僕はただただそう感じていた。


「良い事だらけじゃないよ。まれに泥棒が入ってくることもあるし。広すぎて部屋の行き来が大変だし、面倒。しかも飽きるのよ」


 彼女は逆に、そんな家を退屈と感じていた。住み心地というものが、あまり感じられないってことか。大きければいいってものじゃないんだね。

 少なくとも僕は自分の家に満足しているし、それ以上良いものを求めるのは邪道かなと思っている。


「ほら、着いた。救護室よ」


 何で家にそんな部屋があるんだ。と思ったけれど、生活レベルが違うから、この家にとっては当たり前なのだろうと言葉を飲み込んだ。だが、どうやらバツが悪そうな表情をしていたようで、彼女はそれを察して理由を答えてくれた。


「この街って大きな病院が無いでしょう。だから重病者はこっちが引き受けてるのよ」

「ええ、そうなんだ。知らなかった……」

 僕は普段病院のお世話にはならないし、それに重病になったことも無いから、ここの存在も知らなかった。良いことなのだろうけれど、でも、次から次へと自分の知らないことが浮き彫りになってくる。そんな自分を笑いたくなってしまう。こんなに世間知らずだったのか。


「さあ、どうぞ」

「……うん」


 彼女が扉を開いてくれた。

 さあ、いざ入るとなると若干緊張する。あの子が目覚めていたら何を告げよう。何を話すべきか。自己紹介? いやいやそんなことではないはず。

 自己主張?

 ワタシガタスケマシタ!

 それも違う。一体何をすべきなのかがわからない。

 誰かを助けようとしたのは初めてだったし、これからのことが思いつかない。

 というか、気負いのしすぎかもしれない。一日でそこまで快復するなんてことは無い気がする。もう少し肩の力を抜いていいのかもしれない。


「どうしたの?」

「いや、何でもないよ」


 深く深呼吸……。

 僕は意を決して中へと入っていった。


 中には布団に横たえている少女と、そして……。


「ああ親父。来てたのね」


 ヒカリのお父さんらしいその人は、なんというか「おじさま」という表現が似合いそうな人だった。

 年季の入った顔の濃さと、何よりも無精髭が、余計にそれを感じさせた。


「重病者が居ると聞いてな。すっ飛んできたぞ」

「はいはい。で、病状はどう?」

「私は完全な医者ではないからな。断言はできないが、きっと大丈夫だろう。呼吸も安定している」


 良かった。それを聞ければ安心だ……。


「そうだ。きみが夜天君だね。話があるんだ。後ほど改めて話がしたい。しばらく待機していただけるかな?」

「ええと、家族へ連絡しないと」


 何よりその心配が大きい。昨日の夜から今にかけて、僕は何も言わずに家を飛び出しているわけだ。下手をしたら行方不明の扱いにもなりかねない。せめて連絡だけはとっておかないと。


「心配は無用だ。しっかりと連絡は取ってある。親父さんも変わらんようで何よりだ」

「知っているんですか?」

「悪友みたいなものだよ」


 ふっふっふと、彼は遠くを見ていた。一体彼らには何があったのだろう。そもそもここと繋がりがあるなんて、父さんは話してくれなかったよなあ。


「とりあえず、だ。我々は一旦退席させていただくよ。きみはしばらくその子の横に居てあげるといいだろう」

「はい、わかりました」

「寝込みを襲っちゃダメよ」

「わかってるよ」


 二人は扉の外へと出て行った。


 ああーッ! あそこは「わかってるよ」じゃなくて「するわけないよ」と答えるべきだった。これじゃあ僕にその気があるみたいじゃないか!


 言葉って難しいな……。瞬時に選んで発さなければならないのだから。

 そんな些細かもしれない悩みを抱えながら、彼女の手を握ってみる。


「……あ、あったかい」


 手と、そのうじうじした心をしばらく温めて、ゆっくりと彼女の側に居るのだった。


 段々と、眠くなってきてしまった。

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