22 違和感
彼女は僕が撃たれたという情報を聞きつけて、ここまで来てくれたらしい。
どうやってこの場所を特定できたのかは知らないけれど、来てくれただけでもとっても嬉しい。
「あなたが、ローテナリア?」
「ルイさんからお聞きになったのですね。その通りです」
にっこりと、僕とヒカリに微笑む彼女。
彼女が笑うと、不思議と大自然に包まれるように、心地いい感覚になる。
「では、前回と同じように、傷の手当てをさせて頂きますね」
「あ、ありがとうございます」
以前ベガの身体に触れたときのように、僕の身体に触れ始めるローテナリア。
その優しい手つきが、なんだかくすぐったい……。
「デリ○ルみたいね」
「「でり○る??」」
「……なんでもないわ」
知らないのかと言わんばかりの表情であったが、知らないものは知らない。一瞬意味が気になったけれど、若干異様な表情をしていたために、何だか寒気がした。それ以上問い詰めることはしなかった。
そして、またあの時のように、優しい緑色の光に、彼女の身体が包まれていく。
ふと、ヒカリの方を見てみるが、特に驚いた様子をすることは無く、ただ、僕とローテナリアをじっと見つめているだけだった。反応が気になっていただけに、ちょっと残念な気持ちだ。
《ヒコステイム》
そうしてまた、あの時のように、彼女の指先にその光が集まり……僕の傷口へと入っていった。
何かが入って来るのだから、痛いのかと思っていたけれど、そんなことは無い。寧ろ、温かみに包み込まれて、心地よくて、眠ってしまいそ……――。
――ハッ……いけない。眠っちゃダメだ。
僕は頭をブンブンと振り回して、眠い気持ちを抑えた。
「見てもいいですか?」
「はい、どうぞ」
一応忠告しておくが、これらの行為は全て衣服を着用した上で行われたものである。
そのため、傷が治ったかどうかの判断は、見て確かめる必要があった。
病院らしい服を少しだけまくり上げて、横腹の傷を確認する。
「傷口が……!」
まず最初に驚いたのはヒカリだった。こんな不思議なことがあったんだから、やはり初見では驚くだろう。というかさっきの時点で驚くべきところだと思うけどね。
いや、しかし、本当に治ってしまうなんて。ベガもそうだけれど、特別な力を持ってるって凄いな……。
試しに自力で立ち上がってみたり、歩いてみたりしたけれど、痛みは全く無く、寧ろ普段よりも健康な状態になっているかのようにすら感じた。そういえば、ベガもそんなこと言ってたような……。
「ファンタジーね……」
「これはオカルトだよ」
「ふぁんたじい、おかると……。無学ながら、わたくしの聞き慣れない言葉が数多くございますね。これからまた、学んでいくのです……!」
随分と熱のこもった言い方だ。もしかしてこの人、結構ノリ良いのかな?
しばらくはファンタジーやオカルトに関する話題で盛り上がったが、結局僕とヒカリの論争に収束してしまうため、ローテナリアはあたふたしてしまっていた。
そうしてネタも尽きてきた頃、僕は聞かねばならないことを思い出したのだ。
「ローテナリアさん、一つ質問していいですか」
「はい。私に答えられるかは分かりませんが……」
「あなたのお付きに……『ノリス』って人、居ますか?」
「……え」
彼女の顔つきが変わったのを、僕は見逃さなかった。明らかに、どうして知っているのか、と言わんばかりの顔だ。
彼女もまた、僕と同じように、読みやすい顔をしているから分かりやすいのだ。
でも、まだ白では無い。僕が本当に正夢を見ているのならば、ここからの話も恐らく……。
「そして、そのノリスさんの協力によって、あなたはお城を脱出したんですよね。ちょっとした脅しをして」
「な、な……え、え? ど、どうしてご存知なのですか!? 誰かから聞いたのですか!?」
当たってしまった。いや、いやいやいや……パーフェクトなの。こっちもビックリしたよ! 拍子抜けだよ!
