Dream5&28 ローテナリアと仮面の赤髪

    ★☆★


 ここは、天ノ峰のとある公園。

 陽は既に没し、空には星が優しく瞬いている。とはいえ、ルイが星屑ヶ原で見た、あの満天の星空には遠く及ばない。住宅街の端くれにある寂れた公園であるのだから、美しさはそこまで感じ得ないことだろう。

 日中も子供たちが訪れることはなく、人気はあまりなく、閑散としている。とてもいい場所だと、一人の少女は思った。それからというもの、ローテナリアと呼ばれる彼女は、ここを拠点に、同血近親を探しているのである。

 ルイの予想通り、彼女は自身の兄を探している。自分とよく似た、心優しい兄である。

 だが、今のところは手がかりが無く、ヒントのヒの字すら掴めていない。


「今日も、何も分からなかった……」


 寂れたブランコに座りながら、彼女はポツリと言った。

 何日経過したのかは分からない。この町にいるということは分かるのだ。けれど、それ以上のことが分からない。確かに気配というか、そういった兄と妹の関係であるがゆえの、心の繋がりが近くにあるということは把握できる。しかし、これは兄には感じられない力であるため、互いに心と心でコンタクトを取ることはできない。だから困っているのだ。

 座りながら、ブランコを前後に振る。しかし、慣れていないためか、上手く動かすことができなかった。

 幼い頃、箱入り娘であった自分にとって、漕ぐという一つの行為さえも、まともに行えない。それが実にもどかしく、今ある悲しい気持ちを更に増幅させていく。

 彼女は思わず、はぁ、とため息を吐く。


「ちょっと、寒いかもしれません……」


 三月半ばを少し過ぎた頃だ。まだ少し、冷えが残ることには間違いない。

 風も大分吹いている。ああ、この風が止まってしまえばいいのに。

 そう願った所で、強い風は止むことなく、冷えという形で、彼女の肌に刺さる。冷えは行き過ぎれば痛みに変わる。その領域にはギリギリ達してはいないが、寒いのだ。


 そんな彼女の近くに、一人の赤髪が近寄っていった。その姿は鎧に包まれていて、一般人には判断はできない。だがしかし、彼女は知っていた。

 ローテナリアはその赤髪、VHMに気が付くと、ぱあっと笑顔になった。思わず駆け足で、赤髪の元へと近づいていく。


「まさか、貴方が来てくださるなんて……」


 ローテナリアは一度、VHMに助けられたことがあった。

 天ノ峰に兄が居るということを教えてくれたのは、誰でもない、この赤髪なのである。最初は半信半疑であったが、この町にたどり着いたことで、兄の気配を感じた。それによって、赤髪が信頼のおける存在であると確信できたのである。ゆえに、赤髪は恩人なのである。


「気にする必要はないさ。温かいコートと、寝袋を持ってきた」


 赤髪がふわりと、掌を上にし、胸の位置まで上げると突然、その二つが現れた。

 そしてVHMは、出てきたコートをローテナリアに着せた。


「ありがとうございます……。本当に、不思議な力ですね」

「なんてことは無い。お前の力の方が、もっと人に貢献できると思うぞ」

「いえいえそんなことは……」


 謙遜などする必要はないほどに、ローテナリアの力は有用なものである。治癒能力を持つ者なのだから、それも当たり前の話だ。


「ローテナリア、それで、兄は見つかったか?」

「ごめんなさい。力をお借りして尚、まだ見つかっていないのです……」

「そうか……」


 赤髪は何かを言いたいような口ごもりをしてしまう。だが、それにローテナリアが気付くことはなかった。


「兄とはまた関係が無い話だが、一つ、協力してほしいことがあるんだが……いいか?」

「強力……? わたくしにできることであれば」

「私の調査に協力をして欲しいんだ。何なら、兄が見つかった後でも構わないのだけれど」


 ローテナリアに与えられた選択肢だった。対して彼女は、兄よりも、調査への協力を取った。

 どちらでも良いのだから、兄が見つかった後でも良いのだろうが、彼女は恐らく、見つけることよりも、赤髪に対する恩を重視したのだろう。生きているという反応があるということは、兄にはいずれ会えるだろうと、そう考えたのである。


