18 謎の仮面男

    ★☆★


 起こったことに気が付いたのは、その幾秒か後だった。

 自分も思わぬ油断をしていた。

 隣を見たその瞬間に、全てを理解した。


 苦しむような声と共に、ばたりと倒れてしまった――。


「ルイーーーーーーーーーーー!!!」


 ――ルイが居た。

 狙われるのは、自分だ。だから、あまりルイには気をかけてもらいたくなかった。

 ルイをはっきりと狙ってくることは無いと思ったのに。だからルイの父さんに乗っかって、安心させるようにしたのに……!

 なのに。なのに……!


「どういうつもりだリガルス!!」

「誰を狙おうが勝手だろう!」


 憎き狙撃者リガルスは、店の屋上からひとっとびで、こちらまで飛んできた。

 怪我一つ無い辺り、こいつは強靭な身体を持っているというのか。


 くそっ……くそっ!!

 ルイが、ルイが巻き込まれるなんて!! 


 いや、冷静に、冷静になれ自分……!

 命は、それだけじゃないんだ……。行動を起こしたら、もしかしたら……。

 辺りでは色んな人が野次馬になってこちらを見ている。そして、ルイの父さんも居る訳だ。リガルスの機嫌によっては、いつ被害が拡大してもおかしくはないだろう……。

 それを考えているの知ってか知らずか、こいつは一帯の人に向けて言い放った。


「野次馬どもよ! お前たちがそこから一歩でも動けば、己の命は無いと思え!」


 全員が固まった。冷凍でも起きたかのように、フリーズしてしまった。

 それもそうか、ここに居るのは、いわば銃を扱う悪魔だ。誰だって、こんな奴に出くわしても死にたくはないだろう。

 しかし、ルイの父さんだけは違った。リガルスの忠告は聞きもせず、ルイに向かってきている。危ない……!


「フン……命知らずめ……まあいい。そのガキが目当てならば、こちらの目的に支障はねえからな」


 この言葉で若干の安心を得た。

 ルイの父さんがきっと、救急車を呼んでくれることだろうし、もしかしたら、ルイも助かるだろう。


 ……こうなったのは全部、お前のせいだ……!

 全力で殴ってやる……銃で撃たれる前に!


「それと赤髪! てめえもだ。てめえが動いたらそこの野次馬を一人ずつ殺す」

「ぐっ……」


 行動まで封じられた……!?

 まさか周辺住民まで利用するなんて、なんて奴だリガルス……!! 

 何か、何か策は無いか……。


 ……気がかりなことが一つだけ、一つだけある。

 あいつの言った「目的」。これは恐らく、自分を殺すことだろう。

 けれど、一つだけ、納得できない。


「お前は……どうしてオイラを狙い続ける」

「ハァ? 狙う理由だって? オイてめえ。それ本気で言ってるのか」

「本気も何も、大真面目だ」


 余程アホらしいと思ったのだろうか。嘲笑うような表情でこちらを見てくる。

 自分には記憶がない。その記憶が少しでも明らかになるような、そんな気がした。相手は真剣なようだし、嘘をいう訳が無いと思っている。

 だから、慎重になりつつも、あいつの言う言葉一つ一つを聞き入れて行った。


「お前は大罪を犯している。それも、宇宙規模のな」

「宇宙規模の大罪……? 一体何をしでかしたって言うんだ」

「……『反逆罪』だ」


 反逆罪だって!? 何に対してだ。

 考えても考えても、記憶には無いのだから確かめる術も無い。


「どうして反逆なんてしたんだ……?」

「はぁ、もう面倒だ……」


 リガルスがオイラを狙う理由が、反逆罪……。

 何処かを裏切ったとでもいうのだろうか。


 でも、だからと言って、オイラ自身がそう易々と命を渡す訳がない。


「まあそういう訳でな……その命を頂くぜ! 俺様の生活費になりやがれ!!」


 言い方がいっそ清々しいなおい!

 リガルスの人間らしい一面を感じたが、銃口を向けられて命の危機も同時に感じた。

 まずいぞこれ……どうする……どうすれば切り抜けられる……?

