20 輝きし明灯のその隣で

    ★☆★


 ――無音。無音だ。

 真っ暗で、音も無く、僕は只、そこに横たえている。

 いや、暗いようだけれど、明るいのかな。

 どちらにしても、不思議と恐怖は感じない。

 ちょっと怖いかな、嘘ついちゃった。


 支離滅裂な感覚への理解に苦しむ。

 けれど段々と、意識は研ぎ澄まされていく。

 次第に、自分が眠っていただけなのだと気付くと、そっと目を開いた。


 そこは、見慣れない天井だった。

 白が基調のデザインがシンプルで、無駄な感情を与えない。


「……! ルイ!」


 右から、聞き慣れた少女の声が聞こえてきた。意識が完全に戻っていなくても、ベガだということが把握できたのだった。

 ベガは気が付いたかと、ひょっこりと顔を見せた。


「えっと、ここ、は?」


 自分がどうしてこんな所に居るのか、何だかよく思い出せない。目覚め時だからしょうがないのかもしれないけれど……。


「天ノ峰邸の病室。救急で運ばれたんだぞ」

「救急で……。何が、あったんだっけ」


 とりあえずベッドから起きようと試みた。

 何だか酷く横腹が痛む。


 ……なるほど思い出した。


「撃たれちゃったのか」

「そうそう、思い出したか」

「うん、どうにか……。ベガ、追い払えたんだね」


 言うと、複雑そうな表情をされてしまった。

 ベガなら「ああ!」とか「なんとかな」と答えるかと思っていたのに、意外だ。何かあったのだろうか。


「それなんだけどな……」


 次には真面目な顔つきになっていた。

 そうして淡々と、僕が倒れている間に出会ったらしい、仮面を着けた長い赤髪の男についての説明を受けた。

 どうも、何か引っかかるんだよなあ……。


「海で闘っている時さ、ルイ、お前が居たんだ」

「ほぇ? 僕が?」


 僕が居た……? いや、どういうことさ。

 僕はあの時、家具屋の駐車場で横たわっていたはず。

 なのに、海岸に僕が居るなん……て……。


「――あっ」


 そうだ、思い出した!!

 いや、でもあり得るのかそんなこと……。


「ねえベガ、その戦いの途中でさ、僕の所に何か飛んできた……?」


 ベガは口に手を当てて驚いていた。

 え、まさか。


「ああ。確かに居た。でも、直ぐに消えてしまった」

「え、どういうこと?」

「オイラがあっけに取られている間に仮面の男――VHMが、恐らく全速力でルイを助けに向かったんだ。けれど……」


「向かったらその場から、お前は消えていたんだ」


 なるほど……。点が線で結ばれた感覚って、こんな感じなのか。

 僕はきっと、意識だけがベガと仮面の男の元へと移動していたんだ。理屈は分からないけど。

 それを僕が夢だと錯覚して、思い込んでいたのかもしれない。そうとしか思えない。


 このことを告げると、ベガもまた、同じようなことを考えていたらしい。

 でもベガは少し補足をして、

「鈴香が言ってたよな、『眠った後に見る夢。あなたはそれに気を配る必要がある』って」

 と言った。あれ、そんなこと言ったっけ。


「ルイ、忘れてただろう……?」

「あっはは……ソンナコトハナイヨー」

「正直に」

「忘れてました。はい」


 「マジかよ」とでも言いそうな表情をされてしまった。言わないのがベガの優しさだけれど、言わないのもまた、ダメージが入る。


「お前、前も怒られたみたいだし、気を付けた方がいいぞ……」

「……善処します」


 他のことは、大分覚えているつもりなのになあ……。

 脳トレってやつをやらなきゃならないほど歳をとったのかな僕。中一だけど。


「鈴香に会ったら、教えてくれるかな」

「どうだろうな……。口を割りそうにないように見えるけどな」

「やっぱりそうだよね……。もう、訳がわからないことだらけだ」


 結局話し合ったところで、分かるような問題でも無かった。何か手がかりでもあればいいのにな。


「ところで、父さんは?」

「仕事だよ」

「ふぇ……今何時?」

「一日経過して、今は朝9時だ」

「あらぁ……」


 一日も経過してたのか。そんなに……。

 あれ? ってことは……。


「……ベガ、もしかして、一日中ここに?」

「ああ、そうだよ。これまでの、お礼だ」


 にっこりと、ベガは微笑んだ。

 そうか……お礼か。


「えへへ、ありがとう、ベガ」

「こちらこそ、ありがとな、ルイ」


 何だか温かい気持ちになってきて、また、それはベガも同じだったようで。

 ベガは僕の頭を撫でてきた。負けじと僕も、その赤髪の頭を撫でてやろうと思ったけど、横腹の痛みのせいで、出来なかった。


「今日はおとなしく、オイラに甘えてろ」


 さっきとはまた違う、ニッとした笑顔で言われてしまった。

 お言葉に甘えてしまう僕もまた、僕なのであった。



 どうにか痛みに慣れてきた頃のこと。


「どうだ、動けるか?」

「なんとか……」


 ベガに肩を担いでもらいつつだが、どうにか立ち上がることに成功。

 少しジンジンとするけど、慣れてしまえばそれまでなのだった。

 横腹の端っこで良かった……。


「でも、今リガルスが来たりなんかしたら……」

「や、多分それは無い」

「どうして?」


 ほぼ断言されたような形で言われてしまったということは、何か理由があるのだろう。


「VHM曰く、リガルスは銃を二丁しか持っていない。その内の一丁は、既に壊された。だから今、残りの一丁を持っているだけなんだ。アイツは慎重だろうし、絶対的なチャンスが来ない限りは狙って来ないらしい」