「ありがとう。調査と言うからには、ここ、天ノ峰を離れるということになるが……それでもいいか?」

「離れる……ですか……」


 彼女はルイとベガの二人を、リガルスから守るという、大切な役割も担っている。

 そのため長期に渡る町外活動は危険であると感じているのだ。


「何か不都合があるのか?」

「はい……」


 その悩みをVHMに打ち明けた。何か解決策が見えるだろうと思ったのだろう。まさにその通りだった。


「なるほど、リガルスか。安心しろ、あいつには強い仕打ちをした。それに、私の力があれば、何かがあればすぐに駆けつけることが出来るさ……」

「そうなのですか……ということは、まさかあなたも」

「ああ、勿論。ルイと――……ベガのことは知っている」


 それを聞くと、彼女は安心した。これまで持っていた緊張感が、スゥっと抜け去ったような気がした。いつリガルスに襲われてしまうのだろうとヒヤヒヤしていたから、そのようなことが起こらなくてよかったと、心から思っていた。


「なるほどな。気配と感覚も読み取れる上に、その感情を共有することができる……と前に言ってたな」

「はい。その力を使ってルイさんとベガさんに危機が訪れたら、真っ先に向かおうとしていたという訳なんです」

「追いつかなかったらどうするつもりだったんだ。お前はワープを使えるというわけではないんだろう?」

「え……あっ……」


 そう考えればそうだと、彼女は思った。少しだけ間が抜けているお姫様である。


「まあ、そのために私が来たんだからな。安心してほしい」


 彼女の肩に、ポンと手を置いた。その動作に、ローテナリアは思わず心が温かくなってしまった。


「本当に、お優しい方ですね」

「そっくりそのまま、お前に返すよ」


 VHMが行った交渉は成立した。

 ローテナリアは赤髪と共に、町の外へと、旅に出ていくのであった。

 夜天家のポストに、書置きを残して。


 彼女には、先ほどまでは冷えていた空気が、何故か温かく感じたのであった。




    ★☆★


「うえええええええええええええ!?」


 家全体に驚きとも、悲鳴とも取れる声が響き渡った。屋根の上に居た野良猫は飛び起き、そのまま駆け足で逃げて行ったのが見えた。重ねて申し訳ない気持ちになってしまったけれど、どうしてもこればっかりは驚かざるを得ないことだろう。


 昨晩は、ずっと自分たちがすべきことを考えていた。悩みに悩んだ末に、解らないという結論に至った訳であるが、当然それだけで終わる訳にはいかず、父さんにも考えてもらおうということになったのだ。

 すると、直ぐに決着がついた。


「お前らがすべきこと、そりゃ勉強だろう。ルイは宿題、ベガは試験勉強だ」


 自分たちがすべきことの範疇を、あまりに大きく見過ぎていたのかもしれない。それゆえに答えが出なかったのだ。

 よく考えてみればそうだ。僕たちは学生じゃないか。勉強をすることが最も重要なことだ。それに、今目の前にあることをこなしていけば、自ずとベガの記憶にもたどり着けるかもしれない。

 つまり、今僕らにできることは、リガルスから逃れること。そして課題を済ませる、及び試験勉強だ。


 すべきことを理解した僕らは、一気に考えていた分の力が抜けてしまって、眠たくなってしまった。

 この日は寝る支度を済ませて、さっさと眠ってしまった。


 ……で、ここからが問題なのだ。


 僕は寒々しい空間に居た。多分それは外だったと思う。閑散とした、静かな場所。そこの椅子に座る少女に、僕はなっていた。それはきっと、ローテナリアだったと思う。

 彼女はVHMに会い、そこで何かを話していたと思う。捻り出しても憶えている言葉はわずかだけれど、「天ノ峰を離れる」という強烈にインパクトのある……というか、僕らにとっては死活問題となる一言が心には残っていた。

 いやいや、まさかそんなことがあるわけないだろう。迎えた朝に、見た夢を笑うように言った。これを人は現実逃避という。

 普段は中々起きれない僕だけれど、この日は変な胸騒ぎがあったからなのか、結構早くに起床をすることができたのだ。だからこそ、現実を目の当たりにするのも早くなるわけで……。