っていうか前に話してた秘密の厳守のへったくれも無くなっているけどいいのかな。これ、認めちゃってるのと同じだけど。
「本当の本当に、正夢を見ているってことの証明ね!」
そう。自分でも再確認がしたかったのだ。それとローテナリアを利用してしまったようで申し訳ないけれど、ここからローテナリアのことをもっと知れるきっかけにもなるんじゃないかと思って。
「正夢……? どういうことなのですか!? 詳しく、詳しく教えてください!!」
「落ち着いて、落ち着いてくださいぃい!!」
彼女が慌てふためくその様は、類稀なる天然モノだ。
本日二度目となる、正夢に関する説明を行った。
ローテナリアは目をきらっきらさせながら納得していた。手を合わせて「凄いですね!!」と言ってくる辺り、心の清潔さというか、白さが見えてくる。この人は詐欺に遭っても気付かないのではないかと、不安になる程度には心配ではあるが、信じてもらえないよりかは、遥かに話が通しやすかった。
だが、この反応から察するに恐らく、彼女はこれまでに僕のような予知夢を見るような人に会ったことは無いのだろう。
「どうしたのです? 何か不服なことでもあったのでしょうか……」
ローテナリアは悲しそうな表情をする。あああ……やっぱりその表情だけはダメだ。こっちまで悲しくなってしまう。
そこでヒカリがニヤリと笑う。不気味だ、何かを企んでいるのか。
「なーかーせーたー。ルイがローテをなーかせたー」
「ええ!?」
泣いてないでしょう。というかこの短時間でどんだけ仲良くなってんのあんたら。
「ご満足……グスッ……いただ、け……ヒグッ、ない、ですか……?」
「泣いてる! 嘘でしょ!?」
まるで操られたかのように泣いている。別に操ったわけではないんだろうけど。
どうにか彼女をなだめようと、ごめんよごめんよをしてみたり、見つめてみたり、頭を撫でたりした。そんな僕の意識が通じたのか、彼女は泣くのをやめて、また笑顔に戻った。泣いたせいか、若干赤い顔になっていた。何故かドキリとしてしまった。
「プラセボ効果よ。これだけの子になら効くかなって」
……そう言いながら暗黒微笑をして、こちらを見つめるヒカリを怒りたいです。我慢するけど。
気を取り直して、話の軌道をもとに戻すと、ローテナリアはまた、僕やヒカリを尊敬するが如く勢いで「凄いです」と言ってきた。いやいや、あなたの持つ力には敵わないよ。
しばらく話をする中で、やはり正夢は、ローテナリア自身も知らない、未知のものであると発覚した。
予想はしていたけど、ちょっと残念かな。どうしてこんな力が発現したのか全く理解ができないし、何を以てこんな力が僕にあるのかも分からないし……。鈴香も言葉を濁す上に、いつ会えるか分からないし……。
自分のことだけじゃない。ベガのこともある。
あの子に関しては、僕以上に、解らないことだらけだ。最も、本人も理解していないのだけれど。
「ところで、ベガさんはどちらに……?」
「あ、えっとですね――」
ベガの在処を話そうと思ったところ、その瞬間、部屋の扉が開いた。
そう、今度こそベガが帰って来たのだ。
……? あれ。何だろう、ちょっと違和感。
「すまない、時間がかかってしまった」
「あ、ううん。いいんだよ、ベガ」
ここで一瞬、ベガが、ベガ自身から見て左上の方をしばらく見ていた。
人は左上を見ている時は、何かを考えている時だとされている。
僕から見て右に垂れたアホ毛が、フラフラと揺れていることからも、何となくそれは察せた。
「ありがとう。これから我々はどうするんだ?」
これからの予定か。そういえば、ヒカリがテキストを家に届けてくれてるって言ってたなあ。
「傷は治っちゃったわけだし、家に帰って、買ったテキストを広げてみるよ」
「なるほど。私はどうすればいい」
「うーん……あ、そうだ。ベガの分のテキストは買いに行こうか。リガルスは暫く追ってこないだろうし」
「リガルスだと?」
「え?」
「いや、何でもない」
何だろう。妙に話がかみ合ってない気がする。気のせいかな。
それに……また何か不思議な違和感を感じた。
「わ、わたくしも、しばらくリガルスの動向を追ってみようと思います。しばらくルイさん達に危害が加わることは、恐らく無いと思いますが、念のため、です」
「すまない。頼む」
「…………。」
先ほどから、ヒカリがずっと黙っている。何かを感じ取ったのか何なのか。そしてそれは、もしかしたら僕の感じた違和感とまた同じようなものなのか。
「大まかには理解した。では、すまない。またしばらく席を外す」
そう言うと、そのまま部屋を出て行ってしまった。
普段だったら出ていくときに、僕が何かしらのこと、今回ならばどこへ行くのかを訪ねたはずであろうが、それを聞く勇気が出なかった。理由はやはり、違和感と、そして妙な重圧だった。
「ねえ、ルイ」
「うん、ヒカリ」
話は見事にマッチした。お互い、ベガの様子がおかしいことは感付いていたのだ。
それだけではない。ローテナリアはまた、違った感覚を覚えたらしい。
「わたくしは、不思議とあの人を恐れてしまいました。本当に同じベガさんなのか。それすらも分からない程でした……」
なんと、ベガに恐怖を覚えたというのだ。
どうして。優しくて明るいベガに、そんなイメージや覇気を感じるはずがないのに……。
それからしばらく、ベガが戻って来ることはなかった。
★☆★
ルイの病室を越え、人目のつかない廊下にて。
「シエンス・A。応答せよ」
『……こちらシエンス・A、聞こえているよ』
「接触が完了した」
『そうか。 ……フフフ。私の、そして、お前の計画もまた進んでいくわけか』
「ああ。お前の言う、ルイという少年も居たぞ」
『フン。恐るるに足りないな。最早脅威ですらないよ』
「以前勝負に勝ったと言っていたしな。当然か」
『そういうことだ。たった一つや二つ予言が出来るから何だと言うんだ。奴は眠らなければその効力を発揮できないのだ』
「私には良く分からない。さあ、そろそろ奴が戻って来る。その前にここを出ることにしようか……」
『そろそろ戻って来るのか、ティリス』
「ああ、皮肉にも寂れてしまった我が母星が恋しくなってきた頃だ。私はそちらで気持ちを落ち着けることにしよう」
『奴らはお前が手を下さずとも勝手に消えていく。それは私が・・証明したのだ。それでいい』
「フフ……そうか」
――妹の姿を見ようと思ったが、やめておくか。
ティリスと呼ばれる男は、その瞬間、その場から跡形も無く消え去った。
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