21 気が合う友達
夢かどうかの断定ができない。何故なら、記憶にすら残っていないからだ。
診察室に入ってからも、夢で見たのか否や、ずっと考えている。
今までならば、特別な夢を見たとすれば、きっかけさえ有れば思い出すことができた。ローテナリアしかり、仮面の男しかりだ。
けれど、今回に関しては、何一つとして覚えがない。あの可愛い姉妹を見たというきっかけが有っても、思い出すことが出来なかった。
ならば、これは夢で見たものでは無いのだろうか。いや、だとしたらこの違和感は何だろう。
「もしもし? 聞こえるかい」
「あ、え、あ、すみません。ちょっと考え事を」
「考え事か……。なんなら話を聞くぐらいのことは出来るが」
「いえ、大丈夫です。僕の問題ですから」
こんなこと大人に言ったって、分かってもらえる訳がないだろう。「正夢がー」なんて言ったって、意味不明だろうし、信じてもらえるはずがない。下手をしたら精神科を勧められてしまうかもしれない。流石にそれだけは避けたい。
「フム……まあ君の父さんとの縁もあるわけだし、何かあったら頼ってくれても一向に構わんよ」
素直に感謝の気持ちを伝えたけれど、あくまでこれは、僕とベガの問題だ。関わりがあるのは、僕らだけなのだから。それに、父さんにまた変な迷惑をかけてしまうのは悪い気がしてるんだ。
「では、話に戻らせて頂くよ」
どうして僕は、銃を受けて生きているのか。それは自分が一番良く知っている。横腹に当たったことで、致命傷を免れたからだろう。そう思っていたけれど、どうやら違ったらしい。
まさか催眠弾を受けていたなんてなー……。あんなリガルスだけれど、もしや慈悲のような何かを持っているのかな……――。
いや、無いか。あの仕事を穏便に済ませようとするその眼まなこに、慈悲の心があるわけがない。もっと別の理由があったのだろう。あくまで僕はターゲットでは無いわけだし、邪魔だから眠らせた……という辺りだろう。単なる幸運だったのかもしれない。
それ以外の部位に怪我は無く、傷口さえ塞がれば何の問題も無いらしい。その後に、念のため精密検査もしてもらった―お金は不要であるとのこと―けれど、こちらもクリアー。特に悪い部分も無く、健康そのものらしい。
「身体に変なのウイルス入れられてなくて良かったわね」
「怖いこと言わないでよ……SFホラーじゃあるまいし……」
「えすえふほらー?」
映画ってものを良く知らないであろうベガに、怖いものってことを教えてあげたところ、見てみたいと言われてしまった。
なんでさ、僕は怖くてあんなの見れやしないよ……。
特に何も異常は無いということで、痛みが引くまではこの天ノ峰邸で過ごすことになった。歩くのが大変ということなので、しばらくは車椅子で過ごすことに。大げさかもしれないけれど、ベガの肩をずっと借りるわけにもいかないからね。
「で。」
「はい」
「何であたしが……」
今、病室に戻る最中なのだが、車椅子を操作しているのは、ベガではない。ヒカリである。
ベガはヒカリの父さんと話をしているため動くことが出来ない上に、僕が車椅子に不慣れだろうということで、とりあえずということで彼が手配してくださった。が、ヒカリは猛烈に不満そうである。
「いや、なんかその、ごめんよ」
「いいよ。別にアンタが嫌いなわけじゃないから」
そうは言っても、ヒカリはツーンとしていた。明らかに不機嫌だ。
こういう面倒ごとが元々嫌いなのかな。
その態度に関して何も言及が成されないと、こちらも何だか気になるというか、探りたくなった。一言で言うならば、不満だ。
「聞きたそうにしてるから話すけどさ」
「え、またバレた!?」
「表情でモロバレだって」
この顔に出てしまうのどうにかならないかな……。今はコミュニケーションで困らないからいいけど、いずれ社会に出てから困りそうなんだよね。
「あたしは親父が嫌いなんだよね。表面上は慕ってるようにしてるけどさ」
「え、嫌いなんだ。仲良く見えたんだけど」
「どこが。好きなわけがないよ、あんな頭下げまくってる上にお堅い人」
そういえば、ベガがここに運ばれてきたときも……。
『はいはい。で、病状はどう?』
『そういうのいいから。』
『手短に話せよ馬鹿親父』
僕らが過ごしていた短期間でも、お父さんを軽くあしらったり、拒絶したりするような言葉を言っていた。
あれはツッコミだとか、そういう軽い理由では無くて、本気で言っていたんだ。本気でお父さんが嫌いで言っていたんだ。