 朝、最後に記憶していた、ポストの中を覗いてみた。

 なんだ、新聞紙があるだけじゃないかと安心したのも束の間、新聞紙を取るとその下に、封筒が隠れていたのである。

 とりあえず家の中に入って確認をすることにした。

 いやいや待て、まさか夢とまた同じ展開になるなんてことは流石に――。


『VHMと共に天ノ峰を離れます』

「うそおおおおおおおおおおおお!?」


 でっかい言葉が出てしまった。思わず……。


「どうしたどうした……いきなり大声出すなんて、お前らしくも無い」


 僕よりも早起きしていたらしいベガは、リビングに居た。例の天ノ峰中の制服に似た姿だった。制服を、しかも日常的に着ているこの子は中々のキラキラセンスかもしれない。

 いや、今はそんなことどうでもいい。


「これ見て、これ」

「たった一枚の手紙でそこまでショック受けるなんて……――」


 一瞬時が停止したような感じがしたが、それは幻だろう。


『VHMと共に天ノ峰を離れます』

「うえええええええええええええ!?」


 その一文が衝撃的過ぎて、ベガも大目玉を食らっていた。ベガがここまで驚くのは珍しい。というよりも、初めてじゃないかな。それほどまでに、リガルスの攻撃をベガは恐れているということかと、そう思っていたのだけれど。


「あの二人付き合ってたのか!?」

「そっち!?」

「じゃあまさか誘拐か!! アイツが!」

「いやー、そうじゃないでしょう……」


 うん、どうして変な方向にフライアウェイしちゃうかなー? それよりもっと大変な事態になっているじゃないかベガ……。


「まずは全文読もう。まだ中身は見てないんだろう」

「あ、うん……」


『拝啓、寒き風、収まらざる候、如何お過ごしでしょうか――』


「真面目か」

「詩人みたいな書き出しだね……」


『わたくしは過ぎし日にお世話となった方への恩を返すために、その方のお手伝いをすることとなりました。その方は、封にも書きました通り、VHMというお方です。貴方がたとも縁があるらしいですね。詳細に記すと長々となってしまいますゆえ、理由はこのぐらいにさせて頂きます。しかしながら、この方によると、かのリガルスは既に撃退して頂けているというお話です。どうかご安心をなさってください。もし仮に、貴方がたに何かがあったとしても、わたくし達は直ぐに救助に向かいます。私事で大変申し訳ありませんが、何卒ご理解をお願いします。』


「これ、きっと寒い中で書いたんだろうな。字が震えている」

「そうだよ……」

「んえ?」


 昨日の夢が、また正夢になった。いや、鈴香いわく、もっと違う何かが起きているのだろうか。

 その何かによって、この件を理解していた。複雑すぎて意味が分からないけれど、とりあえず僕は、時間と場所を精神体が移動したということで脳内解決をしている。今のところはこの解釈で苦労は無い。


 今回の件もまた、この一つなのだろう。正直当たってほしくない部類の夢だけれど。

 でも、文面によると、どうやら既にVHMが手を打ってくれていた様子だ。どうやらこれで、安心……なのだろうか。


 ベガにこれらのことを伝えて話し合っていくと、先ほど僕が大声を上げた理由をようやく理解してくれたし、同時にリガルス撃退に安心もしていた。

 少し驚いたのは、その後にベガが、「まああいつが来ても、もう大丈夫だけどな」と軽い表情で言ったことだった。高速で移動できる力があるわけだし、もう敵ではないと思っているらしい。


 ……とはいえ結局は命を狙ってくる敵なのだし、意識は向けておかないと大変なことになりかねないだろう。油断大敵。殺し屋な訳だし、どんな手を使ってくるかわからない。それに、奴の攻撃の全てを見てきた訳では無いし、VHMがオトシマエをつけたからと言って諦めるような男でも無いだろう。「狙った獲物は逃がさない」と、本人も言っていたじゃないか。


「次に来たら、どうする?」

「そうだな……まあきっと、どうにかなるさ」

「軽いなあ……」


 僕が心配性なのだろうか。ベガの表情にはもう、恐怖の色は無くなっていた。


「どっちにしても、今日はテキストを買いに行くことになっているんだろう? 一度でも出るしかないさ」

「それでも、会わないに越したことは無いよね……」

「まあ、それもそうだな……あ、そうしたら、これなんかどうだ? 結構安全に済むと思うぞ」


 …………。


「あ、それ良いかも!」


 それなら僕も安心だ。なるほどその手があったか……。



    ★☆★


 その日の昼過ぎに、天ノ峰の一部で恐ろしい突風が巻き起こった。それと同時に高くてキンキンとした、まるで悲鳴とも取れる声が周囲一帯に響き渡ったという。

 観測者の証言によると、恐ろしいスピードで動き回る赤色の物体も存在していたということで、天ノ峰観測所は調べを進めているが、未だ解決していない。

 分かっているのは、同じ場所で二回起きており、とある民家周辺から始まり、そして有名チェーンの本屋の辺りを往復するかのように現れ、そして消滅をした模様。


 後に、一部のオカルトマニアがこの町を訪れるようになったというのは、言うまでもない。

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