2 ロスト・メモリーズ

    ★☆★


「夢!?」


 大声で言った時には、既に現実へと引き戻されていた。半ば思考が停止した状態で辺りを見回したことで、漸くここが少女の寝ている病室であることが理解できた。

 夢の内容はおぼろげながらに覚えていたが、大して内容に気を留めることは無かった。


 ああ、僕寝ちゃってたんだな。


 口の中は若干乾いていて、何だか気持ちが悪い。反対に手はじっとりとしていた。ずっと彼女の手を握っていたからだろうか。何だか申し訳ないことをしてしまった。


 ここでふと、彼女の手に、少しだけ力が入っていることに気が付く。先ほどまではこんな力はなかったはずだ。

 そう思って彼女の顔を見ると、安らかだった。心地よさそうな表情をしている。

 赤い髪をした可愛らしい少女が、自分の前で眠っている。それが何だか、僕の心をドキドキさせている。


 ……いやいや何を考えているんだ僕は。


 変な考えを巡らせてしまったせいで、彼女の手を握る力が強くなってしまったようだ。

 感覚に気が付いた彼女は、とうとうついに目を覚ましたのだった。


「ありがとう」

「へ?」


 第一声がこれだった。僕には何が何だかわからなかった。

 困惑しているのが目に見えていたのか、彼女は理由を述べてくれた。


「手を、握っていてくれたんだろう……?」


 穏やかな笑顔で、彼女は答えた。その表情に、思わず僕はときめいてしまいそうになった。破壊力抜群である。


「もしかして、起きてたの?」

「ああ、さっきまで。可愛い寝顔だったぞ」

「そ、そう?」

「少なくとも、オイラは寝つきが良くなった」


 理性的な返答が出来た。我ながら完璧だと思う。ああ、顔が熱い。


「どうした? 顔が真っ赤だ」

「ふぇ!? いやいやいや、そんなことは」

「お前、何だか面白いな」


 彼女はにへへと笑う。僕は恥ずかしくなって、そっぽを向く。


 ……冷静に、冷静になれ自分。


 なんでこの子にだけはこんなに真っ赤になるんだ。今までいろんな女の子と話をしてきたけれど、こんな気持ちになるなんて、ぅう……。

 多分、慣れてないからだよね、慣れればこんなにならないはず。

 こういうときは、深呼吸……。


 スゥ。


 フゥゥ。


 よし、完璧。


「ねえ、君、名前は何ていうの?」

「名前か。まだ名乗って無かったな」


 そう、この子の名前と、そして、どうして流星の落下地点にこの子が居たのか。それがずっと気になっていたし、聞かねばならないことだった。冷静になって考えてみると、これを初めに聞くべきだったよね。

 気付いたら彼女は、横の体勢から、起き上がった体勢に変えていた。


「へへ、聞いて驚くなよ。オイラは……」

「君は?」


「…………」

「…………」


 えらく沈黙が長い。


「……どうしたの?」


 どうしてか、彼女は不安気な表情をしている。そしてそのまま下を向いて考え込んでしまった。


「……なあ。変なことを言うかもしれないが」

「うん?」


「オイラって、何者なんだ?」



 彼女は、自分に関する全ての記憶を失っていた。

 無理もない話だ。彼女が流星そのものだったとしても、直撃したにしても、その衝撃は想像だに出来ない程のものだろう。むしろ、普通に生きていられること自体が奇跡だと言える。


「今、こうして生きているだけでも、十分だよ」


 僕は彼女に、これまでのことを、丁寧に説明していった。




「……なるほど。そんなことがあったのか」


 事情を話したところ、彼女は直ぐに理解をしてくれた。腕を組んでうんうんと難しそうに考えているのが、なかなか見ていて面白い。


「でね、君が落ちた時にもう一つ気になることがあって」

「うん?」

「あの時、君は『やっと』って希望に満ちた目をして言ってたんだ」

「希望に満ちた目、か……何があったんだろうな」


 最早他人事のように言っている。

 まあそれもしょうがないことだろう。記憶が無いから自分のこととしての実感も無いんだろうから。


「何にも思い出せない?」

「ああ、何にも」


 とはいえ思い出せないこと自体には相当苦しんでいるようで、とても重たい表情をしている。深刻な事態だ。自分に何かできることは、何か無いだろうか。それを考えている内に、彼女が再び口を開く。


「でも、オイラは何も気にしちゃいないよ。ただ生きているだけでも奇跡だって、お前が言ってくれたじゃないか。なら自分はそれを受け入れて、今を精一杯生きるだけだ。だからお前は、何も気に病む必要はないよ」

「そうなのかな」

「そうさ」


 また、彼女はにっこりと微笑んだ。本当は、自分が一番つらいはずなのに。

 強いな、この子は。口調も大分強めだけれど、精神力もそれに見合っている。


「聞きそびれていたけど、お前、名前は何ていうんだ?」


 ああそうか、まだお互い名前も知らなかったんだ。


「夜天 流衣。流れる衣って書いて、ルイだよ」

「ルイ……か。何だか、女の子みたいな名前だ」


 うっ。ちょっぴりグサッとくる言い方だ。

 顔も童顔だし、若干気にしてた身だ。

 しかもよりによって……。


「……女の子にそう言われると苦しい」


 僕は言を放って、彼女は何かを考える。


 間を置いて、返ってきたのは意外な答えだった。


「へ、女の子?」


 ぷいと自分に指を指しながら、僕の発言に遺憾の意を唱えるかのようなその疑問符。


 そこで僕は気付いてしまった。

 いや、むしろ今まで何故気が付かなかった!

 この強気な口調。言葉遣い。それに何より一人称の「オイラ」。ここから結びつくことはただ一つ。


 この子が……女の子じゃない……?


 いや、こんなかわいい顔した子が!?

 や、それだと自分のことを棚に上げているような。僕だって別に可愛い顔してるけど男だし。でも、そんな自分をかわいいとは思わないし、かっこよくなりたいし。凄まじい事実を突きつけられた。こればっかりは感付きたくはなかった。


 いやぁー。あっははは。


「何に驚いているのか知らないけど、オイラは、自分のこれからについて考えなくちゃ」

「あっははははははははははははははは」


 ペチュン。と一発ほっぺを軽く攻められた。


「目を覚ませ。あと、人の話はしっかり聞いてほしい」

「ふぁい……」



 僕と、そして記憶を失った赤髪の少年は、これからこの星でどうしていくのかを考えていく必要がある。かと言って僕らだけではどうするべきかなんて、明らかになるわけがないのだけれど。

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