「絶対的なチャンス……?」

「ローテナリアも、VHMも町に居ないような、そんな『絶望的な状況のみ』らしい。彼もこの町にしばらく居てくれるみたいだし、早々狙われることは無いってさ」


 なるほど、確かにリガルスは慎重かつ、タイミングを図って攻めてくる。VMHって人には感謝しないといけないんだろう……けど、どうしてそんなことが分かるんだろう。リガルスのことを明らかに理解している。銃が二丁なんてどうして知ってるのかな。

 VMHに遭遇したら、聞かねばならない事だろう。大切なことだ。


 再びベッドに座らせてもらって、一休み。

 病室のテレビを点けて、二人してしばらく眺めていた。ニュース番組だった。


『昨今話題で持ち切りですね、天ノ峰の……一番通りから中継です。天極さん?』

『はい。こちらでは先ほど、天ノ峰では珍しい交通事故が発生した模様です。先日少年が銃で撃たれた事件と引き続いて、今回は少女が被害に逢ったという情報、なのですが……ご覧ください、見えますでしょうか。こちらが現場とされている場所です』


「何もないね」

「ああ……」


 自分のことがニュースで取り上げられているのはちょっと恥ずかしいな……変な気持ち。


『事故に逢ったような痕跡は何も残って居ません。しかし、周辺の人に聞き込みを進めると、僅か少数の方々が、確かに事故があったと証言しているのです。とても不思議なことでしょうけれど、これは事実です』


 あれ、よく見ると、ここって……。

「ねえベガ。これ、すぐ近くだよね?」

「そうだな……天ノ峰邸もしっかり映ってる」


『天極さん。その少女の身元に関する情報は、何かご存じですかね?』


「ベガ、ちょっと開けてみてもらっていい?」

「カーテンか? よし、分かった」


 窓に設置された簡易カーテンのようなものが開けられ、窓の外を見ることが容易になった。

 ……あー居る。女性リポーターの天極さんがしっかりと見えた。本当のリアルタイムを実感した瞬間である。

 だが、それに見入ってしまったせいか、ニュースに耳が行き届かなかった。  


『先日の銃撃事件との関連性はありますか?』

『現状は不明です。しかし、銃撃事件の犯人とされている男が用いた、突如消えるマジックのような、魔法のような、何らかのオーバーテクノロジーが使われたとするならば、その男、もしくはその仲間の可能性も考えられりゅ……考えられることでしょう』


「あっ噛んだ」「噛んだな」


 ニュースやってる人が噛む場面って、意外と気になっちゃうよね。二人して声が出ちゃったよ。

 緊張のせいだろうね。不思議なことがあった後だし、仕方ない。


『現場からは以上です』

「夜天くん、居る?」


 天極さんの中継が終わろうとしたその瞬間、ノックもせずにヒカリが入ってきた。いきなりだったため、若干戸惑った。ベガはテレビを消してくれた。

 テレビとは反対方向であったため、どうにか後ろを見やると、彼女は安心していた。


「なんだ、割と元気そうね」

「さっきまで、ベガとリハビリしてたからね」

「まあ、そういうことだ」


 ヒカリはベガの顔を見て、そして僕の顔をじっと眺める。

 何がしたいんだと思ったら、少し皮肉が混じったような笑いを浮かべてきた。


「……前より仲良くなってるんじゃない?」


 僕らは互いの顔を見つめると、うんと頷いた。


「多分……」

「いや、結構変わったかもな」

「はいはい、ご馳走様」


 何でそんな言い方をするのさ……。変に誤解されている気がしないでもない。


「もしかしてさ、用事ってそれだけだったりするの」

「まさか。あなたねえ……今日が何の日だか覚えてない?」


 僕は一人で数秒間考えを巡らせてみたが……答えには行き付かなかった。


「えっと、答え、分かりません……」

「教科書販売日よ。プリント見てなかったの?」


 プリント、見ていなかったわけではない。しっかりと読んだつもりだった。

 でも、日にちまではしっかりと覚えていなかったんだ。

 ごめんと手を合わせて言ったら、存外簡単に許して頂けた。別に怒っているわけではないのだし、当然か。


「歩けないだろうと思ったから、家まで届けておいたからね」

「それと、今から診察室に来て。色々と調べたいことがあるから」

「うん、わかった」


 ヒカリはそのまま後ろ向きで手を振り、部屋を出て行った。

 とりあえず僕も部屋を出ないとな……。

 ベガにお願いして、また肩を担いで外へ出てもらった。


 すると、偶然隣の病室からも人が出てきた。

 藍色の髪をした、可愛い姉妹だった。

 その片方……明るそうな方が、


「こんにちはーーっ!!!」


 と言ってきた。そりゃもうマックスボリュームで。


 ……鼓膜が破れるかと思った。ベガも耳塞いでるし。


「姉さん、病院なんだからやめなよ」

「えーつまんないのー」


 何だか性格が対称的に見える、その姉妹。

 僕は彼女らを、どこかで見たことがあるような気がしてしまった。


 この感覚って、この間もあった。確か、ローテナリアの時だった。


 まさか……。


「また、夢と同じなのかな」


 ボソッと、僕は吐き捨てた。

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