19 仮面とベガ
黙って仮面の男についてきたのはいいけれど……。
「どうしてまた、こんな海岸に」
「この時期の海岸は人気がないからな。話しやすいんだ」
なるほど確かに。となると、誰かに聞かれたらまずい話ということか。
潮風には、若干まだ寒気が残っているように感じる。太陽の光が暖かいお蔭か、寒さ自体はあまり感じることはない。
「私が話せることは少ないが、少しだけ話を聞いてほしい。」
「あ、ああ」
こいつは、何か重大な秘密を知っている。そんな気がしてならない。リガルスにも言えたことだけれど。
どこかしらオイラと似た雰囲気もある。もしや、同族か何かなのだろうか。髪も同じ赤色だ。
そして、どことなく親近感も湧いた。
「いきなりで驚くだろうが、私は未来。過去と、そして別世界から来た」
「ほあ? 本当にいきなりだな。しかも未来と過去、しかも別世界て……どういうことだよ」
「すまない。まるで意味が分からないかもしれないが、きっといずれわかる。お前だけには伝えるべきだと感じたんだ」
「オイラだけに、か。やっぱりお前、オイラを知ってるな? 知っているなら、どれだけ知っている」
「……どうだかな」
そこを曇らせるか……。
けれど、どうやらこれで、自分のことを知っていることは明らかだろう。
「それに、別世界って言うんだったら、オイラの存在も知らないはずだ。なのにどうして知っている」
「知る術はあるんだ。それ以上は語れない」
どうやら自分からの質問に応じるつもりはあまり無いらしい。無暗やたらと詮索したくなってしまうが、抑えるべきだろうか。
「このままの道を辿れば、お前は……未来は消失することになる。それを食い止めるために、私が来たと考えてほしい」
「……余計に意味が分からない」
「これ以上を今語ると、この先がどうなるか解らない。今はこれだけに留めておいてくれ」
自分の未来が消失する……? 余計に意味が分からない。この先、自分自身に命の危険が伴うということだろうか。
……有り得なくはないか。リガルスの件もあるし、しかも、自分は賞金首になっているらしいじゃないか。何かが起きてもおかしいということはない。
それ以外にも聞きたいことはあるわけだが、仕方がない。今は諦めるとしようか。
「さて……もう一つ。これは私の話じゃない。お前自身の話だ」
「オイラ自身の?」
「そうだ。お前は気づいていないのかも知れないが、お前は既に、ローテナリアや私が使ったような《力》を使うだけの潜在能力を秘めているんだ」
「なんだって!?」
まるで気が付かなかった。そしてまさか、自分があんなぶっ飛んだような力を使うことができるなんて……。
「驚いたか?」
「そりゃあ、驚きだ……」
こいつから聞けることは、想像だにできないことばかりだ。理解の範疇にないというか、こう、何といえばいいのか。
でも、こればかりは有益な情報だ。自分自身が力を持っているならば、あのリガルスへの対抗策を作ることもできるだろう。
「分かったところで……試してみるか?」
「へ?」
「勝負だ。お前の力を、出し切れるようにしてやろう」
ちょっと待て。そればっかりは聞いてないぞ。
でも、対して仮面の男は乗り気だ。
明らかに戦う心づもりであることが伝わってきた。
だが、それだけでは戦う理由にはならない。
「闘いたくない気持ちは分かるが、お前はローテナリアの力によって、身体が軽くなったらしいじゃないか。あれは、力が出せるようになった要因の一つだ。もし、このタイミングを逃せば、力は発揮できない可能性が出てくるんだ」
なるほど、最もな理由を挙げられてしまった。
そうか、今闘わなければ、リガルスに対抗する手段も得られないとするならば……これほどのチャンスは無いだろう。
「……わかった。お手合わせ願います」
「物わかりがいいな。流石は――何でもない」
「何だよ、そこまで言われたら気になるじゃないか」
「知っていいことと悪いことがあるんだ」
お前は本当によくわからない。自分の過去みたいに、何もよくわからない。
「さあ、一発当てた方が勝ちだ。全力でかかって来い」
彼は構えを取ると、少し不思議な形をした丁字の物体を取り出した。結構大きめで、ズシリと重そうだ。
……どんな武器なのかは予想がつかない。警戒しなければ。
「そんな不思議な武器って訳ではないさ」
謎の丁字は刃先を作り上げ、そして、見事な刀を作り上げた。
まるでマジックのようなものだと自分は感じたものの、その原理は全く理解の範疇に無かった。
「これが私の力の一つ、《物質組成》だ」
「粗製って……自分で、作り上げたってことか!?」
「そういうことだ。驚くよな」
驚き以外の何物でもない。やってることがまるで創造神じゃないか。
刀ってことは、鉄か……? 良く分からないが、鉄だとしても、そんなものを念じて生成したんだ。化け物かよ。
……細部を見てみるとあの刀、刃先が鋭くない。
相手はあくまでも訓練目的で決闘を申し込んできたことがここでもはっきりと伝わってきた。
「お前は既に、高速移動を行えるはずだ。意識して、思いっきりぶつかって来い」
「へえ……意識だけで、使えるものなのか」
頭で念じ、そして意識を心に向ける。すると、徐々に心がアツくなってきた。
……なるほど、このアツさが力に変化するってことか!
