9 星屑の狙撃者「リガルス=シュティル=ダルグラミア」
帰り道。空は若干火照ったように優しく染まり、風が若干冷たく感じる。
僕とベガは、天ノ峰邸であったことを振り返りながら、てこてこ歩いていく。
ベガが若干特殊なセーラー服のようなものを着ているため、若干目立つ。天ノ峰中のものと似ているが、スカートが非常に短いという点で異なっているらしい。
男の子なのに何でそんな服装なのかは気になる所だが、こちらの方が似合っているので、意見はしないことにする。
電車の踏切を越えた辺りで、少しばかり真面目な話をしてみる。
「どうするの、ベガ」
「えらく突然だな。一体何のことだ?」
「ほら、昼食会で話してた、学校の件だよ」
「ああー」
ベガは、その話かと、ぽんと手を叩いた。
時を戻すこと数時間前。
あの後、僕が嬉しさのあまりベガに抱きついて泣いた(ベガには頭を撫でられた)という、金輪際誰にも語るつもりのない恥ずかしい話の後のこと。
昼食会を済ませて、今後の方針についてを僕とベガ、そして理事長とヒカリの四人で話し合ったのだ。
その中でも特に話題となったのは、学校に関してだった。
「ベガ君は外見年齢は夜天君と変わらないように見えるな」
理事長は言った。言われてみれば、確かに。仮にこの子が女の子だったなら、若干背が高いし、年齢は少し上なのかもしれない。けれど男の子らしいし、僕とそうは変わらないわけだ。広い意味では、同じだろう。
彼のこの言葉がきっかけになり、学校への入学に関する話になっていった。
中学校に通うとなると、公立の中学という方法もある。しかしながら、これだと戸籍上の問題も発生する。「難民」というレッテルを利用する―難民は戸籍の有無に問わず、学問を修めることができるらしい―のも有りかもしれないが、本人がそれを遠回しに嫌がったので、無しということになった。
最後に、天ノ峰中学への入学をするケースを口に出されると、やはりまずは僕が飛びついた。
通学も一緒で、しかも授業も休み時間も一緒に居られるなんて、幸せこの上ない。
その場合について、理事長とヒカリからの補足があった。
「ただし、うちの中学に入学するならば、誰に対しても平等な条件を設けさせて頂きたい」
「天ノ峰中学に通うだけの学力。それがあるかどうか、しっかりとチェックします」
――入学試験。
やはり穏やかな道のりという訳ではないようだった。
ベガは別にこの条件が悪いものとは思わなかったようだけれど、「少し考えたい」と言って、結局その場では決まることが無かったのだ。
ベガの授業料やら学費の類は、どちらに転んでもそのほぼ全てを天ノ峰家が負担してくれることになるため、僕の家に負担が来ることは無いらしいから、私学である天ノ峰中でも、大して問題はない。
僕が一つ意見をするならば、分が悪い気がするという点だけだ。
宇宙人であった場合、そもそも初等教育が同一のものであるとも限らない。また、記憶喪失の面でも心配がある。もしかしたら、これまで培ってきた学力のほとんどが失われているかもしれない。
あまり良い条件ではないように思えてしまう。
仕方がないとはいえ、リスクも高い。
しかも、これは最終入試が終わった後の特別枠だ。あくまでもベガのために用意された入試である。
そのため失敗した場合、期日の問題もあり、公立中学にも入学することができないのだ。厳しい。
それをベガが果たして理解できているのかどうか、それを踏まえた上で、出来れば決めてもらいたかった。心配事は、どちらも少ない方がいいだろうからね。
「――なるほどなー」
ベガは僕の思いを聞き終えると、目を瞑り、手を組んでうんうんと頷く。
「どうかな。これでも、意志は変わらない?」「ああ」
即答か。
間が寸分たりとも存在しなかった。
「そっか、でもどうして? 学校へは行かないって選択肢もあるのに」
そう。これも気になっていた。
そもそも、ベガは宇宙人の可能性もあるわけだし、無理して学業を修める必要もあまり無いのではと感じていたのだ。思い出したら思い出したで、また元の道に戻っていけば良いかなと思うし。
「昔がどうであったとしても、今、オイラはこの星の人間だ。この星に敷かれたレールの上を走るさ」
かっこいい……! 顔が可愛いくせに、凄くかっこいい。心がイケメンすぎる。
さっき踏切を通る前に、電車についての説明をした。それを早速応用する辺り、この子相当頭の回転が速いとも同時に感じる。
「それに……」
「そ、それに?」
一体何を言うのかとドキドキしながら、次の一言を待つ。