 銃の引き金が、カチリと鳴った。


 その瞬間だった。


《音速移動:蹴》


「破壊だ」

「へ?」

「は?」


 ドグシャァと鈍い音が鳴り響いた。


 それは一瞬の出来事で、理解が難しかった。

 しかし、徐々に理解が追いついた。


 仮面を被っていて、オイラと同じような髪をした、長髪の男がそこに立っていたのだ。

 リガルスの持っていた銃を、見るも無残なまでに破壊して。



 空間には更なる静寂が訪れた。

 状況を飲み込むことが出来ない人、理解できても恐怖心で身体を動かせない人、そして……。


「…………」


 リガルスは下を向いていて、表情を読むことができない。増悪の念が、突然現れた仮面の男に向けられているのだろうか。


「……フッ……フフッ」


 いや違う。こいつは、笑ってる。何で、どうしてだ……。

 とっても不気味だ。聞くだけで嫌になる、そんな笑いだ。


「フハハハッ!! 新手によって好機を逃すことになるたぁな……これも運か。おもしろい」


 ……まさかこいつ、首狩りを楽しんでいる!?

 何となくその傾向は見えていた気がしたが……クソッ……人の命を軽く見てるのか!


「運……だって? 違うな」


 仮面の男は否定する。想像よりも大分低い声だった。


「これは運命だ」


 ……うん? 今、若干機械音のように聞こえたのは気のせいか。

 それより、これは意味深な言葉だった。けれど、それの意味を理解することなんて出来ない。この男に聞かない限りは分かる話ではないだろう。

 しかしこの威圧感……リガルス以上だ。只者とは思えない。現に、あんなとてつもない速度で攻撃を放ったのだから、それも当たり前か。


「また不思議なことを言いやがる」


 蛇のように鋭い目つきで、仮面の男を睨み付けるリガルス。

 今度こそ、獲物を仕留められなかったことを憎んでいるのだろうか。


「相棒を壊した恨み、ぜってえ忘れねえ。仮面野郎。標的じゃねえから良かったものを」


 好みであるらしい銃を壊されたことに、相当な憤りを感じているようだ。だが、それでも自分から標的を変えないという辺り、仕事人らしさが伝わってくる。


「おい赤髪」


 自分は身構えた。どんなことがあっても良いように。

 そして、ルイの敵の一発を準備して。


「てめえはまたしばらく解放してやろう。だがな、いずれは俺様が仕留めるってことを忘れるんじゃねえ」


 こいつ……この場から去るつもりか。


「待てリガルス!! ルイの敵を討たせてもら……」「お前が待て」


 走って殴りに行こうとするも、仮面の男に肩を掴まれてしまった。ちくしょう!

 これだけで身動きが取れないなんて……!


「何するんだ、離せ! 離せよっ! ルイの敵をとるんだ!!」


 そう吠えている間に、リガルスの影も形もとうに消え去ってしまった。


「なんてことをするんだお前!!」

「とりあえず落ち着け。ルイの呼吸と表情を見てみろ」

「え……?」


 見ると、ルイの父さんが応急手当をしていた。けれどルイ自身はそれほど容体が悪いようには……確かに見えない。


「夜天さん、ルイの容体は……?」

「ああ、医者じゃないから良く分からないけど、こいつ寝てるだけだ」

「何だって?」


 驚きだった。あんな銃撃を受けて、ショックで倒れたのに。

 単に寝てるだけだなんて。


「言っただろう。落ち着けと。リガルスが撃ったのはあくまで催眠弾だ。邪魔が入られたく無かったんだろうな」

「そういうことだったのか……というか、そんなことを理解してる、お前は一体……」


 そうだ。一番気になるのは、この仮面の男に関してだ。

 何の突拍子も無く自分とリガルスの前に現れた上に、恐ろしい速度を見せつけてきた。

 しかも……今よくよく考えたら、こいつはどうしてルイの名前を知っていた?

 他にも、ルイが受けた銃弾をはっきりと見抜いていたし、本当に、何者なんだ。


「それを話すわけにはいかない」

「どうしてだ?」

「……今から私に付いて来い」


 男はまた意味ありげな言葉を言い、そのまま歩き出してしまった。

 ついて行けば、あいつのことが分かるのか……?

 それとも……オイラの記憶にたどり着けるのか。ヒントがあるのか?


「夜天さん、ルイを頼みます」

「おう、任せとけ……でも気を付けろ。あいつは只者じゃない気がする」

「……はい」


 悩むことが多いが、何かを知っている、手がかりになる以上は、ついて行くべきであろうと。そう直感を信じて、行動することにしたのだった。

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