「偉い人に会うたびに頭を下げては下手したてに出て、へこへこしてる。だらしないったらありゃしない。しかも、学校理事の業務をそっちのけで、医療の方に専念する。このせいで、業務の殆どをあたしがやってるんだよ。あたしが学園長だって言い張りたいレベルだよこれ。しかも――」
出てくる出てくる。水を含んだ雑巾を絞るが如く、だばぁとヒカリの口からは愚痴の滝が落ちている。あんたヒカリの皮被った
聞き過ぎて気が滅入ってきた……。
ちなみに言うと、この話を聞いている中で相槌を打つわけだが、その言葉は最初こそ長く言えたものだが、途中からは「うん」「なるほど」「大変なんだね」ぐらいしかかける言葉が出てこなくなってしまった。聞くのも重すぎる……。
自分が言い過ぎていることに気が付いて「ハッ、ごめんよ」と言ったのは、病室が間もなくという所まで来た時であった。遅いよ。でも助かった……。
ここでようやく安定した思考が持てた。
聞いてみた結論として、ヒカリは反抗期なのかもしれない。
何というか、別にそんなの気にする必要がないものまで、悪く言っているようにも感じる。生理的嫌悪感に近いのかもしれないが、それにしても、実の親にそこまで思うことはなかなか無いことだろう。
一言だけでも言ったら抑えられなくなるほど、彼女にとってはストレスだったということも考えられる。きっと最初に話し始めた、学校の業務がきっかけで、その全てが嫌な風に見えるようになったのかな……。
でも、悪口をここまで言うことにやはり抵抗があるのだろう。そうでなければ、最後に「ごめんよ」なんて言えない。僕が心の雑巾を絞る役割をしてしまっただけなんだ。
あんまり人の心は分からない自分だけれど、それぐらいは理解することができた。短い時間だけれど、延々と聞かされれば、そりゃ分かるよ。
お詫びなのか何なのか、今度は彼女が僕の話を聞いてくれることになった。
そう言われても、話すことなんてないと一瞬だけ思ってしまったが、いやいやそんなことは無い、あるじゃないか。
さっきの姉妹のこと、ヒカリになら聞けるだろう。
同じ子供だし、オカルト―彼女いわくファンタジー―みたいなことも結構好きみたいだし話ぐらいは分かってくれるだろう。
「正夢!? これまたファンタジックね」
「オカルトチックだよ」
「幻想的じゃない」
「ミステリーだよ」
部屋のベッドに座った僕は、ヒカリが出ていこうとする前に、相談を持ち掛けてみた。まずは食いつきそうなオカルト話を撒き餌として導入したところ、見事に食いついた。引きが良すぎて若干引いたよ。
前にもあったオカルト対ファンタジーの論争が起きそうな所であったが、話したいことがあるため、ここは一歩引くことにしよう。でも、僕はファンタジーとは認めない。半ば意地だ。
「で、どんな夢を見たの」
「正確には、夢かどうかも分からないんだけどさ、何だか引っかかるなって」
「じゃあ正夢を見たのは嘘?」
「そんなことは無いよ。当たったことが何度かあるんだ。特にこの一週間で」
一週間、もとい、ベガが現れてからおよそ5日。正夢を見始めたのはつい最近のことなのだ。
それにしても、まだ5日しか経ってないんだなぁ……。もう少し時間が経ってるように感じるのが不思議だ。体感的には既に2ヶ月ちょっとぐらい経過してる気分だ。それだけ濃密な経験をしたってことなのかな。きっとそういうことだろう。
「例えばどんな夢?」
ローテナリアのこと、そして、VHMのことを話してみると、彼女は複雑な表情をした。
その理由を問うと、「ファンタジー愛好家としては信じたいけれど、記憶が都合よく補完している可能性だってあるから、正直なんとも言えない」と返されてしまった。
何度も言うが、これまで夢で見たことは、何かのきっかけがあって初めて思い出すことができたことなのである。
しかし彼女が言いたいのは、きっかけがあって思い出したわけではなく、そのきっかけによって、夢を都合のいい解釈に変えて、思い出したと感じてしまったのではということらしい。
とはいえ信じたい気持ちは同じであるので、これからも何か不思議な夢を見て覚えていたようならば、連絡を欲しいと彼女は言った。勿論僕も賛成し、頷いた。僕はまだ携帯電話は持っていないため、メールアドレスの交換とか、そういったことは出来なかったけれどね。電話番号だけは教えてもらった。覚えてられないから、紙に書いたものを受け取った。
