8 夢のような

 どれぐらい時間が経っただろうか。とてつもなくまわりくどい話をされたような気がする。


 ――とりあえず「校長先生のよくあるめんどい話」みたいなのがしばらく続いた。

 途中で、ヒカリが実の父親に蹴りを入れている様を何度も見ることになった。

 ようやく話が本題に入る頃には、折角の高級そうな靴が台無しな程に傷が入っていた。お父さんかわいそう。事実ショボーンとしていらっしゃる……。


 本題もまた長ったらしいものだったけれど、要約すると、ベガは宇宙人の可能性が高いけど、我々は敵じゃない。ということだった。

 理事長は「ベガ」の方を見ると、少しだけ表情が強張ったような、そんな気がする。


「ようこそ、我が星へ。我々は君を歓迎するよ」

「嬉しいな。 ……本当に宇宙人なのかは分からないけどな」


 普通、こういう時は表情を緩めて言うものなのではなかろうか。

 もう一点、この人は自分をあたかも地球の代表であるかのように語っているが、どういうことだろう。


「君は記憶を失っていると言っていたな」

「ああ。真っ白だ」

「それが本当であるかどうかだけ、いずれ調べさせてもらいたい」


 ……もしかして、この人は疑っているのではないだろうか。

 ベガが何かを隠しているような、そんな気がしているということか。


 僕のそんな気持ちを察したのか、彼は「いや、な」と続ける。


「君に関連しているかは判らないが、ここ最近この国全体で、不審な事件が相次いで発生している。その事件の犯人は未だに捕まっていない。それどころか、むしろ被害は増える一方だ」


 溜息混じりに、肩を落としている。


「それに、オイラが関わっていたかもしれないってことか?」

「断言は出来ないが、可能性が無いことは無いだろう」


 もう少しオブラートに包んでも良いじゃないか。何でそんな直球に言うのか。

 思っても、この人が一番上に居る中学に入る身だ。口には出せない。それがあまりにもどかしい。


「疑われるのは、居心地悪いな」


 下を向いたベガが答える。切ないというよりも、心が痛い。それに、彼もまた痛いことだろう。


「僕はこの子が嘘をついているとは思えません」

「「あたしだって同じ」」


 ここに来て親子が綺麗に揃った。この点だけは、二人の考えが一致していることの表れだろうか。


「では、疑いをかけざるを得ない理由を述べておこう」


 彼はどこから取り出したのか、ファイルを手に持っている。それをすっと開いて、目的のページを見つけたかと思うと、僕らにそのページを見せてくる。


 ベガが先に見て、その隣に入り込むように覗き込んだ。そこには、資料の切り抜きのようなものが貼り付いていた。


『銃乱射、特殊な銃を使用か』


 見出しにはそのように書かれている。

 米国メルカなら当たり前にありそうな事件な気がするけれど……。これを確定的な証拠と呼ぶのには程遠いことであろう。


「この事件は、見出しだけを見れば海外で起きた事件のように思うかもしれない。だが、違うんだ。これは正真正銘、我が国で起きた悪夢のような事件だ」


 ……信じられなかった。この国では銃の持ち込みは規制されているし、こんな極悪な事件なんて、起こらないと思っているから。


「恐らく夜天君は信じられないだろう。だが実際問題、情報通の間では非常に良く知られた話題だ。しかし、マスコミはこの件を語ることはない。これは我々が封じ込めているからであるが」

「ええ!?」


 驚いた。この人達にはそれだけの権力と財力が備わっているということなのか。

 お金持ち、恐るべし……。勿論これに関して問いただしても、答えは得られなかった。


「そして、この犯人が用いている特殊な銃だ。この世界のどこにも存在しないような規格で、弾も同じだ。つまり、別の技術力を持った、別の世界、もしくは星で作られたものなのではないかと思われる。その犯人が、ベガ君に近しい人物の可能性も……あるかもしれない」


 自分が想像している以上に、僕たちは大変なことに巻き込まれているのかもしれない。

 僕はそれを身をもって感じてきた。


「何にせよ、これからこの星で何が起きるか判らないということだ。こちらはこちらで調査を進めることにする。そして、だ。調査が済むまでの間であるが、ベガ君の保護者を付ける必要があるのだが……」

「僕がやります。いや、やらせてください」


 これまた反射的に出てきた言葉だった。

 どうしてなのか。そんなこと決まっている。僕はきっと、この子と暮らしたいのだ。

 折角出会った友達になれそうな子なのに、直ぐにお別れなんて嫌だ。もっと親しくなりたい。もっと仲良くなりたい。一緒にテレビを見たい。ご飯を食べたい。楽しく過ごしたい。心の底からの思いだ。


「うむ、既に引き取り先は決まっているのだよ」

「え……」


 現実は、それを認めないというのか。


「そう……なんですか……」


 運命は、非情であるというのか。


 僕の思いを汲み取ったのか、ベガはこちらを見ると、肩にぽんと手を置いてくれた。あったかくて、優しかった。


「そんな、二度と会えなくなる訳でもないだろう……? だから、安心してくれよ。何だか、お前が悲しむ顔を、何だか見ていたくない」


 ベガの顔を見てみて、気が付いた。この子もまた、悲しんでいるのだと。

 この短い期間だけで、僕らの間には絆が出来上がっていたのだ。

 その理由は分からない。でも、昔から会っていたかのような、そんな感覚。


『やっと会えた』


 ベガが言ったこの言葉には、どんな意味があるかは分からない。

 でも、僕としては、前世の思いによるものだと思っている。

 実際そうでなければ普通、直ぐにここまで仲良くなることは出来ない。


 これまた変なオカルト染みたというか、宗教染みているような気がするけれど……。


「おやおや……ベガ君。すまない、こちらまで来てくれるかな」

「あ、ああ」


 ベガは理事長の前まで行くと、何かを耳打ちされていた。

 ヒカリは穏やかな笑みを放っていた。一体何だというんだ。


 その、何かを告げられると、ベガは途端に表情がぱあっと明るくなっていく。

「……本当か!?」


 理事長もヒカリも、笑顔で頷いた。

 一体何だろう……。僕は部外者だから、聞くことはできない。そういうことなのだろうか。

 何も間違ってはいないのだろうけど、どこか寂しい。

 会えなくなるわけではないとはいえ、離れてしまうことには変わり無いのだから。


 なんで。どうして。

 僕じゃ役不足なのかな。


「ルイ……顔を上げてくれ」


 僕は悲しい顔を隠すように、目線だけをベガに合わせた。


 ――本当に、真剣な眼差しだ……。


「今からオイラが言うこと、良く聞いていて欲しい」


 受け入れ難い現実を突きつけられることを、ここで覚悟すべきなのだろうか。

 ……大人にならなくちゃいけないのかな。


 僕も、しかと受け止めることにする。


「ベガ、僕、覚悟決めたよ」

「そっか……。じゃあ、言うぞ」


 僕はこの後の言葉で、感情の高ぶりを感じた。


「――オイラの保護者は、お前の父さんだ」

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