29 4月4日

 僕の精神が削ぎ落されたことと引き換えに、どうにかテキストを入手することに成功したその後、リビングでベガは、何やら考え事を始めた。

 しばらくして、どうしたのかを尋ねてみる。やはり何かを考えているならば、共有した方がいいだろうと思って。


「今日は何月何日だ?」

「ええと、3月21日」

「あと二週間か……」


 ベガが言っているのは、特別枠としての入学試験の日だろう。とすると、試験日は28、31……4日ということか。


 ちなみに補足をすると、入学式はその翌々日、4月6日に行われる。

 つまり、結構ギリギリに試験が行われるということになる。寧ろ良くこの中で収めてくれたなあと、天ノ峰理事長には感謝すべきなのだろう。こないだの問い詰められた件もあって、ちょっと複雑な心境だけど。

 それにしても、普通に受験するにあたっては、時間が極めて少ないということが火を見るよりも明らかだろう。2週間はとても長いように感じるけれど、楽しく過ごしていたらあっという間に過ぎてしまうほどに短い時間である。辛い思いをしながらだと、結構長く感じるんだけどね。僕が受験勉強をしている時、そんな感覚だった。僕の小学校生活自体も結構長いものだと思っていたけれど、受験期はその倍は長い気がした。辛かった。

 そんな僕の辛い思いをでんぐり返すかのように、ベガは嬉しそうに言った。


「でも、まだ二週間もあると思えば、気持ちは楽だな」


 なんてポジティブ!!

 なるほど確かにそう思えば気は楽だ。さっきも言ったけれど、辛い時は時間が長く感じやすい。それをまさか利用するなんて……。なんて、多分そんなことは考えてないのだろうけど、このポジティブシンキングは見習いたいと思う。凄い。


「よし……今日から、いや、今から頑張ることにする。ルイ、オイラ部屋で頑張る。だから、たまに様子を見に来てほしい」

「うん、わかったよ。数時間に一回見に行くね」

「頼んだ!」


 そう言うと、ベガは自室まで駆けて行った。勿論、人間並みの速度で。


 いや、それにしてもさっきはひどい目に遭ったなあ……。

 自分でも最初は、風が気持ちいいんだろうなー程度の気持ちでいた。それ故に、その瞬間が来たときは本当に叫んでしまった。絶叫した。そこいらにある絶叫マシンなんかよりも多分怖い。命綱も無ければ、安全バーも無い。下手したら命を落とすことも可能な絶許ぜっきょアトラクションだ。

 とんでもないスピードで走るもんだから、ベガも辛いのかとも思ったけれど、あの子自身は別段何ともないらしかった。何だろう、この気持ちを意地でも理解させたい。分かってもらいたい。

 今度遊園地のアトラクションにでも乗せてみたいな。もしかしたら反応が違うかもしれないし。ほら、自分で動くのと、勝手に動くのでは、恐怖の度合いが違うって言うじゃない。


 …………。


 思えば春休みに入ってからこれまでの、およそ一週間の生活は、殆どベガと過ごしてきた。

 短いようで、長いようで、短かった。意味が解らないかもしれないけれど、本当にそんな気持ちなのだ。別段辛かったわけでもないし、寧ろ楽しいのだから、短くてもいいかもしれないけれど……。でも、体感的には三ヶ月は経過しているようにも感じなくはない。どうしてだろう。


「それだけ内容の濃い一週間だったってことなのかな」


 勝手に自問自答して、解決してしまった。


 …………。


「暇だなあ」


 ベガが隣に居ないだけで、ここまで抜け殻みたいになるものなのか。自分でも不思議だ。

 まるで自分の半身であるかのごとく、無いと不自然な気持ちになってしまう。

 こんな気持ちになったのはベガが初めてなのも、また不思議だ。


 することが無いからなのか、無意識にテレビのリモコンを手に取って、そしてテレビの電源を点けた。

 長いことぼーっと眺めていると、情報番組が始まった。


『さ、早速ですが、この時間は……予定を変更して……お伝えします』


 ……? 何やらとっても怯えている。この表情、この怯えよう……。ハッ。

 瞬間、銃のようなものが一瞬だけ見えた。

 まさか……!


『聞けぇ、我が標的よ! 見ているんだろう……?』


 雄叫びの如きその力強い声に、思わずビクついてしまう。

 その西部劇で出てきそうな服装……そしてその睨み付けるような眼まなこ……。

 間違いない。リガルスだ。リガルス=シュティル=ダルグラミアだ。


『4月4日。死という数字を以て、手前の命は天へと昇ることになるだろう。いいか? 銃弾があれだけだと思うな。例え凄まじい速度で回避が出来たとしても、確実に撃ち落とす』


 やっぱり……やっぱりだ。

 VHMが少し捻ったぐらいでは、全く無意味だったんだ。

 というか、VHMが黙らせたという話だったけれど、奴には何一つとしてそういった傷は外観だけでは見えない上に、そういったことがあれば余裕がなくなると思うのだけれど、そのような色が一切見られない。


「VHMは、本当に攻撃をしたの?」


 どうしても疑問で仕方が無かった。そもそもVHMが味方という保証も、まだあまり持つべきではないのかもしれない。こうして不安に陥れているのだから。


『いたぞ! 捕らえろ!!』

『死にたい奴からかかって来るんだな』


 どうやら警察……特殊部隊かな。が到着したようだ。だがその瞬間、画面は「しばらくお待ちください」という表示に切り替わってしまった。

 無音で、何も聞こえなかった。


 そのまましばらく待ってみても、画面が変わることは無かった。

 別のチャンネルに変えてみても、他のテレビ局でもリガルスの話題で持ち切りであったが、特に進展や、新たに知れる情報は無かったため、そのままテレビの電源を消した。


 このことを早くベガに伝えなきゃ……。

 4月4日……しかもこの日丁度試験日じゃないか!! 外に出る日に限ってどうしてこんな……。


 ああ、そうだ。こないだのように、高速で動いて会場まで行けばいいんじゃないか。そうすれば無問題だろう。

 だから……この件は言わなくても、いいかな。

 無駄に気を逸らせたら悪いから。うん、その方がいい。


 やや自分勝手ではあるけれど、ベガにも勝算があるのだから、きっと大丈夫なはずだろう……。

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