ヒカリはこれで話を終えるつもりだったようだけれど、残念ながら僕は、話の本題に入っているつもりは無かった。正直、聞きたいことはここからなのだ。
「あの、この隣のお部屋の姉妹みたいな人たちさ、どんな人なの?」
「なに、色気づいたの?」
「違うよ、これもさっきの話に関係あるんだよ」
「なーんだ」
君は色々誤解し過ぎだよ。僕はそんなに恋愛脳じゃないからね。
異性で好きになった人は、多分居ないんじゃないかな。
ベガはあくまで、同性だし。しかも、友達として好きだし。
「本当は教えちゃダメなんだけどね、個人情報だし。でも、口外しないって約束できるなら、教えてもいいかな。聞くまでも無く、約束は守りそうだけどさ」
「うん、約束するよ。言われなくても、口外はしないよ」
「やっぱりね」
そこだけは信じてくれていい。今まで言っちゃダメと言われてきたことは、何一つとして口外したことがない。
彼女は例の姉妹について教えてくれた。どうやら妹は不治の病であったらしい。身体が徐々に重たくなり、石のようになってしまうという、恐ろしいものだ。治療法が存在しないため、助かることは無いと思われていたらしいが、状況は好転し、今は回復の兆候を見せているとか。ただ、経過観察が必要なため、6月ほどまでは退院が出来ないらしい。いつ再発してもおかしくないし、それすら判らないかららしい。
姉はというと、とても落ち着きが良く、礼儀が正しい人らしい。ただ、引っ込み思案で、表立って自分の考えを口に出せない人物らしい。え、本当に?
「あんなにボリューミーな声を出せる人が、引っ込み思案だって? そんなはずはないでしょう」
「本当に物静かな人だよ。妹さん想いのとても優しい人で、美人で容姿端麗。女でも惚れそうなね」
「そうなんだ……」
え、じゃあ、あの時見たのは一体……。
「因みに、名前は何て言うの?」
これを聞いた彼女は一瞬言おうか言うまいかを悩んでいたようだったが、ここまで言ってしまったのだからと腹を括ったようだ。ついに口を開く。
「妹が夢空トモリ、姉がアカ――」「あああああああああああああ!!! 思い出したあああああああああああ!!!」
見た、見た。見た!!!
僕は確かに夢で、彼女らを見た。というか、僕は妹のトモリになっていた。
「姉のアカリが先ほどあった事故をきっかけに変わってしまった。理由はわからない。しかも事故があったのにどうしてアカリが生きているのかも全く持って不明!! オカルトだ。オカルトチックがこんな所にも、リアルタイムで起きているんだ!!」
不謹慎なことなのだろうが、思い出すことができた自分にとっては興奮しかなかった。これまで見てきた予知夢の中で最も興奮している。それは、自分に関連したことでは無く、他人の出来事を予知してしまったこと。そして、自分自身が好む、オカルトな現象が直ぐ隣で起きていることに対して、嬉しみに溢れてしまったのだ。あまりに不謹慎だ。興奮する。
自分に直接起きてしまうと、どうしても状況が読めなくて、オカルトチックでも、感情が置いてけぼりになってしまいがちだったけれど、今回ばかりは、うん、初めてだよこんな気持ち。
「気ん持ち悪いよ。顔見せてやりたいわ」
「でへへ、ごめん」
「気持ちわ『ルイ』」
「その呼び方止めて……強調しないでよぉ」
「まあ、事情はよく分かったよ」
「あ、話題そらした」
「――アンタは確かに、正夢を見ているのかもしれないね。何となくだけど、今確信したよ」
スルーですか、そうですか。
でも、理解者が増えてくれて、何だかとっても嬉しい気持ちだ。
彼女は頭も良いし、色んな情報を知っている。とっても心強い存在になるだろう。
「でも、夢空姉妹のことを正夢で見たからって、あんたに何かを変えられるわけじゃないよね」
「まあ、そうだよね。プライバシーの侵害になりかねないね、これ」
「もしかしたら、何かの出来事に収束するために起きてるのかもしれないよ。SFだとお約束だよ」
「なるほど、理由があるってことか……って言われても、まだそんなの全然掴めないね」
こんな趣味の合う談笑をしていると、しばらくして病室の扉が開いた。
「あ、ベガ、終わったんだ――」
「ルイさん。お身体は大丈夫ですか……?」
「ほえ?」
ベガが帰ってきたかと思ったけれど、そうではなかった。
驚いたことに、そこに居たのは、不思議な旅人、暫定ヒコの民のローテナリアだった。
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