心から、身体全身へ。
身体が暴走してしまいそうだ。
アツい、アツすぎる……!! 溶けてしまいそうだ……っ!
この勢いで、一気に!
「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」
《高速移動:音速》
なんて身体が軽いんだ。これだけの速度があれば、あいつに当てることはきっとできる!
海の上……いや、そこが空だったとしても、たどり着ける!!
寸分もせぬ間に仮面の男の目の前だ。ここで……!
ぶん殴らんと言わんばかりに……振りかぶるっ!
当てる。一発大きいのをブチ当ててやる!!
「――遅いぞ」
「んえ……?!」
《高速移動:音速》
何だって!? くそっ。向こうも高速で移動できるんだった。
どこだ。どっちへ行ったんだ!!
移動をどうにか静止させようとしながら、キョロキョロと辺りを見回す。
――後ろからだった。
「お前の全力は――」
「ぐっ……止まりきれない……!!」
止まろうにも、止まれない。早く加速したものは、急に止まることができないんだ!
何か策はないか。高速、高速……!
「――その程度か!!」
今すぐなら、これしかない!!
《高速回転:なぎ払い》
自身の速度を、回転にあてる……。
そうすれば、相手を吹き飛ばすことが出来る!!
「ぐっ……なるほどな……!」
「オイラをナメてもらっちゃ困るな!」
すると、男は砂浜の一点を見つめた。だが、隙を見せるべきではないと思い、自分が見ることはなかった。
「フッ……いいな……」
「え、どうしたんだ急に」
「…………」
「お前、本っ当に良く分からないな」
互いが瞬間的に移動し合い、互いに当てようと必死になる。
手に汗握る緊張感。
刀がスレスレに通る恐怖感。
そうだ。これは闘いなんかじゃないさ。あくまで、血の流れない演習だ。
《物質組成:丁字化》
あいつの持つ剣の内、鉄製の刃の部分が全て、綺麗に消えてなくなった。
そして、柄の部分を背中にある型のようなものに収めた。なるほど、あそこに収納していたのか。
「危機感を煽るために剣を使ったが……。そんなもの要らなかったな。私達が今からすべきこと、わかるか?」
「……さあ。分からないな」
「では、お前が同じ立場だったなら?」
同じ立場だって?
「……対等であるべき――!! なるほど拳と拳での戦いか!」
「その通りだ!」
ここからは互いの全力を出し合う闘いになった。
仮面の男が使う、力のこもったパンチ。オイラなんかとは比べ物にならないほどに速く、そして強烈そうである。最早空の上で闘っているような状況であるが、そこからの衝撃が、海にも伝わっていた。
自分も負けてはいられない。それを受け付けないように、ひたすら回避も織りなしていく。
一息すれば、優勢劣勢も変わった。だが、なかなか一発を当てることができなかった。
今、この海辺の上空は、闘技場である。
この闘いが、楽しくて仕方がない。
どうやらあいつも同じ思いのようで、互いに同じようなタイミングでニヤけ、そして攻防を行う。
だが、次第に相手が不自然にも、隙を見せるようになってきた。この時はまだ気付いていなかったが。
「隙有りだっ!」
「何だと!?」
徐々に高速の力が使いこなせるようになってきた。コントロールが利くようになってきたときだった。そのため自分は、どうにか加減をして、彼を殴りにかかった。
その拳は、背中に命中した。
それは、あまりに悲運なことだった。
自分が命中させたその場所から、先ほど収めたであろう重そうな剣の柄の部分が飛び出して行ったのだ。
砂浜に飛んでいくことを予想していたが、それは間違いなかったようだ。
だが、一つだけ予想外なことがあった。
「……えっ」
よく見ると、砂浜に誰かが居るではないか。
しかもそれは……信じたくはないが……。
「「ルイ!!」」
ぐっ……! 自分の速度じゃ……間に合わない!!
《高速移動:雷速》
「「ルーーーーーーーーーーーーーーーーイ!!!」」
自分は叫んだ。だけど、叫んだだけじゃ何も変わるわけはないのだ。
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