ベガは若干頬を赤らめて、
「お前と一緒がいいんだ!」
にへっと笑顔になった。
一瞬クラッとしてしまって、倒れそうになった。
その女勝りの可愛らしさは何処から来ているのだろうか。心臓がバクバク言ってて、尚も落ち着かない。
これからこんな子と一緒に生活するんだ……。意志はずっと持っていたものの、いざその時になると、何だかあまり実感が湧かなかった。
空の赤みがだいぶ増してきた。東端は既に暗みを帯びてきている。
あともう少しで、家に到着だ。
今日の夕飯は何だろうと、考えを巡り巡らせてみる。
ああ、野菜サラダは恐らく出るかな。昨日冷蔵庫見たとき、野菜一式入ってたし。
我が家のサラダはレタスとブロッコリー、アボカドやキュウリ、更にはトマトを和えたものに、市販のドレッシングをかけて完成だ。野菜は苦手だけれど、サラダならば食欲が湧く。とっても楽しみだ。
「どれも知らない食材だけど、名前はどれも美味しそうだな」
「好みは分かれるけど、好きな人は好きになれるよ」
二人して思わず足踏みが早くなるのは、きっと楽しみだからだろう。
他愛のない、楽しい時間。ゆったりとしていて、あったかい。
これからこんな生活が続くのかと、心の底からわくわくが広がっていた。
「……!」
「ベガ、どうしたの――」
――瞬間、僕はベガに勢いよく付き飛ばされた。
この子が何故こんなことをしたのか、一瞬理解が出来なかったが、
バンッ
鳴り響く銃声が聞こえてきて、理解する。
そう。ベガは、僕に銃口が向けられていることに、運良く気が付いたのだ。
「ぐっ……」
だが、ベガが伸ばした手から、滴っているのは。血。
血だ。
ベガは必死に当たった所を抑えている。
「――!!」
声にならない声が出てくる。何で、何が、どうして、なぜこんなことに。
思考が安定しない中、銃の持ち主らしい男から声が聞こえてくる。
「直前で俺様の気配に気づくたぁ、やっぱ只者ってワケでは無さそうだな」
男が立っているのは、民家の屋根の上だ。
どうして、僕らを狙ってきたんだ。
現に、ベガは掌に弾が当たってしまった。とても辛そうな表情だ。
「挨拶代わりの一発は、あえてそっちのガキを狙わせてもらったが……まさか自分から辺りに来るとは思わなかったぜ」
「……お前……例の事件の犯人か……?」
例の事件……天ノ峰邸で聞いた、銃乱射事件のことのことを言っているのだろう。
日本で起きているってだけで、他人事のつもりでいた。
でも、そんな甘い考えで居たことを後悔した。今まさに、その犯人が目の前に現れたのだ。
「あぁ。そうだな。宇宙でこの名を知らねえ奴は居ねえ。狙った獲物は逃がさねえ。星屑の狙撃主、『リガルス=シュティル=ダルグラミア』たぁ、俺のことだ!」
「……お前のことは知らないが、ぐ……。誰かの命を奪うやつは許さない……」
「満身創痍で言われても全く怖かねえな」
ベガの目がマジだ。そして同時に、苦しそうにしている。
今までとは違う、鳥肌の立つオーラを感じる。
髪の横、向かって左に垂れている一本のアホ毛が、若干ながら男の方を向いていた。
「ルイ……掴まってくれ」
「へ?」
そう言って、ベガは、怪我をしていない手を差し伸べてくる。
僕は反射的に、その手を握る。
「あんな奴、今は勝ち目ない。だから……」
「だから……?」
「逃げろおおおおおおおおおおおおおお!」
「逃がさんっ!」
必死になって、その場から逃げる暫定中学生二人。
ベガは傷ついているのが嘘のようなスピードで走る。まさかここまで早いとは思わなかった。
時々くの字型に移動したり、曲がり角を見つけたら時折曲がったりして、弾に当たらないように逃げ回る。
最後は民家のこども避難所に入って難を逃れることができた。
「おやまあどうしたんじゃ? そっちの子、酷い怪我だのう……」
「怪しい人に追いかけられましたっ!!」
不審者に声をかけられたら、直ぐに逃げなさいという言葉は何度も聞かされてきた。
でもまさか、自分たちが実際にその立場に置かれることになるなんて、思いもしなかった。
住んでいたおばあちゃんはその場で警察に連絡してくれた上で、しばらく匿ってくれた。ベガの手の治療もしてくれた。ありがとう。
日が暮れるまで待とう。家は近いし、気付かれないように帰ろう。
狙撃者、リガルス。
奴は異常なまでに、ベガに固執しているようだ。
これから何度も対峙することになるとは、この時はまだ、思いもしなかった。
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