30 星屑の夜空に願いを
――それから一週間と六日が過ぎて、試験日前夜。運命の前日、4月3日。
ベガの受験勉強は、想像よりもハイスピードで進んでいった。
記憶喪失だから、算数や理科、国語が解けないのではないかと思っていたのだけれど、実際見ているとそんなことは無かった。国語と算数に至ってはほぼ満点だ。理科も基礎的なことは概ね理解しているようで、そこまで困ることはないだろう。でも、合格点にはまだ二歩程及んでいないように思えた。
それ以上に、一番厄介だったのは社会だ。なんとベガは、テキストに掲載されている内容のほぼ全てが初見で、初めて知ったことだったらしい。なので勉強の中心は、社会と理科に絞られた。
テキストを覚える上で、社会には苦戦するかと思ったのだけれど、実際問題そんなことも無かった。何というか、飲み込みが凄く早いのだ。
歴史は物語のように組み立てて、一週間ほどでほとんどをマスター。それだけでなく、ちょっとした地理や現代社会の問題も、難なく覚えきってしまった。
え、というかもしかして、小学校レベルじゃなくて中学校レベルまでやり切ってるんじゃ……。なんてことだ、わずか一週間半で社会科がほぼパーフェクトに備わってしまった。
ベガ……恐ろしい子!
「筋道立てて覚えれば、どうってことないさ」
ノートに項目を書きながら、そう言っていたこともあった。どのように書かれているのだろうと目を見やると、驚いたことに、矢印だらけだったのだ。
なるほど、筋道を立てるというのはそういうことか。
そしてもう少し良く見てみると、そのほとんどが、矢印は三つであり、かつ、文章は4行に纏まっていたのだ。この訳を聞いた所、一番覚えやすいからという他に無いらしい。
自分も読んでみたが、確かに覚えやすいと感じた。どうしてなのか、その理由も気になったため、僕よりも詳しそうなユメに聞いてみた所「起・承・転・結」に合わせて書かれているのではないかと、即座に教えられた。
試しに別の教科を学んでいる際にベガから社会やら理科のノートを借りてみてみると、ズバリだった。ユメすごい。
この時に気が付いたのだけれど、ベガは字が綺麗だ。上手いという訳ではなくて、あくまで綺麗。
硬筆を習っている人のようにしっかりとした文字という訳では無いが、バランスが整っていて、とても読みやすい字をしている。読ませる字をしている。ベガらしい字と言えば、そのような物だろうか。
理科もまた、同じように進めていって、こちらも好ペースで進んでいったようだ。こちらは基礎がしっかりと存在していたため、もっと短い、わずか数日でマスターしてしまったらしい。
彼自身が失った記憶は、あくまで自分自身に関すること。
今回の教科に関しても、その例には漏れていなかったということだ。そして社会が分からないということから、宇宙人である可能性がより高まったと感じている。
……アレ?
だとすると、それを追ってきたリガルスって……。
しかも、リガルスはローテナリアを知っている……。
もしかして、あの二人も宇宙人!?
リビングで一人、悟ってしまった。
衝撃を受けた自分は、その場で硬直してしまった。
いや、よくよく考えたらそうだよ。あんな特殊能力染みたものを持ってる連中が宇宙人じゃない訳がない。人間にはまず不可能じゃないか。それにどうして気付かなかったんだよ……。
僕の周りは知らず知らずのうちに、宇宙人が取り囲んでいたということか。
思えば、リガルスもあの時……。
『宇宙でこの名を知らねえ奴は居ねえし、狙った獲物は逃がさねえ。』
自分から名乗ってたじゃないか。あの時自分は宇宙人ですって声高に言ってたじゃないか!!
恐怖のせいであの時はあまり考えられなかったけれど、よくよく考えたらしっかりと証拠みたいなのあったよ。びっくりだよ!!
いや、それにしても、リガルスと明日対峙するんだよな……。いつ仕掛けてくるんだろう。
何故だか、普通の闘いになるとは思えない。
宇宙人であるという前提を入れてしまうと、本当に何が起きるか分からない。本当に、地球規模の闘いに収まるのだろうか。もしかしたら、それ以上が待っているのではないだろうか。
深い深い不安が、僕の考えを更に暗闇へと沈めていく。
「ベガに敵うのかなぁ……」
「誰に敵わないって?」
「わぁ!!」
思わず驚いてしまった。
考え事をしていたせいで、ベガが来たことに気が付けなかったのだ。
「あはは、ごめんよベガ、気付かなかったっけ」
「考え事しすぎるのは良くないぞ。多分お前、またリガルスのこと考えてたんだろう」
「……うん、当たり」
やっぱりわかりやすいと、ベガにはまた笑われてしまった。
そうだ、もう前日だし、勉強の阻害にもならないだろうし……今言ってしまおう。
「あのね、こないだリガルスがテレビで、ベガに対して宣戦布告をしてきたんだ」
「宣戦布告だって?」
あの時あったこと、局の電波をハイジャックして、ベガに対して言っていたことを伝えた。
「あの時言ってくれなくて助かったよ。気が気でなくて、きっと集中できなかったと思う」
「本当……? 言うまで僕はこわかった。何で言わなかったんだって言われるんじゃないかって」
「オイラはそんな言い方しないぞ。安心しろ」
ベガはやはり負けるつもりはなく、撃退するつもり満々らしい。身体がなまっているんじゃないかと聞いてみたけれど、そんなことは無いらしい。しっかり体づくりは室内でやっていたみたいだ。いつの間に……。
いつ来ても良いように、いつでも身構えておくつもりらしいので、安心だとは思うけれど……。
「高速で動いて会場まで行けばいいんじゃないかな」
「そういえばその手もあるな! ……でも、会場内に入ってきたらどうするんだ?」
「あ、そっか……」
どうやらベガは、予定していた時間よりも早くに家を出るつもりらしい。そうすれば、その間にリガルスが勝負を仕掛けてくると読んだらしい。
勿論僕もついて行く。もしかしたら僕はお荷物になってしまうのかもしれないけれど、気が気でないのだ。どちらの件も。
ふうとため息をついて、窓を見やる。
「明日で二つが決まっちゃうんだね……」
「そうだな……」
どちらも、大げさかもしれないけれど、ベガの人生が関わる問題だ。大切なことだ。
「あ、流星だ」
「え、どこどこ!?」
「もう見えないぞ……」
「えー残念……」
と、ここで僕は閃いた。少しだけ間を置いて、閃きを口にする。
「ねえベガ、外に出てみない?」
「いいけど……どうしてだ?」
「過ぎちゃったけど、流れ星に願い事を言いたいんだ」
ベガは一瞬理解に苦しんでいたようだったが、じきに納得してくれた。
僕たちはベランダに出ると、少し霞んだ夜空が目に入ってきた。
星屑ヶ原よりかは美しくない。それは分かるけれど、これも立派な夜空だ。思えば、こうしてまともに星空を見たのは、星屑ヶ原に行って以来だ。色んなことがあったせいで、空を見る余裕も無くなっていたのだ。これからは今まで以上に見ていきたいなって思う。
「手を合わせて、お祈りするんだ。そうすれば、願いが叶うんじゃないかって言われてるんだ」
「へえ、そうなのか……じゃあ、オイラも祈ろうかな」
何を祈るのか気になったけれど、教えてくれなかった。ケチだなあ……。
僕は勿論、明日のこと、いや。これからのことを祈った。
『ベガと一緒に、これからも仲良く過ごせますように』
願った瞬間、また一つ、流れ星が落ちていったような気がした。
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